第六章 英雄譚-3
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雨が降り続いている。秋の冷気を纏った水滴の群れは、御影の服に染みこんで、体を芯から凍えさせようとする。
目に水が入ることを避けるため、御影は歩きながら目を瞑る。空気の動きのみで周囲の様子を理解し、歩みを進める。
急ぐ必要はない。予想が正しければ、マイケル・スワロウは誰を害することもない。強硬策に出ることも、今はない。彼と御影奏多のどちらかが敗北するまで、状況は動かない。
耳に付けたイヤホン型端末が震える。指で触れてホログラムウィンドウを出現させる。
目を開けると、半分程崩れたブロック塀に、シャオナンがもたれかかる映像が見えた。
『……悪い。負けちまった』
「誰も勝てとは言ってねえよ」
『ハハ……冷たいなあ』
「なら褒めてやる。よくやった。本当に。そしてすまない。俺はお前たちの命よりも、俺自身のエゴを優先した」
『バーカ。アレインのことを気にしていたのは、お前だけじゃないさ。ミュリエルも、カリーナも。言葉にはしなくても、みんな彼女のことを気にしていた。どう見ても無理してたからな』
「ああ。そうだな」
会話がいったん途切れ、雨音が急に大きくなったかのように錯覚する。
濡れて額に貼りついた髪の位置を整えていると、ラン・シャオナンが口を開いた。
『御影。僕にはもう一つ、お前に謝らなきゃいけないことがある』
「お前の不幸話は、全部でっちあげだった。そうだろう?」
『……知っていたのか?』
「俺は生涯をかけて嘘をつき続けてきた男だぞ。俺に嘘は通じねえよ。ただ一人、白い服を着たどっかの詐欺師を除いてな」
『それ、自慢できるようなことか?』
「確かにな。真面目な話、いくつか不自然な点があった。まずお前の能力の性質上、犬の傍で能力発動とかまずありえない。というか、生き物の傍で使うほどお前は馬鹿じゃない。少なくとも、あんな話をその場ででっち上げられるぐらいには頭はいいわな」
『まだ幼かったからかもしれない』
「だとしても、そんなことになってたら、お前やお前の妄想彼女もただではすまない。犬がビー玉ぐらいの大きさになったなんて、それ威力やべえぞ? つか話の流れ的に室内だから、猫云々より家そのものがぶっ壊れるだろ」
『そこは運が良かったってことで』
「決定的なのは、学生の学校外での能力発動が厳しく制限されてること。特に能力が発現したばかりの中学生には締め付けがキツイ。そんなことしてたなら、絶対前科として残ってる。だけどお前は、覚せい剤事件以外は真っ白な優等生だ」
『ああ、クソ! つまんない嘘をつくものじゃないなあ!』
「まったくだよ。それで? どうしてそんな嘘を?」
『決まっているだろ? 羨ましかったんだよ』
「羨ましい?」
『ヒーローに憧れたんだ。何らかの悲劇を経験して、それを理由に戦う英雄様に』
醜悪だろ? と言って、ラン・シャオナンが笑う。御影は何も言わずに続きを待った。
『エボニー・アレイン。ミュリエル・ボルテール。カリーナ・エメルト。そして、御影奏多。僕にはお前たちが眩しく見えるんだよ。どんなに悲しくてもさ。辛くてもさ。その過去には、意味があるじゃないか。そう、思っちまったんだよ。マジのマジでクソ野郎だ』
「気持ちはわかる、とか言ったら怒るか?」
『そんな権利がそもそもない。僕はさ。僕にはさ。何も無いんだよ。何一つ誇れるものがないんだ。クラスメイトとの緩い関係を好むのも、超能力者として大成することを諦めたのも、何となくなんだよ。気が乗らなかったんだ。ドラッグがロッカーから出てきたときだって、安心したくらいなんだよ。ああ。これで、優等生で在り続ける必要がなくなった、ってな』
「それも、おかしいとは思っていた。ロッカーから出てきただけなら、悪戯の可能性はなくはない。それなのにお前が罪を着せられたのは、お前がそれを望んだから。お前は嘘の自白をしたんだ。第一高校から、逃げるために」
