イリスと傭兵たち、かく語る ―軍隊なき世界の戦力―
かたや、ジェイがイリスの飲むカクテルを見て彼女に問いかける。
「随分、豪快なのを飲むんだな」
「任務期間中は簡単に飲めないでしょ? だからその分をまとめて濃い度数で飲んでるのよ。それより――」
イリスの視線はカリナへと向いた。
「この世界の戦いについてだけど――、社会情勢がどうとか、地理的な情報がどうとか、そういうことはそっちの兄さんが教えるだろうから今のあなたに一番重要なこと教えてあげるわ」
イリスは落ち着き払った口調で穏やかに告げた。
「この世界における主戦力である〝傭兵〟についてよ」
「傭兵? 金銭で雇われて戦場での戦いを担う人々ですよね?」
「ええ、それが一番わかりやすい解釈よね。でもこちらの世界の傭兵というのは、もう一つ重要な意味があるの」
「もう一つ重要な意味?」
「ええ」
イリスは真剣な目で頷いた。
「ヴァンガードという機械のパイロットであるということよ」
そこでイリスはバーのマスターに声をかけた。
「マスター、壁面投影したいのプロジェクター貸して」
「店のワイヤレス回線にアクセスしろ。すぐに使える」
「サンキュー」
そう言うと着衣のポケットから小型のスマート端末を取り出す。そうして何やら操作すると店の壁一面に映像を投影した。そこに映っていたのは、屋外の戦場で戦う様々な機械だった。
「これはこの世界でアイアンオーダーと戦うための主戦力である〝ヴァンガード〟という機械よ」
そこに映っていたのは――、人型、4脚歩行型、無限軌道型――実に様々なバリエーション豊富な機械の姿だった。
「正式名称は〝シャドウ・スティール・ヴァンガード〟――形状には様々なバリエーションがあり、それを操縦するパイロットを〝傭兵〟と呼ぶのよ」
「機械の操縦者が傭兵と呼ばれるんですか?」
「それを含むという意味ね――、そもそもこの世界には国家レベルの軍隊がないのよ」
それは驚くような情報だった。
「軍隊がない?」
「そう、アイアンオーダーの侵略により世界中の〝国家〟という枠組みは消えて壊れてしまった。だから国家という単位で動く軍隊ももうない。何より歩兵レベルではあの鋼鉄の悪魔たちとは戦えない」
「歩兵がいないのですか?」
すると居合わせた傭兵たちの1人が言った。イタリア人風の風貌で、頭に白髪の混じった年老いた傭兵だった。
「アイアンオーダーは、機械による無人の軍隊だ。大量生産でいくらでも補充が効く。機械ならではの、高速移動、大量一斉攻撃、電脳仕掛けの高レベルな団体制御――、人間様がどんなにガン首並べて鉛弾を打っても単なる動く的だ。そうなったら人間の軍隊なんか何人並べたって意味はない」
その言葉には戦場でアイアンオーダーと関わった現実感があった。カリナは恐る恐る聞いた。
「傭兵になる前は何をしてらっしゃったんですか?」
「元イタリア国軍ヘリボーン部隊パイロット――、でっかいヘリコプターの中に大量の兵隊を詰め込んで、戦場にデリバリーする。アイアンオーダーとの戦いの初期では、避難する市民を守るという名目で、勝てない戦いにたくさんの〝人柱〟をばら撒いたんだ。兵士たちのあの時の絶望の顔は今でも忘れないよ」
その言葉には多くの人の死を指を咥えて見ていたという、あまりにも重い現実があった。その言葉に、カリナ自身の幼い頃の記憶が重なった。
「――〝決め手のない戦い〟と言うのは、命があっさりと消えていきますよね」
その時のカリナの表情にイリスは指摘した。
「心当たりがあるようだね?」
「はい。私は勇者という肩書きで、戦場に立ってきました。魔法を駆使し人間をはるかに超えた生命力をもつ魔族と戦った。ですが戦いの初期には敵を倒すための決め手がなく、時には人間の数に頼ったごり押しをするよりわからなかったことがあります」
その言葉に先ほどのイタリア人の老傭兵ははっきりと頷いた。
「それと同じだ。こっちの世界でも機械の持つ強みに人間が太刀打ちできなかったんだ。だから多くの人間が故郷を追われた。国家という枠組みが消えた、そして戦いを根本から見つめ直しアイアンオーダーと戦える戦力作りが求められたんだ」
「つまりそれがヴァンガード――」
「その通り。〝機械と戦える機械〟が俺たち人間には必要だった。それも効率よく素早く、極めて高度な連携行動も、立体的な情報管理戦闘も、敵を大量に葬り去る攻撃力も、全てが必要だった。しかしそういう状況の前には国家単位で縛られて国の事情に左右される人間の軍隊なんて、全くお呼びじゃなかったのさ」
そこまでの会話で彼らはピンと来るものがあった。
「!――、つまり戦場での戦闘単位は、人間ではなくその〝ヴァンガード〟と呼ばれる機械なんですね? だからこそ軍隊としての人間の集団を数えることには意味がない。ヴァンガードという戦闘の担い手の機械を熟達して運用できる人間が必要になる。それがたまたま傭兵という言葉で呼ばれている。なぜならこの世界に国家が管理する軍隊は求められていないのですから」
カリナのその言葉に男の傭兵たちは満足気に頷いてた。カリナの兵士としての本質により深く理解したのだ。




