第12話:双子の案内
俺たちは双子の案内で都市の中心部へ向かって歩いていた。
「あの巨樹まで行けばいいんだろう?なら俺が皆を乗せて飛べばすぐだ」
「とべても、そとからはいれないよ」
アリが首を横に振る。
中から入るのだと、シスが街の中心を指差した。
ユース・ユーキスがいるところは地中深くにあり、外から入れないようになっているらしい。
双子に案内された「道順」は思ったよりも複雑だった。
専用の通路などはない。入り組んだ街の路地裏や水路を歩いていく。一度通っただけではとても覚えられないような道を、双子は迷うことなくすいすいと進んで行く。
都市に溶け込んだこの通路。この都市は、ユース・ユーキスと共に長い歴史を刻んできたのだろう。
「今までの通路、どれもクロが通れるぐらい結構大きかったな」
もしクロが入れなかったらどうしようと思っていたけど良かった、と笑うエーギル。
「ここ、むかしはいろんなしゅぞくがあつまってくらしていたんだって」
「だからたてものもみちもみんなおおきいの」
なるほど、だから水没していても完全に沈まない高さの建物が多かったわけか。
どの家も全体的に大きいのに、家具のスケールがみんな統一されていなかった。それが余計に箱庭めいた印象を与えていた。
それから、この街で時々見かけて気になっていたものがある。それはドアのないドーム型の建物だ。上部に大きな窓があったので、もしそれがドアならば翼を持つ種族が住む家だったのだろう。
有翼種か……この世界には巨人族もいそうだな。いつか会ってみたいものだ。
「アリ、シス。ここの守護者……ユースってどんな奴なんだ?」
2人を怖がらせないよう、俺はなるべく同じ目線まで頭を低く下ろして尋ねた。
「ユースさまはとてもながいきで、とてもものしりで、やさしいよ」
アリが語る隣でシスが頷く。
俺がなんだかよくわからない顔をしていると、エーギルが助け舟を出した。
「ええと、長老のような人なのかな?」
「ちょうろう?」双子は首を傾げる。
「君たちと同じ種族で、とにかく長生きでえらい人だよ」
「ちょっとちがうかも。わたしたちとしゅぞくがちがう」
シスが考え込みながら答えた。
ユース・ユーキスは確かに長生きで物知りだが、自分たちとは明らかに種族が違うのだそうだ。
「じゃあどんな種族なんだ?」
「しらない……ユースさまはいきものじゃない」
「どんなしゅぞくか、クロはわかる?」
「エーギル、分かるか?」
俺はまだ赤ちゃんなのでエーギルに丸投げした。
「うーん……考えられるのは大精霊とか?」
エーギルが双子にいろいろ質問したが、結局ユース・ユーキスの種族は分からずじまいだった。
──歩き続けてくたくたになった頃、ようやく巨樹のふもとにたどり着いた。
ここはどこかの裏庭だろうか。
俺たちの目の前にある建物は、大きなアーチ屋根が印象的だ。この都市に来たとき最初に目に入った建物だった。ランドマークといってもいいくらい目立つ。近くで見るととても大きい。
その建物の壁一面にステンドグラスが張られていた。
ステンドグラスに描かれているのは、光を受けて金色に輝くユリのような花だ。
アリがステンドグラスに嵌め込まれたガラスのパーツを移動させた。
すると、ステンドグラスの中央部にわずかな隙間が生まれ、ゆっくりと開いていく。
ステンドグラス全体が観音開きの大扉になっていた。
「これは……隠し扉か!」
エーギルは隠し扉の仕組みに興味津々だ。
その開かれた扉から、まばゆい黄金色のなめらな床が現れる。
変わった内装だなと思いながら入ってみると、その正体がわかった。
今俺が足を下ろしたそこは床ではなく、巨大な黄金像の肩の上だった。ひと山ほどある大きさのドラゴンが犬猫に見えるほどの巨大だ。
この建物は巨大な神像が鎮座する、豪壮華麗な大聖堂だった。
見上げれば、天井いっぱいに広がる壮麗な天井画が、まるで宇宙の星空のように輝いていた。
それはあの夜エーギルが俺に歌ってくれた、この世界に伝わる歌「世界のはじまり」を描いたものらしい。
天地創造をおこなう6柱の神々の姿が、一面一面に美しく繊細な筆致で描かれている。その中央に黄金色の神像が鎮座するさまは壮観というほかない。
ステンドグラスの扉が完全に閉まった。大聖堂の中は金色の光で満ちて、より荘厳で神秘的な雰囲気に包まれた。
気がつけば、俺もエーギルもすっかり見惚れていた。
「はあ……すげえな」
「すごいよね」
アリとシスも俺たちと同じように見上げる。
「ここはむかし、みんなでかみさまにおいのりをするばしょだったんだって」
アリもシスも眩しそうに天井画を眺めていた。
「そうか……」
巨大な神像は深くフードを被っていて顔は見えない。カンテラが付いた杖を掲げていた。
その姿形は、エーギルに聞かされていたある神様と特徴と一致する。光の神、最高神エウリジだ。
「エーギル、これはお前の神様じゃないか?」
「うん……間違いなくエウリジ様だ」
エーギルは神像に向かって深く頭を下げ、敬意を表した。
彼の右手にある聖痕は光神のものだ。
「お前の武器が杖槍なのは、この神様が杖を使っているからか?」
「ううん、色々使ってみて俺に合う武器がこれだったんだ」
「……なんだか不思議なものを感じるな。それとも勇者ってのはそういうものなのか」
神像の腰から下は浸水していた。その水中には他の神々を模った黄金像があり、それらはエウリジ神像を囲む形で並んでいた。
水底で鈍く光るその黄金像の表情は、水面の煌めきとエウリジ神像が落とす昏い影に阻まれてよく見えない。
……この都市はなぜ滅んでしまったのだろうか?
神像の豊かに波打つ黄金色のローブを階段のように伝って降りていく。神像の背後へ回ると、最後の隠し扉があった。
これほど壮麗な大聖堂にある最高神の像の背に隠し扉を作るなんて、罰当たりじゃないか?
思わずこの隠し扉を作った人物像について考えてしまった。
闇で満たされて先が見えないこの隠し通路の先に、この都市が滅んだ理由がある気がした。
「このさきにユースさまがいるよ」
入口の両脇に立つ双子の鈍色の古い足枷が、黄金像のまろやかな輝きを受けて光っている。