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いい子でいるのはやめました ~虐げられた天才令嬢は、家族全員に容赦のない報復を始める~  作者: みやこ


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最終章 いい子でいるのをやめたら、幸せになりました



「……平和だわ」


事件から一か月後。


リゼロッテは、庭に面した小さな家で、ゆったりと紅茶を飲んでいた。


窓から差し込む日差し。


柔らかな風。


小鳥の囀り。


そして、ふかふかの長椅子。


最高だった。


「お嬢様、お昼ご飯ですよ!」


エマが台所から顔を出した。


「もう少しあとで」


「駄目です!」


「五分」


「駄目です!」


「三分」


「お嬢様!」


リゼロッテはため息をついた。


「仕方ないなあ」


立ち上がる。


すると、エマが嬉しそうに笑った。


「最近のお嬢様、本当に楽しそうですね」


「そう?」


「ええ。笑顔が増えました」


「……そうかもね」


リゼロッテは窓の外を見た。


ここは、彼女が自分で買った家だった。


侯爵家の屋敷よりずっと小さい。


使用人もエマだけ。


だが、何もかもが自分の好きなようにできる。


食事の時間も。


眠る時間も。


本を読む時間も。


誰にも怒鳴られない。


誰にも命令されない。


(最高すぎる)


リゼロッテは心から思った。


(天国って、こういう場所のことだったんだなあ)


ちなみに、王国からは宮廷魔導師への就任を打診されていた。


王立学院からは教授就任の依頼。


各国からは研究協力の申し込み。


結婚の申し込みに至っては、百通以上届いていた。


全部、断った。


理由は単純。


面倒だから。


ただし、一つだけ引き受けた仕事がある。


王立魔導師組合の特別顧問。


週に一度、半日だけ出勤すればいい。


仕事は気が向いたときに術式の問題点を指摘するだけ。


お給料は、一般的な宮廷魔導師の十倍。


(完璧な仕事だ)


