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僕は何にでも変身できるスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
三章

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SS⑦『焼肉店にて』


 虚木響介が意気消沈しながら事務所のデスクに戻ろうと――少なくない事務仕事に思いを馳せながら、残り少ない夏休みの予定なんかにも思考を二転三転とさせる。そんな最中――「虚木先輩?」と。


 彼女の他に唯一、自分の虚ろを埋めてくれる人の声がした。振り向いた先には茶色のセンターパート。意志を感じさせる黒曜の瞳に、キリっとした顔立ち。自分と同じように紺を基調とした《星狩りの制服》を身に纏う彼は、まごうことなき月野初(つきのはじめ)! 


「月野クン!? どうしてここに!」


 両手を広げて、もはや抱きしめたいような心地で全力で彼を歓迎しようとすると、月野は苦い笑いを浮かべた。


「あまり愉快な事情ではないんです。その……僕の《星座審査》に関わることで」


《星座審査》。その話は虚木にも障りだけは聞かされていた。本来、《異星体》を人間の友――《星座》として迎えるために必要な儀式。十分な監査によって、今後、《侵略派》に裏返ることがないか、駒としての性能と、その真贋を認めるための通過儀礼――だが、月野初の場合は訳が違う。

 まず、特例だ。通常、人間が審査にかかることがない。当然な話、これは異星を我々の宇宙に迎えるべきかを選別する神聖なものだ。そこに、人間が割り込む余地は、通常ない。問題は、月野が異星体との融合――《融和》を果たし、尚も人類に対し友好的な態度をとる部分にある。


 異星体と融和を果たした人間は、原則的に《異星体》と同様の対処――つまりは駆除が――取られるはずなのだが。月野初は、たったの一ヶ月と半分で、三ツ星への昇格を果たし、あまつさえ三ツ星最強と名高い、虚木響介との一騎打ちに勝利した。

 客観的に見て、あの場で負けたのは虚木だ。相手は二人で一つだった。どんなに幕引きがあっけなくても、負けは負け。その事実を、上層部はたいそう評価したらしい。


 ただの異星体として処分するわけにはいかない。そんな話は虚木自身の耳にも届いていて、近々、審査役が選別されるとかなんとか。


「星座審査って言うと……そういえばキミの彼女たちは? 彼女たちも一緒に《星座審査》に臨むとかなんとか」

「ミヤの方はいますよ。……ここに」


 そう言って、月野は自身のうなじを優しく撫でつけた。そこから這うように現れた、“水色”の触手は、先端をこちらに向けて、じっとこちらを見つめているようだった。


「……ミヤちゃん、なんだよね、……それ?」


 改めて、虚木はその触手を観察する。湖面のように透き通った、青色の触手。ひんやりとした涼しさを放つそれは、見方によっては氷柱に見えるのかもしれない――明らかに物質的なそれが、どうやって人に化けるのか不思議でならない。《異星体》とは、こんなに人外じみているのか、と不思議な感慨を抱きそうだ。


「まじまじと見つめないでよ。失礼だと思うんだけど」


 触手に口のようなものが生成され、喋った。数々の異星体と邂逅してきた虚木といえど、現状の不可解さには戸惑いと可笑しさが隠せない。


「ごめんね。女の子なんだもんな」

「そうだよ。気を付けてよね」


 ぷんすこ、と触手が可愛らしいオノマトペで怒ったのが分かる。世にも珍しい情緒的な触手だ。傍から見たら不気味な触手だっていうのに、愛嬌があるから、不思議だ。


「それが《融和》した状態? 改めて見ると、すごいね」

「そうですか? もう僕にとってはこれがデフォルトの状態なんですけど……」

「いやぁ、ほんと、とんでもないよ? 《異星体》を自分の内側に棲ませるって発想がまずないし。実現できたとしても危険すぎる。裏切られたら内側からズタズタにされておしまいだからね……。無自覚かもしれないけれど、リスクの塊みたいな状態なんだぜ?」

「失礼しちゃうな。ボクは――」



「――――大丈夫ですよ」



 何かを言いかけたミヤを制するように、月野は微笑と共に触手の柔肌を優しく撫でた。

「ミヤはいい子なので。……だろ?」


 示し合わせるように、月野は触手の口元を見つめた。それから、“それ”は嬉しそうに、彼の頬に口づける。


 虚木は異星体に対する差別意識なんて微塵もないが、絵面を見て『すごいな』とは思った。“それ”は触手だ。口がついただけの、不気味な触手。そりゃ、人には化けられるとは言え、現状の形態を鑑みれば、不気味なエイリアンそのものであることに変わりはない。だというのに、彼はむしろ幸せそうにキスを受け入れている。

 

 どうすれば、そんなに幸せそうな笑みを浮かべられるのか。愛とは、こうも尊いものなのか。傍から見て、虚木はそれが不思議で、尊いものに思えて、だけど理解はできなかった。


