12 新しい魔法の使い方
エキセントリックエイプを魔法で吹き飛ばしてから、数時間が経過した。かなりのモンスターを倒したが、経験値が溜まらずレベルは上がってはいない。とはいえ、それなりの討伐部位は回収出来てはいるので、そのことは気にしていない。
そして今現在二人はというと、
「おわぁぁぁぁあああああ!!」
「きゃぁぁぁあああああああ!!」
逃げまくっている真っ最中だった。どうして逃げているのかというと、つい先ほど巨大な虫型のモンスターと遭遇したのだ。
見た目が気持ち悪かったので、刀と魔法で吹き飛ばしたのだ。そしたら鼻を突くような異臭がした。その直後、周囲から大量のモンスターがやってきたのだ。逃げなくても余裕で倒せるレベルのモンスターなのだが、流石に百近くともなると逃げ出すのも無理はない。
走っている二人は、途中で見つけた大きな岩の陰に隠れ、しばらくやり過ごすことにした。大量のモンスターは、大きな音を立てて走り去っていく。
やがてモンスターの気配がなくなり、恐る恐る顔を岩陰から出してみる。そこにはモンスターはおらず、そのことに安堵する。
「なんとかやり過ごせたか……」
「び、びっくりしました~……」
隠れた岩に背中を持たれ掛け、ほっと安堵の溜め息を吐く。シルヴィアは少しぐったりしているが、悠一はやはり異世界は面白いことが多いなと考えていた。
とりあえず鞄の中から水筒を取り出して、一口だけ飲む。保存能力がちゃんと機能しており、まだ冷たい。やはり魔法は便利だなと思う。
「本当、あの虫は一体何だったんだ?」
魔物についてはそれなりに詳しいシルヴィアに、説明を求めるような視線を送りつけてみる。すると、少しずつ視線を逸らし始めた。
「……すみません。私、昔から虫が大の苦手でして、虫型のモンスターについてはよく分からないんです……」
「うん、そうだろうと思った」
女の子は基本虫が苦手だ。それが巨大化するとなると、人並みに虫が平気な人でも流石に耐えられない。悠一は気持ち悪い程度で済んだが、虫が苦手だというシルヴィアは無理だろう。
あの虫と遭遇した時もシルヴィアの体は硬直して援護を忘れていたし、まあ仕方がないことだと考える。別に責めるつもりは一切ない。今度図書館をどこかの街で見つけた時、そこで最低限モンスターについての知識を、頭の中に叩き込むことにした。
少しの間だけ休憩を取った二人は、再度岩陰から顔を出して周囲にいないことを確認すると、そこから出て先を急ぐ。森の中はモンスターが多いのでもちろん遭遇するが、盗賊団の件でレベルが上がった二人にとっては、大した脅威ではない。
悠一の剣技で切り伏せられ、シルヴィアの魔法で蹴散らされる。中級魔法を十数回連続使用しても、すぐに魔力が無くなることが無くなったので、魔力回復薬を飲む回数が確実に減っている。故に余分に買い込んだ回復薬はかさばるだけだが、多く持っていて困る物ではないのでそのままにしておく。
それに、悠一の魔法は発動させていた時間とその規模で消費する魔力が変わってくるので、多くあった方がいい。生物を分解する時だけは、例外的に消費魔力量が多いが。ちなみに、今の魔力量で発動し続けられる時間は二十五、六分が限界だ。十分だし、そんなに長く使う必要は全く無いのだが。
その気になれば多く消費するのを承知で、分解してしまえばいいだけの話だ。討伐部位の回収や、素材の回収が出来なくなってしまうのがミソだが。上手くコントロール出来れば、部位だけを残して分解するという方法も出来るかもしれないが、まだ上手く扱いきれていないのでまだまだ先になりそうだ。
これからはもっと魔法の訓練をするべきだと心に決めると、三メートルはある巨体を持つ灰色の狼である、アッシュウルフと遭遇する。アッシュウルフは知能が高くとても狡賢いし、図体の割には素早さもあるので結構苦戦する相手だ。
だが最近あまり張り合いのある敵と戦っていなかったので、悠一は丁度いいと思い抜刀する。シルヴィアも杖を握り直し、魔力を杖に集中させる。
今更ではあるが本来魔法を使う時に杖は必要ないのだが、杖というのは魔力伝導性という魔力を通しやすい性質の木で出来ている。なのでそれを持っていると魔法を使用する際の補助になり、使わないで発動させるよりも威力が上がるし、杖自身にも魔力が内包されている為魔法を使うとその魔力も上乗せされて、その分威力が上がる。
