38 サンタさんへのリクエスト
Merry!!(クリスマスコンサートを日本で行った外国人アーティスト)
とある休日の午前。
僕ら兄妹と、父さんがリビングでくつろいでいた時。
「もぉー、いーくつ 寝ぇーるぅーとぉー♪ くーりーすーまーすぅー♪」
「もうそんな時期かぁ」
雪奈が適当な歌を歌って、それに父さんが相槌を打つ、という光景がリビングにあった。もちろん曲調は年始のイベントの曲なのだけれど、イベントの『※※※※』という部分には年間行事のあらゆるイベントが入る事になっていて、通年通して歌われる、小学生の定番曲だ。子供が両親にイベント的なおねだり等を雰囲気で伝える手段として使われる。
「今年はサンタさん、何をプレゼントしてくれるのかなー」
などと言っているのは春奈だ。
僕はもう信じていないのだけれど、春奈はまだサンタクロースの存在を信じている節がある。兄として心ない事を言ったりはしないけれど、微妙に気を遣ってしまう。
「お姉ちゃんは、何が欲しいんですか??」
「うーん……できれば、新しいオシャレ着が欲しいかなー。でも靴もいいなー」
お父さんが何か悩んでいるようにも感じる。ですよねー。
「お兄ちゃんは、何が欲しいですか??」
「えっ僕?!……いや、特に考えてないんだけど。雪奈は何かあるの??」
いきなり聞かれても考えてないし。というか、スッと出てこないという事は、特に欲しいモノが無いという事なんじゃないだろうか。新作ゲームとかでいいんじゃないかな。パーティゲームとかなら、家族みんなでプレイできるし。年始のヒマつぶしにも最適だ。
「そうですね……うーん、予算次第、ですかねぇ」
「「予算」」「予算ときたか」
思わずハモってしまう、僕と春奈。父さんもほぼ同様だった。
「サンタさんに、あまり無理も言えません。無理の無い程度で、と思います」
「うーん。雪ちゃんは優しいなぁ」
「僕は家族みんなで遊べるパーティゲームかな」
ついでに僕の意見もサラっと言っておく。これで僕の枕元には、年末タイトルのパーティゲームが何かしら置かれているんじゃないかな、と思う。そんな感じでお願いします、父さん。
※※※※※※※※※※※※
「ところで、予算はいかほどでしょうか、お父さん」
「……雪奈は、サンタさんは信じてないのかい??」
春奈が友達と約束があるから、と言って出かけた後で。雪奈が父さんにクリスマスのプレゼントについて質問していた。予算の面で。
「存在どうこうよりも、サンタクロースが家に来ない、という事くらいは知っています」
「……そう、なのか……」
「そうなんだ」
今年、はじめて明らかになった事実だった。小学2年生でサンタクロースのプレゼントをすでに信じていないというのは……いや、前世の記憶があるのなら、何ら不思議でもないか。最近、雪奈の年相応ではない行動も何故か『普通』に感じてきてしまっていて、ときどき前世の記憶を持つ転生者ではないのかな、という考えが吹っ飛んでしまう時がある。慣れ、というのはこういう事なんだろうなぁ、などと思う僕だった。
「サンタクロースというのは、大昔はどうだか知りませんけど、現在は資格制のボランティア活動ですよね。確かどこかの外国の、サンタクロース協会が元締めのヤツ」
「「そうなの?!」」
思わず驚きの声が出てしまう。
「サンタさんは、こう、『ふわっとしたドリーム』を振りまくのがお仕事であって、物質的なプレゼントをするのが仕事ではありませんよね。モノとしてのプレゼントをくれるのは、我が家ではお父さんですから。ご予算の範囲で、無理のないおねだりをするのが、末っ子としての気配り、というものです」
「いや、そこまで気を回さなくても……何か、欲しいものはあるかい??」
そうですねー、と。雪奈が可愛く首をかしげて。
「売れ残りのチキン丸鶏をひとつ、ワタシ専用に買っていただければ……」
「「それはどうなの」」
