第50話 諸刃な男と諸刃な女
卯ノ花のくりんとした可愛らしい瞳の中に見える鋭さを感じながら一刀は戸惑いの表情を浮かべる。
「こ、この前のダンジョン研修でHチームがひどかったのは『オレが男だから』……って、どういうこと?」
卯ノ花の放った言葉が理解できず問い返した一刀を見て、今度は卯ノ花が戸惑いを見せ、眉間に皺を寄せる。
「あー……ちょおっと待ってくれるかなあ? あんまり厳しく言うと、『コイツ』が落ち込みそうだからなあ……えーと……」
そう言って卯ノ花は一刀の腕から降り俯くと、額に細く白い人差し指を当ててう~んと唸りながら歩き回る。卯ノ花の言動諸々が理解できず、首を傾げた所で逆側から声が。
「あ、のぉー」
「うお!? か、片桐さん!」
耳元で聞こえた柔らかい声に一刀が驚くと、抱えていた片桐がぐらりと揺れ、慌てて両手で支える。なんとか腕から落ちるのを防ぎほっと息を吐く一刀。ゆっくり片桐を下ろすと片桐はすんと鼻を鳴らす。
「あ、やっぱり忘れられてましたね……いいんです。わたしなんて一般透過モブ女ですから……いや、そうじゃなくて。あのですね、厳島くん。『あの』羽衣ちゃんについて説明させてください」
「あ、うん。オネガイシマス。なんか、急に話し方が変わったというか……その、言葉がきつくなったというか……」
青蛇から卯ノ花達を救う時までは一刀は特に何も変化を感じなかった。
「二人を助けて、能代さん達をどう助けるべきかってオレが悩んだ時にはもう卯ノ花さんは……なんか違ってて……」
「厳島くん。あのですね、羽衣ちゃんはちょおっと変わっていてですね。彼女のストレスがピークに達した時、人格が変わるんです」
片桐が細く綺麗な指を一本立てて一刀にそう告げると、一刀ははっと目を見開き、実家にあった漫画に書かれていた言葉を思い出す。
「に、二重人格?」
くしゃみをすると性格が変わる金髪の女性やバイクに乗ると人が変わる警察官などを田舎の喫茶店にあった漫画で読んだことがあるし、二つの魂を持った遊戯の王に憧れがあった一刀はその物真似などをしたこともあった。
そんな物語でしか見たことのない存在を間近で見れたことに一刀は目を輝かせる。
「わたし達は、今の彼女をウラ花ちゃんと呼んでいます。彼女は多分、羽衣ちゃんのはっきり言えない、しっかり伝えられる人間になりたいという願望が生み出した人格なのではないかと思っています。追い詰められるとウラ花ちゃんが出てきて一気に多分羽衣ちゃんが考えていたことを代弁してくれるんです」
片桐がそう言うと一刀は深く頷き、そして、先ほどまでの戦闘を思い出す。
卯ノ花は、大声ではなかったが一刀を介して指示を出していた。この前のダンジョン研修では小声でボソボソと喋るだけだったし、一刀とはほとんど会話することもなかった。そんな卯ノ花が耳元とは言え遠慮なしに話しかけてきた。それに何より話しかける為とは言え一刀の腕に座ってほとんど抱きついたも同然の状態だったのだ。
一刀は腕に残る卯ノ花の感触を思い出しそうになりぶんぶんと頭を振る。
「厳島」
可愛らしい、だが、強い意志を感じる自分を呼ぶ声を聞き、一刀が振り返ると卯ノ花が、片桐がウラ花と呼ぶ存在がこちらをじっと見ていた。
「えーっと、アタシの説明はもういいようだから、さっきの話をしておくわね。『この子』がそれを話そうとしたらそれはそれでまたアタシと代わりそうだから」
ウラ花がぽりぽりと頭を掻き、再び一刀の目をじっと見つめてくる。それを一刀は見つめ返す。一刀は知りたかった。何故自分が原因なのかを、そして、どうすればもっと自分が成長できるのかを。その答えをウラ花は持っているような気がして一刀はウラ花の言葉を待つ。
