51 妹の卒業
わたし、卒業します。
「レベルア――ップ!!」
ケーキのロウソクの火を吹き消した春奈が、そんな声を上げる。
「「おめでとう」」「おめでとう」
「おめでとうございます、お姉ちゃん」
そんな会話が交わされる、今日の山村家の食卓。今日は3月25日、春奈の誕生日。もちろん食卓にはケーキと春奈が好きな料理。主に唐揚げを中心とした揚げ物料理だ。僕も大好きな料理なので、とてもうれしい。
「これでまた、遅れを取り戻したよ!!」
春奈が言っているのは、僕との年齢差の事だ。僕が2月に誕生日を迎えると、年齢差が広がった!!と言い、3月に春奈が誕生日を迎えると、遅れを取り戻した!!みたいな事を言うのだ。もっとも、1年の差は永遠に縮まらないと思うんだけど。
2月、3月、4月は僕ら兄妹の誕生日が続く月なので、1月のお正月を含めると、毎月何かしらのイベントが続いている感じだ。もちろんその間に節分だとか、ひな祭りだとか、春休みだとか色々あるんだけど。
そして今現在、僕らは春休みの真っ最中。宿題の無い、純粋にのんびりできる休みだ。これでもう少し長ければ言う事はないんだけどね。
「もうすぐ雪ちゃんの誕生日だし、春休みは楽しいなぁ」
「ワタシの誕生日も、春休み期間ですものね」
そんな事を言いつつ、唐揚げをモリモリ食べる春奈と雪奈の二人だった。
「そう言えば、以前調べた事あったけど。あたしの誕生日って、『 電気記念日 』なんだって。なんだろうね、電気記念日って」
「たしか、日本ではじめて電灯が灯された日じゃなかったですか? その頃の電灯って、アーク灯とかいう、蛍光灯の御先祖様みたいなヤツだと思いますけど」
へえー。と春奈が声を上げて、僕も心の中で『へえー』と声を上げていた。雪奈は何でも知っている気がするけれど、これはさすがに調べた事があるんだろうな。春奈の誕生日だし。
「雪ちゃんの誕生日って、何かの記念日だっけ?」
「あんパンの日とか、ヨーヨーの日とか、獅子の日とか、交通反戦デーとか。なんか色々かぶってるみたいです。『おかまの日』とかいうのも」
「なにそれー!!」
雪奈の誕生日は4月4日。ヨーヨーとか獅子の日とかは、完全に音の響きだけの語呂合わせというヤツだろう。でも、おかまの日って何だろうか。
「女子の日である3月3日と、男子の日の5月5日の中間だから、だとか。正式にはトランスジェンダーの日、らしいのですが。まあワタシには関係ありませんよ。いまさら性別に関する不満もありませんし」
まあ、それは確かに。僕も調べてみたけど、記念日って理由をつけて何かしらの団体が記念日協会に登録申請すれば、記念日という事にできるみたいだし。色々とかぶっている以上、何をメインにするのかは個人の自由だよね。
「それにしても、そろそろ4月ですか……」
雪奈が、少しマジメな顔をしてエビフライを食べている。サクリ、と音がする。
「雪ちゃん、どうかしたの?」
「ワタシもそろそろ、卒業しなくてはなりません」
「「「ええっ?!」」」
雪奈まだ小学2年生だよね??次は3年生だし!!
「桜の花がほころぶ、今日という日」
雪奈がそんなセリフを口にして。きょうという日。と、雪奈が自分のセリフの最後の部分を小さく口にする。輪唱かな?
