4章ー4:再会と違和感と本サービス始動
麻昼と別れて、俺と東雲はマックで向かい合わせに座っていた。
助けてもらった礼にと、ごちそうがてら──
って、命を助けてもらっておいての礼がマックとか……つり合いが取れなさすぎってのは分かっているけど、あまりにもワケの分からないことが立て続けに起きたもんで、まったくといっていいほど気が回らなかった。
正確に言えばそんな余裕はまったくなかった。
っていうか、今もまだない……。
まだ混乱したままの頭で、一体何から尋ねようかと考えあぐねていると、東雲が遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの……先輩……冷めちゃいますよ?」
「お、おう……そ、そうだな……」
ガッチガチに固まった声で返すも、正直食欲はない。
なのに、いつものコスパを重視する癖でビックマックを頼んでしまった自分を呪いながら、ハンバーガーから包み紙を剥がした。
だけど、やっぱり食べようという気にはなれない。
胃のあたりに小石がぎゅっと詰まったような感じがする。
「──では、いただきます」
一方の東雲は、律儀に手を合わせてから、小さな口をいっぱいに開いてチキンバーガーにかぶりつく。
「ん、おいしーです♪」
目を細めてもぐもぐと口を動かす様子に緊張が少し解けて和む。
こうリスとかハムスターとかが、口いっぱいに木の実を頬張っている感じによく似ている。
懐かしいなあと、ついまじまじと見入ってしまう。
羽織っていたローブはさすがにすぐに脱いで──
その下に東雲が着こんでいたのは、ふんわりと膨らんだ袖を持つワンピースだった。
胸のところで切り替えがある桜色のワンピースは東雲にとてもよく似合っている。
制服姿じゃない東雲は……なんだかとても新鮮に見える。
そういえば合宿の時も同じことを思っていたっけかと、懐かしく思い出す。
もう二度と会うことはないと思っていただけに、なんだかこうして二人で向き合ってハンバーガーを食べているのが嘘みたいだ。
しかし、まださっきのウミスラ戦を引きずっていて、素直に喜ぶことができずにいる。
と、東雲はいったん食べかけのハンバーガーをトレイに置くと、ポテトをつまみながら俺をじっと上目づかいに軽く睨んできた。
「それにしても先輩、さっきのは駄目ですよ?」
「へ?」
「ウミスラに丸腰で戦いを挑むなんて、今後は絶対にやめてくださいね?」
「お、おぅ……」
っていうか──今後!?
また同じことがあるような東雲の口ぶりに嫌な予感しかしない。
「いや……そもそもなんでウミスラがリアルにいるんだって話で……アリア……いや……東雲だって驚いただろ?」
アリアと呼んだものか東雲と呼んだものか分からず躊躇う。
「アリアでいいですよ。もうそっちの名前のほうが呼びなれているでしょうし、後々他の皆さんを混乱させずに済むでしょうし」
「……そ、そうか。じゃ、それで。俺もリュウキでいいけど……」
「いえ、私にとっては、先輩は先輩ですからこれでいいんです。下の名前で呼ぶのって、なんだかとても恥ずかしくて……実はいつも困っていました……」
「……お、おー? なんかごめん……」
困り顔で唇を尖らせる東雲──アリアを前に、なんだか……分かったような分からないような理屈に首を傾げながらもとりあえず謝っておく。
まあ、そもそもリアルの名前をプレイヤー名にしているほうが珍しいほうだろうし、大抵オフ会なんかで会ってもゲームのキャラ名で呼び合うもんだって聞くし。だとすれば、アリアって呼ぶほうが正しいんだろう。
でも、呼びづらいなら最初っから正体を明かしておけばよかったのに──なんで今まで黙っていたんだろう?
そもそもフツーにゲームの中と同じように、リアルでもガッツリ戦えていたという点も謎すぎる……。
「あー……もう何がなんだか……ワケが分かんねー……」
「えっと、まず最初にすべきことは装備を倉庫に取り出しにいくことですかね?」
「いや、そうじゃなくて……」
アリアと俺の関心のベクトルがあまりにもズレていて困惑する。
明らかな異常事態が起きているっていうのに、なんでこんなにも落ち着いていられるんだろう?
こんなにも順応性高かったけか?
っていうか、もしかしたら、おっとりした性格を突き詰めると、逆にどんなことにもそう動じないものなのかもしれない……。
混乱している自分のほうがひょっとして間違っているんだろうか? とすら思えてくる。
「……それ以前に……そもそもなんでウミスラがリアルにはみ出てきてるんだとか……なんでリアルで魔法が使えるようになってるんだとか……」
「ええ、本当に不思議なことってあるもんですねー」
「……お、おー」
ああ、一応疑問には思ってたんだ。分かりづらい……。
頬に手をあてておっとりと首を傾げてみせるアリアのペースに流されそうになりながらも、自分の感覚が間違ってはなかったと分かって少しだけホッとする。
「……まさか、ゲーム内の世界にログインしたままになってるとか? いや、でも、それじゃなんで舞台が現代に差し変わっているんだって話だし……」
しかも、麻昼なんていう厄介なNPCまでちゃっかり登場してるんだ?
駄目だ。考えれば考えるほど、かえって混乱する。
「──夢オチ……ってワケでもなさそうだしな……」
「んー、どうなんでしょう? でも、仮に夢だとしたら、これって私の夢なんでしょうか? それとも先輩の夢?」
「……ううーん、難しいな」
「ええ、難しいです」
頭を抱え込む俺にアリアは言葉を続けた。
「とりあえず、今確かなことは、これが『本サービス』っていうことだけです」
「……え?」
「本サービスに参加する同意書にサインした後、運営から案内メールが届いていませんでしたか? そちらに書いてありました」
「あ、いや……まだチェックしてないな。それどころじゃなくて──」
慌ててメールをチェックすると、確かに運営からの案内メールが届いていた。
●『マギアムジカ・オフライン』の本サービスへのご参加、まことにありがとうございます。βテストで入手した装備及びアイテム等は本サービスにも継承されますが、インベントリシステムの廃止に伴い、倉庫に回収させていただいています。つきましては、お手数をおかけしますが、装備等は倉庫NPCからお受け取りくださるようお願いいたします。なお、NPCの位置はマップにて確認できます──ひきつづき『マギアムジカ・オフライン』をお楽しみください。
「…………」
一見、ごく普通の案内メールだが、その内容はとんでもなくて……しばし、言葉を失ってしまう。
なんだ……コレ?
ゲーム内コインをリアルマネーに変換できるっていうのはまだ分かるが装備まで!?
にわかには信じがたいことだが……さっきの戦いを見た後じゃ信じざるを得ない。
隣の椅子に置かれたバイオリンケースに視線を移すと、アリアはそれを丁重な手つきで撫でながら言った。
「私も半信半疑ではあったんですけど、スマホでマップを確認してみると確かに倉庫番のマークが近くにあって……NPCもちゃんといて……試しにアイテムを引き出せるかどうか話しかけてみたら、本当に装備を受け取れたんです……」
「えええぇえええ……」
ツッコミどころ満載な話に唖然とする。
倉庫番のマークってアレだよな?
長方形の箱の中央に鍵穴が描かれた、いかにも「ザ・宝箱」っていう感じの分かりやすいデザインの……。
ゲーム内のマップでは、そういったマークによってどこに何の役割を持ったNPCがいるかが一目瞭然となっている。
しかし、リアルに倉庫番NPCがいるとか。装備を受け取れるとか。
それもトンデモな話だが、話しかけてみるアリアもすごいっつーか……なんつーか。
世界は不思議でいっぱいだ。