『そこまでわかっていたなら……どうして、僕のことを責めなかった』
「お前が俺の友人であり、そして、憧れだからだ」
『僕に憧れだって? 勘弁してくれよ!』
「俺だって同じなんだよ、シャオナン。俺だって、普通の生活を送りたかった。青春したかったし、彼女は欲しかったし、優等生でいたかった。だけどさ。それでも俺は、その道を選ばなかった。お前が選ばなかったのと、同じように」
『……』
「人っていうのは、随分と面倒くさいよな。違う思いを同時に抱えてさ。面倒くさいったらありゃしねえ。だけど……嘘は、いけないよな」
『悪かったよ。本当に』
「いや、こちらの話だ。とりあえず今は休んどけよ。お前がこれで終わる奴じゃねえってことは知ってるし……これは、俺の戦いだからさ」
シャオナンとの通信を切る。それを待っていたかのようにまた新たな通信がかかってきて、御影はウィンドウに表示された名前に顔をしかめた。
ウィンドウを叩き割ってやりたいという衝動を何とか抑えて、通信用のアイコンをタップする。白服の実質的上司の姿が映し出され、御影はため息を吐いた。
「遅い」
『すまないね。こちらもだいぶ忙しい。やはりヴィクトリアが……いや、何でもない。今の状況を伝えてくれないかい?』
「は? おい。まさかとは思うが……」
『そのまさかだ。そちらの映像は、未だに確認できていない。どうあがいても全世界同時中継になってしまう』
「八鳥愛璃は檻から解放された。あれだけのことができたのに、映像の方は駄目なのか」
『セキュリティが重くて時間がかかるらしい。あの赤い檻、クリスタル破壊による超能力無力化のシステムへの干渉は比較的簡単だったらしいが、それより重要性が低いはずの映像操作がガチガチに固められているとのことだ。どうも、今年の七月ごろに仕様を変更された疑惑があると言っている』
「七月、ね。ま、映像なんてどうでもいい。聞いて驚け詐欺師。新たな賢人様が誕生した」
『……何だって?』
流石に驚きの表情を浮かべるルークに、今までのことを簡単に説明する。ルークは腕組みをして、ついでに長い足を見せつけるように組むと、厳しい表情で首を振った。
『なるほどね。マイケル・スワロウが超能力者になってからの能力の変化、『転換』を起こしていたと聞いてはいたが、まさかそんな力を持っていたとは。確かにその力は、『全知』の賢人と呼ぶにふさわしいものだろう』
「ターレスの方はどうなった」
『彼は八鳥愛璃に敗北した』
「マジで言ってるのか!?」
『シェイクスピアからはそう聞いている。慌てた様子はなかったけどね。何にせよ、二人共とんでもない隠し玉だったというわけだ。まったく、ヴィクトリアめ』
「AGEへの切り札も用意していた。唯一の想定外は、あの男の裏切りか……」
『……ん? なんだい?』
「いいや、何でもない。とにかく状況は最悪だ。こっちの陣営も俺以外は戦闘不能。八鳥愛璃もターレスとやりあったのなら無事じゃねえだろ。マイケル・スワロウと戦えるのは、俺しか残っていないというわけだ」
『いつもこうなってしまって、すまないとは思っているよ。だが嘆いてばかりもいられない。マイケル・スワロウの要求は、エボニー・アレインから聞いているかい?』
御影は無言で首を縦に振る。ルークは銀縁の眼鏡の位置を調整して続けた。
『彼は何らかの手段で能力世界の真実を知った。そして、その能力世界の構図を破壊しなくてはならないと決意した。七月七日。一般市民による超能力者に対する反逆に、思うところがあったのかもしれない。この様子だと、ボクシと何らかの繋がりがあることも確定だろう』
「……」
『だが、自分の要求が簡単に通らないことは、マイケル・スワロウだってわかっているはずだ。それなのに、彼にはこちらと交渉をしようとする気配がない。通信を繋ごうとしても拒否されてしまう。彼の真意を探らないことには、どうしようもない。そこでだ御影君。君に、彼との交渉を行ってほしい。君と彼は友人関係だと聞いて……』
「おい、詐欺師」
『何だい? 時間がないから手短に願いたいが』