ぇぇー、と鳴き声を上げる雪奈。ウチの末っ子はどうしてこう、即物的というか何と言うか、すぐに食べ物関係に走るのだろうか。だいたい、今の雪奈のリクエストに応えるとすると、朝起きた時に丸鶏のローストが枕元に置かれているっていう事になるよ!!何かがおかしい気がする……そして雪奈はまた、ちょっと考えて。
「では、塩漬けイクラをください!!それも鮭イクラを500グラム!!これは中々のお値段ですよ!!もちろんこれはワタシ専用です!!冬休みは好きなだけイクラ丼を食べます!!」
「そういうのは、普通に年末の御馳走で用意するから」
ぇぇぇー、と鳴き声を上げる雪奈。これもまた微妙だ。発泡スチロールの箱かクーラーボックスに入ったイクラの塩漬け(鮭イクラ)が、枕元に……雪奈はまた、ちょっと考えて。
「ケーキなんか長持ちしませんし、あとはビーフジャーキーとか、鮭とば……ハム……」
「「食べもの限定なの??」」
むぅー、と雪奈が少しだけむくれる。ちょっと可愛い。……でも、食べ物関係でサンタさんがプレゼントするならこう、可愛い感じの飴細工とか、お菓子の詰め合わせとかじゃないのかな。ケーキはけっこういい線いってると思うけど、他はなんだか微妙な感じがする。
「だって服や靴なんて、今あるので充分じゃないですか。自分だけのごちそうを、ちょっとずつ毎日食べる事ができる方が、よっぽど幸せというものです。もちろん丸鶏だって、何日かかけて、ぜんぶ美味しくいただきます。最後はガラを煮出してラーメンを作ります」
「うーん……もう少し、クリスマス的な何か、特別感のある……丸鶏の他で何か」
むぅー、と。アゴに手を当てて考え込む雪奈。
よく考えれば『もっとイベント感のある、いいモノを選べ』と言ってプレゼントにダメ出しをする、という状況そのものが不思議な気もするのだけれど。
「じゃあ……今度のは、お高いですよ!!たぶん2万円くらいします!!」
「よーし来い!!イベント感があれば許可するぞ!!」
気合い充分に請け合う父さん。それでもきっと食べ物だろうな、と思う僕。いったい何だろう。
「サンタさんのプレゼントは、その『引換券』という事でどうでしょう。欲しいのは……」
――雪奈の希望は、しばらくの審議と雪奈の説得交渉、最終的に食品関係をあずかる母さんの許可によって認可され、購入される事になった。値段とモノの性質の関係で、雪奈だけの物ではなく家族みんなで共有する、という事になったが。雪奈には一定量の分け前が確保される、という事が約束された。
そしてクリスマスの夜が明けて、翌日。『プレゼント引換券』を手にして、きゃっほー!!と喜ぶ雪奈と、それを不思議そうに見る春奈、という……事情を知る人間からすると少しだけコミカルな光景を見る事が、できたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「……こ、これが……雪ちゃんへのクリスマスプレゼント……?!」
「やったぁ!!一度食べてみたかったのですよ!!夢が一つ、叶いました!!」
その日。
我が家にクール宅配便で届いたのは、海外メーカー製の、大型の、骨つき生ハム。
いわゆる『生ハムの原木』というヤツだった。街中の少し大きいイタリア系レストランとかで、店内にディスプレイされている、骨つきの、でっかい肉の固まり。少しずつ削り取って食べるヤツだ。お値段は最高級という程でもないけれど、ものすごく安くもないという価格のヤツだった。
「まだ完全に解凍できてないので、あと2日くらいは放置しないとダメみたいです」
「あ、すぐ食べられないんだ」
「なんだろう。ちょっといい匂いがするよね」
何かこう、チーズっぽい、美味しそうなニオイがする。
「いちおう発酵食品みたいですから、乳酸発酵のニオイですかね。脂身は炒め物に、赤身のお肉はサンドイッチの具材にも、ご飯のおかずにもなります。年末年始は生ハム祭りですね!!お父さんの晩酌のおつまみも、生ハムチーズで決まりです!!おじいちゃんのお土産に、少し包んで持っていきましょう!!」