「ワタシは卒業します」
「えぇ――――?!雪ちゃん、まだ小学2年生じゃん!!」
春奈が大きな声を上げる。どう考えても小学校を卒業できないと思うので、卒業するとしたら何か別のものだろう。いったい何を卒業するつもりなのか。
「もう『 幼女 』を名乗るのは辞めようと思いまして。『 少女 』にクラスチェンジしようかと思います」
「「ああ、そういう」」
納得した。いつだったか自分の事を『ようじょでようじょ』とか言っていた気がするし、『きんぱつようじょ!!このかいわいでは、レアリティ―たかいですね!!』みたいな事を口にしていた気がする。自分で自分を幼女と言っていた雪奈が、自称幼女を卒業する、という事らしい。
「……実は、去年の秋くらいから限界を感じていたのです。体も大きくなってきたし、あどけなさを売りにするのがだんだんと、キツくなってきた気がして」
「いや、雪ちゃんはカワイイよ」「まだまだいけるぞ」「自信を持って」
春奈や父さん達の言葉に、小さく首を振る雪奈。
「いつか幼女だったと、懐かしく思う時が来るとは思っていましたが。ついにその時が来ました。ワタシはもう、少女として生きてゆきます。今後ともよろしくお願いいたします」
ぱちぱち。家族が小さく拍手する。『 少女 』雪奈の、新年度への決意表明的なものかな。でもそういうの、自分の誕生日でやればいいのに。とか思ったけど、そこは空気を読んで黙っておく僕だった。
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「うーむ……ギブ……いや、まだまだ」
春奈の誕生日の翌日の事。雪奈がタブレットを時々操作しながら、横に置いたノート2冊に色々と書き込んでいる。1冊は色々なモノがデタラメに書きなぐられていて、何が書かれているのかよく分からない。どうも、空いている隙間に色々と書き込む『メモ用紙』のような扱いのノートのようだ。そしてもう1冊は、仕上がった何かを整理してキレイにまとめてあるノート。
どうやら、ネットに載っている算数の問題を解いているらしい。チラリとみて見れば……有名中学の入試問題……だって?!
「雪ちゃん、そんなの分かるの?!」
「すぐに分かる問題もあれば、なかなか分からない問題もあります。いずれにしろ、時間がかかる事は間違いないですね」
僕とは違って堂々とノートやタブレット画面を覗き込んだ春奈が驚きの声を上げて。雪奈からは、意外にも『難しい』という答えが返ってきた。……いや、雪奈は小2だから、むしろおかしくない……はず……いや、分かる問題があるという事自体は、おかしいのだろうか……いやいや、前世の記憶を持っているならば、むしろ別の意味でおかしいのだろうか。何が正しくて、何が間違っているのか。世界の常識って何だろう。
「えー……これ、中学の入試問題じゃん……中学生の問題じゃん……」
「ちがいますよ、お姉ちゃん。『中学校の入試問題』なので、小学生が解ける問題です。ただ、最近の小学生の学習レベルが高くなっているというか、旧体制の高等小学校レベルに戻ってきているというか、容赦がなくなってきている、という事かと。まあ、『ゆとり』を言い訳にするより、よっぽど結構な事です」
春奈の『うげー』という嫌そうな声とともに漏れ出した感想とは別に、雪奈は特に嫌そうな感じでは無いらしい。……そりゃ、自分で勝手に難しい問題を解こうとしているワケだし、やらされているワケじゃないから嫌なワケじゃないんだろうけど。
「こんな難しい算数の問題、やって面白いの??」
「面白いです。闘志を掻き立てられます」
何か、僕の思ってる『小学生によくある算数への姿勢』と、少し違う気がする。
「勝負??みたいな??」
「これは人にもよりますが……例えば、クラブラ(大激闘クラッシュブラザーズの略)をはじめとした対戦系のゲームなんかで、相手が棒立ち同然の雑魚初心者だったとして、ゲームを楽しめるでしょうか??どう思います??」
「うーん……実力が同じくらいじゃないと、面白くないかな……」
「はい。そういう事です。レベルの高い相手を攻防の末に倒してこそ、【 達成感 】というモノを得られます。もちろん、ドサクサにまぎれて何とか勝ちを拾ったりしても、面白くは感じないかも知れません。納得いかないかも知れません。どうせ勝つならば、自分の理想とする形での大勝を。ただし、相手には相応の実力を。……つまり、歯ごたえのある問題を制限時間内に完全撃破してこその、真の勝利というべきなのです。ワタシはそう感じます。要は【 自分は強い 】と実感したいのですよ」
「おー!!なるほど!!確かにそうかも!!」
「つまり、このような小難しい問題を華麗に解いてやる事ができてこそ、自分の実力を誇れるという事なのです。そして家庭での自習には、テストと違って制限時間がありません。対戦台でドヤるためには家庭での修行や1人専用台での修行が必要なモノです。たとえそれが1本3万のROMカセットを購入する事になろうともです。まあ、とにかくそういう事ですよ。もう少女時代を生きると決めましたから、頑張ろうかと」
どうやら雪奈にとっては、こういう難しい算数の問題はゲームと同じ感覚みたいだった。あと1本3万のナントカって、それ何なの??
