第2話 静寂の海
2580年。
地球は静かだった。
高層都市には争いがなく、
誰も怒鳴らず、
誰も飢えない。
人々は穏やかで、
清潔で、
礼儀正しかった。
だがその静けさは、
時折、
墓標のように見えた。
ナツは、《深層アーカイブ》で働くアーカイバーだった。
地下900メートルの重圧を感じさせる、厚い金属扉が開く際の「プシュッ」という減圧音
「人間の心の地層」と呼ぶべき場所。
検索もされず忘れ去られたデータの結晶が並び、冷却システムの乾燥した風と、古びた記録媒体が放つ特有の「匂い」が混ざり合いひんやりとした静寂に包まれている。
人類が不要と判断した旧文明記録を、
消滅前に保存する仕事。
宗教。
神話。
詩。
音楽。
茶の湯。
恋文。
遺書。
失われゆく“人間の痕跡”。
ナツは、
古い映像データを眺めながら呟く。
「どうして昔の人は、
こんなに泣いてたんだろう」
その時、
背後から声がした。
「感情効率が低かったからだよ」
同期のレイだった。
合理主義者。
統合管理思想を信奉している。
「昔の文明は、
ノイズが多すぎた。
怒りも嫉妬も宗教対立も、
全部そこから始まった」
「でも、
そのノイズがあったから、
音楽も生まれたんじゃない?」
「感傷だな」
レイは淡々と答えた。
だがナツは、
最近ずっと違和感を抱いていた。
この世界には、
傷つく人が少ない。
けれど同時に、
“震える人”も少ない。
生きているというより、
ただ滑らかに循環している。
そんな感覚。
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