仕立て屋の夢と髪飾り
「お嬢様、いつに増してお美しいですね」
「ありがとうアメリー、貴女のドレスがそう魅せてくれるのよ」
「勿論それもありますがお嬢様ご自身がお美しいからこそ、このドレスは真価を発揮するというものです」
侯爵邸の応接間。謁見日を明日に控えたわたしは最終確認としてアメリーに仕立ててもらったドレスを身に着けていた。
ドレス、アクセサリー、髪型、靴。
全てを揃えて姿見の前に立つわたしはちゃんと公的前に立つ私で、少しほっとした。
「急な仕立てでありましたからお披露目の際に着用されるドレス程の意匠は凝らせませんでしたが、それでもこれほどまでに美しいのは流石仕立て屋アメリーですね」
「はは、それほどでもあります」
白熱した打ち合わせをアメリーと繰り広げていたヒルマの称賛に、それを当たり前と受け取る彼女。
針職を下と見る者が多い模範的な貴族が見たら反感を買うであろう発言も、このドレスを前にしたら立ち去ることが想像出来るくらい素晴らしいのだからそれを仕立てた彼女が強気なのも頷けるというもの。
「……本当は、全てをレース仕立てにしたいんですよね。布を厚くしてフリルやリボンを作るのも流行りと言えば流行りなのですが、そろそろ新しい流行を作りたいというか」
出来を確認するためか、不意に足元にしゃがみ込んで様々なところへ目を向けたアメリーがぽつりとそう零した。
「作れば宜しいのでは?貴女程の腕を持った方が仕立てれば、否が応でも流行るでしょう?」
紺の布地、金や銀の刺繍に宝石、品位を損ねはしない程度にあしらわれたフリルにリボンを撫でる仕立て屋に首を傾げたヒルマ。
海を越えても大きく王国とは変わらないドレスのデザインではあるけれど個人的に、そして恐らくわたしを着飾ってくれるヒルマやファティも、アメリーが作ったものの方が好みである。
こんなにも良いドレスを仕立てることの出来る彼女なら、例え趣味趣向を走ったものであってもそれが流行りになるであろう、と三人で見つめ合う。
「ええ、まあ、それは間違いありません。でも……」
自身の仕事に誇りを持っている彼女が肯定しながら何かを言い淀む。そして逡巡した後、持参してきた鞄の中から白いレースを取り出し手渡してきた。
「これは、貴女が?」
「いえ、それはうちの工房の子に。私が編んだものはお嬢様のドレスに使われております」
「なるほど、そういうことですか」
ぱっと目にしただけでアメリーが言い淀んだ理由がわかったわたし達は、再びみんなで視線を交わし合った。
「見てわかる通り、レース編みが出来る針子がうちの工房にいないのです。他の工房から人手を借りれば済む話ではあるのですが、如何せんこういう人間ですから敵も多くてですね」
短い嘆息を零しながら、拙いとは言わずとも自身のものとは明確に仕上がりの差が目立ってしまうレースを見つめながら彼女は吐露する。
「良いものを作りたい。それを相応しい人に着て欲しい。私はただ、それだけなのに」
自身の仕事に誇りと拘りを持ち、そして誰よりも美しい仕事をして見せるが故、世辞も忖度も必要なこの世界では余りにも異端過ぎる彼女の味方は少ないのだろうということがその言葉だけで伝わってくる。
「……わかってるんですよ、折り合いは必要だって。でもね、私はただ納得出来るものを作りたいだけであって流行るドレスが作りたい訳じゃない。自分の作りたいものを作っていたら大きな工房に引き抜かれて、それが皇后様の目に止まる機会があった。そうしてドレスを仕立てたらパーティで良く目立って、店を持てるくらいに注文が入るようになった。そしたら今度は私のドレスで優劣を決め出すようになって流行りだの廃りだの……うるさいったら」
誰かに聞かせるつもりはなさそうな小さくて早い言葉達。
一線を画す仕上がりであるから、それを持つ選ばれた貴族達は更にその中で競って彼女の気持ちなんて関係なく自身の満足のためだけに差を付ける。
ただ良いものを作りたいだけのアメリーが、そうしてきただけのアメリーも、貴族を相手に商売をしている以上、支援を受けている以上望まれたものを作るしかない。
作りたかったもの、作らなければいけないもの。それらに折り合いを付けるのは、彼女の性格上とても窮屈なものだろう。
「だから、お嬢様のドレスを作っていたときはとても楽しかったです。久し振りに調和の取れたドレスが作れたと言いますか」
俯き、淡々としていたアメリーがぱっと顔を上げ、場を取り持つように明るく話す。
うっかり話し過ぎてしまった、これ以上は聞かないで欲しいと暗に伝える彼女に倣い、わたしも場を流そうとそれに乗じようとしたとき。
ヒルマが、何かを思い立ったように口を開いた。
「ねえ、アメリー。もしも貴女くらい美しくレースを編める子がいたら、貴女が考えるようなレース仕立てのドレスが見られるのかしら?」
「そうですね、遜色なく仕上げてくれるような子がいれば。レースのドレスはその子に任せて私は他の作業に取り掛かれますし不可能ではなくなりますね」
まだ続けるのかという諦め半分、だけれどそんな子がいたらなあという希望半分な顔で答えたアメリーとならば、と思い立つヒルマ。
「お嬢様、お部屋にある髪飾りをお持ちしてもよろしいですか?」
「ええ、構わないわよ」
レースのことを切り出した時点で彼女が何をしたいのか察しのついていたわたしは首肯する。
すぐに戻ってきますので、と駆け足で退室していく背を見送るアメリーの目にある期待と猜疑が、輝きで溢れてくれればいいけれどと思う。
「これは……これは、素晴らしいですね。どちらで手に入れられたものなのでしょう?王国の……?」