「じゃ、端的に言うぞ。今回だけでいい。黙って俺の指示に従え」
流石に予想外だったのか、ルーク・エイカーが画面の中で絶句する。
『……何か、策があると?』
「策とは言えないだろうなあ。だって、正々堂々と勝負するし」
『正気かい? 相手は超越者。それも、当初の想定より何倍も力を増した状態だ』
「んなこたわかってんだよ。耳をかっぽじってよく聞けよ、詐欺師。いや、ルーク・エイカー。アイツと俺は戦う。そして俺が勝利する。何が何でも、だ」
『……』
ルークは腕組みをしたまま思案する。彼の前にジゼル・カスタニエが割り込んできて、こちらに声を荒げてきた。
『何を言っているのですか、御影奏多! あなたに全人類の命がかかっているのですよ!? 勝手な行動は――』
「俺は公理評議会の人間だ。治安維持隊は黙ってろ」
『な……』
『都合のいいときに肩書きを使ってくれるね』
仄かな苦笑を浮かべて、ルークは椅子から立ち上がりながらカスタニエを押しのけた。
『話を聞こうか』
『エイカー!』
『御影奏多は確かに私の部下、否、駒です。彼に命令する権利は私にある』
『そうですが!』
カスタニエが口惜し気にこちらを睨みつけてくる。ルークはいつも通り冷静な口調を崩さぬまま、御影に問いを投げかけた。
『博打打ちという意味では、私も人のことは言えない。その策にもならない策とやらを説明するんだ。何度も言うけど、手短に頼むよ』
※ ※ ※ ※ ※
マイケル・スワロウはどこまでも半端な男だった。
超越者に選出されたのは、八鳥愛璃が選ばれた直後。つまりは、一番の新米となる。八鳥とウェルソークはスワロウよりも年若いが、年齢など評価には関係ない。超越者序列六位より下が特殊であることを考えれば、スワロウは最も実力と実績のない超越者と言えた。
最強。最優。破壊。殺害。諜報。そして二人の研究者。それぞれがそれぞれに特化し、誰にも並べ立てない領域に到達していた。
それに対しマイケル・スワロウはというと、超越者という肩書が不釣り合いなほど、平凡の枠を抜け出ない存在だった。
何かを極められたわけではない。どんな分野においても、一流には負けるという自信がある。
異なるのはただ一点。極めるのではなく、網羅したところだ。
震動の『母星胎動』から『転換』した、自然界に存在しうるすべてのものを操る能力。すなわち――『全知』の力
炎を操るという一点において、彼はエボニー・アレインに劣る。電流を操るという一点において、彼はミュリエル・ボルテールに劣る。回復という一点に置いて、彼はカリーナ・エメルトに劣る。その他、ありとあらゆる自然系の超能力者についても同じだ。
物理法則に喧嘩を売っている連中は論外だ。理屈上同じことはできても、力が弱すぎてまったく使い物にならない。例えば八鳥と同じように分子間力を操ろうとしたところで、精々物と物がくっつきやすくなったり、滑りやすくなるくらいだろう。
次元に干渉する方々はもう勘弁して欲しい。序列一位についても、次元組と同じぐらい並び立てる気がしない。
だが。総合評価において、彼の右に出る者はない。
何を極めたのかを強いて言うなら、器用貧乏を極めたというのが正しいだろう。何もかもが半端な故に、何もかもを操る力。
「……半端なことに変わりねえけどな」
そう呟いて、マイケル・スワロウは自嘲の笑みを浮かべる。
場所はUの十九番ブロック南。巨大な瓦礫の山となったエンパイア・スカイタワーを見上げ、彼は大通りの真ん中に一人佇む。
雨の音に紛れて、靴がアスファルトを叩く音が聞こえてきた。マイケル・スワロウはそちらに目を向けることなく、淡々と言った。
「何っつうか、こう、あれだな。偽物だとわかっていても、自分が所属していた組織の総本山がこんな姿になっているは、やっぱ辛いものだな」
足音が止まる。数メートル離れた場所から、声が飛んでくる。
「壊したのはお前だろうが」
「レイフさんが来なければ、ここまで破壊することはなかっただろうさ。ジゼル・カスタニエの保身がこの結果に繋がったんだから、何とも皮肉な話だ」
