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僕はスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
一章

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02 怪物との出会い



 金が要る。そう思って、かつての相棒を売り飛ばした。たった一度の勝利を収め、それ以降使われることのなかったその銃は、六千円となって僕の手元に帰って来た。三分の一のキャッシュバック、クソみたいな還元率だ。過去の気の迷いを鼻で笑う。馬鹿なことをした。

 高校生になって、小遣いが月六千円に値上がりしたとはいえ、それでもあの銃は今でも三か月待たないと手に入らない。僕は今の三か月を、一か月にして資金へと還元したのだ。文字に直すと馬鹿みたいだ。それも、美容院代にするなんて馬鹿げた理由だ。馬鹿に馬鹿を重ねたらどうなるのか――決まってる。大馬鹿だ。

 美容院に行くために相棒を売った大馬鹿者が僕だ。いつかテレビで特集されてもおかしくない。さて、そろそろ気になってきたところだろう。なぜ僕が美容院に行くのか。

 

 モテる為だ。イメチェンを果たす為だ。カッコよくなる為だ。

 僕には彼女がいない。だが、宇都宮には彼女がいる。

 この不条理を、許せないのであった。

 ちなみにこれから筋トレも始める。プロテインも買おうと思う。日焼けサロンにも行ってもいいかもしれない。高校一年生の夏から、僕はようやく本気を出す訳だ。腕が鳴るぜ。

 

 夏。そう――夏だ。春は息を吸って吐いた瞬間にいなくなってしまった、というのはさすがに比喩だが。春はあっという間だった。呼吸した一瞬のうちに春は過ぎ去り、あっという間に夏休み。

 他のクラスメイト達の春はおそらく満開だったことだろう。

 

 一般的な話をすると、高校一年生の春とは、人間関係の流動性が最も高まる時期だ。

 部活動の見学や仮入部を経て、所属するコミュニティが確定したり、隣の席の奴と話が弾んで仲良くなったり、昼休みの教室では机を囲んで弁当を広げるグループが自然発生的に形成されたり、スマホでのLINE交換があちこちで行われる……んじゃなかろうか? 

 放課後になれば、運動部からは活気ある掛け声が、文化部からは楽器の音色が響き渡る。さらに、早々に恋人というステータスを獲得し、寄り道をして帰る男女も珍しくない……と、思う。たぶん。メイビー。

 さて、一般的な話はやめて偏向的な僕の話をしよう。虚無だった。なにもなかった。孤立していた。理由は察してほしいところだが、僕はめんどくさい女でもないので正直に吐露することにする。

ヤツ(宇都宮)である。当然のごとく、高校でもカースト最上位に位置する宇都宮を皮肉ったり無視したり邪険にしたり、蛇蝎の如く嫌ったのが良くなかった。《あの宇都宮を邪険にする変な奴》という噂が瞬くうちに広がり、なんというか、その、……孤立していた。


 これは僕が悪い!!

 

 だけど、少しは神を呪わせてくれ! なんであいつが同じクラスなんだよ! 嫌いだって言ってるのに、執拗に絡んでくるのは何なんだよ! 呪われた装備か何かか? いい加減外させてくれ!

 あと、相変わらず完璧超人なのは何なんだよ! 真人間を辞書で引いてきたような性格をしやがって、それを嫌ってる僕は何なんだよって話になるだろ!?

 

 いや、僕だって分かってるさ。あいつが良い奴じゃない、訳じゃないってことくらい。全然、全く、悪い奴じゃない。悪いところが見つからない。非の打ち所がない。宇都宮有(うとみやゆう)は、……いい奴だ。なんで僕があいつを嫌っているのか――説明できるが、納得させる自信がない。

 ……悔しいから。

 あの敗北を笑って見せたお前の精神性が、捻くれた僕の(かん)に障った。悔しいって言ってほしかった。次は負けないって言ってほしかった。

 

 ――対等になりたかった。

 

 誰からも共感を得られない生き方をしている。その自覚はある。

 なぁ、宇都宮。僕はお前を疎んでいる。でもさ、もし仮に、もっとお前が人間ならさ、僕たちは仲良くなれたと思うんだよ。

 お前のことを同じ人間だと思えないんだ。

 それって、僕が卑劣で、狭量で、惨めな人間だからかなぁ。

 あー。やめよう、この思考に価値はない。せっかくの夏休みなんだ。夏休み。夏の話はしたが、休みの話はしていなかった。長期休み――と、言いたいところなのだが、休みの前に進学校の学生には地獄がある。夏期講習である。三泊四日の夏期講習は、我が高校の文化であるらしい。どうせ家で勉強するのだし(というか、僕には勉強しかないし)、滅んでいただけないだろうか。いや、拒否権はあるのだが。この夏期講習に行かなかったら本格的に僕の高校生活が終わる気がする!

