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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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59/65

それぞれの3

小さなお茶会の時間はゆったりと流れつつも、いつの間にかポットが空になっていた。


まだ時間に余裕があるから諸々の用意をしてくるとヒルマが席を立った合間に、わたしは彼女から昔のことを聞いたとファティに伝える。


「……そうですか、ヒルマが昔のことを」


話に相槌を打ち、過去へ思いを馳せるファティはぽつぽつと続けた。


「あまりにも痛ましい事件です。何の罪もないあの子が亡くなったこともそうですし、首謀者を捕まえらないことも……」


冷めてしまった紅茶を飲み干して、耽るように遠くを見詰める眼。


「彼は昔から愚かな方でありましたが、それでもまさか親戚の子に手を掛けるとは思いもしませんでした」


旧知であるような口振りで伯爵のことを語るファティ。ダニエルさんの遠戚である以上は顔見知りであったのかもと納得しかけたものの、何かが引っ掛かって首を傾げる。


「あ……申し訳ありません。私と彼は何度か顔を合わせる機会がございまして」


話に着いて行けていないわたしに気が付いたファティがそう補足してくれる。なるほどと頷き腑に落ちたところで彼女の顔が不意に曇り、同時にヒルマが戻って来た。


「お待たせ致しました。例の三人衆から菓子をいただいたのですが」


お召し上がりになりますか、と言い掛けたであろうヒルマはファティの様子を見て言葉を切り、テーブルの上へ持ってきてくれたそれらを並べてはわざとらしく声を張った。


「そろそろ、交代の時間ですね。ファティ、私はこの後すぐ仕事に戻らないといけないから、お嬢様のことお願い出来るかしら?」

「ええ……わかったわ、ありがとう」


そうして彼女の仕事を引き継ぐとだけ残して、あえてこの場から立ち去るヒルマ。


「お嬢様、聞いていただきたいことがあるのです」

「聞かせて」


席を外したヒルマ、意を決して口を開くファティ。とても軽々しくは聞けない雰囲気に息を呑みながら彼女の言葉を待った。


「この話は、お嬢様が社交界へ戻られたら、そのときにお話するつもりでした」


素早い手際で、だけれども洗練された手付きで紅茶を淹れてくれたファティが深呼吸の後にそう切り出す。


「かつて私は、皇家の方の婚約者でもあったとお話させていただきました」

「ええ、ファティの美しい姿はそこで養われたものなのだと納得したわ」

「ふふ、ありがとうございます」


侯爵家の令嬢に仕える身としても頭一つ飛び抜けて美しい所作を持つ彼女のルーツ。素直な賛辞を伝えればそれを誇るように微笑むのに、瞳には影が潜む。


「婚約者であった方の名はフレデリク。フレデリク・ヴェラクレイス。第四皇子の座に就かれていた方でした」


重い口振りで語られる過去。いつかお会いするかもしれない方の名前を覚えたそのとき、違和感が脳を駆ける。


ファティにこの国の貴族情勢を学んだとき、一つ上の世代に当たる皇族の家系図も頭に入れたがそのお名前は記憶にない。


そしてでした、という過去形の言葉尻に彼女を見返せば、汲み取られた意図が肯定される。


「はい、現在は皇家から除籍されております」

「除籍、を……」


皇族から籍を抜かれる。それだけで皇子殿下がどのような方であったのか、想像がついてしまう。


基本的に皇族の方というのは何をしたって許される。平民では到底許されないことはおろか、公爵家の人間でさえ何かしらの罰を受けるようなことをしたって。


それだけ血というのは尊いものであり絶対であり厚遇されるべきものなのだ。


故に何をしてしまったのかと詳細を待てば、彼女の顔が歪められつつ吐き出された事実に耳を疑う。


「殿下は、国家の機密情報を流したのです」


俯き、悔恨の滲む声で紡がれた言葉達が理解出来なかった。


「それでも即刻処刑とならなかったのは皇族の一員であったから、そして持ち出した情報が最重要機密ではなかったから。後は情報を渡したその場で確保出来なかったことと相手を捕まえられなかったこと、殿下が認めなかったことなども要因でございました」


眩暈がするような情報の連続を何とか呑み込みながら話について行く。


これが下位貴族等であれば疑いの段階で更に厳しい処罰があったのであろうが、皇子殿下ともなるとそうはいかないというのが貴族界の難しい話であり面倒な部分であるというのがよくわかる。


「しかし城から許可なく機密を持ち出した以上、それを何処かへ流した以上は御咎めなしとは行かず母君と共に皇族から除籍されることなったのです。その後は母君の生家であるウェンズリー伯爵家へ身を寄せて……」


段々と険しくなるファティの顔色と声音。そうか、ウェンズリー伯爵家という方のところへ。そう事態を纏めたとき、彼女が口を開き掛けては閉じてを繰り返していた。


なんだろうか、その違和感は。


物事をはっきりさせる彼女にしてはすごく珍しい様子にただ違和感を覚える。


思えば、この話を切り出す前から何かを気負う気配が見えたけれどそれがいつだったからだろうと少し前のことを思い返しつつ、形の良い唇が閉じては開くを繰り返す様を見ていた。


何処か遠くに思いを馳せる、その眼。


先程見たばかりの様子で思い出すのはたった一言。近しい物言いをするんだなと思った。その一言。


()()()()()()()()()()()()()()()