初心者用の杖であればそれは本当に微々たるものなのだが、シルヴィアが今使っている杖はまだ彼女が幼いころ、街に来た行商人から買ったものである。希少な素材を使っているらしく、魔力伝導性が非常に高く、集める魔力量も多い。
何より杖自身にも内包されている魔力が高い為、威力もその分高くなる。シルヴィア自身と相性がいい為、非常に重宝している。
「【フリーズランサー】!」
そんな杖を構えて魔力を通し、魔法を発動させる。すると大きな魔法陣が浮かび上がり、そこから無数の氷の槍が放たれる。この魔法は中級魔法で、その中でも一番威力が高く扱いやすい物だ。シルヴィアもよく使用する。
そんな魔法が放たれるが、アッシュウルフは横に躱して先に攻撃してきたシルヴィアに向かって襲い掛かって行く。だがその前に悠一が立ちはだかる。
悠一は高速で抜刀して、まず片目を潰そうとするが僅かに届かず、躱されてしまう。そこに前足による攻撃が叩き込まれるが、シルヴィアが発動させた結界魔法でそれは防がれる。
そな井足空中に足場を作り出し、素早さを活かして背後に回った悠一が攻撃を仕掛けるが、またも躱されてしまう。本当に頭の回転の速いモンスターだ。しかし、悠一とて学習しない訳ではない。
攻撃を躱されたところで動きを止めるべく、鎖を構築してそれを足に巻き付ける。魔力でコーティングもしてあるので、そう簡単には破壊出来ない。
「ガルァ!?」
そこにシルヴィアの炎魔法を応用した爆破魔法が放たれ、眼前で爆発する。複数の属性に適性はあるが、炎属性はその中でも一番苦手な物らしく、五属性の中で唯一中級魔法を覚えていない。それでも爆破魔法となると、十分威力は高いが。
そこに悠一が再構築の魔法で空気に触れると自然発火するガスを生成し、それを魔力で覆う。作ってすぐ燃えてしまえば、意味がないからだ。まだ慣れていないので少しずつ圧縮していき、やがて小石程度にまで圧縮したところで、離れてシルヴィアの傍に行き結界魔法を発動するように指示する。
彼女はそれに従って結界魔法を発動させると、悠一はガスを覆っている魔力を消し去る。すると圧縮されたガスが放たれて、爆発が起きる。もちろん加減が全く出来ていないので、結界を張っていなかったら確実に巻き込まれていたであろうレベルだが。
「また凄い魔法ですね……」
「加減思い切り間違えたけど」
砂煙が酷かったのでシルヴィアが風魔法でそれを払うと、体の半分近くが消し飛んだアッシュウルフの死体がそこにあった。周囲への被害が酷い物だが、よくもあの爆発の中で体の半分が残ったなと、ある意味感心する。
しかし真っ黒に焼けてしまっているので、討伐部位を回収したところで何のモンスターなのか、判断のつけようがない。実験的に使ったとはいえ、回収出来なくて少し残念に思った。
このままでは他のモンスターが寄ってきてしまう可能性があるので、分解魔法で分解してその場から立ち去る。
「さっきは一体何をしたんですか? ユウイチさん、確か炎は構築出来ないと言っていたはずですけど……」
アッシュウルフを倒してから少ししてから、シルヴィアがそう口を開いた。
「あぁ、そのことか。俺も出来ないと思っていたんだけどさ、実は空気に触れるだけで自然発火してしまう物質があることを思い出してね。もしかしたら、これを使えばどうにかなるんじゃないかと思って、試してみたんだ。ただ炎を発生させるだけじゃ、大したダメージが入ら無さそうだったし、魔力で圧縮してから魔力を消したら、ああなった」
半分興味本位でやってみたというのもあるが、あそこまで強力だったのは予想外だった。だが、炎を発生させることが出来ただけで、十分な成果だ。
「自然発火する物質……、そんなものありましたっけ?」
「……あるでしょ」
考えてみれば、今いる異世界は前世ほど文明が進んでいない。特に化学や物理が極端に進んでいないので、可燃性のガスとかそう言った物があると言われても理解出来ないだろう。
鋼の槍などを構築している時はまんまそれをイメージしてはいるが、それと一緒にその化学式もイメージしている。じゃないと、中途半端な鋼が出来上がってしまうかもしれないからだ。ちゃんと化学式もイメージしているからこそ、強力な物を構築出来るのだ。