 アオハルが散る! 青い春ではなく血にまみれたアカハルになってしまう。そんなのはごめん被るのだ。夏期講習は自クラスだけでなく、他のクラスとも合同だし、友人を作る糸口は無数にある。という訳で、参加を希望したのであった。僕の希望も夏期講習にあればいいな。地獄でしか育めない友情もきっとあるはずだ。

 

 さて。そんなことを考えているうちに美容院で髪を茶色に染め、センタパートと言うどうやら流行りの髪形に新たな自分デビューをした僕なのだが、鏡を見てみると、かなりイケていた。ナンパをしても成功しそうな感じだ。たぶん自惚れじゃない。我が妹が《残念イケメン》と称したことがあるが、今の僕は覚醒イケメンだ。やってやろうか、ナンパを。一回もやったことないし、試しにちょっと。

 

 ちょうどあそこに金髪の可愛いお姉さんが――路地裏に連れ込まれた。ん? 見間違いか? あれ? 目をこすった。

 僕の目に留まったはずの美人さんは、既にそこにはいなかった。

 怖いスーツの男の人が、美人さんの腕を掴んで一瞬で路地裏に消えた気がする。ん? あれ? 本当に? 現実?

「……マジぃ?」

 気づいたら声が漏れていた。周囲に人通りはあるのだが、皆、我関せずという感じだった。確かに、触らぬ神に祟りなしだ。

「ん、んー……」

 とは言え、今のアレを見逃すのはどうなんだろうか。人として、道徳観が欠如してないか? 

「んー……」

 実は、どんな相手だろうと僕には勝算がある。いや、僕が武道を嗜んでるとか、そういう話じゃない。最近物騒だからと、妹に催涙スプレーを持たされているのである。

 

 物騒なのはお前の頭だろ。

 

 そう言いたいが、現実に役立つ場面が来たかもしれない。

「ん、……っし」

 行くか。お姉さん可愛かったしな。ちょっと特殊なナンパだよ、これは。と言うか、最悪逃げればいいし。

 実は僕は足がすごく速い。クラスで二番目に。一番目はもちろん奴だ。もはや言うまでもないことだが。

 

 そろり。路地裏を覗く。

 暗くて何も見えない。いや、おかしい。

 今は昼だ。だと言うのに、不自然なほどの暗闇がこの先に続いている。《暗闇》そのものがそこにある。暗闇は作り出されるものであって、実物自体はないはずだ。とにかく、暗い。濃密な暗闇。僕はショルダーバックから催涙スプレーを取り出した。

 歩みを進める。

 同時に、

 

 ――バンッ!


 本物の銃声が鳴った。 

 かつて、僕たちがやっていた遊びじゃない。

《本物》が、この深淵の先にある。


 RPGなら、きっとこんな選択肢が出る。

 

 ▼先に進む 引き返す

 

 僕は前者を選択した。怖くても迷わなかった。何故だろうと考えて、どうしてか宇都宮の姿が頭に浮かんだ。

 清く正しく聡いお前なら、引き返すんじゃないか?


『その通りだ、俺の負けだよ』


 今回こそ僕の勝ちだ。

 走った。

 そして、その光景が映った。

 

 スーツ姿の男が、銃を握ったまま倒れていた。硝煙は上がっていた。銃弾は、今しがた彼が撃ったものだった。

 しかし、凶弾を放ったはずの男は血まみれで倒れている。足元に、薬莢が落ちていた。知識でしか知らなかった。確か、本物の銃弾を撃ったときは、それが地面に転がるんだ。足元を見下ろしてから、見上げる。そこには背中から翡翠色の触手が生えた女がいた。まるで、トカゲのしっぽのような器官が背中から、一つの槍のように生えていた。軟らかく動き回るその姿は、まるでミミズだ。何をしているのかと思ったら、触手についている血を払っていた。きっとあれで刺したんだ。


「あれ、……君」


 本気でマズいことになった。驚くべきことに、身体が動かない。蛇に睨まれた蛙のようだ。これは無理だ。分かる。人間の尺度で測っていい《何か》じゃない。なんだ、あれは。あの触手は何だ。と言うか、なんで人間の姿をしているんだ。ミュータントっぽくない。ただ背中から触手が生えただけの人間だ。いや人間かそれはって考えてる場合じゃないマズいマズい――

「っ、みっ、み、見逃していただくことって、可能でしょうか?」

 おそるおそる聞いてみた。

 金髪の女は、笑った。

「あっはっはっはっはっはっは――!」

 面白くて面白くて、たまらないようだった。

 そりゃそうか。獲物が震えていたら、やる気が出るか。

 

 もうやるしかなくなっちゃったよ……。

 

 頼むぞ妹、お前の催涙スプレーにお兄ちゃんの命がかかってる。

「ちゃんと熊とか殺せるやつなんだろうなァ!」

 僕はスプレーを噴射した。

 

 プシュュゥゥゥッッッー!!

