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僕は何にでも変身できるスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
一章

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01 宇都宮有が嫌いな理由





 銃とは、ある種、男のロマンであることに何ら疑いは無い。たとえそれが、BB弾を飛ばすだけの、プラスチックと亜鉛合金の塊に過ぎないとしても。


 半年分の小遣いを注ぎ込み、ようやく手に入れた相棒の重みは、中学二年生の僕の手には余りも過剰だった。


 ――――重い。


 まずはそう思う。次に、掌に伝わってくる感触を以て、思う。まるで本物みたいだ。


 実際、これはモデルガンで、偽物で、紛い物なのだけど。

 これを手にしたところで、世界の危機を救えるわけでも、ましてや気になる女子にモテるわけでもない。そんなことは百も承知だ。


 ただ、僕は友達が欲しかった。この銃が友達だなんて突飛なことを言うわけじゃない。こいつはあくまで相棒だ。


 これからの僕にとって、絶対に欠かすことのできない存在。僕の分身、もう一人の自分自身。


 まずはマガジンキャッチ――マガジンを固定するボタンを押し込む。カチリという精密機械特有の小気味いい音と共に、マガジンがその自重に従ってスルスルと滑り落ちてきた。よろしくな、と挨拶代わりに左手でそれを受け止める。


 大丈夫だ、僕ならできる。


 袋から取り出した桃色のBB弾を、一発ずつマガジンの給弾口へと指で押し込む。それだけで一分はかかった。装弾数は二十発、安物とは倍の装弾数。


 流石に一万八千円の銃は訳が違う。傍から見れば偽物だとしても、僕にとっては正真正銘、本物の銃だ。



 硬いグリップを握るだけで、冷たい銃身を撫でるだけで高揚感に満ち溢れていく。

 


 負けるわけがない。

 勝てるに決まっている。

 絶対に勝ちに行く。



 僕は明日の金曜日のことを思った。本気であいつに勝ちに行く。

 流行っていたのだ。モデルガンを使ったサバイバルゲームが。



 



 ――――――――――――☆――――――――――――






 人気のない廃工場を舞台に、金曜日、土日を控えた特別な放課後に僕たちは殺し合う。


 十人単位で銃を片手に、銃声も鳴らない紛い物の殺し合い、俗に言うサバイバルゲーム。流行りを作ったのは奴だ、宇都宮有(うとみやゆう)。あのクラスの人気者が参加者を募ったから、今の人気があるのだろう。


 あいつは日陰者の僕にも声をかけてくれて、そこは感謝してる。だが――



「くたばれ!」



 怨嗟を込めた銃弾を放つ。叫ぶ前から気取られていた。奴は工場の柱に身を隠す。

 

 状況はとっくに一対一。

 

 鈴木も佐藤も山田も仕留め、後は名前を覚えてない奴を背後から撃ち殺したから、キルスコアは四人。上々だ。


 あとは、宇都宮有。


 奴さえ殺せれば重畳なのだが、流石に最高二十四連勝と言う記録を打ち立てただけあって、格が違う。


 言い忘れたが、勝利条件は最後まで生き残ること。BB弾に着弾=デス=敗北だ。引き分けは存在しない。一人になるまで殺し合い、相打ちだとしても先に死んだ方の負けだ。


 これが、中々面白い。やりごたえありまくりだ。

 

 第一に、複雑怪奇な廃工場の地形を味方につける空間把握能力が試される点。公園での鬼ごっこなんかより、遥かに戦略性がある。

 第二に、対人戦闘特有の緊張感。こちらの動きに反応し、恐怖や焦りで挙動を変える生身の人間と撃ち合うヒリヒリとした感覚は、他のものでは味わえない刺激性がある。 

 第三に、単純明快な《銃を扱う》という行為そのものの快楽。重量感、機械的な作動音、そして引き金を引く指先一つで対象を殺せるという点が、男のロマンと、加虐性を満たしてくれる。



 戦略性、刺激性、加虐性――これを兼ね揃えた遊びを、僕はまだこれしか知らない。


 

 そんなゲームの中で、大抵の人間はキルするのが楽しいという快感に目覚めがちなのだが、宇都宮はそうじゃない。奴は、ただ生き残り勝利を収める。キルするべきタイミングを逃さないのも強い。奴には隙が無い。特筆するべきは、その身体能力だ。


