第七十話 皇帝の怒り
ドンッ!!
再び屋敷が大きく揺れた。
「……カイゼル」
レイナは扉に駆け寄った。
耳を澄ます。
遠くから。
兵士たちの怒号が聞こえてくる。
「陛下を止めろ!」
「これ以上、進ませるな!」
「囲め!!」
そして。
バキィィン!!
何かが凍りつき、砕ける音。
レイナの口元が少し緩んだ。
「……やっぱり来てる」
しかし。
安心したのも束の間だった。
ガチャ。
背後で扉が開いた。
「……!」
レイナが振り返る。
そこには。
数人の兵士が立っていた。
「何?」
「公爵様の命令だ」
兵士の一人が告げる。
「場所を移す」
「嫌だ」
「逆らうなら――」
「嫌だって言ってるでしょ!」
レイナは一歩下がった。
しかし。
その瞬間。
床に魔法陣が浮かび上がる。
「……またこれ!?」
光が足元から広がった。
レイナはすぐに飛び退こうとした。
だが。
「っ……!」
身体が重い。
足が思うように動かない。
結界で消耗した影響が、まだ残っている。
その隙に。
兵士たちがレイナを取り囲んだ。
「捕まえろ!」
「離して!」
腕を掴まれる。
レイナは必死に振り払おうとした。
しかし。
「くっ……!」
力が足りない。
「レイナ!」
遠くから。
カイゼルの声が響いた。
「カイゼル!!」
レイナも叫び返す。
「ここ!!」
「レイナ!」
声が近づいてくる。
兵士たちが慌て始めた。
「まずい!」
「急げ!」
「レイナ様を連れていけ!」
「嫌だ!」
レイナは抵抗する。
だが。
今度は両腕だけでなく、身体ごと拘束された。
「離せ!!」
「大人しくしてください!」
「誰が――!」
その瞬間。
廊下の奥から。
凄まじい冷気が吹き抜けた。
バキバキバキッ!!
壁も床も一瞬で凍りつく。
兵士たちが振り返る。
「……陛下」
そこに。
カイゼルが立っていた。
髪も衣服も乱れていない。
ただ。
その目だけが。
これまで見たことがないほど冷たかった。
「レイナを離せ」
静かな声。
兵士たちは動けない。
「で、ですが、公爵様の命令で――」
「余の命令よりもか?」
「……っ」
誰も答えられない。
カイゼルが一歩進む。
床が凍る。
さらに一歩。
壁まで凍りついていく。
「三秒やる」
「……!」
「三」
兵士たちの顔が青ざめる。
「二」
レイナを掴んでいた手が震える。
「一」
「は、離せ!!」
別の兵士が叫んだ。
その瞬間。
レイナの身体が自由になった。
レイナはすぐにカイゼルの方へ走る。
「カイゼル!」
カイゼルも腕を伸ばす。
「レイナ!」
――その瞬間だった。
ドンッ!!
床が突然崩れた。
「えっ!?」
「レイナ!」
レイナの足元が消える。
「きゃあっ!」
身体が落下する。
カイゼルが咄嗟に手を伸ばした。
「掴まれ!!」
「カイゼル!!」
指先が触れる。
あと少し。
あと少しで――。
ガシッ!
カイゼルがレイナの手を掴んだ。
「離すな!」
「離さない!」
レイナも必死に握り返す。
しかし。
穴の下から。
別の魔法陣が浮かび上がった。
「……!」
レイナの身体を光が包む。
「な、何これ!?」
「レイナ!!」
カイゼルが力を込める。
だが。
魔法陣がレイナを強く引き下ろす。
「カイゼル!」
「絶対に離さない!」
「……っ!」
カイゼルの手が震える。
それでも。
決して手を離さない。
だが。
魔法陣の光がさらに強くなる。
「カイゼル……!」
「レイナ!!」
次の瞬間。
眩い光が二人を包み込んだ。




