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第11話:水没都市と巨樹とドラゴン

 「エーギル!?」俺は慌ててあたりを見回した。

 すると、瓦礫を飛び石のようにして向こう岸へ渡っていくエーギルの姿が目に入った。

 

 俺は胸を撫で下ろした。

 前世でも少し目を離した隙にどこかへ消えることがよくあった。行動が早いというかフットワークが軽いというか……今世でもそこは変わらないんだな。

 

 というかエルフの身体能力は凄いな。水上に出ている瓦礫の面積は小石ほどなのに、危なげなく渡っていく。

 彼の足取りは軽やかで、重力を全く感じさせない。何か魔法でも使っているのか?とじっと見ていると、ちょうど対岸へ渡り切ったエーギルと目が合った。


 無邪気に手を振るエーギルを見て、こういう時にこそ俺の翼を頼って欲しかったと思わないでもない。少々複雑な気持ちで飛んでエーギルと合流する。

 

「置いていかれたのかと思ったぞ、せめて一言言え」

俺は翼を広げながら着地し、エーギルに言った。お前を乗せていくこともできるんだぞ。


 

 実際ひとりで飛ぶより、エーギルを乗せて飛ぶ方が本当に楽しいんだよなあ……と少し考えたところで、はたと思った。

 もしかしてこの飛(・)行(・)欲(・)って、犬の散歩みたいに定期的に飛んで発散しないとダメなやつか?今でも少し翼がむずむずする。エーギルを乗せたいのか、ただ単純に飛びたいのか……おそらく両方だろう。こうなったら俺をドラゴンにした責任はしっかり取ってもらうぞ、主(親友)よ。

 

 ──俺は決めた。王都で従魔登録が完了したら、絶対に毎日の食事と散歩を要求しよう。

 


 ここはどんな街だったんだろう、とエーギルが呟いた。

 ほとんどの建物が水に沈んでいるので、俺たちは屋根伝いに街を歩き回った。


 この廃墟都市を満たす水は、まるで宝石のように澄み渡っていた。

 水底にある色褪せたモザイク模様のタイルが、まるで過去の記憶を映し出しているようだった。


 乾いた喉を潤そうと水面に顔を近づけると、魚たちが街道の鮮やかなモザイク画の上を滑るように泳ぎ回っていた。それがなんとも美しく、しばらく見惚れていた。

 

「誰かが暮らしているような気配はなかったよ。建築様式がかなり古いし、風化具合からして100年以上前かな」

 俺が水を飲んでいる間に、高台に登っていたエーギルが戻ってきた。


「こう……何か災害や襲撃があったような感じが無いな。何かがあって住民たちが逃げていったとかか?」

エーギルが俺の推測に頷き、「その何かが気になるね」と低い声で言った。

 

 そう、その「何か」が気になるのだ。

 

 街並みは大災害などの物理的打撃を受けたような崩れ方をしていない。経年劣化で崩れたところ以外は綺麗に残っていて、俺のようなドラゴンでも屋根を伝って歩ける。

 エーギルによると、さっき覗いた空き家には家財道具一式があり、リビングには食器が綺麗に並べられていたらしい。住人が何かに慌てて逃げ出したような痕跡もなく、その後に泥棒などに荒らされた様子もない。

 ある日何の前触れもなく、忽然と住民全員が消えてしまったとしか思えないのだ。

 

 この廃墟都市は、不気味な静寂に包まれている。 

  

 物陰に木の実の殻が散らばっているのをクロは見つけた。小動物もこの廃墟を訪れるのだろうか。

 エーギルはその殻を拾い上げて観察した。

「本当だ。これ、まだ新しいよ。この近くにフンがないからネズミとかじゃなさそうだ」

 

 その時、小さな足音が聞こえた。向こうからだが、歩くには少し遠いようだ。

 俺が翼を震わせると、エーギルは咄嗟に察して素早く俺の背に飛び乗った。

 

 「わかってると思うけど、なるべく建物を壊さないようにね」

 「ああ」俺は翼を広げた。


 上空から見えたのは、屋根の上を走る小さな子供二人の姿。

 遠くから見ても鮮やかな赤髪と青髪の子だった。こんな所に子供が?

