79 修学旅行のお土産について
作品での時間は、秋と冬の中間くらいです。
「お兄ちゃんも、もうすぐ卒業なんですねぇ」
「いや、まだ半年くらい先だから」
暦の上で…… だと少しズレがあるみたいだけど、秋ももうすぐ終わりかな、と感じ始めた頃、僕を含めた青山第二小学校の6年生は、修学旅行の支度に少しだけ忙しくなっていた。少し前に学級会で説明と同時に配布された『修学旅行のしおり』に書かれている、持って行くべきモノなどを適当なサイズのスポーツバッグに詰め込んだりしている。直前になって慌てないように、洗濯が必要なモノ以外は前もって詰め込んでおいて、直前になって用意するモノだけのリストを作ってチェックシートまで作ってある。
ちなみにそういった段取りに対する指示を出していたのは雪奈だ。直前になって慌てないように、余裕を持って行動できるようにするためにはどうしたらいいか、など。ていねいに説明してくれたので特に悩む事もなく荷物を揃えている。
父さんや母さんも特に何も言わなかったところを見ると、雪奈の指示は最適なものだったのかな、と思ったりする。こういう事は経験者が指導したりするんじゃないかな、とか思ったりしたけど。まあ雪奈だったら指示を出してても別に不思議な事じゃないか。
「本来、修学旅行っていうのは『学業を修める』という意味合いでの旅行ですから。受験のある高校生が2年生の春先とかに修学旅行に行ったりするのが、どっちかというヘンなんですよねぇ。お兄ちゃんも修学旅行を終えればもう卒業式まで秒読みです。年末からは卒業式のリハーサルも始まるんじゃないですか?? 」
「え?? そうなの?? 」
卒業式のリハーサルが始まる、と聞くと急に卒業式が近づいた気がする。まだ半年先ぐらいのハズなのに。
「まあ、修学旅行を楽しんできてください」
「お土産を期待してるから!! 」
「あーうん、わかったよ」
春奈の『おみやげ!! 』の言葉に、また修学旅行の気分に戻ってきた。お土産かぁ…… ウチの場合は特に家族以外から何かを頼まれる事も無かったし、家族向けのお土産を買って帰る、という事になるんだよね。旅行先でどんな品物がお土産屋さんに売ってるのかは行ってみないと分からないけど、できれば皆が喜んでくれるモノを買って帰りたいな。
「お兄ちゃん」
「なに?? 」
「ペナントは要りませんからね!! 」
「なにそれ?! 」
ペナント。聞いた事があるような、無いような。
「昔は小さな提灯と同様に、土産物の定番だったのですが」
「あーあー」「あったような気がするわー」
雪奈の言葉に、父さん母さんが何やら頷いている。
「昔ほどではありませんが、今でも売っているらしいんですよ。でもね、『なんか珍しい細長い飾り物があるー』って思っても、旅先のテンションで購入しちゃったりしたらダメですよ。ペナントだの提灯だの地名が入ったナゾの掛け軸だの購入してきても、飾る場所を取っちゃうだけで後々ジャマになるのです。どうしても欲しいのなら、小さくて安いのを自分用に購入するだけにしておいて下さい。家族用は絶対に要りませんからね!! 」
「父さんも要らないなぁ」「お母さんも要らないわ」
雪奈だけでなく、父さんも母さんも『要らない』っていうあたり、本当に要らない土産物なんだなぁ。だったらなんでそんなモノをいまだに、お土産屋さんで売ってるんだろう。たまに買って行く人がいるから無くせないのかなー。ずいぶん前に作った在庫が残ってるから、みたいな理由だろうか。
「雪ちゃん、『ぺなんと』って?? 」
「横長で細長い三角形の『 旗 』の事です。本来は色々と使い道があるシロモノだったみたいなんですけど、今じゃ『プロ野球のペナントレース』くらいしか使われてないような気がしますね」
「その言葉って聞いた事あるけど…… 『ペナントレース』って、どういう意味?? 」
「優勝チームに贈られる『優勝ペナントという旗』を奪い合うレース、という意味ですね。高校野球なんかだと四角い優勝旗が優勝高校に貸与される、という形ですけど。プロ野球の場合だと『その年の優勝旗』はその都度作られて優勝チームに贈られるのです」
「優勝旗もらってたんだ!! 知らなかった!! 」
「テレビでは流れませんからねぇ」
知らなかった。そして土産物として売られているペナント…… 旗っていったい何に使うんだろう。旗だし棒にでもくくりつけて飾るんだろうか??