 

 期待以上の勢いだ、あわよくばそのまま死ね!

 そう思ったのだが、女はそれを捕食した。

「は?」

 適切ではないが、表現が見つからない。とりあえず、触手が変形して、生物の口のようになった。そして煙を《食べた》。

 そ、そういうこともできるんですねぇ……。

 あはは。愛想笑いでごまかせないかな。あ、ダメそうだ。まだ笑ってる。流石にここまで笑われると怖い。殺されるんだって実感が強く湧いてきちゃうじゃないか。

 ああ、大人しく逃げときゃよかった。

 ただ、僕の足は相変わらず竦んでいる。足が竦んで力が出ない。アンパンマンみたいに都合よく勇気百倍になりたい。でもマイナスに百をかけたらとんでもないことになるんだけど。あのアンパン頭は負の感情が百倍になることはないんだろうか、なんて、現実逃避。

 さて、ここから僕の生存ルートはあるんだろうか。とりあえず、敵対行動はしてしまった。どうしよう。とりあえず目の前の女は人一人は殺している。僕を殺すなんて造作もないことだろう。

 

「いやほんとマジですいません気の迷いですちょっと魔が差したっていうかもしかしたら殺れるんじゃねって昂ってたと言いますか――」

 

 やばい。命乞いが下手過ぎる。

 何もかも宇都宮のせいだ。お前がいなかったら僕は引き返していた。お前のせい、いや――お前に勝ちたくてたまらない僕のせいだ! 

 

 ああ、でも、今から死ぬのか。

 マジでしょうもねぇな、人生って。

 

 勝っても負けてもどうせ死ぬなら、勝つことに何の意味があるんだ。

 自分の中で、急激に何かが色褪せていくのが分かる。くだらないプライドが、触手が愉快そうに動き回る様子で、粉砕される。

 

 一緒に行っとけばよかったな、サイゼ。

 あの時素直に頷いて、安っぽいミラノ風ドリアでも一緒に食べていれば、こんな路地裏で死ぬこともなかったのに。

 

 

「いやいや、落ち着けって、月野」



 幻聴を疑った。目の前の女から発せられた声に思えた。にしては男性的過ぎる。というか、宇都宮の声だった。更に幻視を疑った。目の前の女が変貌していく。触手が全身に薄く張り巡らされ、《何か》の体を成していく。大きくなっていく。しかし、途中で服がパツパツになったのを察したのか、縮小。

 いつもより小柄な姿で。

 宇都宮の顔をした、何かがそこにいた。

 

「俺だよ、俺」


 新手のオレオレ詐欺か、と突っ込みたくなる。

 そこには、宇都宮有がいた。それも女装に失敗した感じの。女の服を着た宇都宮有だ。もしかしてブラジャーとかしているのか? だとしたら面白いな――そんなことを考えているうちに、宇都宮は、女の姿へと戻っていった。


「大丈夫だよ、殺さない。つーか、俺はお前と仲良くしたいの」


 皮肉もなにもなく、宇都宮は朗らかに笑う。

 素直に、可憐だと思った。美少女そのものだった。


 宇都宮が美少女に変身した。


 つまり、だ。 

 ここでは、極めて端的な理解をする。

 宇都宮有は、どうやら人間ではなかったようだ。

 

 ――じゃあいったい《何》なのか。


「なぁ、月野。一緒にサイゼ行かないか? お互い積もる話もあるだろ?」

 

 そう問われて、僕は頷いた。死体に目を背けて、好奇心の赴くままに。

 

 いや、本当は、あの時。

 僕も行きたかったんだよな、サイゼ。


 人を殺したくせに平然と店内に入り、敬語で店員さんに接する宇都宮。

 安っぽいミラノ風ドリアを頼み終わって、それから宇都宮有は言葉を紡ぐ。


 そして、この話を聞くところから、僕と宇都宮有の関係性は再定義されることになる。ある時は親友、ある時は恋人、ある時は共犯者として。


 ありとあらゆるものに《変身》できる不定形の怪物との青春が始まるだなんて、この時の僕は予想だにしていなかった。

 

 

  

 

 

 

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