「ミヤ。ここまでだ。改めて、顔合わせなんだから」


 熱烈な口づけに待ったを交わし、ミヤは寂し気に唇を尖らせる。優しくその肌を撫でつけて、再び、彼女が月野の内側に戻った。


「……“顔合わせ”?」


 虚木が尋ねると、月野が冒頭の苦笑に戻って、言った。


「はい。……これから審査役になる虚木先輩に、今から媚びを売っておこうかな、と」


 よくよく見れば、少し可愛げのある笑みだった。しかし“媚びを売る”とは、最も彼に似合わない言葉で、不思議で、笑えた。


 ――――考えている途中で、疑問がよぎる。


「審査役? 俺が?」


 まるで聞かされていない。

 きょとんとする虚木を前に、月野は悪びれる様子もなく軽く肩をすくめた。


「まぁ、リークですね。うちには耳敏い上にお節介な所長がいて。『事前に根回しでもしちまえ』、と」

「ああ、あの人か」


 腑に落ちた。渡辺瑠火。――【東京大停電】の英雄。龍を沈めた焔の持ち主。次期五ツ星候補であり、『渡辺探偵事務所』の所長であるという大英雄。

 あの女帝の指示とあらば、流石の月野も反故には出来なかったのだろう。月野はこういうことは嫌いそうだが……同情する。


 まぁ、虚木がとびきり楽しいひと時を提供することで、相殺してやろう。



「――――じゃあ、どこかにランチに行こうか。もちろん、オレの奢りで」







 ――――――――――――☆――――――――――――






「意味が分からない……」


 緋川は虚木に捕まった不幸を恨みながら、文句を言いつつも焼肉を味わっていた。

 

 虚木に腕を掴まれ強制連行された先――は、高級な焼肉店の個室だった。網の上では、見事なサシの入った特上カルビが小気味よい音を立てて脂を弾かせている。

 四人がけのテーブルの片側には、上機嫌でトングを握る虚木と、呆れ顔で箸を進める緋川。そして対面には、月野と――可憐な美少女の姿に化けたミヤが並んで座っていた。

 

 幸か不幸か何とも言い難い。道中で話は聞いていて、本当に自分が巻き込まれた意味が分からなかったのだが、というか話を打ち切って逃げたはずなのだが、この男はなんでもない調子で誘いやがって……!


「ほら緋川ちゃん。肉焼けたよ」


 虚木が柔和な笑みを浮かべながら、緋川の皿に肉を放り込んでいく。意外に肉奉行な虚木が、肉の焼き加減を判断しながら後輩たちの皿に盛っていく絵面はシュールだった。あんたが肉奉行か……と思いつつ、緋川は肉を頬張って、美味しくって、白米が止まらなくなった。……彼が隣にいることも、今日の痴態も、今は忘れてしまおう。それよりも、肉だ、肉。パクパクと食べ進めていくと、横から好奇の瞳に見つめられるのが分かった。


「……なによ」

「いや、美味しそうに食べてるなあって」

「そうね。美味しく食べてやるから肉を焼きなさい」


 そう言うと、彼はにこりと笑った。

 なぜこんなに毒気のない笑顔を浮かべられるのか、緋川は本当に疑問で、直視できなくて、困った。こんな奴にかまってやれるか、と緋川は視線と話題を他所にやる。


「……そういえば月野。あんた、結姫乃先輩と付き合ってるらしいわね」

「ん? ああ」

「じゃあその女は何よ」


 と、緋川はいたって真面目な指摘――月野の腕にじゃれつくウルフカットの美少女を指さした。


「彼女だよ」


 月野は悪びれた様子もなくそう告げ、当然のように肉を彼女の口元へと運んでいく。傍から見ていると、甘える彼女と彼女を溺愛する彼氏――という、なんとも胸やけを起こしそうな光景で、目の前の男が二股をしているという事実を鑑みると、さらに受け入れ難い。


 まぁ、結姫乃先輩が何も言わないなら、私が口出しすることなんて何もないとは、……分かっているつもりなんだけど。


「……二股って、どうなのよ。男として」

「まぁ、これから何度も聞かれるだろうな。人道的にどうなのか、って。……でも、そうだな。絶対に誰に何を言われても、一人に絞ることはできないんだと思う。僕は」

「優柔不断ね」


 非難するような目で彼を睨めば、刺々しい感情を受け入れつつ、「いいや」と首を振る月野の姿が見えた。


「欲張りなんだよ」

「…………」

「どちらか一つなんて考えられない。どっちも欲しかった。迷ったんじゃない。二つとも選ぶという選択をした。紛れもない僕の意志で」


 瞳に込められた意志を緋川は受け取って、なるほどな、と頷いた。これが月野か。月野初か。目に込められた力が違う。言葉の持つ熱量が、誠実さが違う。

 

