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軍事レクチャー始まる ―ネクシスドメインと言う世界―

 そして、次の日がやってきた。

 ここまでは日常生活にまつわる情報部分だった。基本となる部分がマスターできたことでカリナに対する教育はもう一段階上がることとなった。すなわち軍事状況を含む世界情勢の教育である。これを担当するのもジェイだ。


 今日、カリナは夏向きのワンピースを身につけていた。膝下丈のシルエットは可愛らしかった。初めこそ戸惑いはあったものの〝コツ〟が分かればその後が早い。飲み込みの部分で足踏みすることが多かったが最初の山を越えればこの後の適応力は異常な速さなのだ。今では衣類関係は何の問題もない。


 ヒルトに教えられたのか現代風の化粧や香水も難なく身につけ、その日も芳しい匂いがかすかにする。

 その長い髪は極上のサラサラとした金髪で枝毛1つない。その美少女ぶりは医療施設の中でも早くも注目の的だった。

 別世界の人間、振る舞いは凛々しく、圧倒的なまでに絞り込まれた体、顔立ちは端整で、表情豊かでよく笑いそしてよく泣いた。人当たりも愛想もよく、感謝の言葉を忘れない。それら全てにジェイもルーカスも吸い込まれていた。

 その日、レクチャーの前にカリナに与えられるものがあった。彼女の愛剣の収納ケースだ。ルーカスが説明する。


「カリナ、時間がかかったけど、君の剣を返す。収納ケースができたんだ」

「え? 本当ですか?」

「あぁ、これだ」


 施設の補助職員の手で剣と収納ケースが運ばれてきた。

 大型のベルト付きで腰に下げられるようになっている。十字型のつばのついたレギオンブレイドの形状に合わせられた特注品だ。


「通常、外出時はそのケースに入れて剣を所持してくれ。くれぐれもやたらと抜かないように。正統な理由無く抜剣した場合、状況によっては処分を受ける。法規上のルールを遵守するように」


 思えば当然のことだ。こちら側の世界に存在しないものだからだ。


「はい! 心得ています」


 カリナの嬉しそうな元気な声が聞こえたところで、この世界についての説明がジェイから始まった。


「まずはこれを見てくれ」


 ジェイは移動した先の部屋の壁一面に広がっている大型ディスプレイに地図を映した。


「これが俺達人間勢力がアイアンオーダーと戦闘を繰り広げているエリアの概略地図だ」


 そこには巨大な大陸の一部が映し出されている。


「画面左上に位置するのが敵勢力の主要支配地域のヨーロッパ大陸。その南の内海が地中海でさらにその南方にアフリカ大陸が広がっている。さらに画面右側がアジア大陸。まずはこれが地理的情報として基礎となる」


 ジェイの説明をカリナは冷静に聞き続ける。

 

「そしてこの画面中央、地中海の一部と、北側の黒海に挟まれ、ヨーロッパ大陸とアジア大陸をつなぐ橋のようなエリアが【防衛都市イスタンボール】で、君は現在ここに居る」


 ジェイはイスタンボールの位置を指差した。


「かつてはイスタンブールと呼ばれた歴史あるこの街はその背後に豊富な地下資源を保有している中東・中央アジアを背後に抱えている。そのためアイアンオーダー勢力の最重要進行ルートになっているんだ」


 そこまで説明を聞きながら地図を見ていたカリナは指摘する。


「しかし、このルートで敵の進軍を許すと人間勢力は壊滅的状況に陥りませんか?」

「そう考える理由は?」

「彼らが狙っているエリアは地下資源を有していると言いましたね?」

「ああ」

「その地下資源は、この世界の人間たちが抵抗勢力を維持していくための命綱となっているはず。私が元いた世界でも、食料生産・森林・鉱山と言った領域は人間と魔族の壮絶な奪い合いが繰り返されました。戦争において敵の戦う意思を削り取るためにもその活動の源となっている物を奪い取るのは戦略上の基本中の基本」


 カリナの視線は地図のさまざまな場所に向けられていた。


「おそらくは敵の支配域のヨーロッパを囲むようにイスタンボールのような防衛都市が築かれているのではないですか? 現在はかろうじてアイアンオーダーの侵攻を封じ込めるので精一杯、反撃や抵抗をするのに決め手を欠いている状況のはずです」

「流石だな。救世の勇者と言う肩書きは伊達ではないな」


 カリナの言葉にジェイもルーカスも、あっけに取られていた。


「言いたい事を言われてしまったな」とルーカス、

「ああ、その通りだ。我々人間はまさに薄氷を踏んでいる状態だ」


 そう説明しつつ、ジェイはディスプレイに表示された地図のエリアをさらに拡大する。北欧、ロシア、から北アメリカまで広範囲に含まれていた。


「まず、大前提として敵であるアイアンオーダーの勢力範囲はこの〝ヨーロッパ大陸の中西部〟になる。ヨーロッパ大陸の東部は我々人類軍とアイアンオーダー軍の最激戦地域だ。一進一退の戦いが続けられている。さらに西部ヨーロッパからさらに西の海、北大西洋もアイアンオーダーの海上戦力の勢力範囲だ。そこから更に西の北部アメリカ大陸。この東岸地域もアイアンオーダーの根拠地と化している」

「海を超えた大陸も?」

「そうだ。そこはかつてアメリカと呼ばれた超大国があったが国家としてハイテクの最先端を極めていたことが仇になり、アイアンオーダーの勃興とともに軍事システムが機能不全に陥った。ヨーロッパのアイアンオーダー根拠地に近いアメリカ東岸地域がアメリカの国家中枢だったことも災いし、西部ヨーロッパの諸国家の次に、国家機能が喪失した国となった。現在では北部アメリカ大陸の西と東で人間とアイアンオーダーとでにらみ合っているよ」

「なるほど――」


 カリナは世界地図を目の当たりにしながらも、早くもかつての救世勇者として資質を見せようとしていた。


「敵であるアイアンオーダー軍の勢力は、まずは西部中部のヨーロッパを制圧、そこに存在した国家群を喪失させた。そして、海上にも侵攻し北大西洋を制圧しアメリカ大陸にも到達。アメリカ大陸の東岸に集中していた国家機能を破壊するとアメリカ大陸にも勢力圏を得ることに成功、こうして海を挟んで巨大な勢力範囲を得て、現在に至っている――と言うことなのですね?」

「さすがだな、情報量の多さに混乱するかとも思ったんだが、予想違いだったようだね。概要としては君の理解でほぼ間違いない」


 だがジェイたちはさらに、カリナがただの17歳の少女ではないと、その非凡さを思い知らされる事になるのだ。


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