鬼教官ジェイと新兵カリナ
そして翌日からまた、ジェイによるヴァンガードの操縦トレーニングが再開された。初日のファーストインプレッションはほんの序の口だったのだ。
「それじゃいよいよ本番入るぞ」
「はい。よろしくお願いします」
ズボンに襟なしの丸首シャツにパイロットジャケット姿のカリナ、対してジェイはヘッドセットマイクに三角襟のシャツ、カーゴズボンに指出しグローブという出で立ちだった。
かたや、エレナは昨夜のエリュシオとの約束を果たすべく工房にこもりきりだった。
ガレージの片隅で2人で向き合って立つ。
「カリナ、昨日とは雰囲気が違うが何かあったのか?」
「あ、分かります? はい、エレナさんに教本を作ってもらってそれを読んだんです。基本知識が入っただけ不安が和らいだので」
「教本? あったっけそんなの」
「はい、これです」
カリナはジェイに、エレナが作ってくれたあの3つのテキスト本を見せた。それを見たジェイは納得がいったようだった。
「これはヴァンガード操縦の基本教本と専門的な技術マニュアルか。これを丸暗記したのか?」
「まだ途中ですけど。一般教本は読み終えました。今は技術マニュアルの途中です」
その言葉を聞いてジェイは突然質問を始めた。
「ヴァンガード操縦の基本トレーニング――全20工程を何という?」
「トゥエンティシークエンス、その最初の10段階がファーストステップ、残り10段階がセカンドステップになります。ファーストステップは戦場での移動行動を意識した基本動作、セカンドステップが攻撃や防御を意識した戦闘操作訓練になります」
「正解だ、今日からお前がやる訓練工程がそれになる。基本的にトゥエンティシークエンスは全行程を1ヶ月間で納める予定だ。駆け足にはなるがこれまでのアイアンオーダーとの長い戦いの中で偉大な先達たちが命をかけて積み上げてきた、価値ある知識の〝遺産〟だ。たっぷり味わって学べよ」
「はい!」
そう語るジェイの表情は真剣そのものだった。カリナも思いを打ち明けた。
「戦場では勝つこともそうですが、まず生き残ることが第一義、そのためにも全身全霊で訓練に望ませていただきます」
「よし! その意気だ! 始めるぞ」
「はい」
こうして全20工程の訓練が始まったのだった。
§
エレナやルーカスが時々様子を見に来る中で、カリナは必死に訓練に食いついていた。
「ひえ、揺れる――」
至極簡単な〝前に進ませる〟というだけでも一苦労だった。両手で攻撃武装装備のレバーを握りつつ両足だけで歩行や走行をこなさなければならないのだ。ついつい足元のペダルを見てしまう。
すると機体の外からジェイの厳しい言葉がヘッドセットのスピーカー越しに飛んだ。
『ペダルを見るな! 正面だけを見てろ! 一発で敵に撃たれるぞ!』
「は、はい」
『つま先に目があるような感覚でペダルの位置を体に覚え込ませろ! 意識してレバーやペダルを動かしてるようではまだまだだからな!』
「はい!」
一体いつ、どこから見ているのか? と、思わんばかりにジェイはよく見ていた。そして普段のジョーク混じりのフランクさとは裏腹に訓練時は鬼教官レベルで激が飛んだ。
訓練第3段階【基本歩行訓練】
基本歩行の最終ステップで岩や障害物がある場所を歩き回る訓練――足元の岩でつまずいて倒れそうになった。
――ガンッ――
鈍い音がして左足が途中で止まり機体のバランスを崩しかける。
【機体操作外部介入】
ジェイが手元の操作装置で足を踏ん張らせたのだ。なんとか倒れずに済んだが、その場でジェイの声が飛んだ。
『馬鹿野郎! 左側パネルで脚部周りの障害物センサーを起動させてから歩き出せと言っただろう! 操縦パネルのどこに何があるか? ちゃんと頭に叩き込め!』
「はい!」
ジェイは褒める時はしっかりと褒めてくれたが、怒る時も容赦なかった。
『いいか!? 10mの巨体が倒れれば10mの位置から落下したのと同じ衝撃を食らう! 状況によっては即死する! 戦場では倒れないことが大前提だ!』
「申し訳ありません!」
『よし開始位置に戻ってやり直しだ!』
「はい!」
カリナは操縦席の中で思わず愚痴っていた。
「訓練所時代の鬼教官を思い出す……」
『何か言ったか』
「いえ……」
地獄耳まで同じだった。機体の外で眺めていたエレナも苦笑していたのだった。