「あとですね、お兄ちゃん」
「あっうん」
雪奈が僕に話しかけてきていた。
「行き先は『奈良・京都』でしたよね?? 電車の関係で、奈良から先に回って京都から帰ってくる日程の」
「うん。そうだよ」
「いくら『名物』って書いてあっても、『生八つ橋』だけは要りませんからね!! 」
「あ、そうなんだ」
生八つ橋っていうのが何なのかよく知らないけど、覚えておかないといけないな。
「雪ちゃん、『なまやつはし』って何?? 」
「ババ臭いニッキの匂いがする食べ物です」
「他所で言っちゃダメだぞ、雪奈」
「入ってないのもあるんじゃない?? まあ、好き嫌いが分かれる食べ物よね」
雪奈が何やら毒のある表現をする食べ物のようだった。
ニッキ。ニッキって何だろう。聞いた事があるような、無いような。以前に雪奈が語っていたような気がしなくもないけれど。
「でもハッカとニッキはジジババ御用達の薬品じゃないですか?? 」
「言い方に問題があるぞ」「偏見が入ってるわよ」
ぇぇー。と鳴き声を上げる雪奈だった。
「雪ちゃん、『ニッキ』って?? 」
「『肉桂』という植物の根っこの皮を使った香辛料です。同じ植物の地上部分の皮を使うと『シナモン』になりますね。匂いも近いと思います」
「あー、シナモンかあ!! あれ?? 雪ちゃんってシナモン嫌いだっけ?? 」
「クッキーとかに少しだけ使うんなら問題ないんですけど、ニッキ飴だとか昔の生八つ橋に混入されてるニッキの度合いはまさに『度を越している』と言わざるをえません。もちろんこれは好みの問題なので、あくまで個人の意見ですが」
そう言えば雪奈は以前『ハッカも好きじゃない』みたいな事を言っていたような気がする。雪奈の味覚グループでは同じ仲間に入っているんだろうか。ジジババとかいう表現がそのグループ分けの一因になっている気がしなくもないけど。なにか気持ちが入った表現な気がする。
「とにかく『生八つ橋』だけは要りません。当たり外れの差がヒドイので。昔どこかのマンガで『名物に美味いモノなし』みたいなセリフを見かけましたが、アレはまさにそういうモノの代表格だと思います。個人的な意見ですが」
それはそうと、僕は家で生八つ橋なる食べ物を食べた事が無いと思う。雪奈はどこで食べたんだろうか。友達の家に遊びに行った時だろうか。おじいちゃん家に遊びに行った時だろうか。それとも前世の記憶だろうか。ナゾだ。
「生じゃない方は『焼き八つ橋』とも言われるみたいですが、ぜんぜん違う食べ物です。あっちの方が昔からあったみたいですけど、見た目が細長い瓦みたいな食べ物ですし、アレを名物だからという理由で購入しなくてもいいと思います。お土産としてもらった方が残念な気持ちになります。まあ和製シナモンクッキーですしシナモン中毒みたいな人が居れば話は別なんでしょうけど」
「いやー、アレも好きな人がいるから」「個人的な感想よね?? 」
あんまり他所で言っちゃいけない意見だよなぁ、と僕も思う。
「どこに行っても安定して美味しい、お饅頭が最強だと思うのですが?? 」
「まあ、それは確かに」「外れは少ないわよね…… 」
あくまで雪奈個人の意見だと思います。お饅頭は僕も好きだけど。
「こしあんの白!! 」
「あたしも好き!! こしあん!! 」
「父さんはつぶあんもイケるぞ」「どっちも捨てがたいわよねー」
僕はつぶあん派かなー。と考えていると。
「ちなみに『例の菓子パンヒーロー』も、中身はつぶあん、らしいですよ。作者の方が粒あん派みたいです」
「あ、そうなんだ」
などと僕の心を読んだような答えが帰って来た。顔に出ていたんだろうか。菓子パンヒーローのネタだけに。
「なんていうかアレですよね。焼き八つ橋ってイメージ的には沖縄の伝統菓子のアレに似てますよね。昔は高級品だったりしたけど、今はそんなにありがたくもない、みたいな」
「それなんてお菓子?? 」
「タチの悪いおじさんなんかが、女の子に連呼させたがる名前のお菓子です。あと、小学生男子も面白がって連呼したりしますね」
「なにそれ」
なにそれ。
でも父さん達が『その辺にしときなさい』とか言っていたので、あんまりネタにすると誰か口うるさい人に怒られたりするネタなんだと思った。たぶんだけど。
「まあ沖縄の土産菓子だって、いちばん美味しいのは紅イモまんじゅうとか、紅イモのスイートポテトとか紅イモのタルトとか。甘くてしっとり柔らかい、おまんじゅう系のお菓子が一番ですよ結局」
「やっぱり、おまんじゅうかー」