 

「ド、ドラゴン……!?わ、わっ!」

 突然現れた巨竜の影に、青髪が驚いてよろけた。

「シス!」赤髪が咄嗟に手を伸ばすも間に合わず、青髪は落ちてしまった。

 赤髪は水に落ちた青髪を助けたいようだが、水に入るのを躊躇っているようだ。

 その様子だと2人とも泳げないのかもしれない。


 「クロ、頼んだ!」突然背中が軽くなったと思ったら、溺れた子供の隣で水しぶきが高く上がった。

 エーギルはあの子供を助けるために、俺から飛び降りたのだ。

 慌てて俺は急降下してエーギルを引き上げた。彼の腕には青髪が抱えられている。


「はあ全く……心臓が止まるかと思ったぞ」

 俺はため息をつきながら、びしょ濡れの二人をゆっくり屋根の上に下ろした。


 「大丈夫かい?」まだ咳き込む青髪の背中を優しく撫でるエーギル。

 青髪はこくこくと頷く。 

 

「シス……!」赤髪は青髪に駆け寄って強く抱きしめた。

 

 俺は2人を間近で見て改めて驚いた。

 赤髪と青髪は思ったよりも幼く、愛らしい獣耳と尻尾が生えていた。

 そして、その脚に鉄の足枷が嵌められている。

 ──だからあの時、青髪の子は泳げず、赤髪の子は水に飛び込めず困っていたのか。


「無事で良かった。このドラゴンは俺の従魔だから怖くないよ」

 エーギルのその言葉を聞いた二人は、俺のことを恐る恐る見上げながら頷いた。

  

「おにいさん、ドラゴンさん、シスをたすけてくれてありがとう」

「ありがとう」


 ◇◇◇◇◇◇

 

 改めてお互いに自己紹介をした。

 

 赤髪がアリで、青髪がシス。恐らく何らかの魔物の双子だろう。アリが活発な性格で、シスはおとなしい性格のようだ。二人ともワンピースのような、簡素な白い服を着ている。

 

 2人の尻尾はよくピコピコと動くので、思わず興味をそそられてじっと見ていたら怖がられてしまった。

 アリとシスは怯えて膨らむ尻尾を抱えて、エーギルの後ろに隠れてしまった。

 

 この巨体に紫色に光る四つ目。俺の姿が恐ろしい事は自覚している。怖がられるのは当然とわかっていても、ちょっと傷つく。なるべく怖がらせないようにするにはどうしたらいいのか、考えあぐねてそっと頭を下げた。自然とキュルルル……と喉が鳴る。

 クロは見た目は怖いけど優しいやつだよ、とエーギルは苦笑しながらアリとシスを宥めた。


 「えーと……アリ、シス。君たちはここに住んでいるのかい?」

 「すんでいるのとはちょっとちがうかも。ぼくとアリはユースさまといっしょにここをまもっているの。」

 

 「ユース様?」

 エーギルが聞き返すと、シスが中心部にある巨樹を指差した。

 「ここのしゅごしゃだよ。ユース・ユーキスさま。ながいからぼくたちはユースさまってよんでいるんだ」

「そうか……この街の名前はなんて言うんだ?」

「しらない」


 「さっきは耳飾りをぬすんでしまってごめんなさい」

 「え?さっきの子狼は君たちだったのかい?」

 エーギルの言葉に2人は頷く。


 「ユースさまがふたりのことをよんでいるの」

 「だから、ああしてよぶしかなかった」


 エーギルが俺を見た。俺は首を横に振った。

 「俺はそのユースって奴を全く知らんぞ、一体何の用だ?」

  

 「ふたりはさがしものをしているんでしょう?」

 「探し物といえばまあ探し物だけど……もしかして君たちは、クロが人化できる術を知っているのかい?」

 アリとシスは首を横に振った。これは人化の術ではないという。


「……でも、ユースさまならわかるかも」

「ユースさまはふたりにあいたいっていってる」

 

 アリとシスの背中越しに見える、あの巨樹の葉が風に揺れてさわさわと涼やかな音を立てた。

 その風は何らかの感情が込められているような気がした。


 ──そういえばここに着いてから風が一度も吹いていなかったな、とふと思い出した。

 

 ここに来て感じた違和感の正体が分かった。

 廃墟を満たす水が風で波立つところを一度も見ていない。

 昨夜空を飛んでいる時にこの都市の存在に気づかなかったのは、あの巨樹の木陰に隠れて見えなかったからだろう。

 見上げると青空が見える。塀は高いものの、この構造でずっと無風という事はあるのだろうか。

 それに気づいたとき、密閉された箱庭にいるような息苦しさを急に感じた。

 

 もしかすると今まで俺たちはあれ(巨樹)に監視されていたのか?

 

 何か得体の知れない巨大な存在の胎の中に迷い込んでしまったという感覚が、今更ながら沸き上がってきた。

 

 水没都市の守護者、ユース・ユーキス。

 俺たちはそいつに会いに、アリとシスに着いていく事にした。

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