リゼロッテは満足していた。


さらに、発明の使用料は組合が管理し、安全性の確認された工房へ正式に技術を提供することになった。


星灯炉は、今までより安く、安全に普及していく。


侯爵家が売った欠陥品については、製造業者と組合が協力して回収と交換を進めていた。


リゼロッテも、新しい安全型を設計して提供した。


もちろん、設計の権利はきちんと自分で保有している。


もう、誰にも奪わせない。


「そういえば、お嬢様」


エマがにやにやしながら言った。


「今日もクロード様がお見えになるそうですよ」


「……そう」


「楽しみですねえ」


「別に」


「本当ですかあ?」


「……ちょっとだけ」


エマは嬉しそうに笑った。


「ふふふ。素直になられましたね!」


「うるさいなあ」


リゼロッテは頬を膨らませた。


まったく。


最近のエマは、少々調子に乗っている。


だが、それも悪くなかった。


午後三時。


玄関の鐘が鳴った。


「こんにちは」


クロードが花束を持って立っていた。


「お元気そうですね」


「おかげさまで」


「今日は、お菓子も持ってきました」


「……入ってください」


「花よりお菓子ですか?」


「花も綺麗ですよ」


「それはよかった」


クロードは笑いながら、リゼロッテの隣に腰を下ろした。


二人で紅茶を飲む。


しばらく、穏やかな時間が流れた。


「……リゼロッテ嬢」


「はい?」


「一つ、お尋ねしても?」


「何でしょう」


「これから、どうなさるおつもりですか?」


リゼロッテは首を傾げた。


「どう、とは?」


「将来のことです」


「……ああ」


彼女は少し考えた。


「昼まで寝て」


「はい」


「美味しいご飯を食べて」


「はい」


「本を読んで」


「はい」


「気が向いたら研究して」


「はい」


「夜は早めに寝ます」


クロードは微笑んだ。


「素晴らしい計画ですね」


「でしょう?」


「では、その計画に、私も入れていただけませんか?」


リゼロッテは瞬いた。


「……え?」


クロードは真剣な顔で彼女を見つめた。


「リゼロッテ嬢」


「はい」


「あなたのことが好きです」


「…………」


リゼロッテは固まった。


「あなたと一緒にいると、楽しいんです」


「…………」


「あなたはいつも面倒だとおっしゃいますが、本当に困っている人を放っておけない」


「そ、それは……」


「エマさんのことも、孤児院の子供たちのことも、見返りなど求めずに助けてきた」


「…………」


「それに、あなたと話していると、何でもない一日が面白くなる」


クロードは微笑んだ。


「これからも、あなたとお茶を飲んで、くだらない話をして、一緒に笑っていたい」


リゼロッテは、顔が熱くなるのを感じた。


(……何これ)


心臓がうるさい。


(こんなの、聞いてない)


古代魔導式なら解ける。


どんな難解な術式でも理解できる。


けれど。


(恋愛の問題は、専門外なんですけど!)


クロードは続けた。


「もちろん、お仕事を強制するつもりはありません」


「……はい」


「私の家の社交に付き合う必要もありません」


「……はい」


「昼まで眠りたければ、昼まで眠ってください」


「…………」


「ただ、一つお願いがあります」


「……何でしょう」


「一緒に暮らすようになったら、時々、私と朝食を食べていただけませんか?」


リゼロッテは目を見開いた。


クロードは少し照れくさそうに笑った。


「あなたと食べる朝食は、きっと美味しいでしょうから」


リゼロッテは、何も言えなくなった。


今まで、誰も自分の希望を聞いてくれなかった。


誰も、自分の好きなように生きていいと言ってくれなかった。


家族にとって、リゼロッテは便利な道具だった。


けれど、この人は違う。


昼まで眠ってもいいと言う。


何もしなくてもいいと言う。


ただ、一緒にご飯を食べたいと言う。


(……ずるいなあ)


リゼロッテは、そっと笑った。


「クロード様」


「はい」


「一つ、条件があります」


「何でしょう?」


「朝食は、九時以降でお願いします」


クロードは一瞬きょとんとした。


そして、大きく笑った。


「ええ。もちろん!」


「それから」


「はい」


「週に一度は、一人で過ごす日が欲しいです」


「承知しました」


「研究しているときは、邪魔しないでください」


「もちろん」


「あと」


「はい」


「……お菓子は、たくさん買ってきてください」


クロードはリゼロッテの手を取った。


「喜んで」


そのまま、優しく指先に口づける。


リゼロッテの顔が真っ赤になった。


「な、何を!」


「求婚の返事をいただいたので」


「ま、まだ結婚するとは!」


「では、まず恋人から?」


「…………」


「いかがでしょう」


リゼロッテは真っ赤な顔で俯いた。


そして、小さな声で答えた。


「……それなら」


「はい」


「……いいです」


クロードは、これまで見たことがないほど嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」


「……あの」


「はい?」


「一つ、いいですか」


「何でしょう?」


リゼロッテは、彼の胸元を指差した。


「……もう少し、こっちに来てください」


クロードが身を屈める。


リゼロッテは、彼の頬にそっと口づけた。


「…………!」


今度は、クロードが固まった。


リゼロッテは、にっこり笑った。


「お返しです」


「……参りましたね」


「何がです?」


「今、ものすごく抱きしめたいのですが」


リゼロッテは少し考えた。


それから、両手を広げた。


「……五分だけなら」


クロードは笑った。


「五分もいただけるんですか?」


「特別です」


「光栄です」


彼の腕が、そっとリゼロッテを包み込んだ。


温かい。


心地いい。


何より、安心する。


(……ああ)


リゼロッテは目を閉じた。


(これ、いいなあ)


ずっと一人でいたかった。


誰にも邪魔されず、静かに生きていきたかった。


でも。


(この人と一緒なら)


