第58話 迫る男と迫る女達
「すみませんでしたぁあああああああああああああ!」
土下座する一刀。黒いストッキングに包まれた長い脚を組み一刀を見つめていた平家は一瞬茫然としたのち、すっと立ち上がり一刀の傍で屈んで肩を叩く。
「待て、厳島。どういうつもりだ? 私は……」
「きゃっきゃっきゃ! どういうつもりもなにも平家センセーの圧が強くて思わず土下座しちゃったんだよねい?」
「いえ、あの……あのあと、従姉妹たちにしっかりと怒られまして……」
土下座の態勢のまま一刀は昨日のことを思い出す。
昨日は、結局青蛇の沼を出た後は近藤の指示に従い、その場で解散となった。クラスメイト達に別れを告げ、家へと帰りついた途端、魔凛と魔愛に両肩をがっしりと掴まれた。
「「いっくん(いっちゃん)座って」」
そのままリビングのソファーに連行され、両脇を二人に固められたまま一刀はお説教を喰らう羽目になった。いや、お説教というべきなのか一刀からすれば多少なやむところだった。
何故なら、二人が行ったのは青蛇の沼で片桐と卯ノ花がやってきたように耳元でそっと囁く行為。
「あのー、二人とも。これは?」
「し。いっくん、これはね浄化であり、説教なの」
「そーよ。年中発情期&思春期娘たちにぐちゃぐちゃにされたいっちゃんの聴覚を正常に、いとこだいしゅきイヤーに戻すために必要な事なの」
まったく意味がわからなかった。だが、反論の余地を許さないその迫力に一刀は黙って首を縦に振り、しばらくAチームのことやHチームのことでダメだしなどを二人の愚痴として聞かされた。そして、
「じゃあ、最後に。いっちゃんにも。不用意に相手の出してきた賭けにのっちゃ駄目」
魔凛のその言葉には今までの愚痴と違い重みがあった。
「いっくん、今回は『そういうの』じゃなかったから静観してたけど、【オリジナル】の中には言霊系のものもあって、それで縛り付けることだって出来るの」
「もし、あの近藤ってケバ女教師がそういうオリジナル持ちでいっちゃんが不用意に賭けに乗っていたら、負けた瞬間あの女の奴隷にされることだってある。それも魔法による縛りで絶対に逆らえないようにされることだってね」
二人の実感を伴っているかのような言葉は一刀に『そうなった時』を想像させるに十分で一刀は身体を固くさせ、汗を垂れ流す。
まだ、一刀は【オリジナル】についてあまり分かっていないが、恐らく近藤の霧蛙のような強力な魔法のことだろう。あのレベルの魔力であれば一刀を絶対服従にさせることも可能かもしれない。
そうなれば、近藤にどんな目に遭わされるか。そして、一刀自身の明るい未来が、目標への道が、いとも簡単に閉ざされることは容易に想像できた。
「いっちゃん、アタシ達はあの子たちと違って、何度も危ない目に遭ってきた。実戦の中で。大人のいる世界の中で。だから、心配なの」
「いっくん。いっくんという男の立ち位置は今回よくわかったとおもう。だからね、時には逃げることも正しい事だと思って。そして、自分を大切にして。お願い」
そう告げると、二人は一刀を残し、どこかへ出かけていった。一刀は耳に手を当て、そこに残った熱を感じながら、自分の不甲斐なさに腹を立てた。
そして、その後に平家から『明日は、まずダンジョン担当教員室に来るように』というメッセージが届いて一刀はこれからどうすべきかを考え続けた。
「……ということがありました。で、まずは謝ろうと」
一刀が顛末を全て語ると、平家はいつものように眼帯を親指で掻き、立ち上がって椅子へと戻っていく。ぎしいと音を立て座った平家がじっと一刀を見つめる。
「まあ、そこまであの二人が教えているならば、それについての話はほどほどにしよう。厳島、改めて私からも言うぞ。あまり不用意な行動はするな。勿論、協会が青蛇の大量発生を見落としていたことは許されることではない。だが、それとこれとはまた別の話だ。契約や約束についてはお前の師達から何も言われなかったのか」
