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親父が魔王で何が悪い!〜七光り転生した俺は、実家のコネと権力をフル活用して異世界最強のスローライフを謳歌する〜  作者: 小林一咲


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ep.1

 ――努力は、人を裏切る。

 それが、三十年の人生をブラック企業の歯車として捧げ、最終的に会社のデスクで「あ、これ死ぬわ」と察した瞬間に俺が辿り着いた、唯一にして究極の真理だった。

 サービス残業月百時間を超えてなお、「お前の頑張りが足りないから業績が上がらないんだ」と上司に罵倒される日々。

 自力で道を切り拓く?

 己の力で高みを目指す?

 馬鹿馬鹿しい。そんなものは、搾取する側が労働者を安く使うための甘い言葉に過ぎない。

 次に生まれることがあれば、俺は絶対に「自分の力」なんて使わない。

 誰よりも太い実家に生まれ、誰よりも強固な権力に守られ、他人のふんどしで相撲を取り続けて、何不自由ない隠居生活を送ってやる。

 そう。俺は、究極の『コネ野郎』になってやるんだ――。

 そんな、ろくでもない願いが天に届いたのか。

 次に目を覚ました時、俺の視界に飛び込んできたのは、煤けたオフィスの天井ではなく、見たこともないほど豪華な天蓋てんがいだった。

「……あぶ、ぶ?」

 声を出そうとして、喉から漏れたのは幼児特有の不明瞭な音。

 視界に入る自分の手は、驚くほど小さく、もみじのように赤くて柔らかい。

(転生……ってやつか。これ。ラノベでよく見る)

 記憶ははっきりしている。

 思考のキレも悪くない。

 問題は、ここが「どこの」「誰の」家かということだ。

 もしまた貧乏農家の七男坊とかに生まれていたら、俺は自分の運命を呪って、今すぐ舌を噛み切ってリセマラを敢行する自信がある。

 その時だった。

 ズゥゥゥゥン……ッ!

 重厚な石造りの扉が、地響きを立てて左右に開かれた。

 部屋に流れ込んできたのは、肌を刺すような、しかしどこか温かい、圧倒的な「密度」を持った空気。

「……おぉ、おおぉ! 我が息子よ! ユハトよ!」

 現れたのは、身長二メートルを優に超える巨躯。

 額からは漆黒の角がそそり立ち、背中には夜の闇を切り取ったような翼。

 身に纏うのは、一国を優に買えそうなほど豪奢な漆黒の外套マントだ。

 その後ろには、全身をフルプレートの鎧で固めた騎士たちが数十人、一糸乱れぬ動きで膝を突いている。

「おめでとうございます、ガラム様! ついに魔王の正統なる後継者がお生まれになりましたな!」

「この赤子の魔力量……末恐ろしい。これならば、人間界の殲滅も容易いでしょう!」

 魔王。

 ガラム。

 後継者。

(……勝ち申した)