「そっかー。雪ちゃんは何でも勉強できるし、予習とか復習とか、興味ないっていうか。気にしないと思ってた」
「以前にも言ったと思うのですが、ワタシは天才でも何でもなく、タダの凡人、有象無象な凡夫の一角に過ぎません」
「いやー、そおかなぁー??」
「いずれは本当に勉強のできる子達に追いつかれ、追い越されるのが関の山。だからといって、たかが小学生の問題に、完全にサジを投げるなど……ワタシのプライドが許せません。それだけは、できんのですよ!!力が及ばなくなるその瞬間までは、最後まであがいて見せます!!いまどきの小学生の勉強にも、努力でついていってやりますとも!!」
「雪ちゃんは2年生なのになぁ」
「もうじき3年生ですからね」
確かに春休み明けには、僕らは学年が上がるけど。僕の中では小学3年生はまだまだ『小さい子』というイメージだったんだけどなぁ……。どうやら雪奈の中では違う位置づけのようだった。あと精神年齢的なプライドのようなモノは、やっぱり存在するらしい。
「3年生はまだ小さい子じゃん。大きい子は4年生からでしょ」
「そりゃあ6年教育の小学生スケジュールから見ればそうかも知れませんが、ギリギリで『幼児の仲間』みたいな扱いを受けるのは、小2までですよ。小3ともなれば、もう立派な『 少年 』扱いです。子供の階段をのぼるワタシたちは、もう少年時代に入っているのですから」
雪奈はそう言って、何やらどこかで聞いた事のあるような無いような……たぶんいつだったか、雪奈がネット検索で見ていた動画の曲の一つだろうと思う……何かの曲を口ずさんでいた。階段をのぼるシンデレラがどうとかいう歌詞だったけど、どういうイメージの歌なんだろうか。僕のイメージでは、シンデレラは階段を駆け下りて王子様から逃走するようなイメージがあるんだけどなぁ。
「実際のところ、小学1年生は【 少年 】扱いが正しいらしい、ですしね。そういう観点からすれば、とっくにワタシは少年だったのですが」
「雪ちゃんの場合は『 少女 』じゃないの??」
「はい。いいえ違います、お姉ちゃん。『少年』というのは『青年』とか『壮年』とか『中年』とかと同じで、【 年代を指す言葉 】なので、男子も女子も関係なく呼ぶのが正しいのです。でも、いつ頃からかは知りませんが、『少女』という言葉が特別に作られて、幅を利かせるようになってきたんですよ。国体なんかの、比較的歴史の古い大会なんかだと『青年男子の部』とか『青年女子の部』とか、本来の用法で使われています。ですから、お姉ちゃんは『少年女子』と、お兄ちゃんは『少年男子』と言うのが本来の呼び方です」
「あたし、少年だったんだ!!」
「はい。じつは少年だったのです!!……よそで言うとトランスジェンダーだったのか、とか誤解を受けますから言っちゃダメですよ。最近はそういうのメンドくさいですよね」
知らなかった。妹は少年女子だったのか……いや、女子だって事は当たり前のように知っていたんだけど。何か不思議な言い回しな気がする……
「なんで少女って呼ぶようになったんだろ??」
「婦人運動とかの、女性の社会進出運動の関係とか、商売の関係じゃないですかねー??婦人専門誌!!とか、少女専門マンガ誌!!とかの『女性だけの特別感のある商品』とか出せば、『男性とは別に』商品を売る場所が出来るじゃないですか。男女共用だと、売れる量がグッと減りますもの。まぁ今では男性も少女漫画を堂々と購入したりすることもあるみたいですし、少年漫画誌なんかは以前から女子も読んでましたし……今や、どうでもいい事なのかも知れません。LGBT運動とか、なんか色々あるみたいですしね」
男性がブラをつける事すらあるようですしね。ワタシには理解できませんけど。とか、余計な一言を付け足す雪奈。そんな知識はいらなかった、と思う僕。
「ともかく、ワタシは自己満足のために、特に数学……算数の問題は満足に解けるようにしておきたいのです。これはあくまでも想像なんですが、同学年の子供に、算数のテストで負けてマウント取られるような事があったら、たぶんキレ散らかした末に登校拒否をやらかすレベルで情緒不安定になると思うのです」
「それはいけない」
「算数やろう」
たぶん、いちおうは現役小学生とはいえ……前世の大人の記憶が残ってたりすると、小学生の同学年を相手にして算数で負けるとか、精神的に耐えられないのだろう。
