2章―5:知り合い以上、仲間未満
やっぱり止めておけばよかった──
そう思うと同時に、いやいや無理をおしてでもログインしてよかったとも思う。
結局、性懲りもない奴らの緊急要請に応じて再びゲームにログイン。
今度は活火山に棲むレッドドラゴ討伐に加勢した。
不幸中の幸いというか──昨晩ほどヤバいという状況でもなく、まだまだ全員HPも半分は残っていたし十分戦えていた。
だから、フツーにやれば、余裕とまでは言わずともなんとか倒せる……はずだった。
だが、その安堵が油断を生んだせいか、昨日の疲れ&恐怖が残っていたせいか、めちゃくちゃ苦戦を強いられた。
超絶修羅場のせいで睡眠不足と疲労が蓄積しまくっているリアルの心身が、MMO内でも情け容赦なく足を引っ張りまくったことも否めない。
リアルの集中力が落ちていればMMO内でも当然同じ。
何度も普段ならありえないミスをやらかした挙句──気が付けば、燃え盛る炎のブレスに焼かれる寸前まで追い詰められてしまう。
肌を熱波で焙られる痛みを覚えながら、死を覚悟した。
だが、その窮地を救ってくれたのは──やっぱり彼女だった。
レッドドラゴの断末魔の叫び声が禍々しく響く中、高い位置で結った銀髪を風になびかせ、長い杖を斜めに構えるアリア。
いや──マジで男前ならぬ女前すぎる。
また……会えた。
っていうか、また助けてもらってしまった……。
うれしい半分、やっぱり地味にへこむ。
フツー逆だろ逆っ!
その凛々しい横顔に半ば放心状態で見入っていると、アリアはフッと表情を緩めて改めて俺のほうを見た。
「危ないところでしたね。大丈夫……ですか?」
「……いや、その……あまり……」
少しは虚勢くらい張りたいところだったが、思わず素で答えてしまう。
すると、彼女はくすりと笑って言った。
「今回復しますから──」
と、そのときだった。
「リーダー! だいジョブー!? 熱かッター!?」
「おおおお、またもアリアさんに助けられるとかっ! リュウキめぇえええ! こんなことなら俺が盾になるんだったっ!」
「まったく、トロすぎにも程があるわよ! 予備動作の段階でさっさと逃げるわよ!」
いつの間にか、ちゃっかりドラゴのブレスの届かない範囲まで脱兎のごとく逃げていたいつもの面々がわらわらと戻ってきた。
って、おまえら……誰のせいでこんな目に遭ったと思ってるんだ!?
ちょっとは申し訳なさそうなフリだけでもしろっ!
内心激しくツッコミを入れながら、いやそんなことそもそもこいつらに期待するだけ無駄だろ……と、むなしいため息をつく。
と、アリアが小声で尋ねてきた。
「……あ、昨日と同じみなさん……お仲間ですか?」
「いえ、違います」
「えええ!? で、でも……リーダーって……」
「違います」
きっぱりと否定する。勘違いされたらたまったものじゃない。
「ギルド作れって一方的につるまれているだけなんで──」
「……ギルド、作らないんですか?」
「作りません」
ブレずにやはりきっぱり首を横に振る。
俺の迷いのない即答に驚きに目を丸くしていたアリアは、不思議そうに首を傾げながらも、俺のほうにむかって杖を掲げて回復魔法をかけてくれた。
「光よ、柔らかなる羽となりてかの者を癒したまえ……光の羽の癒し(ライトフェザーヒール)」
全身が神々しい白銀の光に包みこまれ、上方からふわりと羽が舞い降りてくるエフェクトが見える。
ああ……癒される。
ゴリッゴリに削れ切ったリアルの心身まで癒されるような錯覚に目を細める。
「『白銀の魔奏士』アリアさん☆ 昨日だけじゃなくて今日までもうちのリーダーを助けてくださってありがとうございますぅー! ハルルン感激っ☆」
ハルルがローブの少女にいつも以上に黄色い声をあげると、両手を胸の前で組んでキラキラと不必要なまでに目を輝かせる。