逆に分解する時は、ダイレクトで微粒子レベルにまで分解している。微粒子と言われても大きさが釈然としないので、とりあえずこれ以上は絶対に小さく出来ない粒とイメージしているが。
「一瞬の間が気になりましたが、まあいいです。ユウイチさんが反則であると言えば、それで片付きますし」
「それだけで片付けちゃダメな気がするけど、まあいいや。さあ、先を急ごうか」
日が暮れる前までにこの森を抜けたいので、悠一は歩く速度を少しだけ速める。シルヴィアも歩く速度を上げ、離されないようにとローブの裾を左の指先で摘んだ。それを見た悠一は、気付かれないように小さく微笑んだ。
歩く速度を上げて進んでいると、何度もモンスターと遭遇したが、魔法と剣技で尽く散って行き討伐部位を回収して行く。その後も順調に進んでいき、何とか空が橙色に輝いている頃に森から抜け出せた。
森から抜けた後はずっと一直線の道を進んでいくが、次なる街に着くのにはまだまだ時間が掛かる。森を抜けるのに大分時間が掛かってしまったため、もし仮についたとしても既に深夜頃だろう。そうなると寝床の確保が出来なくなってしまうので、もう少し進んだところで野宿することにする。
野営セットは用意済みではあるが、こんな場所で寝袋を敷いて寝るという行為は絶対にしない。森から抜けたとはいえ、モンスターも出るし最悪盗賊も出ることだってある。攫われたりでもしたら一溜りもないので、進んだ先で簡易的ではあるが小さな平屋を作ることにする。
もし本当に盗賊とかがいたら、真っ先に目を付けられそうだが一応この周辺には盗賊のアジトが無いことは知っている。遠くに獲物を探しに来ている場合は別だが。
森から抜けて少し進んだところで、今日はもう進むのを止めにする。いきなり平屋を作ってもいいのだが、折角の冒険だ。外で簡単ではあるが料理をするというのも、また一興だろう。
「さて、夕飯の準備をするか」
「はい!」
シルヴィアは元気よく返事をして、一緒に準備を始める。鞄の中には調理器具や調味料などが入っており、それを取り出していく。悠一は薪を取りに行くのが面倒くさいので、薪をいくつか再構築する。火をつける際には、圧縮しないで自然発火のガスを薪の周辺に出せば大丈夫だ。
シルヴィアが手際よく食材と調理道具の準備を終わらせたので、早速調理を始める。悠一は料理はそれなりに得意ではある為、今日は自分が作ることにする。といっても、簡単な肉野菜炒めを作るだけなのだが。
野菜を適当な大きさに切って、あらかじめ火をつけて熱しておいたフライパンの上に放り込む。軽く炒めてから肉を投入し、調味料も適度に入れてしばらく炒める。香ばしい香りが漂ってくる。モンスターが来るのではないかと懸念はするが、来たとしても別に大丈夫だ。
やがて簡単な野菜多めの肉野菜炒めが完成し、皿に盛り付ける。米や味噌などがあればもう少しで来たのだが、無い物ねだりしても仕方がない。こうして食事を取れる時間があるだけ、十分である。
とはいえこれでは流石に少ない気がするので、肉巻きも作る。あと、鞄の中からパンも取り出す。これである程度は大丈夫だろう。
「ユウイチさんって、料理得意なんですね」
「そいつはどうも。さて、冷める前に食べちゃおうか」
「そうですね」
鞄の中からフォークを用意して、シルヴィアはそれで食べ始める。悠一は箸を作ろうかと考えたりしたが、変に思われるのは嫌なのでフォークで食べることにした。異世界に来て初めて作った料理は、少し味が濃かった。
これからの冒険の方針を話し合いながら簡単な食事をした二人は、二十分弱で食事を終えて身を守るために悠一が小さな平屋を作り出した。本当に最低限雨風を凌げる程度の物なので、広さで言えば四人はいれば限界である。
二人だけなので別にそれは全然大丈夫なのだが、それだけ狭いと妙に意識してしまう。今までは宿屋で別々の部屋で寝泊まりしていたので、特に問題は無かったが今回は別だ。
なるべく離れた位置に寝袋を敷いて、なるべく意識しないように潜り込んだが、やはり年頃なのでどうしても意識してしまう。それはシルヴィアも同じことであり、眠りに就いたのは寝袋に潜り込んでから二時間が経過したころだった。