程なくして戻ってきたヒルマから手渡された精緻なレース。光に翳し、編み目をなぞり、自身が持ってきたレースと渡されたレースを並べて嘆息を零した後、アメリーは漸く口を開いた。
「王国の仕立て屋というのはここまでの技術を持つのですね。私が倣うべき人などもういないなんて、傲慢が過ぎました」
ああでも王国に行って習うのは少し難しい、と名残惜しそうに黒いレースを返してくれる。
「なるほど、これだけ編める方がいらっしゃるのであればまだ見つけられていないだけのことと。皇后様に……いや、あの方に頼みごとをするのはあまりにも危険過ぎる。かといってあの方を差し置いて他の家を頼るというのも……」
うーん、うーんと唸るアメリーがぼそほぞと矢継ぎ早に答えを出してはああではないこうではないと続ける。
確実に連れて来れる訳でもないのにこれを見せてしまったことに若干の憂いを見せたヒルマが、意を決して口を開いた。
「恐らくまだ、何処の工房にも所属しておりません」
「なんと。では私のように個人で?社交界が落ち着き今の注文が捌けるまで二年……いや、一年……今からお伺いを立てれば見習いとして雇っていただくことも可能かしら。そうして縁を繋げておけばいずれは総レースで編み上げたドレスを作ることも夢ではないかもしれないわ」
燃えてきた、と言葉には出されなかったけれど先程までのどんよりとした瞳が嘘のようにきらきらと輝いているのを見て、ヒルマがより言いにくそうに先走る彼女を止める。
「アメリー、あの、違うんです。聞いていただけますか?」
「はい!どうすればお伺いを立ててくださいますか?王国の方ですから半年程は掛かりますよね。その間、勿論侯爵家のお仕事を優先させていただきますしその後も長くお付き合いさせていただけたらとも存じております。お嬢様さえよろしければ流行りの最先端を駆け抜けることも可能にしてみせます」
ヒルマの言葉に聞く耳を持たない、というより自己で完結してしまったアメリーは一人で結論を出した結果一人でその先まで行ってしまった。
「アメリー、これね、これを編んだ人を見つけられるかわからないの」
教わったら何を作ろうかな、なんてついに紙に案を書き始めてしまった彼女を止める言葉はとても残酷だった。しかし、事実であるから伝えねばならない。
「え、あ……そ、そうなんですか……す、すみません一人で盛り上がってしまって」
溢れんばかりの輝きは何処へやら。一度高みへ登ってしまった分落ちる速度も尋常ではなかったらしく、その目に絶望が浮かんでいる気がする。
「聞いて。あのね、これはわたし達がここへ来る前の街で偶然見つけたものなの。何処かの工房で作ってもらったとか、貴族街にあるようなブティックに並んでいたとか、そういうものじゃないの」
「……針子が作ったものではない、ということですか?」
何も聞きたくなさそうにしていたアメリーだったけれど、関心は未だにあるらしく胡乱げな目でわたしを見やる。
「恐らく、ね。それを生業にしている訳ではないと思うわ」
核心には触れず濁した言葉に何かを感じ取ってか、それ以上は聞いてこない。しかしじっと向けられる目が何を期待しているのかがわかるから、慎重に続ける。
「……保護、したいの。出来ることなら。それを、望むのなら」
レステルの街で偶然見つけたこのレース。豊かな環境を想像出来そうにはない場所でこれを編んでいた少女のことは、ずっと気に掛かっていた。
だけど当時のわたしでは保護する手段を持たなくて、人のことを気に掛けているような場合ではなくて、見なかったことにしていた。
でも今は、探し出す手段もあれば保護する力も持っていて、それを頼る先もある。もし少女がそれを望まなくても可能性を示すことは決して無駄にはならない、はずである。
「なるほど、わかりました。私にとって難しい話は些末なことです。その子が私と共にドレスを作ってくれるのか否かはとても重要ですが」
咳払いと共に座り込んでいた床から立ち上がり、わたしの言葉を呑み込んだアメリーは暫し何かを考え込む仕草を見せたあと、にっこり微笑んだ。
「その子を見つける旅路、私に行かせてくださりませんか?」
「それは構わない、けれど……レステルよ?」
恐らく、二ヶ月半は帰れない。ここからレステルまで一月弱、往復で二月。半月少女を探す時間に当てたとしてもそもそも見つかるかはわからないし、もうその場に留まっていないかもしれない。
そんなに長い期間お店を開けていられるのか、そうまでしても見つかるかはわからないのだと告げてもアメリーは引かない。
「大丈夫です。私、運だけはあるので!ざっくりと大まかな情報だけくだされば一人で何とか出来ます」
自信たっぷりに己の胸を叩くが、はいそうですかと見送るにはあまりにも心配であるとして、お爺様に相談して色々なことを手配していただくことは可能か伺うから一日待って欲しいとなんとかアメリーを返すことに成功した。
どのみち謁見を終えた後は実際長時間ドレスを着た際の感想を聞かせて欲しいと言われていたから、それが当日になっただけである。
「お嬢様……申し訳ありません」
「いいのよ、いずれやるべきことが早まっただけに過ぎないわ。それがたまたま重なっただけのことよ」
まさかレースの髪飾り一つでこんなことになるとは思いもしなかったのはわたしも同じである。
謝罪を繰り返し案じてくれるヒルマにもういいからと抱き着いて、お爺様の執務室へと向かうのだった。
あけましておめでとうございます。今年も亀ながら進んで参りますのでお付き合いいただけますと幸いです。