およそ戦いには相応しくないドレスっぽいローブに胸鎧、ピンク髪の縦ロールツインテールというこのロリっ娘は巨大な斧を振り回して戦う。ジョブクラスは「ウォープリンセス」。まあ、そういうRPなんだろう。
アリアと同じく2つ名を持つ。
ただし、いい意味ではなく悪い意味で──
「ギルドクラッシャー」、いわゆるギルドのアイドル的な存在=姫キャラで、いろんなギルドを渡り歩いては壊してきたらしい。
まあ、ハルルに限らず、いわゆるギルドの「姫」問題は珍しくもない話で……姫に惚れたギルド員同士が揉めて……人間関係にヒビが入ってギルド崩壊ってパターンが多い。
なるべく関わり合いになりたくないタイプだが、案外付き合ってみるとそこまで悪いヤツでもないなあと……思っているうちにやたら絡まれるようになって……。
頼る先なんていくらでも不自由していないだろうに……。
「『白銀の魔奏士』は、今日こそサインplz! 昨日はすぐログアウトしちゃったから頼み損ねちゃったシ!」
「え、えっと、昨日も申し上げましたけど、その呼び方はできればやめていただけると……あと、サインもちょっと……」
「こら! サンギータ、ミーハーやめろ。迷惑してるだろ!」
「ええー、ヘルもんじゃないしちょっとくらいいいデショー? ねえ、ちょっとだけ、ちょっとだけダカラ! 怖くない怖くないっ!」
「どこの酔っ払いオヤジだよっ!」
相変わらずハイテンションかつカタコトの日本語を話すサンギータの魔の手から彼女──アリアを庇う。
ったく、相変わらず遠慮をしらないっつーか、人懐っこすぎるっていうか……いつでもどこでも自分の欲望に忠実にグイグイ行き過ぎだっての。
豊かな黒髪に褐色の肌を露出の高い民族衣装に包んだサンギータは、歌と踊りを得意とする魔踊士だ。
見た目はナイスバディなきれいなお姉さんで頭も相当キレるんだが、こう……天才となんとやらは紙一重っていうヤツか。カタコトの日本語もどこかおかしいし、言動そのものもマジで自由奔放すぎる。
ちなみに、昨日今日と俺に助けを求めるメッセージをよこしてきたのもコイツだ。俺にやたらと「ギルドつくれつくれ」とうるさいのもやはりコイツだ……。
「いやあ、光栄だなあー。一度ならず二度までも! これってもう偶然じゃないっすよね? むしろ運命。良かったらウチのギルドに移ってきませんか? 今ならもれなくリュウキもセットでつけちゃおうっ!」
某通販番組の甲高い口調とウザったいノリで、いつの間にやらヒロがアリアの両手を握りしめていた。
まったく油断も隙もない。
その手をアリアから払いのけるとツッコミを入れてやる。
「いや待て、ヒロ、誰がいつおまえのギルドに入った!? っていうか、ここんとこずっと自分のギルド員放ったらかしだろ? いいのかっ!?」
「ハハッ、『星降る夜』(ウチ)は自由がウリだし平気平気! 姫とリュウキをモノにするまでアジトに帰ってくんなって言われてるくらいだし」
ヒロは、無駄にさわやかに白い歯を見せて親指を立ててみせた。
底抜けに明るくてノリがいいヒロの満面の笑顔には、人の良さがこれでもかっていうほど滲み出ていて……いつも突っ込む気力を根こそぎ奪われる。
ってか、そもそもギルドマスターが「帰ってくんな」って言われるギルドとか……ツッコミどころ満載すぎだっていうのに。それを疑問にすら思っていなさそうなヒロの鈍さというかおおらかさに脱力する。
ヒロは、勧誘を名目に姫ことハルルのおっかけをライフワークと公言していて、ハルルがどんだけ傍若無人な姫っぷりを発揮しても、「まあ、姫はかわいいし、かわいいは正義だし、仕方ないよなー」で済ませるあたり……ある意味器が大きいのか、ただの以下略……なのか。
ちなみに、見るからに軽そうな性格に反してガタイはよく、もちろん武器も重量級。2メートルはある大剣使いだ。背も180以上は硬いマッチョっていう。軟派なんだか硬派なんだか……。