表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/60

第21話:穏やかな朝

 「さて明日も早いし、そろそろ寝ようか」


 この部屋にはベッドが一つしかない。かなり大きなキングサイズだ。

 従魔は庭で寝るか、床で眠ることを想定しているのだろう。

 きっとクロはベッドで寝たいはずだ、とエーギルは思った。


 「クロはベッドで寝なよ。俺は向こうで寝るからさ」

 エーギルがソファへ移動しようと背を向けると、クロに呼び止められた。

 

 「どこ行くんだ、お前もベッドでいいだろ?」

 「狭くなっちゃうよ。クロが使いなって」

 「あんなクソでかいベッド、二人で寝転がっても十分に広いぞ」

 

 エーギルは少し考え込み、「そうかなあ」と答えた。

 ベッドの上には枕と部屋中から集めたクッションが置かれ、すっかり彼の巣のようになっている。

 

 ここに来るまではずっと野宿だった。

 身を守るために二人で身を寄せ合って眠っていたので、一緒に寝ることに対して抵抗はない。


 それでも、ドラゴンの生態に詳しいエーギルは少し気になっていた。

 クロが少し変わったドラゴンとはいえ、本来はドラゴンは縄張り意識が強く、他者の存在にとても敏感だ。

 ドラゴン同士が身を寄せ合って眠る姿はあまり見られない。

 竜殺しのエーギルでさえ、生きたドラゴンの巣に入ったことは数える程しかない。


 クロは久しぶりのベッドを、とても楽しみにしていた。

 だからこそ、今夜ぐらいはゆっくり休んでもらいたい。


 「俺のことは気にしなくていいんだよ」

 「あんな良いベッドで寝ないなんて勿体無いだろ!」

 

 絶対寝てみろよ!絶対気に入るから!と、クロがベッドを指差しながら言った。

 力強いその言葉にエーギルは思わず笑ってしまった。


 そういえばこいつはそういうやつだった、とエーギルは前世のことを思い出した。

 よく美味しい店に連れて行ってくれたり、一緒にゲームで夜通し遊んだりしたこともあったな。

 良いものは一緒にシェアして楽しみたい。

 この美味しさを相手に知ってもらうことで、より美味しくなるのだと彼はよく言っていた。


 ここで自分が断ってしまったら、クロの快眠のためにはならない。

 それに、大きなベッドで寝てみたいという気持ちも密かにあった。


 「わかった、一緒に寝よう」

 「おう!」クロの尻尾が嬉しそうに飛び上がった。


 クロが尻尾でブランケットを上げてエーギルのスペースを空けると、彼は素直に入ってきた。

 クロは、小さな子供を寝かしつけるように尻尾でエーギルをポンポンと優しく叩いた。

 

 「ふふ、クロ。君は本当に優しいね。」

 「んー?そうかあ?抱き枕兼湯たんぽになってもらおうと思ってな」 

 「クロは寒いのが苦手なの?大体ドラゴンは寒さに弱いけど」

 「分からん。こっちは雪が降らないし、寒い所に行った事もない」

 「そうなんだ。じゃあもし寒くて具合が悪い時はすぐ言ってね。おやすみ、クロ」

 

 エーギルはそう言うと、クロの真似をするように彼の尻尾をぽんぽんと優しく叩いた。

 

 おう、とクロが返すと部屋がフッと暗くなった。消灯はエーギルの魔法によるものだろうか。

 この世界は魔法でできているな、とクロは暗くなった天井を見て思った。


 クロはエーギルが不眠症気味である事に密かに気づいていた。

 一度もエーギルが熟睡しているところを見たことがない。

 

 野宿のとき、よくエーギルは静かに寝床から出て、どこかへ出ていく。

 そんなときクロが重い瞼を擦りながら「眠れないのか?」と聞くと、彼はいつも見回りに行くと言っていた。

 彼からときどき薬草のような香りがする日もあった。


 あいつは不眠で悩んでいるのかもしれない、とクロは思った。

 だから、今夜クロは絶対にエーギルをベッドに寝かしつけるつもりだった。

 

 ホテルなら見回りの必要はないし、このベッドの寝心地は最高だから快眠間違いなしだ。

 念のためエーギルが勝手に抜け出さないよう、こうして尻尾でガードしている。

 我ながら完璧だ、とクロの胸は達成感で満たされた。

 

 ──今夜はお互いよく眠れそうだな。おやすみ、エーギル!