「いえ、言われていました。口酸っぱく。軽い気持ちで口約束はするな、この世界では命にかかわるからと。何度も何度も」
田舎のばあちゃんたちの真剣な目を思い出し、一刀は再び落ち込む。彼女達の期待を裏切ってしまったことは一刀にとって何よりも苦しい。高い能力や優れた人格への嫉妬はあっても、一刀にとっては間違いなく憧れであり、自分の師。そんな『ばあちゃん』達としっかりと交わした約束を破ってしまったのだから。
「ふぅむ。彼女達が厳島クンに対して、それ系のオリジナルへの対処をしてないとは考えづらいけどねい」
「と、言いますと?」
来迎がド派手なツインテールをパシパシと叩きながらそう告げ、一刀が聞き返す。
「ん~、キミのいとこチャン達が話したように、言葉に魔力をのせることは今の時代では非常に一般的になっている。まあ、これの強化した先に洗脳とか催眠とかがあるわけだケド。ただ、元々今の人間達には魔力が宿っていて、まあ、抗体のようなものがあるわけさ」
来迎がここまで話した内容は、授業でも習ったものであり、一刀も田舎の頃からしっかり教えられたことだった。
2000年事件以降、魔力という存在が明らかになり、どんどんと魔力が増え、ダンジョン内など魔素が充満したところであれば魔法が使用できるようになった。魔法は酸素のように大気中を漂っているものと、体内を循環しているものなどがあり、それを使用して魔法が発動される。だが、この魔力というものは昔から微弱ながら存在していたのではないかというのが現代の説だ。
気や心などと言われ、殴る時に力を込めれば拳に魔力が宿り威力があがる。防御する方も攻撃される個所に意識を集中すれば、威力を軽減できる。
それらは全て魔力によるものだったのではないかという話だ。
「それで、まあ話術のオリジナル、えーと、強力な言葉魔法を発するヤツがいたら、厳島クンの魔力じゃあ防ぎきれない。じゃあ、どうするかというと保護魔法をかけるのサ。まあ、簡単に言うと、キミの『おばあさま』達と約束を交わす。不用意な約束はしない、とねい。それによって他の人間に無理矢理結ばされた約束や契約に抵抗しやすくなってはいるはずだよ。まあ、これは家族愛的なものとして愛情のある家庭で育った人間はかけられている魔法と言えるんだけどねい。ねい……ヘイケセンセー」
「ああ、厳島の身体にはいくつかの保護魔法がかけられている。恐らくそれがそうなのだろう」
平家が来迎の言葉に同意を示すと一刀は俯き拳を固める。
(ばあちゃん達は……離れても俺を守って……)
『ばあちゃん』たちの優しさに感謝する、と同時にやはり自分の不甲斐なさに一刀は泣きたくなってくる。守られてばかりの自分。勿論、自分を大切にしなければならない。それは青蛇の沼で痛感した。だが、
「俺、もっと強くなりたいです」
守られてばかりはいやだとも青蛇の沼で思った。昨日、魔凛たちにしかられてからも何度も何度も考えた。どうやったらもっと強くなれるのか。
一刀の出した結論は、知る事だった。
自分はまだ何も知らない。田舎のダンジョンでちょっと戦えるからといっていい気になっていた。だが、都会ではそれだけではいけない。もっと知識をつけ、戦い以外の立ち回りも覚え、出来ることを増やさなければ、何も守ることが出来ない。一刀はそう考えた。
顔をあげ、じっと平家と来迎を見る。この土下座は謝罪だけの土下座ではない。
お願いの土下座だ。
「お願いします。俺に教えてください」
まず、知るべきは何かと考えた時、近藤が思い浮かんだ。近藤の操る霧の蛙。
悔しいが今の一刀では、強魔で他の女子の力を借りてもアレに勝てるとは思えない、それほど凄い魔法だった。
異常なまでの魔力を孕み、恐るべき速さで発動する魔法。あれがどうやって何故どうすれば出来るのか。それを知るべきだと思った。
「【オリジナル】を、俺に教えてください」
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