よし分かった。帰る時のお土産は、おまんじゅう系のお菓子にしよう。とりあえず雪奈と春奈には喜ばれそうだし。見た目よりも味っていう事かなぁ、やっぱり。あと、スイートポテトとかタルトとかは洋菓子であって、おまんじゅうの仲間じゃないと思うんだけど。そこら辺の認識は雪奈の中ではどうなっているんだろう。アンコみたいなのが入ってたら全部おまんじゅう系って事でいいや、っていう事なんだろうか。
※※※※※※※※※※※※
「ところで、奈良の方はどこへ行くんですか?? 」
「お寺とかだと思ったけど」
「春日山のふもとの公園とかに行ったりしませんよね?? 」
「どうだったかなぁ…… そこに何かあるの?? 」
「野放しになってる鹿どもが大量にいます」
「「 野放し 」」
その言い方はどうなの、という声を上げる僕らに、事実ですよ!! と手を振り上げる雪奈だった。
「奈良の鹿は昔から『神の使いの白鹿の仲間だ』みたいな感じで、街中にいるぶんには狩られたりして来なかったのです。それでも江戸時代とかは狼とかが適度に食ってくれていたんでしょうけど、戦後しばらくしてからは、鹿をナイショで取って食ったりする人も少なくなったようで、最近は増えすぎて困ってるんです」
そうだったんだ。そういえば、テレビのニュースで見たような覚えがある。アレって本当に街中の様子だったんだろうか?? 特別な保護区みたいな所じゃなくて??
「鹿せんべいを手に持つと、アホみたいに寄って来るんですよあの畜生ども!! 昔は鹿せんべいをもらう前には頭を下げる芸を仕込まれていたんですが、今どきはどうなってるか分かったもんじゃありませんよ!! 気を付けてください。しょせんは野獣です!! 」
「うん分かった」
鹿には近寄らないようにしようっと。放し飼いの野生動物みたいだし、虫とか病気とか持ってるかも知れないし。
「何かの間違いで、狂犬病とか持ってるかも知れませんからね…… 」
「え―― !! 鹿なのに?! 」
すかさず反応する春奈。僕もおどろいた。狂犬病って犬の病気じゃないの??
「勘違いされがちなのですが、『 狂犬病ウイルス 』は哺乳類全般に伝染するウイルスで、哺乳類だったら何でもかんでも狂犬病になります。日本はペットに狂犬病ワクチンを接種する事で狂犬病が広がる事を防いできましたが、それでも『長い事発見されていない』というだけの話で、狂犬病ウイルスを飼ってる野生動物がどこにも居ない、という保証はありません。外国から持ち込まれて野生化したサルだのアライグマだのといった、出自が怪しい動物の事件も多いですし、油断は禁物です。ある日突然、野生動物と接触した家庭のペットが狂犬病になる可能性だってあるのです。ワクチン接種は必要ですし、動物に噛まれたりしたら、とりあえず病院に行かないと危ないです」
そうなんだ…… 知らなかった。
「ちなみに狂犬病は『 人間が発症したら間違いなく死ぬ 』病気ですので、運が良ければ助かる病気じゃありませんからね」
「「なにそれこわい」」
寄生虫だとか狂犬病だとか、野生動物って危ないなぁ…… つまり、奈良って鹿の出没地域は街中でも危ない所だっていう事だろうか。
「鹿なんてグリルガードのついたRVでバンバンはねてやればいいのに」
「そういう事を他所で言っちゃダメだぞ」
「怒る人もいるんですからね」
また雪奈が少し注意されていた。
どうも雪奈の豆知識によると『鹿肉はおいしい』らしい。
「将来はハンターの資格でも取って、イノシシや鹿の数を減らしてやりたいですね。何かの間違いで北海道に移住するような事にでもなったら、年季と経験を積んでクマ撃ちの女になるのもいいかも知れません」
なにやら少し物騒な事を口にしている雪奈だった。ひょっとして鹿が嫌いなんだろうか。
「雪ちゃん、鹿はキライなの?? 」
「鹿・ウサギ・イノシシ・サル、最近だとアライグマなんかもそうですが、農地にとっての害獣に情けをかけるつもりは無いですね。早い話、連中は人間様の食料を奪う敵です」
雪奈ファームの影響かなぁ。畑を荒らす動物はキライ、という事らしい。
※※※※※※※※※※※※
そんな感じで、また少し僕の修学旅行の関係で話をしていると。
「あ、お兄ちゃん!! 思い出しました!! 」
「なに?? 」
「安いモノで構いません。できれば、でいいんですけど」
「いちおうチェックしておくから、言ってみて?? 」
「『 木刀 』が欲しいです」
「えぇ―――― 」
木刀?? 木刀って、あの木でできた刀の?? お土産なの??
