Outer Jail-4
4
聖天祭前日。
おでん屋のカウンター席に一人腰かけていたマイケル・スワロウの隣に、私は滑り込むようにして座る。
彼は私の横顔を見て、相好を崩した。
「よく場所がわかったな」
「スワロウが単純すぎるから」
そう適当に受け答えしてコートを脱いでいたら、白い割烹着の店員が目を丸くしているのと目が合った。
「……違いますよ? 私、彼の従妹なんです」
「あら、そうなの! いやでも、従妹なら婚姻オーケーよ!」
「冗談でも笑えねえぞババア」
「でも、すごい別嬪さんじゃない! アンタにはもったいないくらいよ!」
「そんなことはわかってんだよ。いいからさっさと仕事をしろ」
「何よ、もう。お嬢さん注文は?」
「それじゃあ、彼と同じもので」
私の言葉に、店員は我が意を得たと言わんばかりにニンマリと笑った。思わずこっちも苦笑を浮かべてしまったが、胸の奥でチクリと痛むものがあった。
コートをカウンター下の籠に入れる。私は彼の横顔が見れず、厨房で琥珀色の液体に揺れる具材の群れをひたすらに見つめた。
「……ごめん」
「何が?」
「その答え方、意地悪」
「やばい。かわいい。決心が揺らぎそうだ」
「ちょっと!」
「わかってるって」
彼はクスクスと楽し気に笑う。そこでようやくからかわれていたのだと気が付いて、私は頬を膨らませた。
「そんなんだから彼女できないんだよ」
「振った男にそれ言います?」
「無理しておちゃらけるとこ、御影にそっくりだよね」
「惚れた男と比べないでくれませんかねえ!?」
もっともすぎる抗議に何か言おうと思ったけど、言葉が見つからなくて、私は口をつぐんだ。
入口からの隙間風が冷たい。四月一日から約半年。全てが変わったような気がするし、何も変わっていないような気もした。
「知っての通り、聖天祭は延期になった。決行は明日だ。超越者、そして超越者候補を人質にとり、治安維持隊と交渉する」
「こんなところで堂々と話す?」
「いいから聞け。これで最後かもしれねえんだ」
「……」
「正直、うまい方法だとは思えねえ。俺達の要求にアイツらが応じる可能性なんてゼロに等しいし、応じたところでそれで能力世界が終わることになるかわからねえしな。それから……本当に、お前も来るつもりなのか」
「うん。今日開催だったら無理だったけど、明日なら何とか行けるでしょ?」
「俺に車で運べってか。バレたらやべえし、できれば来てほしくないんだが」
「足手まといにはならないようにするから」
「そういう問題じゃ……まあ、いい。そもそも成功確率が低いんだ。悔いが残らねえようにしないとな」
彼はそう言って笑い、水を口の中に流し込んだ。
「あと俺個人の問題もある。口じゃあこうやって綺麗ごとを言ってはいるが、アイツの前に立ったとき、自分を保てるかどうか」
「……やめてもいいんだよ?」
「それだけはないから安心しろ。俺はお前のために動く」
「ううん。それじゃあ駄目」
目を丸くしたスワロウに、私は笑って言った。
「君は君のために戦って。約束」
「……」
「でも、御影のことはあまり傷つけないでくれると嬉しい」
「秒で矛盾したんだが」
「え? 何で?」
「そういうところは解決しないまま、か。でもそれでいいのかもな。お前は、お前だ」
豆とタコが目立つ手で、スワロウがグシャグシャと私の髪をかき回す。
たったそれだけのことが、何故だかすごくうれしくて、私は目を細めた。
※ ※ ※ ※ ※
マイケル・スワロウに連れられ聖天祭会場へと移動している途中、サミュエル・ウォーレンと出会った。
彼は私がスワロウと一緒にいるのを見ても眉一つ動かさず、こちらに頭を下げて言った。
「何かお手伝いしましょうか?」
この人には一生敵わないなと、私は思った。
※ ※ ※ ※ ※
私たちは戦った。
思った通りにはいかなかったし、何もかもが上手くいかなかった。
そもそも私は、聖天祭で何が起きているのか、ほとんど把握していなかった。カメラに映るわけにはいかず、超能力者の戦闘を妨害するわけにもいかない。レイフのときも正直賭けだった。あの人なら無理矢理ルールを捻じ曲げることぐらいはしかねない、という私たちの予想は、半分当たっていた。スワロウは最後まで私が共に戦うことを嫌がっていたけど、この件については感謝されてもいいと思う。
それでも、私は最初から最後まで部外者だった。
私は誰のために、何をすることもできなかった。
ただ、ウォーレンの案内で複製中央エリアの地下を移動するだけで、スワロウの様子もさっぱりわからなかった。我ながら、何をしているんだと笑えてしまう。それは、私の人生の全てに言えることだった。私は何を怖れ、何を大切に思っていたのか。その答えもわからないまま、私は戦場にのこのこと顔を出した。
※ ※ ※ ※ ※
――そして、今に至る。
御影奏多は動かない。ただ、私の言葉を待っている。
「御影」
「……」
「私を、助けてくれる?」
「やなこった」
それはそうだろう。これはただの確認だ。私は全ての化けの皮を剥がされた。私は『ノゾム』というアイデンティティを奪われ、何者でもなくなった。
お姫様だった私は、もういない。
私は私を語りえない。
私の思考は、沈黙の海を越えることはない。
ならば、どうすればいいのか。
私に残されているものはなんだろう?
「……」
その答えを、私は知っていた。
だけど私は、それを口にするのが怖かった。
私は私が嫌いだった。私は私を憎んでいた。私は私に死を望んだ。
私は腐敗した屍だ。美しさなど欠片もない。全ては死骸でできている。白骨化した古い思想により、形づくられている。
それでも私には、残されたものが一つだけある。
私の、『望み』。
それは希望でもあり、絶望でもある。
私は知っている。その感情が、私の人生に光をもたらしたことを。
私は知っている。その感情が、私の人生に闇をもたらしたことを。
偶像であり、兵器であった少女は、一人の少年によって色づいた。美しさと醜さ。その両方を内包した世界革命。
単純だった世界は、選択肢に溢れ、複雑化した。自由という名の檻に、私は縛り付けられた。
私を私と保証するものはどこにもない。私が私に満足するはずがない。
「きっと私には、誰かに思われるだけの価値がない。でも、願ってしまうんです」
無限の可能性の中で、運命という名のブランコが揺れている。飛び出せば、その先に何があるのかわからない。裏切られるかもしれないし、裏切ってしまうかもしれない。
「御影」
だけどもう、逃げるわけにはいかない。だから。
この『望み』を、言葉にしよう。
「あなたの隣にいても、いいですか?」
その、短い言葉は。
あまりにも長すぎる、沈黙とすれ違いを経て。
確かに、彼へと届き。
そして――。
「もちろんだ」
言葉が私たちの間で砕け散り、一瞬は永遠となった。
右手が中途半端な高さに持ち上がり、指先が震えだす。
そんな私の腕を、彼が掴んで引き寄せる。
二人の距離が、近づく。
接触する。
世界の壁が、消えてなくなる。
限界の外に出る。
そこには。
神が。
神様がいて。
私たちを、祝福する。
わかっている。
大変なのは、
これからだ。
私たちは、
時間を、
失ったものを、
取り戻さなくてはならない。
だけれども、
今だけは。
ただ、彼を抱きしめることを、許して欲しい。
こうして。
私は終わる。
そして始まる。
私という物語が。
だから私は求める。
私という存在を。
終わりの先で。
私を始める。
そうして。
――私たち二人は、空の向こうを目指すのだ。