 俺――ユハトは、心の中でガッツポーズを作った。

 望みうる最高の環境。

 努力不要の約束された勝利。

 俺の目の前にいるこの巨大な「魔王」という存在こそが、俺が今世でしゃぶり尽くすべき、最大最強の『コネ』である。

「ユハト、我が愛おしき息子よ。何か欲しいものはあるか? 三界の至宝か? 勇者の首か? 望むものを言ってみよ、この父がすべてを買い与えてやろう!」

 魔王は、恐ろしい面構えを崩し、だらしなく目尻を下げて俺を覗き込んでくる。

 まだ言葉も話せない赤ん坊相手に何を言っているんだという話だが、俺にはわかる。この親父、典型的な「親バカ」だ。

 俺は、精一杯の愛想笑いを浮かべ、魔王の太い指をギュッと握りしめた。

「あぅー(一生養ってね、パパ)」

 その瞬間、魔王城は歓喜の咆哮に包まれたという。

 それから、十年が経った。

 俺の生活を一言で表すなら、「至高」である。

 朝は専属のメイドたちに身体を拭かれ、最高級のシルクの服を着せられる。

 食事は魔界屈指のシェフが、人間界の宮廷から「スカウト(という名の拉致)」されてきた超一流が腕を振るう。

 現在、俺は魔王城の中庭にある特等席で、優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。

 目の前には、魔界で最も恐れられる「爆炎の四天王」の一人、リナリアが直立不動で控えている。

「ユハト様。本日の魔導演習の時間でございます」

 絶世の美女でありながら、その手で数多の軍勢を灰にしてきたリナリアが、恭しく魔導書を差し出してきた。

 彼女は、俺の教育係兼護衛だ。

「リナリア。昨日も言っただろう? 俺は忙しいんだ」

 俺はクッキーを口に運びながら、面倒そうに首を振った。

「お忙しい……? 拝見したところ、先ほどまで蝶を追いかけてお昼寝をされていたようですが」

「それが忙しいんだよ。蝶の軌道を観察し、自然との対話を深めていたんだ。これこそが真の魔導への近道だと思わないか?」

 嘘である。ただ眠かっただけだ。

 リナリアは一瞬、ハッとした表情を浮かべた。

「な、なるほど……! 既存の魔導体系に捉われず、万物の真理を直接その身に刻もうとされているのですね。流石はユハト様、凡百の天才とは格が違う……!」

 これだ。

 この「魔王の息子なら何をやっても凄い」という思い込み。これが非常に心地いい。

 俺が鼻をほじっていても、彼らは「深遠なる魔力の循環を整えている」と解釈してくれるのだ。

「そんなことより、リナリア。今日の演習だが……俺の代わりに君がやっておいてくれないか?」

「は? 私が……ユハト様の代わりに、ですか?」

「そうだ。俺は君を信頼している。君が放つ魔法を俺が横で眺めている。それが一番の『学び』になるはずだ。……あ、もちろん、親父には内緒だぞ?」

 俺はそう言って、親父から勝手に拝借してきた『魔王の印章』をチラつかせた。

 これを見せれば、魔王軍の者は誰であれ逆らえない。いわゆる「水戸黄門の印籠」の魔界版である。

「そ、それはガラム様しか持つことを許されない印章……! 既にそこまでの信頼を……。わかりました。ユハト様がそう仰るなら、私の魔法を『教材』としてお見せいたします!」

 リナリアは頬を紅潮させ、杖を構えた。

 彼女が放った極大魔法『イグニス・レギオン』が、ターゲットの山を文字通り蒸発させる。

 ドォォォォォォンッ!!

 爆風で俺の髪がなびく。

 本来なら自分で修行して身につけるべき術式だが、こうして「代理」を立てれば、俺は一歩も動かずに「山を吹き飛ばした現場」に居合わせた功績を得られる。

「素晴らしい。リナリア、満点だ。よし、今日の授業は終了!」

「ありがとうございます! ユハト様のお役に立てて光栄です!」

 リナリアが深く頭を下げる。

 よしよし、今日も一切のカロリーを消費せずに「教育課程」を修了したぞ。

 俺は満足して、冷めた紅茶を飲み干した。

 だが、世の中そう上手くはいかない。

 城のバルコニーから様子を見ていた親父――魔王ガラムが、凄まじい勢いでこちらに飛び降りてきた。

「ユハトォォォォ! 今の魔法はリナリアのものだろうがぁぁぁ!」

 着地の衝撃で中庭の石畳が粉砕される。

 親父は、般若のような顔で俺に詰め寄ってきた。

「いい加減にしろ、息子よ! お前には魔王の血が流れているのだ。少しくらいは自力で魔力を使う訓練をせんと、将来、魔族たちが付いてこんぞ!」

「親父……声が大きいよ。鼓膜が振動して疲れる」

 俺は耳を塞ぎながら、ふいっと顔を背けた。

「お前なぁ……! 誰に似てそんなに怠惰になったのだ! 私が若い頃は、一人でドラゴンの群れを――」

「あー、また始まった。親父の昔話は長いんだよなぁ。……あ、そうだ。リナリア」

「はいっ、ユハト様!」

「親父、今朝『腰が痛い』ってこっそりこぼしてたよ。リナリア、親父に最高級の回復魔法をかけてやってくれ。俺の命令だ」

 俺が適当な嘘をつくと、リナリアは血相を変えて魔王に駆け寄った。

「ガラム様! ご無理をなさってはなりません! ユハト様は、貴方様の御身を案じて――」

「ぬ? 腰……? いや、痛くないぞ? ……いや待て、息子が私の体を心配してくれたというのか?」

 魔王の顔が、一瞬で「般若」から「ふにゃふにゃの親バカ」に変貌した。

「そうか、そうか! ユハトよ、お前は照れ隠しでそんな態度を取っているだけなのだな! 私のためにリナリアに命じてまで……! ああ、なんて優しい子だ!」

「……うん、まあ、そういうことにしておいて」

 チョロすぎる。

 この親父、力は最強だが、息子からの「関心」というエサを与えておけば、大抵のことは有耶無耶にできる。

「よぉし、わかった! 今日の説教は終わりだ! お詫びに、人間界から取り寄せた最高級のプリンを一緒に食べようではないか!」

「プリン……? 仕方ないな。親父がそこまで言うなら、付き合ってあげるよ」

 俺は心の中でガッツポーズをした。

 説教を回避したどころか、スイーツのランクまで上がった。

 努力? 鍛錬?

 そんなものは、実家のない奴らがやることだ。

 俺は魔王の息子。

 使えるものは親でも四天王でも使い倒し、この快適な「温室」を守り抜いてみせる。

 しかし、この時の俺はまだ知らなかった。

 俺が「楽をするため」に放った適当な嘘や、他人任せの解決策が、なぜか世界を揺るがす大事件へと発展していくことを。

 そして、人間界から「最凶の魔王子、ユハト」を討伐するために、美少女勇者が差し向けられようとしていることを――。

「ユハト様、プリンのおかわりをお持ちしました!」

「……ん、サンキュ」

 俺の、コネと権力にまみれた二度目の人生は、まだ始まったばかりだった。


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