「雪ちゃん、それって、あの『木でできたカタナ』のヤツ?? なんか以前にアニメの再放送とかで、主人公が持ってたりしたヤツ。『東照宮』とか書いてあったの」
「それです」
やっぱり間違いないみたいだった。
「京都名物なの?? 」
「なんか時代劇の舞台になりそうな観光名所の周辺だと、今でも売ってるらしいです。東の方だと日光とか、あちこちの時代劇村みたいな所とか。観光客シーズンになると、けっこうな数が売れてるみたいですよ」
「へえ―― 。まだ売ってるんだなぁ」
「しおり確認しなさいよ。学校によっては購入禁止の所もあったみたいだし」
父さんと母さんの言葉に、お土産の木刀ってメジャーな品物だったんだなぁ、と実感した。修学旅行のしおりに注意書きが入っちゃうくらいだし、ずっと前からみんな買って帰ったりするんだな…… でも気になる事が一つ。雪奈に確認しておかないと。
「ところで、木刀っていくら?? 」
「うーん…… 豪華になるとすごく高くなるような…… 安いヤツでも、長いのが1千円くらいはしたと思いますが…… 」
せんえん?? 1千円するの??
「雪奈。お菓子と木刀、どっちがいいの?? 」
「うっ…… う…… ぐぅ…… それは…… 」
声を詰まらせる雪奈だった。
千円あったら、おまんじゅう詰め合わせの箱が1箱買えるかも。あるいは美味しいお菓子のお土産が一品増えるかもしれないのだ。学校で修学旅行の説明を受けた時にも聞いたけど、『お土産に使うお小遣いはこのくらいにしておきなさい』という金額が大体決められている。限られた予算を木刀に割り振るのは正しい事なのか、どうなのか。
「…… 少し考えさせて下さい」
木刀と、おまんじゅう。どっちがいいのか、雪奈は僕の旅行日まで考える事となった。
※※※※※※※※※※※※
そして、修学旅行まであと少し、となったある日。
「お兄ちゃん!! 木刀!! 木刀を買って来て下さい!! 」
回覧板を手にした雪奈が、大声で木刀の購入を要求していた。
「回覧板に何か書いてあったの?? 」
「学校の向こうの方の地域で、サルが目撃されたらしいんですよ!! 野生のヤツなのか脱走したペットなのかは分かりませんが、一大事です!! もしも来年以降にウチのキュウリに手を出そうもんなら、脳天に一撃喰らわせて―――― 」
大樹。木刀は無しにしておきなさい。うん、わかった。
まだ見ぬ未来の雪奈ファームの被害を想像して、怒りをあらわにする雪奈だったけど。父さん達の言葉に従って、僕は修学旅行のお土産に木刀を購入するのは止めた。
フットワークが軽そうなサルなんて、どう考えても危ないと思うし。木刀を手にしてサルを追い掛け回す妹の姿は見たくない。できればサルの目撃情報はこれっきりになって欲しいかな、と思う。
―――― 翌日から。ヒマを見つけては竹の棒で素振りをする雪奈の姿を、よく見かけるようになった。きっと飽きるまではナゾの武術の訓練を多めに行うのだろう。
そんな雪奈の姿を窓の外に見ながら、お小遣いのやりくりはどうしようかな、などと考える僕なのだった。
小学生の修学旅行、どこだった――?!
公立と私立でも違うんでしょうが、公立だとあんまり遠くには行きませんよね。
平和学習とか、歴史学習とかで学業を修める、という感じみたいですね。あと木刀は今でも売ってるみたいですけど、材料の木が国産じゃなくなってる、という話も…… 製造元も中国のモノがあるとか無いとか(ぇぇー)
食べ物のお土産は、味が安定しているモノを。ときどき冒険しまくって意味の分からない名物とか作ってる地域もありますので……
当作品は睡眠導入剤のように使える、寝ながら読み流せるような、ゆるーい作風で今後もお送りいたします。今後もゆるくお付き合い下さいませ。