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第25話:プロド村からのお礼

 クロ一行は周囲にサイクロプス達の残党がいないことを確認してから、この討伐依頼を出したプロド村へ向かった。


 このプロド村は、ヴァーレンベルク大樹海に比較的近い立地にある。大樹海から流れ込む豊富なマナが土壌を肥沃にし、清らかな水をもたらすため、古くから農業が盛んだ。特に果物の栽培が盛んで、その出荷量は国内でも屈指を誇る。


 ヨナからプロド村の説明を聞いたクロは、自分の美食センサーが反応したのを感じた。

 このドラゴン姿で村人たちを怖がらせてしまってはいけない、そう考えたクロは人姿に変えた。すべてはご馳走のためである。


 そうしてクロは、エーギルたちと同じ目線になり、先ほど戦ったサイクロプスたちがどれほど大きかったか、改めて実感する。

 サイクロプス出現の知らせを聞いた村人達はどんなに恐ろしかっただろう。


 「……あいつらどこから来たんだろうな」

 クロの口からぽつりとこぼれたその疑問に、エーギルが答えた。

 「どこかで自然発生したダンジョンから来たのかもね。空から見た時、大樹海から来た痕跡はなかったから」


 クロ一行がプロド村に到着した頃には、すっかり日が暮れていた。

 見上げれば、星空に二つ月が浮かんでいた。日中の暖かさなど忘れたかのように、ひやりと冷たい風が吹き抜けていく。


 村の入口の両脇に置かれたかがり火が、夜風に揺れながらも力強く周囲を照らしている。

 その灯の下で、ルーカスと村長が揃ってクロ一行を出迎えてくれた。


 険しい顔を浮かべる村長の様子から、討伐の知らせはまだ届いていないことが伺える。

 村の広場にほうに目をやると、若い衆が武器代わりに農具を手にして立っているのが見えた。


 村人の視線が集まる物々しい雰囲気の中、ヨナが一歩前に進み出て、村長と短い挨拶を交わす。サイクロプスを全て退治したことを報告すると、村中から大きな歓声が上がった。それを聞いた村長の顔には、安堵よりも驚きの色が濃い。

 

 「あ……本当に、こんな短時間で討伐されたのですか?」

 「光の勇者と、その従魔が一緒だったからな。驚くほどあっけなかった」

 戸惑う村長に、ヨナは肩をすくめながら答えた。


 まだ信じられないといった表情の村長に、ヨナは討伐した証拠に黒く輝くサイクロプスの魔石を差し出す。

 村長がその魔石を受け取ると、ヨナの後ろに立つエーギルを改めて見て納得したようだ。

 「さすが、光の勇者様……ありがとうございます。このご恩は決して忘れません」と、深々と頭を下げた。


 エーギルは、白百合のように輝く笑顔で軽く頷いて応えた。


 クロはその笑顔が、営業スマイルだと知っている。

 顔を少し傾げ、控えめに微笑むその笑顔は、ミステリアスな雰囲気を醸し出す。エルフの美貌と神秘性を最大限に引き出した、まさに万能の営業スマイル。


 それは昔、まだ駆け出し勇者だったエーギルに「これも勇者業のうちだ」とヨナが根気強く教え込んだものらしい。嫌になるほど練習させられて大変だったよ、とエーギルが言っていた。

 エーギルは元々人にあまり関心がなく、そうした機微に疎い。そんなエーギルにあれを教え込んだヨナの手腕はさすがだ。元商人の息子であるヨナは、そうした人心掌握術に長けているのだろう。


 エーギルは美しく強く、そして神秘的で、まるで御伽噺に出てくる勇者のようだ。でも本当のエーギルの笑顔はもっと……なんていうか子供っぽいのだ。あの飾り気のない、無邪気な笑顔こそが、彼の本質を表していると思う。

 あいつに勇者業は似合うようで似合わないな、とクロは苦笑した。


 

「すぐにお礼の品を用意させましょう」

 村長はクロ一行を村の集会所へ案内した。

 


 報酬は麻袋2袋の果物の予定だったのだが、受け渡しの場で、もてなしの品として皿に盛られた果物をクロはあっという間に平らげてしまった。

 どれもこれも新鮮で美味しく、クロは思わず目を輝かせながら「おかわり!」と叫んだ。

  

 おかわりを次々と平らげていくクロの見事な食べっぷりに、村人達が面白がってあれもこれもと彼の前に積み上げていった。

 気がつけば、クロの前には果物や野菜が山のように積み上がっていた。すべて村人からの感謝の品だ。

 

 クロは興味深そうに村人達から差し出された野菜や果物の名前を尋ねながら、美味しそうに頬張る。村人たちはまるで親戚の幼い子供に教えるような調子で、果物の剥き方や食べ方を丁寧に教えながらクロの皿に遠慮なく山盛りにしていく。そして、クロは土が水を吸うようなスピードで、教わった食べ方をあっという間にマスターしていった。さらにそれだけではなく、彼らが思いつかないような他の食材との美味しい組合せや調理法を提案して村人たちを驚かせた。