「だが……」
「それでも、悲しむのはおかしいって? そうだよな。俺は裏切り者だ。だけど、本音を言えば裏切りたくなかった。俺はヴィクトリア・レーガンが仕切る治安維持隊が好きだったんだよ。超越者の連中も、気のいい奴らばかりだ。チャンファさんが死んだときは、ありえないと思うと同時に、悲しすぎて泣いたよ。ババア呼ばわりするんじゃなかったってな」
「だが、レーガンは治安維持隊を去った」
「ああ」
「それでも、仲間を、超越者を裏切る気にはならなかった」
「もちろんだ」
「だけど裏切った。おかしいとは思っていたんだ。例え能力世界の真実を知ったのだとしても、お前は仲間を裏切れるような男じゃない。だが、その理由が、ようやくわかった」
「……へえ?」
声の方へと、体を向ける。
マイケル・スワロウと御影奏多は互いに向かい合い、会話を進めていった。
「聞かせてもらおうか」
「簡単に、言葉にはしたくないな」
「なぜ」
「そりゃあ、あれだよ。無粋だからだよ。お前もそう思うだろ?」
「ハッ! そう言える時点で正解に辿り着けてそうだが、一応答え合わせはしねえとな! じゃあ質問を変えよう。なぜその結論に至った?」
「疑うべき点はいくつもあったが、決定打となったのは一時間ほど前のあの事件だ。序列二位の敗北だよ」
興奮に胸が高ぶるのがわかる。震える手でサングラスを持ち上げ、マイケル・スワロウは唇の端を持ち上げた。
「正解だよ御影奏多。遅すぎるぐらいだったがな」
「ああ、本当に。ここまで来るのに、随分と遠回りしちまった」
二人分の笑い声が、雨の中に木霊していく。
一通り笑ったところで、二人は表情を引き締めると、互いに戦闘体勢をとっていった。
「マイケル・スワロウ。お前が今回の事件を起こした理由はただ一つ。この俺、御影奏多と戦い、勝利するためだ」
「そのとおりだ、御影奏多! 何もかもが後付けだよ! 俺は俺のために戦う。そして勝つ! 俺自身の欲望、醜いエゴのためにだ!」
「受けて立つぜ超越者。能力世界の頂点に立つお前を、何でもないただの超能力者が負かしてやるよ。そして教えてやる。英雄になるのは、俺の方だとな」
御影奏多を青い光が包み込み、彼を中心としてつむじ風が発生する。マイケル・スワロウの背からは白の光が翼のように出現し、虹の輝きをまき散らしていった。
※ ※ ※ ※ ※
治安維持隊情報部のテント。第三高校生徒のエヨンは、複数のホログラムウィンドウを同時出現させ、目を瞑った状態で意識を集中させていた。
傍からは何もしていないように見えるためか、周囲の大人たちがちらちらと心配そうな視線を向けてくるのが気配でわかる。だが、既に八鳥愛璃の解放という結果を出している以上、口を出してくるものはいなかった。
エヨンのハッキングは、極めて感覚的なものだ。電脳世界と意識の結合。本来、キーボードや音声による入力でしか干渉できない1と0の世界に、人間的な感覚を残したままダイブする。どうやっているのかと問われても、説明は難しい。強いて言うなら、海にどんどん潜っていき、海底の様子を目視で確認していくような作業、といったところか。
『むーん。やっぱり、おかしいのー』
電脳の海の底。周囲と明らかに様子が違う空間の前で、彼女は思案する。
砂が続いていたと思ったら、突如として黄金神殿が出てきたぐらいには違和感がある。プログラムとして極めて完成していながら、遊び心のようなものも見られた。
『しかも新しい。これだけの完成度なら、サイバー業界ではかなり有名なはずじゃがのー。誰が作ったのかのー』
正直いじくるのは気が引けて先延ばしにしていたが、元帥からの催促もしつこくなってきている。通信で『どういう状況ですか!?』と聞かれるたびに、ハッキングが1からやり直しになるのだが、そう言っても聞いてくれない。
『早めに終わらせるかのー』
そうため息を吐いて、プログラムに『手を触れ』ようとした、次の瞬間だった。
『んん!?』