 この男はどこまでも青臭く、馬鹿みたいで、真摯でひた向きで、本気だ。


「……物は言いようね」

「ま、開き直りと言われればその通りだよ。でも、僕は、絶対に。誰に何を言われようが彼女たちを選ぶし守り抜くと誓う」

「あんた、言ってて恥ずかしくならないの?」


 聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいの発言なのだけど。


「その場の勢いで言ってるうちは何ともないんだ。……まぁ後から思い返して悶絶するところまでがセットなんだけど」

「なんというか、……あんたらしいわね」


 それが、“月野らしい”と感じる時点で、分かりやすい人間性と言うか……裏表がない奴なんだな、と思う。言ってしまえば馬鹿なんだけど。


『馬鹿じゃない男に、賢い女は恋なんてしないわ』


 と、以前、結姫乃が言っていたことを思い出す。彼女になんで月野が好きなのか尋ねたことがあったのだ。曰く、馬鹿なところがいいのだとか。

 その時は意味が分からなかったが、改めて対面して、まぁ、分からなくもないな、と思った。

 馬鹿な男は、可愛げがあるのだ。母性がくすぐられるというか、私がちゃんと見ておかないとなって感じがする。そういう意味では――――


「ん? どした? 緋川ちゃん」

「なんでもない。ってかあんたのことなんか見てないから」

「えっ」


 虚木と月野は似てるな、って、それだけ。別にあんたのことなんて何とも思いたくない。


 馬鹿と天才は紙一重なんて言うけれど、ほんと、その通りなのかもね。








 ――――――――――――☆――――――――――――






 別に焼肉で打ち解けた、と言う訳じゃないけれど。月野が別に悪い奴じゃないってことくらいは、私にもわかってきた。素直にいい奴とも認めづらいけれど。だって二股してるし。最低。

 言っても揺るぎないってことは分かってるから、まぁそこはいいんだけど。


「――ってか、ミヤって『宇都宮有』と同一個体って訳じゃないの?」

「ん? 何言ってんの緋川。ボクはボクだけど?」

「いや、薄々思ったんだけど、月野の“宇都宮エピソード”の内容と目の前のあんたが乖離し過ぎなのよ」


 虚木に宇都宮との馴れ初めを聞かれて、数々のエピソード――宇都宮がいかに天才で、自分のライバルに値する存在であったか――を赤裸々に語る月野だったが、私にはどうしても、目の前のミヤと、月野が語る天才・宇都宮有とが結びつかない。

 ミヤ自身も『宇都宮有』――大本の異星体による『自己複製(コピー)』であることは広く認知されている、が。何か、ひどい違和感を感じた。


 言ってしまえば、目の前の恋に蕩けたスライムが、天才だとはちっとも思えなかった。能ある鷹は爪を隠す、とでもいう奴なのか? とてもそうは思えないけれど……。

 

「んー。まぁ、ボクは確かに有から生まれたけど……。有はボクじゃないし、ボクは有じゃないよ? ボクは後天的に『ミヤ』になったんだもん」

「…………。つまり、別個体ってこと?」

「そうだと思うよ? たぶん」

「……頭がいい方に詳しい話を聞きたいわね」

「あ、有に話が聞きたいってこと? それなら今頃たっぷり聴取されてると思うけど」


 そういえば。

 何故、この場に宇都宮有、本体が居合わせないのだろうか。

 私は答えを得るために月野を見つめた。それで察したのか、彼が答える。


「有は今、自分が持つ情報を提供しに行ってるんだ。《星座審査》を少しでも優位に進めるために」

「なるほどねえ」


 隣の虚木が頷いた。


「せっかくだから俺も有ちゃんに会いたかったんだけどなあ。そういえば月野クン。有ちゃんってどれくらい強いの?」

「今の僕の二倍くらい強いんじゃないかな」

「は?」


 思わず口を挟んだ。真剣に告げた月野の表情、それがあまりにも信じられなかったからだ。『交流戦』でどんな戦いを繰り広げていたのか、私は後からそれを《星間放送(スターストリーム)》で確認している。

 

 驚嘆せざるを得なかった。 

 星狩りを初めてわずか一月で、ここまで化け物じみた能力を発揮できるのか、と。


「月野クンの二倍? マジで?」

「僕の勘だけどな」


 月野の勘はおそらく正しい。一月で三ツ星に至るような化け物に、星たちが忖度をしないはずがない。第六感とも呼ばれる《星の囁き》は、月野に嘘を吐かないし、月野は意味もなく嘘を言う人間じゃない。

 だから二倍って言うのは、マジだ。


 とはいえおかしいのは、ミヤと言う自己の複製を用意しても尚、その実力があるという点で……。


「ほんとに三ツ星なの、そいつ」


 そうこぼさずにはいられなかった。



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