 「まったく食欲に忠実で勉強熱心なドラゴンだな」

 ヨナは呆れつつ、果物をフォークとナイフで美しく切り分け、優雅に口へ運びながらクロを観察した。

 クロはあれほどがっついているのに、なぜかその所作は不思議と見苦しくない。むしろ洗練されている──ヨナは密かに驚嘆していた。

 

 「それにしてもあんなにたくさん……」

 普段のクロの食事量を知るエーギルでさえ、あの量にはさすがに驚きの表情を隠せない。

 

 エーギルは村人たちの食糧が減るのではないかと思い、はじめは辞退しようとしたが、隣のヨナに今回の依頼料を耳打ちされて思いとどまった。

 今回の討伐対象は、魔物等級Aランクのサイクロプス8頭。加えて、その依頼を引き受けたのは光の勇者と副ギルドマスターだ。突発的な依頼とはいえ、依頼料はとんでもない金額になる。

 「この村で今すぐにあの金額を用意できると思うか?ありがたくもらっておけ」

 

 ヨナの後ろに控えていたルーカスも静かに頷いた。

 「ええ。討伐依頼料は金銭ではなく、食料でお願いしてありますので問題ありません」

 

 この討伐劇は、最初からこれを見越していたのか!?エーギルはヨナの用意周到さに少し引いた。国内有数の農村、プロド村に取り入っておけば損はないし、報酬を現物にすることでクロのごはんに困る心配もない。下手をすれば、街の高級レストランを梯子するよりずっと効率的で安上がりだ。


 幸い今は収穫期で、例年になく大豊作なので遠慮はいらないと村長が笑う。

 サイクロプス討伐の報酬の品を受け渡していたはずが、そのまま流れるように晩餐会へと移行していった。テーブルには少しずつ料理が並び始め、クロは肉の登場に目を輝かせた。「あんなに食べたのにまだ食べるのか」と村人たちがざわめく。


 チラリとエーギルとヨナを見るクロ。報酬の果物を入れるはずだった麻袋の存在が気になっているのだろう。果物をすべて平らげていいのかクロが迷っているらしい事を察したエーギルは、麻袋をしまった。エーギルは素直なクロがとにかく可愛くて仕方がないのだ。


 「さすがに全部抱えて帰るのは大変だから、もう全部食べちゃっていいよ。クロが一番の功労者だからね」

 それを聞いたクロは、大喜びで頬を膨らませた。

 「うまい!ああやっぱり、この村のりんごが一番うまいな」

 

 それを聞いた村長は、満面の笑みを浮かべた。

 「この村で作っているりんごは名産品で、味が良いと大変評判です。王国にも献上しているのですよ」


 クロの前に再びりんごが並べられた。いくつもの品種を育てているようで、それぞれ形や色が違うのに気付く。

 それぞれの味を覚えたクロは、余興に目隠しをして味比べを始めた。品種だけでなく生産者による微妙な違いまでも見事に当ててみせたため、宴席は大いに盛り上がった。

 

「どれも最高に美味しいな……困ったぞ、どれが一位か決められん」

 クロは真剣な顔で、自分の前に並ぶりんごを見つめる。

 

「ははは、そうでしょうな。この私でも悩むくらいです。あるとすれば『天上の果実』くらいでしょう」

 

 村長によれば、この世界のどこかには『天上の果実』と呼ばれる金色のりんごが存在するという。

 黄金に輝くその実は、天上の露のごとく甘く、一口でも食べれば決して忘れられない味わいだと伝えられている。

 プロド村では古くから語り継がれる定番の伝説だ。

 

 「他の場所でも似た話を耳にしたことがある。……ひょっとすると、本当にあるのかもしれねェな」

 おとぎ話のような話だが、ヨナのその一言でクロの胸に信憑性が芽生えた。彼はいつかその『天上の果実』を食べてみたいと強く思った。

 

 「ほお……もし『天上の果実』を手に入れたら、絶対に種をプロド村に持ってきて育ててもらうぞ!」

 夢のようなクロの宣言に、村長は目を細めて笑い、頷いた。

 「ええ、その時はぜひ喜んで」

 

 ――まさかそれが実現するとは、このとき二人とも思っていなかったのだが。

 それはまた、別のお話。

 

 帰り際、お土産にりんごが詰まった麻袋を渡されたクロはすっかりご機嫌だった。パンパンの麻袋を幸せそうに抱えている。

 食べ尽くしてもう貰えないと思っていた分、その嬉しさもひとしおだ。


 村人を驚かせまいと人姿をとっていたのをすっかり忘れてしまうほどに、クロは浮かれていた。

 「これぞまさしく幸せの重みだな。さぁ帰るぞ、エーギル!」


 クロからずっしりと重い麻袋を押し付けられた瞬間、エーギルは彼が次に何をするか悟った。慌てて制止しようとしたが、間に合わなかった。

 クロは勢いよく村の広場に飛び出して本来の姿ドラゴンのすがたに戻った。


 村人たちは目を疑った。先ほどまでそこにいたはずの黒髪の青年が、巨大なドラゴンに変貌したのだから。

 

