エピローグ
エピローグ
聖天祭前日の夜。
突然、何の断りもなく姿を現したルーク・エイカーに、私は戸惑いを隠すことができなかった。彼の行動には、いつも合理性が存在した。だが、いくら考えても、私は彼がしたことに、意味を見出すことができなかった。
「……ルーク。貴様、どうしてここにいる?」
アパートの私の部屋の前に立っていた白い服の男は、銀縁の眼鏡を持ち上げて私を見据える。
「どうして? 僕がここにいるのは、そんなに不思議なことかな?」
「直接の接触は避けるべきだと、貴様自身が言っていただろう。忘れたのか?」
私は戸惑いを隠せないまま、ルーク・エイカーへと近づいていく。
白い詐欺師は両手をポケットに突っ込んで、唇の端を持ち上げた。
「ククク」
「ん?」
「ハハハ。アッハッハッハ!」
「……貴様。まさか」
「そのまさかだよ。いやー、うまくいくもんだな。コスプレショップって偉大だわ」
「御影奏多か」
ルーク・エイカーの姿をした御影奏多の姿を、よくよく観察している。確かに声姿はまったく同じだが、立ち方や服の感じがまるで違う。
我ながら、チープなトリックに引っ掛かったものだった。御影奏多が他者の姿に変われるようになったという情報は、既に持っていたというのに。
「駄目じゃねえか。超越者が裏切り者のルーク・エイカーに対して、そんな親し気にしちゃ」
「別に親しく思っているわけではないが」
「そう見えることが問題なんだよ。直接の接触は避けるべきだと口にした時点で、てめえの負けだ。お前とあの詐欺師は裏で繋がっていた。そうだろう?」
「ひとまず、その声と姿をやめてくれ。どうにも違和感がある」
「ああ。それじゃあ、先に部屋に入っていてくれ」
彼の提案に頷きを返し、私はアパートの部屋の中に入る。廊下と応接間の電気をつけ、台所でコップを二つ用意し、蒸留水を注ぎ込む。
数分後、元の姿に戻った御影奏多が私の前に姿を現した。手足がルーク・エイカーより短いため、上着の袖は下にたれ、ズボンの裾を引きずってしまっていた。
「これだから戻るのは嫌だったんだよ」
「需要はあると思うが?」
「何の話だ……」
机を挟んだ反対の椅子に腰を掛けて、彼は顔をしかめる。
私が水の入ったコップを指し示すと、彼はコップを見て、私を見て、コップを見て、こちらの正気を疑うような目を向けてきた。
「安心しろ。狭く安い家だが、浄水器は最上級のものを使っている。健康第一だ」
「あー、はいはい。そうだよな。お前はそういう奴だよな」
彼は嘆息して、水を口に含んだ。
どうも私は、また何かを間違えてしまったようだった。
「確認するぞ。お前は治安維持隊に対する公理評議会側のスパイで間違いないな?」
「半分正解だ」
「というと?」
「私は彼の協力者ではあるが、あくまで情報提供者にすぎない」
「いや、そういうのをスパイと……」
「違う。私は治安維持隊を害する気は毛頭ない」
「……」
「七年前のアウタージェイル掃討作戦の後に、彼は私に言った。治安維持隊には、敵対組織が必要だと。仮想敵のいなくなった組織に、未来はないと」
「だから、公理評議会に……ルーク・エイカーに協力した」
「情報管理局の権力は急速に失われ、治安維持隊一強の状態になることは火を見るより明らかだった。実際、ヨコハマ騒乱で管理局は治安維持隊に降った。ケース・ニーラント局長が円卓に迎い入れられ、ヴィクトリアの支配体制は盤石となった」
「だがその裏で、ルーク・エイカー率いる評議会が力を付けていった」
「私だけではなく、多くの協力者がいたのだろう。一つ、私からも聞いていいだろうか?」
「どうしてお前が評議会と通じていることに気が付いたのか、だろ?」
御影の問いかけに、私は頷きを返した。
「そりゃ決まっているだろ。俺が四月一日に、生き残ったからだ」
「……」