「まあ、ことはそんな難しいものじゃない。アンタがまだ『男』という存在がこっちの世界でもどういうものかを理解しきれてないってだけ」
「え? 男を? えっと、数が少なくて貴重なんでしょ?」
一刀がきょとんとした表情で応えると、ウラ花は思い切り大きな溜息をつき手で顔を覆う。
「そのざっくりな感じが理解できてないってことだよ、たーこ。いい? 何故この前うまくいかなかったのか。まず、Hチームはこの子を含め、全員が男に対して緊張をしていた。その緊張も、男とどう接すればいいのか、男に失礼があったら怒られないか、あとはまあ、かたりみたいに妄想しすぎて話しかけづらいとかね」
「こ、こらあ! ウラ花ちゃん!」
片桐が珍しく声を荒げ小さな拳を挙げてウラ花に抗議の姿勢を見せると、ウラ花はまあまあと両手で片桐を制し笑う。
「まあ、そういうわけでこの時点でHチームは全員思考が『ダンジョンをどう攻略するか』よりも先に『男とどう接するべきか』がきてしまった。まあ、これはこっちが悪い話ではあるんだけど……。いや、この後も主にこっちが悪いんだけど、アンタはHチームの動きの悪さを見て、自分が指示を出さないとと思った」
ウラ花の言葉に一刀が頷く。ダンジョン研修の際のHチームはあからさまに動きが悪く、個人個人も勿論だがチームプレイというものが存在していないように見えた。そこで一刀は慌てて全員に声を掛け始めた。
「まあ、それ自体は悪くないし、指示も拙い感じではあったけどまっとうなものだった。けどね、チームってのはそう単純じゃない。神崎さん達、Aチームは完成されすぎていて教科書通りの動きをすれば問題はない。ただ、Hチームもそうだけど、ダンジョンに潜る人間の固有魔法や『オリジナル』はかなり癖があって、独特の連携であることは多いの」
「……オリジナル?」
一刀の知らない言葉が出てきてつい声を漏らすと再び片桐が一刀の耳元で囁いてくる。
「えと、主に固有魔法を自分なりにカスタマイズして命名し、独自の能力とすることで発動速度や威力を上げたり、特殊な能力を使ったりできるんです。ウチの学校では2年生から始まるものですね。そ、それよりすみません……ウラ花ちゃんの言ってたことなんですけど、Hチームは特に変わっていると思うので」
「かたり。その話はまた後でみんなを交えて話しましょう。……とにかく、アンタの言う通りにしていたらうまくいかなったってこと」
「で、でも、それならそうと言ってくれれば……」
一刀がそこまで言うと、ずいとウラ花が一刀のすぐそばに寄って来て一刀を睨みつける。
その瞳には僅かな赤い光が見えた気がして一刀はごくりと唾を飲み込む。
「……いい? 貴重な男の中でも、ダンジョンでも十分戦える強い男。そんな『男』に男慣れしてない女子高生たちが何か言えると思う? アンタの発言を、王、いや、神の言葉としてとらえるコだっているのよ。アンタの一言で人生変わっちゃうことだってありうる。男ってのはそういうもんだと思いなさい」
ウラ花の言い方はぶっきらぼうだったが、やさしさがこもっていたことは一刀も理解していた。
だが、一刀の背中から流れる汗は止まることがなかった。洞窟の温度のせいか汗がやけに冷たく感じられ一刀は急激に熱がひいていくのを感じた。
(オレの言葉がみんなの人生を……)
この時、一刀は漸く『女』の言葉を理解し始めた。
自分という存在を。男という存在を。
それは手に持っている黒の長剣よりも危険なモノなのだと。
黒い刃に映る己をじっと見つめる傷一つない一刀の周りには、沢山の青蛇の死骸が一刀を避けるかのように積み上がっていた。
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