 村の灯りを反射してブラックオパールのように輝く滑らかな黒鱗と大顎。はるか上空に浮かび上がる紫色の四つの瞳。月光をさえぎり、村の半分に影を落とすほどに巨大な両翼。広場を踏み締める巨岩のようなドラゴンの脚……。

 その姿には、どの魔物にもない異質な禍々しさがあった。恐怖というよりも、根源的な畏怖を呼び起こすものだった。

 

 騒然とする広場で、クロの保護者エーギルは頭を抱えた。クロはその様子に一瞬首を傾げたが、すぐに自分の失態に気づいた。

 

 「?俺、何かしたか?……あっ!まぁいっか」

 ごちそうはいただいたし、あとはさっさと帰るだけだからな!


 ヨナは騒ぎを意に介さず、村長に優雅に別れの挨拶を述べると、「行くぞ」とエーギルの肩に手を置いた。

 やっと我に返ったエーギルは麻袋を抱えなおし、いつもの営業スマイルを浮かべてヨナと共にクロの背に颯爽と飛び乗る。

 唖然とする村人たちを後に、クロを乗せた一行は悠々と夜空へ飛び去っていったのであった。

 

 「もらった果物はぜんぶ大事に食べるからな。ありがとう、プロド村!」

 クロはご飯のお礼を忘れない。そう、しっかりとお礼ができる偉いドラゴンなのだ。

 

 その言葉が空から降りた瞬間、村人たちの顔から一斉に恐怖が消えた。

 まさか、あの食いしん坊があのドラゴンだったとは……。怖がるのもばからしくなり、皆で顔を見合わせて笑い出した。



 ◇◇◇◇◇◇

 


 ギルドに到着したのは深夜だった。

 

 当直のギルド員たちは、プロド村の村長と同じような驚きの表情でクロ一行を迎えた。

「まさか本当に、一日で討伐を終えて戻ってくるとは……」

 

 彼らが驚くのも当然だ。馬車でもプロド村からラルツィレまで半日かかる上に、大型魔物8頭の討伐となれば、通常は7日間ほど要する。


 面倒くさそうにヨナはルーカスに視線を送った。ルーカスは静かに頷くと、流れるように職員にサイクロプスの魔石数個と依頼完了証明書を差し出す。依頼完了証明書には、プロド村の村長のサインが確かに記されている。

 信じられないといった様子で、他の職員たちもわらわらと集まってきた。


 「本当に討伐されたのですね……。でしたら、副ギルドマスターが王都へ発つ前に少々ご相談したいことが……」

 

 「……もう夜も遅いし、それは明日でも構わないか?」

 ヨナはあくびをなんとか噛み殺して、疲れたように目をきつく閉じる。


 「いいえ、今の方が都合が良いのです」職員は少し焦った様子で続ける。

 「実はこの頃、夜中にギルドの地下倉庫から、何かが泣いているような音が聞こえるという報告が相次いでおりまして……」


 「よくある怪談話じゃないのか?正体は風の音や魔物の鳴き声でした、とかそういうオチだろ?」

 クロは盛大なあくびを一つ零し、今にも閉じそうな目を擦りながら言った。近くのベンチにどっかりと腰掛ける。その顔には『早く宿に戻って寝たい』と、これでもかとばかりに書かれていた。


 窓口業務に慣れた職員は、そんなクロの露骨な態度など意に介さず、きっぱりと首を横に振った。

 「はっきりと人の泣き声を聞いている、と複数の職員から証言があるのです。それも毎日決まった時間帯に地下倉庫の奥の方から、と……」


 ちょうど壁掛け時計の時報が、ゴーン、ゴーン……とギルドの事務室に重々しく響き渡った。

 その音はどこか不吉な色を帯びていた。皆、思わず息を潜めてその音に耳を澄ませた。


「……そろそろ、その時間なのですよ」そう呟く職員の声は暗い。

 ギルドの警備のため、当番の職員たちは毎日決められた時間に館内を巡回する。その巡回ルートには例の曰く付きの地下倉庫も含まれているのだが、最近では誰もが露骨に嫌がり、困り果てていたところに、タイミングよくクロ一行が戻ってきたのである。

 

 地下倉庫から聞こえるその音はどう聞いても人の泣き声だったと、皆口を揃えて証言する。中には、何か言葉のようなものまで聞き取れたという者もいた。さらにその謎の泣き声を聞いたほとんどの職員は悪夢にうなされるようになったのだという。

 最近多くの職員の顔色が少し優れないのはそれが理由だろうか。

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