 クロはわずか数秒で眠りに落ちた。

 この驚異的な寝付きの良さがクロの長所でありチャームポイントだ。

 

 エーギルはクロの尻尾から力が抜けたのを感じて微笑む。

 「大丈夫。俺はどこにも行かないよ、クロ。」

 


◇◇◇◇◇◇

 

 

 ……そして翌朝、クロは何やら美味しそうな匂いを察知して眼を覚ました。

 

 「ふがふが…………?……あれ?」

 隣にいたはずのエーギルの姿がない。クロは一気に眠気が飛んだ。

 ガバリと飛び起きて辺りを見回したが、エーギルの姿がどこにもない。

 トイレやバスルームにもいなかった。

 

 (まさか、俺とエーギルを引き離そうとするヨナの罠だったのか!?)

 慌て始めたその時、庭にエーギルがいる事にようやく気づく。

 

 クロは、エーギルの姿に思わず息を呑んだ。


 上半身裸姿のエーギルは、庭で片手逆立ちをしながら腕立て伏せをしていた。

 汗が滴る彫刻のような白い肉体が、朝日を浴びて金色に輝いている。

 よく見ると、たった親指一本で全身を支えていた。完璧なバランスだった。

 上下するその動きには一切のブレがなく、重力を感じさせない。

 

 そして彼の体には、背中から腕に至るまで、数えきれないほどの傷跡があった。

 深紅の火傷痕、黒ずんだ毒傷、そして古い縫い跡。

 特に左肩から背中にかけての、ドラゴンの爪痕と思しき長く深い傷が目立つ。

 それぞれの傷跡が古地図のように、倒したドラゴンたちとの死闘を生々しく語っていた。

 

 すべてがエーギルの強さと孤独を表しているようだった。

 クロは気がつけば彼の姿にじっと見入っていた。


 トレーニングを終えたエーギルはタオルで汗を拭いながら、部屋に戻った。

 「おはよう、クロ。よく眠れたかい?」

 「……ああ。お前こそどうだ?」

 「おかげでぐっすり眠れたよ、ありがとうクロ。」



 しばらくすると、部屋に美味しそうな朝食が運びこまれた。

 焼きたての黄金色のパン、野菜が丁寧に煮込まれたスープ、彩り鮮やかなサラダと果物、コーヒーとミルク……

 メイド達の手際よく鮮やかな配膳で、テーブルの上が一気に華やかになった。

 クロの目は一気に輝きを増し、思わず深呼吸をした。


 (起きた時に感じた美味しそうな匂いはこれだったのか!)

 クロは自分の嗅覚が間違っていなかったことが誇らしくなった。

 前世で3食の中で一番好きな匂いが朝食の匂いだった。異世界でもやっぱり朝食の匂いは最高だな。

 

 クロの分はすべて巨人盛りだった。ヨナがクロの食事量を伝えておいてくれたのだろう。

 さらにすぐおかわりができるよう、各料理の追加分がワゴンで大量に運び込まれた。

 部屋の中に鍋や大皿を乗せたワゴンが立ち並ぶ光景は、ビュッフェコーナーをまるごと持ってきたようだった。

 

 「わぁ、すごいねえ……」エーギルは思わず感嘆の声を漏らした。

 これが全部、クロひとりのために用意されたのだ。


 クロがもりもり幸せな気分で朝食をおかわりして頬張っていると、ヨナが来た。

 絹のような光沢を放つエメラルドグリーンのマントが、彼の優雅な動きに合わせて揺れる。

 銀髪のエーギルとは対照的に、ヨナの金髪は朝日に照らされてより輝きを増していた。


 「あれ、今日は外で会う予定じゃなかったか?」

 クロはきょとんとした顔で尋ねた。


 「想定より仕事が早く終わってな。お前達の様子見に来た」

 ヨナはエーギルの隣にどっかりと座った。ホテル側には話を通してあるという。

 