「あの日に起きたことは、全て詐欺師のシナリオ通りだった。だとしたら、俺とお前の邂逅も、偶然であるはずがない。地下を移動していた俺が顔を出したところに、丁度お前がいたっていうのは、いくらなんでもできすぎだ」
「私が有能だから、で片づけられるかもしれないぞ?」
「なら、どうして俺を殺さなかった。クソアマがいたからは無しだぞ。最初の一撃は俺の肩を貫いたが、最初から殺す気ならあんなことをする必要はねえ。心臓を一刺し。それで終わりだ。お前ほどの奴が狙いを外すわけがねえしな」
「貴様を捕らえるように命令されていたのかもしれない」
「ああ、そうかもな。だけど疑うには十分だった。そして結果はこれだ。俺のトラップに引っ掛かって、お前はボロを出した」
「なるほどな」
私はテーブルのコップを持ち上げ、水を飲む。
やはりこれが紅茶やコーヒーである意味は基本ないなと、まったく関係ないことを考えながら、私は続けて口を開いた。
「それで? 貴様は何がしたい?」
「……」
「確かに私は治安維持隊を裏切っていた。私としては裏切っていたつもりはないが、ヴィクトリアならともかく、ジゼル・カスタニエはそうは思わないだろう。貴様は私を脅迫できる、というわけだ」
「お前が脅迫なんて恐れるタマか?」
「まあ、恐ろしくは無いな。どうしたものかと困りはするが」
「ホント、面白みの欠片もねえ男だよな、お前」
「そうか? よく、面白い人間だと言われるが」
「そういうとこだからな? お前、本当にそういうところだからな?」
「無駄話はここまでとしよう。裏切りの事実をネタに、貴様は私に何を求める?」
私の問いかけに対し、御影は首を横に振った。
「別に何も」
「……何?」
「少なくとも、今はまだ、な」
「……」
「予感がするんだよ。もうすぐ、俺の知る何かが変わる。それが何かはわからねえ。だけどきっと、その何かのために、俺はまた世界を敵に回すことになる」
「随分と、根拠薄弱な未来予想だな」
「まったくだよ。だが、もしそうなったら、俺は怖くて足を踏み出せないかもしれない。世界を敵に回すなんて、荷が重すぎると思うかもしれない」
「それが、普通の人間の反応だろうな」
「だから。お前に、俺を助けて欲しい」
そう言って、彼は私のことをまっすぐに見つめた。
「……弱いな。交渉材料が弱すぎる」
「だろうな」
「天秤が釣り合わない。世界が滅べば、治安維持隊もなくなる。裏切りがあったという事実に、意味がなくなる」
「わかってる」
「それなのに、なぜ?」
「最初から交渉するつもりなんてねえ。治安維持隊を裏切っているかどうかも、脅迫の材料にするためというよりは、単なる確認作業だ。ただ俺は、お前に伝えたかった。俺の望みを」
「望み、か」
「話はそれだけだ」
彼は椅子から立ち上がり、玄関の方向へと歩いていく。
扉が開けられ、夜の冷気が侵入してきたところで、私は彼の後ろ姿へと言葉を発した。
「貴様の知っている通り、私は隣に立つ者の感情を最優先する。貴様が心から世界を敵に回すことを望むなら、私に助けを請え。だがそこに偽りがあると判断すれば、その場で貴様を殺す。治安維持隊の兵器としてな。私はそれができる人間だ」
「……ああ。知ってる」
「ならばいい。一度だけだ。私とルークの関係を看破したことに敬意を表し、一度だけ機会をやろう。それが無為に消えるか否かは、貴様次第だ――」
※ ※ ※ ※ ※
回想が終わり、私の意識は暗闇から浮かび上がる。
目を開け、体を起こす。私は複製された公理議事堂の庭に寝かされていたようだった。
門のある方向へと顔を向ける。御影奏多がこちらを見つめているのと、目が合った。
「頼むレイフ。助けてくれ」
その決意に満ち満ちた言葉に、私は微笑を浮かべた。
「もちろんだ」
……Let's Start!!




