80 お兄ちゃんの居ない日
お兄ちゃんの居ない日の一幕です。
「 ……そういえば、お兄ちゃんは修学旅行中、でしたね」
「うん、そうだねー」
夕食の準備を待って、リビングでゴロゴロしている時間。雪ちゃんの言葉に、適当に相づちを打つ。今、わが家こと山村家には、お兄ちゃんが居ない。
お兄ちゃんは今日の朝、観光バスに乗って修学旅行へと行ってしまったからだ。旅行の日程は一泊二日。今日は旅行先でお泊り、明日の夕方には家に帰ってくる。
つまり今晩から明日の夕方までは、あたしこと山村 春奈が、この家で一番大きな子、という事になるのだ。なんだかちょっと特別感がある気がする!!
それはそうと、今日はカレーなので、キッチンの方から漂うカレーの匂いだけでお腹が鳴る。お母さんのゴーサインが出ないのは、付け合わせのサラダか何かを作っているからだろう。早く出来ないかなー。
「兄弟でチャンネル争いだとかが発生するような家庭だと、チャンネルの優先権が回ってきて解放感もあるんでしょうけど、ウチはそんな事ないですしね。いつも居る人が居ないのって、ちょっと不思議な感じがします」
「ウチのお兄ちゃんは、そういうタイプじゃないからなぁ」
よその家のお兄ちゃんの話を聞いたりした時は、なんか事ある毎に兄弟間で争いが起きる場合もあるらしい。兄弟仲がけっこう悪かったりとか、上の子の、あるいは下の子の文句を言っているのも聞いた事がある。ウチでは考えられない事だけど。やっぱり雪ちゃんが居るからかな。ウチの末っ子、本当に素晴らしい!! と思う。雪ちゃんがワガママを言ったりカンシャクを起こしたりしないせいか、あたしも、お兄ちゃんも『ちゃんとしよう』って思ったりするし。兄弟が居ない事による解放感って、あたしもちょっと想像できない。むしろ都合よく手伝ってくれる人が減っちゃってるって、不便な気もしなくないし。
「ご飯よー」
「「はぁーい」」
お母さんに呼ばれて、食卓へと向かうあたし達だった。
お腹いっぱい食べるカレー。幸せの味だと思う。
「お兄ちゃんは、今ごろ何を食べてるんでしょうねー?? 」
「何だろうね。カレーかな?? 」
「奈良から京都へ回って、宿泊は京都だろう?? 和食じゃないか?? 」
「畳敷きの大きな宴会場を貸し切っての、和食御前かしらね?? 」
それって体育館みたいな広い所で、皆で座って食べるって事だろうか。何となくの想像をしてみて、少し楽しそうだな、とか思う。
「会社の慰安旅行みたいな雰囲気、という意見も一部であります」
「そうなんだ」
「上司が居ないぶん、気楽で解放感があると思うぞ」
「お酒のトラブルも起きないしね」
上司や先輩に、お酌とかして回りませんでしたか。多少はね。みたいなやりとりを聞きながら、サラダをバリバリ食べて口の中をさっぱりさせる。
「ステージのショーとかは無さそうですよねぇ」
「会社の旅行だと、そういうのあるんだ?? 」
「もしくは、『有志社員の、かくし芸』とかな」
「実際は業務命令なんだけどね」
どうやら会社の旅行は面倒な部分もあるみたいだった。
「そういう時は、ワタシの出番ですね!! 」
「えぇ――?! もしかしてギター?! 」
「曲目しだいでウケるかどうかが決まるなぁ…… 」
「禁止曲は止めておきなさいよね?? 」
楽しい席で、物悲しい曲はダメだと思う。お母さんに同意する。それはそうと会社の旅行に、ショーのステージのためだけにギターを持って行くんだろうか。大変そうだなぁ。
「そして、何かの理由で『先生が会場から居なくなった時!! 』」
「男子がバカをやらかす!! 」
「ステージでプロレスごっこしたりとかな!! 」
「騒ぎが大きくなりかけた時に、先生が戻って来るのよねぇ」