 体育の授業でバク宙を披露したこともある運動神経の化け物には、弾が全く当たらない。今日も五発は躱されていた。


「チッ」


 状況を鑑みて、思わず舌打ちが漏れた。奴が遮蔽から出てこない。おそらくはビビっているのだ。僕の相棒の射程距離に。相棒の最大飛距離は約五十メートル。


 これは、参加者の大半が使っている安物のモデルの二倍の射程だ。


 狙って当てられる距離で言えばもっと短いのだが、安物と比べて、精度にも飛距離にも優れているのは間違いない。 


「――――なぁなぁ、どっちが勝つと思う?」 


 防弾ゴーグルを取った脱落者たちの声が遠くから聞こえてくる。



「流石に宇都宮だろ。どうせあいつが勝つって」

「でも月野も侮れないぞ。つーかなんだよあの銃。ズルくね?」

「性能が全然違うよな」

「なー」

「普通にずるいよな」

「それなー」



 馬鹿が。これはルールの範疇だ。


 ゲームに参加すると貰える安価な配布品とは別に、銃の持参も可だとルールに記載がある。


 このゲームは、元手がなくても参加可能だ。目を守るための防弾ゴーグルであったり、モデルガン(安物ではあるが)やBB弾なんかは宇都宮によって支給される。

 そういえば、宇都宮は《参加者特典》の銃で、まず人を集めたのだった。僕もそれに惹かれて定着した口だ。奴は商売が上手い。おそらくは金持ちで、――しかも、評定平均脅威の五の優等生だ。僕を超えている、ときた。


 そんな、僕を超えている優等生サマが、何故犯罪行為に片足を突っ込んだゲームを主宰しているのだろうか。理由は聞いたことが無いが、僕が勝利した暁にでも聞こうと思った。

 

 当たり前だが、これは犯罪行為だ。


 建造物侵入罪と暴行罪。他にも色々あるかもしれないが、僕が自覚している罪とは、それくらいだ。一部の馬鹿を除いて、皆が理解しているはずだ。


 これは犯罪である。


 同時にスリリングでエキサイティングだ。だから皆やるんだ。

 最悪の場合、無知な中学生と言う切り札を切れば、大事になることもないだろうし、きっと大丈夫なはずだ。口止めは入念に行っているし――そもそも、宇都宮自身が参加者を選定している。


 どうせ問題は起こらない。宇都宮有の人生が成功に満ちているのは、僕の目から見ても明らかだ。



 ――――だが、今日こそ僕が勝ってやる。



 敗北を知らないお前の人生に、僕の存在を刻み込んでやる。


 宇都宮は特別だ。天才だ、ギフテッドだ、そういう人種だ。《有》という字が体現している。奴は全てを有している。


 最初に奴を見た時の第一印象は、白馬の王子様。黒髪だろうが関係無く、西欧世界の美少年、そんな顔立ち。容姿まで恵まれてやがる。


 平凡な僕とは、何もかもが違う。


 宇都宮(うとみや)のせいで、僕は宇都宮(うつのみや)が嫌いになった。僕たちの住んでいる地名すらお前の呪いにかかっている。僕の初恋の女の子も奪い去り切り捨てた、お前が嫌いだ。


 僕は友達が欲しかった。お前を打ち倒すことで、クラスの人気者になりたかった。僕があいつをこのゲームで殺したことは一度も無い。だが、殺す日が来るとしたら、今日以外にあり得ないだろう。


 おい、宇都宮。



 

 ――――死ねよ。




 とっくに僕は走り出していた。 


 奴は遮蔽から出る様子は無い。賢しい奴だ。だが、僕から出向かなければ殺られるだけ。対処は単純だ。角度を変える。前がダメなら斜めで殺す。


 奴の顔が見えた。僕は銃を構え――奴は手に持つ銃を、投げた。銃弾は銃自身に弾かれる。


 いつものパターンだ。僕は知っている。銃の所持は二丁まで認められている。憧れの二丁拳銃を体現するためのルールに見えるが、宇都宮にとっては違う。


 追い詰められた宇都宮は銃を投げる。



 ――――投擲武器や咄嗟の目眩ましとして。



 とは言え銃弾が弾かれるのは想定外、アンラッキー、くたばれ宇都宮。


 最悪の場合でも牽制にはなると思ったのに――奴はここぞとばかりに走り出している。支給品の銃のようなセミオートの銃撃なら、奇跡的な動体視力で避けれると考えたうえでの行動だろう。

 


 僕は確かに平凡だ。 

 ここで負けるべき人間かもしれない。

 だけど、負けてやらない。



 宇都宮、一万八千円の銃を――僕の相棒を、舐めるなよ。


 

 僕はにやりと笑って、銃のトリガーを長押しした。

 ズダダダダダ――とんでもない連射音。安物の銃ではできないフルオート。僕は今までこの銃がフルオートに対応していることを隠し通していた。

 偽装工作はこの時のためだ。奴を殺すその時のためだけに!