少しくらい、騒がしい毎日も悪くないかもしれない。


そんなことを思ってしまった。


その後、リゼロッテはクロードと結婚した。


もっとも、結婚までには少々時間がかかった。


なぜなら。


「結婚式?」


「はい」


「……面倒ですね」


「でしょうね」


「身内だけで済ませられません?」


「公爵家なので、多少は難しいかもしれません」


「じゃあ、駆け落ちします?」


「それは魅力的なお誘いですね」


「本気ですよ」


「私も少し本気で考えました」


そんなやり取りを何度も繰り返したからである。


結局、二人は家族と親しい友人だけを招いて、小さな結婚式を挙げた。


エマは大泣きした。


オルドは大笑いした。


クロードの両親も、温かく祝福してくれた。


リゼロッテは純白のドレスを着て、少しだけ照れくさそうに笑った。


「……クロード様」


「はい」


「私、あまりいい妻にはなれないかもしれません」


「どうして?」


「面倒くさがりですし」


「知っています」


「朝も弱いですし」


「知っています」


「社交も苦手で」


「知っています」


「それから……」


クロードは彼女の手を握った。


「リゼ」


初めて、愛称で呼んだ。


「私が結婚したいのは、今ここにいるあなたですよ」


リゼロッテは、しばらく黙っていた。


そして。


「……そうですか」


小さく笑った。


「じゃあ、仕方ないですね」


「ええ」


「末永く、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


二人は微笑み合った。


そして、誓いの口づけを交わした。


その数年後。


アルディア王国には、一人の有名な天才魔導学者がいた。


失われた古代刻印術を復活させ、王国の魔導技術を飛躍的に進歩させた女性。


彼女が開発した魔導器は、病院や学校、孤児院、農村など、王国のあらゆる場所で人々の暮らしを支えていた。


その功績から、国王は何度も彼女に褒賞を与えようとした。


しかし。


「勲章?」


「はい、奥様」


「……いらないです」


「またですか?」


「だって、授与式に出ないといけないんでしょう?」


「ええ」


「面倒なので」


「……国王陛下が、泣いてしまいますよ」


「じゃあ、郵送で」


「勲章は郵送できません!」


今日も彼女は、相変わらずだった。


昼まで眠り。


好きな本を読み。


美味しいお菓子を食べ。


気が向いたときだけ、とんでもない発明をする。


そして、そんな彼女の隣には、いつも優しく微笑む夫がいた。


「リゼ」


「何ですか、クロード様」


「新しいお菓子を買ってきました」


「愛しています」


「……即答ですね」


「もちろんです」


「私より、お菓子を愛していませんか?」


リゼロッテは少し考えた。


「……難しい問題ですね」


「そこは否定してください」


「でも、クロード様」


「はい?」


「お菓子を買ってきてくれるあなたが、一番好きですよ」


クロードは笑った。


「それなら、これからも買ってきましょう」


「ふふ。お願いします」


窓の外では、小鳥が歌っている。


暖かな日差しが降り注ぐ。


リゼロッテは、夫の肩にもたれた。


(ああ、幸せだなあ)


かつて彼女は、いい子だった。


怒られても謝り。


奪われても我慢し。


理不尽な命令にも従ってきた。


その結果、何もかも奪われそうになった。


だから、いい子でいるのをやめた。


自分を傷つける人間には、容赦しない。


大切な人には、精いっぱい優しくする。


そして何より、自分の人生を、自分のために生きる。


それだけだった。


「ねえ、クロード様」


「何でしょう?」


「私、今、すごく幸せです」


クロードは優しく微笑んだ。


「私もですよ」


リゼロッテは満足そうに目を閉じた。


そして、最後に一つだけ思った。


(……もっと早く、家族を捨てればよかったなあ)


もっとも。


今さら後悔しても仕方がない。


これから先は、幸せになるので忙しいのだ。


いや。


忙しいのは嫌だな。


できれば、のんびり。


昼寝をしながら。


愛する人と一緒に。


――天才令嬢は、今日も幸せに怠けている。


【完】

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― 新着の感想 ―
とても面白かったです 誰か彼女に「早く出奔する」事と 「商会なり立ち上げて」運営丸投げ する事を勧めてれば御家はお取り潰し にならなかったでしょうね その場合は更に被害者が増えてたので 問題ですが
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