男子っていつもそうだよねー。と言うと、まあ、それが習性ですから。と答える雪ちゃんだった。
運動会でも社会見学でも何でもそうだけど、何かのイベントの時に、元気の有り余った男子が調子に乗って余計な事をやらかすのは毎度の事だ。お兄ちゃんもそういうのに混ざってなけりゃいいんだけど。
「女湯を覗いたりしなきゃいいんですけどねー」
「えぇ―― !! 最低じゃん!! 」
「大樹はやらない、と思うけどなぁ」
「見張り役に誘われたりしてね?? 」
これは旅行先で何かやらかしてないか、お兄ちゃんが帰ってきたら取り調べをする必要があるかも知れない。
「丸坊主になってりゃ分かるんじゃないですか?? 」
「えっ何それ」
「うーん、今どきは難しいんじゃないか」
「やっちゃってもいいとは思うけどね」
どういう事なのか雪ちゃんに聞くと、なんでも『頭を丸めて反省する』という、様式美だとか伝統だとか、そういうのがあるのだという。生徒指導の先生が懲罰用のバリカンを持って行ったりするのだそうだ。
「だいたい罪の軽い順に『 正座 』『 廊下で正座 』『 丸坊主 』みたいな感じになってたりするハズです。正座で反省を促す、廊下で晒し者にして反省を促す、旅行から帰るまでの間ずっと晒し者、という順ですね」
「えぇ―― 」
「たぶん今どきの小学校でバリカンの刑は無いと思うが…… 」
「普段から坊主頭の男子とか居るしね…… ツルツルにすれば別だけど」
ウチのお兄ちゃんはスポーツ刈りだけど丸坊主じゃない。家に帰って来た時、もしもツルツルの丸坊主だったりしたら、旅行先で何かやらかした、という事なのか。あと、あんまり考えたくないけれど、女子が何かをやらかした場合はどうなるんだろうか。もしかして女子も丸刈りなのだろうか。近ごろは男女同権とかで騒ぐ人もいるし、男女を平等に扱うんだったら女子も丸刈りなのかなぁ。まあ、悪い事をしなきゃいいんだけど。
「それはそうと、この後なにかゲームでもしませんか?? 家族みんなで」
「あたしはオッケーだよ」
「父さんもいいぞ」
「片づけが終わったらね」
そんな感じで、食後は家族みんなでゲームのコントローラーを手に、パーティゲームをやる流れになった。
「修学旅行に、爆弾男のゲームとかをゲーム機ごと持ち込む男子とか居ませんかね」
「ゲーム機を持ち込む?? 禁止じゃないの?? 」
「居るな」
「居るわね」
どうも、旅行のしおりに『持ち込み禁止です』と書かれているモノを持ち込む生徒は男子女子ともに存在するらしい。ダメじゃんそういうの。
「今どきだと携帯ゲーム機で通信対戦とかできますし、きっと夜中に布団をくっつけて、友達と布団の中で寝落ちするまでゲームやって過ごしますよ。申し合わせて対戦ゲームとか協力プレイ可能なゲームとか持ち寄って来るんじゃないですか?? ……あっ!! 」
と、雪ちゃんがゲームを中断させて、『ちょっと行ってきます』と言って…… あたし達の部屋に行って、そして戻ってきた。
「 ……ありました。ちぇっ」
「何が?? 」
「大樹の携帯ゲーム機か」
「まあ、あの子はそういう所マジメだから」
なるほど。ゲーム機を密輸したかどうか、雪ちゃん捜査官が確認に行ったという事か。どうやらゲーム機密輸に関しては、お兄ちゃんは無罪だったらしい。
「じゃあ女子部屋に行ってトランプしたりとか。そういう感じですかね?? 」
「それって最終的に先生に捕まるヤツ?? 」
「どうなんだろうなー。男子だけで騒いだりとか」
「マクラ投げやプロレスごっこで説教される方向かもね?? 」
修学旅行って、何かしら先生に逮捕されるネタが盛りだくさんなんだな、とか思うのと同時に。引率の先生って大変そうだなぁ、とか思ってしまう。あたしは修学旅行に行った時は先生に少しだけ優しくしてあげようと思う。