上方から光の筋が降りてきて、神殿に突き刺さる。黄金は光を吸収すると、轟音と共にその姿を変えていった。
「……およよよ!?」
反射的に目を開ける。ホログラムウィンドウの群れには、それぞれに同じ文言が表示されていた。
『SHOW TIME!』
あんぐりと口を開けるエヨンと治安維持隊情報部の面々が見つめる中、ウィンドウに今度はプログラムのコードが浮かび上がり、カメラのシステムが高速で書き換えられていく。
エヨンは引きつった笑みを浮かべて、その場にペタリと尻餅をついた。
「最初から外部操作ができるようになっていた!? 発信元は……マイケル・スワロウ! 映像操作が超越者権限でできるとか、聞いてないんだが!?」
※ ※ ※ ※ ※
メインスタジアム観客席。
「……暇っすね」
シャーリー・ピットがふざけたことを抜かしたので、テクラはとりあえず彼女の頭をひっぱたいた。
「な、何をするんっすかテクラ! 私先輩っすよ!?」
「そうだぞ。一応上司だぞ、テクラちゃん」
「洗脳されたいんですか副隊長。二人共気が抜けすぎなんですよ。超越者が裏切った可能性があるんですよ?」
「いや、それはそうなんだけどな」
グレッグはバツの悪そうな顔をしながらも、続けて言った。
「超越者っていったら、最終兵器の代名詞だ。余裕で町一つ潰せるし、地形も変えられる。だけど、裏切ったにしては随分と静かじゃないか。もしかしたら、マイケル・スワロウが勝手しているだけなんじゃないか?」
「避難命令もでてないっすからね。観客も落ち着いてきたし、大丈夫なんじゃないっすか?」
「甘すぎますよ。砂糖菓子よりも甘い。想定するのは常に最悪の可能性です。マイケル・スワロウが、『世界なんてどうでもいい。そうだ! 破壊しよう!』って魔王化しちゃ……」
テクラの言葉の途中で、メインスタジアム中央部に築かれたホログラムの塔に、映像が映し出された。
再びの会場中継に、三人そろってあんぐりと口を開ける。メインスタジアム全体がざわついていくなか、映像は幾度か切り替わり、聖天祭出場者の姿を映していった。
「見て見て! あれ!」
レナ・ハマサキが甲高い叫びを上げて、映像の一つを指さす。彼女が示したウィンドウを見て、ライナルト・カレンベルクが唸り声を上げた。
「ラン・シャオナン! 彼ですら戦闘不能状態か!」
「あっち。一番上のウィンドウ。ミュリエル・ボルテール。あと、カリーナ・エメルト」
「う、うわあ! 血だらけだ!」
あくまでも冷静なミラトンの横で、虫どころか血も嫌いならしいニコラスが両手で顔を覆い隠す。ミラトンが見つめるウィンドウでは、アスファルトに横になったミュリエルをカリーナが治療していた。テクラの予想に反して、血だらけなのはカリーナの方だったが。
「……隊長も、無理みたいっすね」
シャーリー・ピットの静かな呟きに、テクラはハッとして彼女の視線の先へと目を移した。
どうやらマンションのエントランスらしき場所で、エボニーが蹲っているのが見える。画質が悪いが、彼女の横に半分燃えた黒い軍服が置いてあって、テクラは首を振った。
「燃やされた? あの人が……?」
「隊長も気になるが、僕としては超越者も気になるな。序列七位は昼寝で、序列八位は筋トレって、何だこれ?」
「どうでもいいでしょう、そんなの!」
七位と八位は研究者。研究者=変人。話はそれで終わりだ。
「序列二位と四位は……わからないな。じゃ、残るは……」
グレッグがそこまで言ったとたん、映像の全てが一つのものに切り替わった。
御影奏多とマイケル・スワロウが、向かい合っている。御影の周囲には青い光が散りばめられ、スワロウは背から白い羽を伸ばしていた。
「な、なんですかあれ!? あの光――」
テクラの疑問の声は、メインスタジアム全体を揺るがすほどの大歓声にかき消される。
現状を理解できる者など一人もおらず、誰もが現実を見ようとしていない。だが、ただ一つだけ共有されている認識があった。
聖天祭は、もうすぐ終わる。
彼らの戦いが、全てに決着をつけるのだと。