 エーギルがヨナに朝食を勧めたが、家で食べてきたからと断った。

 毎日豪華なものを食べていそうだな……とクロはパンを頬張りながら思った。

 エーギルによると商人の家の出らしいし、その上副ギルドマスターとなれば相応の収入があることは想像に難くない。


 ヨナにコーヒーを持ってきたメイドが退出するのを見計らい、クロはエーギルの不眠症についてこっそりヨナに尋ねた。


「……あいつの不眠症は昔からだ。あれでもマシになった方だ」

 ヨナは軽く苦虫を噛み潰したような顔で言った。色々試したがダメだったらしい。

 

 それを聞いて少し考え込んだクロを見て、ヨナはニヤリと笑った。

 「もしかして、朝起きたとき隣にいなくてビックリしたのか?」

 

 「むぅ、なんでわかるんだ?」

 図星をつかれたクロは少し悔しくて、フランスパンみたいなパンを乱暴に齧った。

 「おっこれも美味いな!あと3つおかわり!」


 そんなふたりの様子を見守っていたエーギルは「もう仲良くなったのかな?」とのほほんとしていた。

 彼の手元には、蜂蜜がけのヨーグルトがあった。蜂蜜が大好物らしい。

 蜂蜜がこれでもかとたっぷりかかっていて、まるで黄金色の湖のようだった。

 正直、それはかけすぎじゃないか?とクロが呆れたほどだ。

 

 クロは部屋に運び込まれた分をしっかりと完食した。

 メイド達は驚きの顔を隠せない様子で、食器やワゴンをきれいに片付けていった。


 庭には小鳥が集まって、クロが細かくちぎっておいたパンをせっせとついばんでいた。

 クロは小鳥たちのそんな愛らしい姿を見て心温まるのを感じた。

 

 「小鳥達にパンを分けてあげるなんて、クロは優しいねぇ」

 「当然だ、俺は鳥好きの優しいドラゴンだからな」

 誇らしげにそう言うクロの頭には、鳥が一羽止まっていた。

 

 クロは前世、カラスの種類を一目で見分けられるほどの鳥好きだった。

 この世界にはどんな鳥がいるのだろう?

 金色の木漏れ日の中、クロは小鳥たちのさえずりを聴きながら目を細めた。


 とても穏やかな朝だった。

 街の喧騒から離れたところにあるここは、静かで居心地が良く離れがたい。

 外で王都行きの旅程について打合わせをする予定だったが、この部屋で行うことにした。

 

 ヨナが懐から地図を取り出した。

 大きなテーブルに広げられたその精巧な世界地図は、クロにとって未知の世界だった。

 

 (この世界はこんなに広いのか……!)

 そこには雪を冠った山脈や広大な砂漠、そしてあの大樹海が描かれていた。

 地図の東には、広大な海が広がっている。

 クロは初めて見るこの世界のちゃんとした地図に目を輝かせた。


 目指すのはベテルシア聖王国の王都、「ベテルシア」。

 この世界で最も大きな国であり、エーギルに勇者の称号を与えたのがこのベテルシア聖王国だ。

 この大きな王国がクロの膨大な食費を負担してくれていると思うと、頭が上がらない。

 

 そのベテルシア聖王国は、現在地「ラルツィレ交易都市」から北西へ数千キロ、広大な大陸を横断しなければ辿り着けない場所にあった。

 いくつかの国と、険しい山脈や深い森を越えなければいけない。

 

 クロは地図を食い入るように見つめた。

 王都までの道のりは長く、様々な地形や気候を経験することになるだろう。

 

 ベテルシア聖王国の隣国、「エルキアシュ帝国」もどんな所なのか気になる。

 帝国の周囲には雪を冠った山脈が描かれており、クロの興味をそそった。

 

 クロは冒険への期待で胸が心地よく高鳴るのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