「修学旅行の楽しい所って、名所旧跡を見て回るよりも皆でワイワイとゲームとかやってる部分、というのがかなりの割合を占めてる気がしますし。行き帰りの新幹線もシートを回転させて、グループの皆でトランプやったりカード麻雀やったりしてね」
「シートを回転?? え?? 」
「シートを回転させて、後ろの席と向かい合わせにできるんだよ。対面座席かどうかを選択できるようになってるんだ」
「グループ旅行だと、対面座席って楽しいわよね」
えー何それ。列車旅行ってやった事が無いし。新幹線のシートの特別機能なの?? なんだか面白そう。知らない子に教えてあげたい。
「あとはほら、ちょっと甘酸っぱいイベントとか。お兄ちゃんにはまだ早いですかねー。そういうの、発生しませんかねぇ」
どういう事?? と、雪ちゃんに聞けば。
「お泊りの日に女子に呼び出されて告白されたりとか。グループ行動の時に女子に告白されたりとか。なんかそういうの」
「ええええ―――― !! 」
「どおかなぁ――?? 」
「バレンタインの結果からは想像できないわねぇ…… 」
中学生からだとあり得なくもないと思うんですけどね、と雪ちゃん。
「あ、そうだ。お父さん、少しお願いが」
「何かな、雪奈」
「もしもワタシが修学旅行に行く時、まだ『存在したら』でいいのですが。『使い捨てカメラ』を持たせて欲しいのです。ぜひに」
「通信機能がついてない機種なら、デジカメも持ち込みが許可されてるだろう?? 」
「咄嗟のシャッターチャンスには『撮れルンです』が最強ですよ!! オートフォーカスのカメラは観光客向けには良いですが、スクープカメラマン向きではありません!! 」
「雪奈はいったい何を撮るつもりなんだ」
「たとえば…… 人を襲う鹿の決定的瞬間とか?? 」
雪ちゃんは普通の記念写真には興味が無いみたいだった。いや、記念という事ではとっても印象的な写真を撮ろうとしているのかも知れないけれど。
「鹿せんべいを持って逃げる観光客と、それを追う鹿の群れ、という写真なら撮れると思うんですよね。サッと取り出してパッと撮れるのが、ピンホールカメラのいいところです」
おや。知らない言葉が出てきた。
「ぴんほーる?? カメラ?? 」
「ピンホールは『針の穴』という意味です。いちばん原始的なカメラの仕組みですよ。ピント合わせをしないで風景が撮れるので、デジタルカメラみたいに立ち上げとかピント合わせとかのタイムラグ無しでシャッターを切る事ができます。私立探偵も愛用しているみたいですよ。適当なサイズのタバコの袋に穴を開けてですね、中に『撮れルンですミニ』を入れると、タバコを取り出すフリをしながらシャッターを切れるという…… シャッター音も小さいので隠し撮りには最適です」
「おおー!! 」
「でも最近は回しっぱなしの動画で代用できるんですよねぇ。ドラレコも小さくなってきましたし。でもバッテリー無しで使えますから、保険としては最適です!! 」
「なるほどぉ!! 」
こんな感じで、今日はずっと『お兄ちゃんの修学旅行ネタ』で話をする事になった。
とりあえず、お兄ちゃんが帰ってきたら『髪の毛が無くなって無いか』を確認しよう。そう思うあたしだった。人にメイワクをかけないように帰ってきますように。あとは美味しいお饅頭をお土産に。そういう感じでヨロシク。
相変わらずの日常系でお送りいたします。
子供が修学旅行中の家族って、まあ適当に過ごしてますよね。基本的にいつもと同じ。
二人兄弟だったりすると、チャンネル争い(ゲーム争い)が無いぶん気楽だったりして。ご家庭それぞれ。
活動報告の方にも書いてますが、妹の方も第十回の二次選考で落ちました。まあ難しいですよねぇ……
今後とも、ゆるーくお付き合い下さいませ。