顔を合わせる機会が多かったとしても、男性をそう形容したファティには違和感があった。それがずっと頭に残っていたわたしが導き出した答えは、恐らく正しい。


「ファティ。その、フレデリク様というのは」


確信を持った声で問い掛ければ、彼女はぎゅっと眼を瞑ってはゆったりと肯定した。


「はい。フレデリク・ウェンズリー伯爵。旧名、フレデリック・ニール=ヴェラクライス第四皇子殿下は……ヒルマとダニエルの子に手を掛けた、当人でございます」


引き結ばれた唇から苦く苦く告げられた事実に何も言えなくて、目を伏せる。


「殿下の不祥事が公になることはありませんでしたが、先代の皇帝陛下が私に醜聞を残さないため彼に有責があると表してくださったので……」

「……逆恨みをされている、それにヒルマ達を巻き込んでしまっまのではないかと?」


ぐっと喉が詰まり、先を続けられなくなってしまった彼女の言葉を引き継ぐ。


「私が有責とされていれば、彼がほんの僅かな可能性の芽を摘むことはなかったのでしょう」


眦から溢れる雫が、悔恨の滲む声が、これまで背負ってきた感情の深さを表す。


ヒルマもダニエルさんも、お爺様だってファティのせいじゃないと幾度も言葉を掛けたことだろう。そしてファティもまた、みんなの言いたいことはわかるのだ。


わかるけれど、考えずにはいられない。


もしこうしていたら、ああしていたらって何度も何度も思い出して、その度に何の意味もないのにって思い知るからまだ、忘れられない。


「……私が悪いんだって、責めてくれたら」


か細く、きっとヒルマ達には聞かせたことのない本心が吐露される。失言に気が付いたファティが慌てて口元を押さえるけど、わたしは何も言わずに彼女に抱き着いた。


「わかるよ」


無条件で許されるのは、苦しいこと。その心配りが負担に思えるのは真面目すぎるからだってこと。


「わかってる」


でも結局は臆病で、信じられていないからなんだってことも今となってはそう、わかってるのだ。


「……いけませんね、お嬢様に慰められるだなんて」

「ちがう」


涙声で取り繕うファティを抱き留めたまま否定する。


「同じなんだって、安心してる」


ずっとわたしを見守ってきてくれていた彼女が、完璧な侍女として仕えてくれていた彼女が、同じように弱さを持ち合わせていたことに。


「やっと、貴女のことを知れた気がするの」


お母様の幼馴染みであったファティ、皇子殿下の婚約者であったファティ、筆頭侍女長であったファティ、ベルホルトの妻であるファティ。


そんな表面上の事実達よりも、こうして吐き出してくれた言葉一つの方がよっぽど伝わるものがある。


だからああそうかって、納得した。


どれだけ互いを大切に思い合っていても、何も伝え合わずにいたわたし達がすれ違ったのは、必然だったんだって。


「あのね、ヒルマに尋ねるべきだと思う」

「ヒルマ、に」

「ええ。ちゃんと、聞くべきだと思うわ」


当時ファティを責めることのなかったヒルマが本当は何を思っていたのか。そしてファティ自身がそれに対してどう思っていたのか。


勿論強制はしないけれど、と最後に付け足して、わたし達は小さなお茶会を終えた。


がその後、妙に余所余所しいヒルマとファティ。


やっぱり余計なことを言ってしまっただろうかと様子を窺っていた矢先、ヒルマに呼び掛けられソファへと促された。


「何か、あったのですよね?」


安眠の効果を持つとされるハーブティーを淹れながら、尋ねつつも確信的に向けられた問いに悩む。


今の今まで引き摺る程の話を勝手にして言い訳がない、それも当人に。


「……少し、待ってあげて欲しいの」


故に、詳細を省きつつファティが動向を決めるまで待ってあげて欲しいと答える。


「お嬢様がそう仰るのであれば」


今日の昼の流れからして、ファティが何に悩んでいるのかをおおよそ察しているのであろうヒルマはそうして言葉を呑み込んでくれた。


しかしその日から一月経っても、二人の距離が元に戻ることはなかった。


「お嬢様、限界でございます」


色々忙しくしていた日々の中、皇帝陛下への謁見が三日後に差し迫っていた最中、ファティが席を外した僅かな隙を縫ってヒルマがそう零した。


「もう直接聞きます」  


これから眠るのにもが関わらず髪を丁寧に梳いてくれている、しかし語気は荒いヒルマをどう止めれば良いかわからなくってあの、その、なんて言葉しか出て来ない。


「私だけに余所余所しいのは目を瞑れますが、そのせいでお嬢様のお世話に支障が出ているのは論外でございます」

「わたしは気にしていないわ。もう少し折を見てからでも」

「いいえ、なりません。それにお嬢様は間もなく陛下へ謁見なさるというとても大切な事柄が待っておられるのです。そんなお方のお心を使用人が乱すなんてあってはなりません」


容易に怒りを感じ取れるその意見。


本当に細やかな支障ではあるのだけれど、今まで存在しなかった間が生まれ滞ることが許せないヒルマ、そしてわたしがファティのことに必要以上に心を傾けていることに許せないヒルマは止まらない。


「只今戻りました」


どうしよう、ひとまずファティが戻ってくる前に少しでも落ち着かせなければと腰を浮かせたそのとき、とてもタイミング良く彼女は戻ってきた。


「ファティ。この後少しお時間いただいても?」

「……はい」


わたしが口を開くよりも早く予定を抑えたヒルマと、改めて畏まるその雰囲気に内容を察したファティ。


どう転ぶかはわからないけれど、少しでも良い方向へ変わってくれると良いなと思いつつベッドに寝そべり、天蓋を下げてくれた二人を見送った。



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