でっかい肉の固まりに、テンションが上がりまくっている雪奈。
そしてこの生ハム原木、本当にでかい。これが小さくなるまで、キッチンのテーブルの一角をかなりの面積で占領し続ける事になるのかな。こんな物を母さんの許可なく購入したら、どれだけ怒られる事になっていただろうか。本当に、ちゃんと許可をもらっておいて良かったと思う。そして僕も思う。これは美味しそう、と。
「あたしも来年は何か、ごちそうを頼もうかなぁ……」
「その時はシェアできるように、事前に相談いたしましょう」
妹二人は、でっかい肉の前で美味しそうなニオイを嗅ぎながら、そんな事を言っていた。くぅぅ、と。たぶん雪奈だろうけど、お腹が鳴っていたと思う。
すぐに食べられないのは少し残念だ。解凍が完了するまでは、美味しい匂いをかぎつつ、食事をする事になるんだろうなぁ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「美味しそうなニオイが凶悪だよね!!あの生ハム原木!!」
「こういうの、買ってみないと分かりませんね。早く食べたいです」
今日は生ハムを食べられる日だ、という当日。生ハムの切り分けが出るのを待つ、妹二人だった。春奈も雪奈も生ハムの山盛りからスタートするつもりのようで、晩ご飯のおかずは他にも出ているのに、まだ手をつけずに待っている。もちろん僕もそうだった。
「はい、どうぞ」
「いっただっきまーす!!」「いただきます!!」「いただきます」
差し出された山盛りの生ハムをおかずに、もりもりとご飯を食べる雪奈。ちょっとオシャレな食べ方もできただろうに、雪奈が『ご飯』を要求したため、今日の生ハムはあくまでご飯のおかず扱いになっている。例外は父さんと母さんだけ。両親は生ハムを使った洋風おつまみでワインを飲む事になっているからだ。我が家の中で、いちばん生ハム原木に似合う雰囲気を出している気がする。
「そういえばさー、見た事ないんだけど、『生ハムメロン』ってあるらしいよね。美味しいのかな、アレって」
「アレですか……昔、食べた事が……ある人の話を読んだ事があるんですけど、美味しいもんじゃありませんよ。とても味が合いません。というか、どっかの料理マンガで読んだんですけどね、本来は現代種のメロンではなく、まくわ瓜の親戚みたいな、甘みの少ない大昔の固いメロンを食べるための手段だったみたいですよ。見かけても食べない方が賢明です。試すのはけっこうですが、きっと後悔しますよ」
「うん、やめとく」
「それよりもマヨネーズも茹で野菜も合いますよ。どんどんいきましょう。生ハムの原木って、ネット情報だと当たり外れがあるという話でしたが、これは大当たりですね!!」
そんな会話をしながら、春奈と雪奈は、お腹いっぱいご飯を食べていた。
ちなみに生ハムの原木は管理温度の関係で(冷蔵庫には入らないので)専用の台に乗せられて、リビングの隣の部屋に引っ越した。ホコリよけのラップを何枚かかぶせられている生ハム原木は部屋の主となり、小さくなって冷蔵庫に引っ越すまで、部屋を美味しそうなニオイで満たしていたのだった。
以後、その部屋は『生ハムの部屋』と呼ばれる事になる。そしてそれ以後、気まぐれに冬場に生ハム原木が部屋に置かれる事がある、そんな部屋になるのだが……そんな冬の風物詩的なものが我が家に生まれるのは、もう少し後の事である。
イエーイ!!(ノリだけはいい日本人のファン)
某アーティスト苦笑い。……という実話が………………でも日本人ってそういうものですからね。
サンタさんが家に来てプレゼントを置いていってくれる、という伝説を皆さんは何歳まで信じていたのでしょうか……???
年末進行、皆さんもがんばってくださいませ。