その後あれこれ検索をして、難しい算数の問題を色々と解いて(解かされて)いく僕らだった。……主に有名中学の入試問題とか、大人でも難しいとか書いてあるような難問が多かったので、少しヒドイ目にあったような気がしなくもないけれど。算数の問題を解く練習にはなったと思う。
「たいへんだったよ……」
「お兄ちゃんは中学受験を検討しているんでしょう?? ワタシは関係ないですけど、お兄ちゃんには頑張ってもらわないと」
「うーん。まあ、雪奈は……心配ないだろうけど」
「ですね。ワタシは公立に行くつもりですし」
「えぇ――――?!」
「末っ子の行く中学なんて、治安さえ良ければ別にどこでもいいですよ。肝心なのは高校から先だと思っていますので。まあ高校だって通学が楽な公立ならどこでも」
「えぇ…………」
相変わらず、雪奈は自分専用の棚を心の中に持っているような気がする。
「でもまぁワタシが中学に上がる頃に、地元の中学校が核戦争後の豪州みたいな世界になっていたとしたら、お父さんに泣きついて私立を受験させてもらいたいですけどね。男子はともかく、女子が治安の悪い学校に行くのは恐ろしいですから」
「雪ちゃん、それどんな感じなの??」
「革製の部分ヨロイを着た、ショットガンで武装したパンクファッションみたいな人がバギーで走り回ったり、バイクをコンパスみたいに使って地面に円を描いたりする世界です。ときどきオートジャイロで空を飛ぶ人もいます。廊下は道路といっしょです」
「それ日本であり得るのかなぁ……」
「でも昔のとあるマンガでは、学生の不良組織が本気で『全国統一』とかを目標として、重火器で武装した戦闘ホバークラフトを使った抗争を繰り広げていたりしたんですよ。別のマンガでは、百歩神拳みたいな能力を持てる『エンペラーフィスト』とかいうメリケンサックを奪い合って、木刀で殺し合うような血で血を洗う抗争を……」
「マンガだよね」
「でも積木崩しの吹き溜まりみたいな学校は本当に存在したのです!!それが中学だとしても、進学前にリサーチは必要です!!窓ガラスが割れて無いかとか、そういうの!!私立を受けるつもりがなくても、イザとなったらツブシがきくように、小学生でも勉強しておかなくてはなりません!!お姉ちゃんも女の子なんですから、気を付けてください!!」
そっかー。勉強って、自分の安全のためにするものなんだなー。ところで『つみきナントカ』って何??
みたいな感じで、春奈は雪奈の言葉に感心しながら話を続けていたけれど。僕らの学区にある中学校って、そんな治安の悪いところだったっけ……??調べた事ないけど。なんだか心配になってきたよ。
「まあ仕方が無いとなれば、超ロンスカを履いて、でっかいマスクを装着して。自転車のチェーンでも振り回しながら入学するしかありませんが。……いや、それとも通信教育の空手でも学ぶべきでしょうか」
それどこの。どの時代の不良なのさ。
何か変に似合いそうで怖いなと、そう思った。
「ちょっとカッコよさそう」
「スカートはスネが隠れるくらいに長くて、その反面、上着はスソが短くてヘソ出しルックになるのがポイントです。インナーは下着だけのセクシースタイルなんですけど、冬はすごく寒そうなんですよね。昔のスケバンはどうしていたんでしょうか……??」
とか何とか言っている雪奈だった。
後日、父さんに調べてもらったけれど。僕らの校区の公立中学校は、良くも悪くもない、ごく普通の環境らしい。もちろん「今現在は」という話だったけど。雪奈が中学に上がる頃まで、そういう環境が保たれていればいいなぁ、と。心からそう思う。
とりあえずまだ進級するだけだからいいか。ずっと先の話だし。そう思って庭先の風景を見る、そんな僕だった。
アイドルだとグループ脱退っていう意味だったりしますけど。卒業って色々な意味がありますよね。ジョブチェンジだとかクラスチェンジだとか。場合によってはパーティをクビになる事の別名だったりとか。とにかく雪奈ちゃんは幼女を卒業します。まあ年齢的にも体格的にももう無理がありますよね。小学3年生ではなぁ…………
ショートコント的な感想返しも、次回からは『金髪少女』で統一しようかと思います。さらば、幼女よ、君の事は忘れない……タイトルとかに使ってなくて、本当に良かった……
本作は、とてもゆるーい雰囲気でやっております。寛容な気持ちでお付き合いくださいませ。




