3章ー5:死闘の理由と柄の間の──
気持ちいい。
気が付けば、ふかふかの心地良さと温かさに包みこまれていた。
こんなにも深く眠れたのはいつぶりだろうか?
いつまでもこのままでいられたらと願いながら、頭を突っ伏してもふる。
ああ、これが天国ってヤツか──まさかこんなにふかふかな場所だったなんて。知っていたなら別にビビる必要もなかったのに。
そんなことをしみじみ思いながらため息をついた俺の耳へと、遠慮がちで柔らかな声が届いた。
「……あ、あの……そろそろ……起きたほうが……」
そろそろ? 起きる?
天国なのに?
疑問に思いながら薄く目を開くと、安堵を滲ませたアリアの顔がすぐそこにあった。
ポニーテールに結い上げた銀髪が肩から滑り落ちて、俺の顔をくすぐる。
もしかして──いや、もしかしなくてもアリアに膝枕されてるっ!?
そう気づくや否や、ぼんやりとしていた頭が一気に冴えて顔が熱くなる。
だが、アリアはそんな俺に構わず、ぽつりと呟いた。
「無理をさせてしまってすみません……私が至らないばかりに」
「……いや、俺のほうがよっぽど至ってないし。っていうか……あれ? もしかして……死んでいない?」
「そんなのもちろんです! ただのMP切れで気絶していただけです。そもそも私が傍にいる限り絶対に死なせたりしませんから! もっと私を信じてください」
少し顔をしかめると、珍しくムキになってきっぱりと言い切ったアリアに、ちょっとびっくりする。
確かに──アリアの言うとおりに違いない。
ただし、普通のバトルであればという条件付きでの話だ。
「もちろんアリアがスゲー強いっていうのは信じてるけど、さっきのはさすがに無茶すぎだっただろう?」
「う、そ、それは……その……」
「一体なんであんな無茶を?」
「……だって」
俺の指摘に、アリアは目を伏せると口ごもるように答えた。
「あと少し……だったでしょう?」
「へ? 何が?」
「もうっ、本当に自分のことはいつだって後回しで無頓着というか鈍いというか……レベルの話です!」
「──っ!?」
アリアに言われて、ようやく俺は自分がレベル60に到達していることに気が付く。
「おおおおっ!? ホントだ! 60になってるしっ」
なんかなつかしい光って……アレかっ! レベルアップの際に効果音と共に頭上から降り注ぐ光のエフェクト!
レベルアップそのものがあまりにも久しぶりすぎて、すっかり忘れていた。
だから、てっきり天国から迎えがやってきたもんだとばかり……って、勘違いにも程がある。
「ついに俺もレベルカンストかー」
「はい、おめでとうございます!」
アリアは自分のことのようにうれしそうに笑みくずれる。
こんな風に他人のことも喜べるのはいいなあと素直に思う。
っていうか、レベルのカンストなんて、ハナから諦めてたってこともあって完全に頭になかった……。
「全部アリアのおかげだな。ありがとう」
「いえ、その……せっかくですし、ついでにあげておきたかっただけですから……そういうの気になるほうなんで……」
頬を赤らめると、アリアはそわそわと落ち着きなく言葉を濁らせる。
おお……これはなかなか良いツンデレ。
「そういうのって……ソシャゲとかで、後ちょっとでクリアってときについ課金アイテムを買ってしまうとかっていう?」
「……ええ、ついやってしまいます。相手の思うツボだって分かっていても、どうしても気になってしまって……頑張ってしまいます……」
悔しそうに言うアリアの意外な一面につい顔がニヤけてしまう。
あと一回、あと一回って顔を真っ赤にして課金アイテムをポチるアリアの姿を想像すると、こう胸がグッと熱くなる。
いや、まあ……同情と罪悪感が入り混じってかなり複雑な気分ではあるけれど。
「なるほど、頑張りすぎなくていいことまで頑張ってしまうんだな」
「っていうか、その言葉そっくりお返しします」
「へ?」
「だって、リュウキさんこそ、自分のことにあまりにも無頓着すぎじゃないですか? いつもお仲間のレベルあげばっかり頑張っていて、自分のレベルあげは後回しだったでしょう?」
痛いところを突かれて、しばらく言葉に詰まる。
「……い、いや、あれは、頑張っていたっつーか、頑張らされていたっつーか……」
「同じことですっ」
「……そ、そうか」
「はいっ」
アリアに断言されて、地味にへこむ。
ブラック企業勤めで一度沁みついた下僕根性っていうのは、自分じゃなかなか気が付かないものらしい。
「もっと……自分を大事にしてください」
恨めしそうに俺のおでこをペチペチと軽くたたきながらアリアは呟いた。
「できればいいんだけどなー、イマイチよく分からないっていうか……」
「少しは分かってください!」
「……はい」
なぜか叱られて肩を落とすも、やっぱり顔が緩んでしまう。
と、不意にアリアが真顔になった。
「でも、そういうところは、いつもすごいなとも思っていました」
「──っ!?」
まっすぐな言葉をモロに受けて心臓が大きく脈打つ。
「いや、すごいとかそんなんじゃないって。ただ周りに流されがちなだけで……頼まれると断れない性格なだけっていうか……」
しどろもどろになりながら言い訳がましい言葉が口をついて出てくる。
あーダサすぎにも程がある。
そこは素直に「ありがとう」ってドヤ顔キメるてかっこつけるくらいでありたいトコだろう!?
頭も顔も熱くなって、マトモに脳が働かない。
って、これ絶対インフルのせいだろ!?
リアルの具合の悪さを思い出すや否や、地獄のペア狩りの疲れがドッと鉛のようにのしかかってきた。
俺が口をつぐむと、アリアも口をつぐんで、しんと辺りが静まり返る。
なんだろう?
何かしゃべらなくちゃって思うのに、このままでもいいかとも思う。
いつもの俺だったら、間がもたないことを気にして、焦って余計なことまでしゃべりまくって死にたくなるのがデフォルトなのに。
びっくりするほど肩の力が抜けている自分に驚く。
このままでいられたらなと思う一方で、もっと早くにこうなれたら……という思いも頭をちらついて……鬱になる。
じきに「マギアムジカ・オフライン」は終わってしまう。
アリアとこうしていられるのも今だけ。
駄目だ……一度へこみ始めると再現なくへこんでしまいそうだ。
俺が重いため息をついたそのときだった。
アリアの遠慮がちな声が上から降ってきた。
「……さて、と、さすがにもうそろそろアジトに戻らなくちゃですね。いつまでもリーダーを独占していては皆さんに怒られてしまいますし。一応お話は通してありますけど」
「あ、ああ……そう……だな……」
後ろ髪をひかれながらも、のろのろと身体を起こす。
頭も身体も異様に重くて、立ち上がったはいいがふらついてしまう。
これはリアルのダメージなんだろうか?
それともゲームのダメージなんだろうか?
もはやその境界は曖昧で分からなくなっていた。