 ジグザクと当てづらい軌道をする宇都宮だが、限界はある。


 殺せる。


 確かにもう射程距離だ。僕の弾が宇都宮に吸い込まれる。殺した――そう確信した瞬間、僕の額に鋭い衝撃が走った。宇都宮の放った銃弾が、華麗なヘッドショットを決めていたのだ。


 ……奴は二丁目の銃を取り出していた。


 額に当たったBB弾が、ぽつり、と雨粒のように地面に落ちた。

 しばしの沈黙があってから、力の限り叫ぶ。



「僕の方が先に殺した!」

「その通りだ、俺の負けだよ」



 宇都宮は朗らかに笑っていた。


 それが、気に食わなかった。ただ勝つだけじゃ、ダメなんだよ。

 僕は友達が欲しかった。宇都宮を倒すことで、ヒーローになりたかった。高性能の銃を使うからには、圧勝でなければいけなかった。


 勝ちは勝ち。だとしたら、この、額に伝わる痛みは何だ。

 蚊に刺されたようなささやかな痛み。


 窮鼠猫を嚙む。僕はネズミを追い詰める猫だったはずだ。


 だと言うのに、なんだよ、これは。 

 この屈辱は、なんだ。

 これじゃまるで、僕の方が――――



「なぁ月野、握手しようぜ」



 宇都宮は僕に歩み寄って、手を差し出してきた。



「……は?」

「握手だよ握手。ほら、戦友になった記念に――」



 ――――パンッ! と、廃工場の中で乾いた音が響き渡る。



 僕はその手を思いっきり弾いた。

 宇都宮は目を見開き、驚いたような表情を作っていた。

 いい気味だな。だけど僕の求めていたものとは、違う。

 


 僕はお前の顔を悔しさで歪ませたかったんだよ。


 

 僕にはとても耐え難かった。その汚れを知らない掌が、僕の卑劣な勝利を優しく包み込もうとしているのが、許せなかった。ちゃんと責めろよ、憎めよ、復讐を誓えよ、優等生の化けの皮なんて剝いじまえよ!


 僕は友達が欲しかった。だけどお前と友達になりたいわけじゃない。お前は敵だ。許しがたい宿敵で、永遠のライバルだろうが。


 なのになんだ、なんだよあの笑顔は!


 戦友だって? ふざけんなよ? 

 僕はお前のことを友達なんて微塵も思っちゃいない。



 お前は、僕の、ライバルじゃないのかよ。



 僕だけなのか?

 僕だけが自惚れていたのか?

 お前にとっては、どうでもいいことなのか?



 ――――僕がお前に勝った事実は、お前からすれば、笑い飛ばせる程度のことなのか?



 僕は宇都宮を睨んだ。

 拒絶することが、唯一の抵抗だった。


「握手なんてしない」


 宣言した。それから僕は腹が立って、逃げ帰った。勝ったのに、脱兎のようだった。


「あのクソ宮!」


 叫びながら帰った。

 宇都宮とはもう呼ばない。クソ宮だ、お前は。

 クソだ、クソ。クソクソクソ! 野糞だお前は、このうんこ野郎!


「嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ――!」


 負け犬みたいに喚き散らしながら、そのまま家に帰った。


 一度の屈辱的な勝利を経験した後、僕は二度とそのクソみたいなゲームに参加しなくなった。宇都宮の誘いを三連続で断った。四度目はあちらから察したのか、無かった。奴らは決まって休み時間にあのゲームの戦略を話し合ってるのだが、本当に馬鹿みたいに思えた。

 

 それから、程なくして、他ならない宇都宮自身の手で、ゲームは解体された。解体された動機も、顛末も、僕は知らない。解体されたという現実を、僕は中学三年生の五月の下旬に知った。


 教師が『受験勉強は団体戦だ』と世迷言を吐くのだが(どう考えても個人戦だろうに)きっとその影響もあるのだと思う。


 宇都宮と同じ高校には行きたくなかったのだが、将来のことを考えると進学校を選ぶのが妥当な選択だった。


 そこからは退屈な話で、僕は順当に勉強し、県内一の高校に合格した。どうやら偏差値七十超の高校に進学するのは、我が校にとっては誇りであるらしく、僕と宇都宮は校長室に呼び出されて、直接校長から激励を受けた。


 革張りのソファーに並んで座り、適当に受け答えをしながら、宇都宮の横顔を見た。どうしてそんな笑みを浮かべられるのか、心底不思議だった。


「なぁ、月野。一緒にサイゼ行かないか?」


 校長の長い話を間近で受けた僕たちは、既に卒業しつつある学び舎を後にする。


「宇都宮。僕はお前が嫌いだ。知ってるだろ」

「俺がイケメンだから?」

「それもある」


 宇都宮はまたまた、朗らかに笑った。


「今日くらいはいいじゃんか。過去の因縁は忘れてさ」

「お前っていい奴だよな」

「それってオッケーのサイン?」


 僕は、皮肉を込めて笑った。



「だから嫌いなんだよ、お前のことが」


 

 結局、中学校で友達は一人もできないままだった。





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