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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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閑話

昔話をしよう。


それは、僕らのお姫様の話。


綺麗に腰まで落ちる銀の髪と、光が溢れださんばかりに輝くその紫眼を持っていた、僕らのお姫様の話を。



「あなたがカールのお友達?」


齢五つの少女にしては丁寧な言葉で、彼女は微笑む。


「わたし、ミーナ。あなたは?」


カールに手を引かれて挨拶をすれば、彼女はやわやわと笑う。


「そう、ディルクっていうの。よろしくね?」


出会いはダルスサラム公爵家の一室。彼女の為に宛がわれたその部屋で、僕ら三人は揃った。


身分も、性別も、年齢だって全て違う彼女と僕らだったけど、公爵令嬢らしからぬその溌剌さと陽気さで、僕らはすぐに打ち解けた。


「おとーさまああああ!!」


特に、あまり家に帰ってこれないミーナの父、フィデリオ卿が家に帰って来た時の彼女の姿はとても公爵令嬢とは思えなかった。


「ミーナ!元気だったかい!?」


父親譲りであることが伺える揃いの紫眼とこの王国では珍しい漆黒の髪。けれど端正な顔を緩ませ、愛娘である彼女を抱き上げる姿はダルスサラム公爵ではなく、ただ娘を愛する父親の姿。


「あらあらミーナ。はしたないわよ」


ミーナの声に自室から出てきた彼女の母君は二階のバルコニーから銀の髪を垂らして注意する。


「イリーナ、ただいま。変わりはないかい?」

「ええ、あなた」


静かに降りてきたイリーナ様に声を掛けるその姿と、娘を片腕に抱くその様子は、とても仲の良い家族だった。


幸せそうに笑い合う、家族の姿。


僕も、カールも、そんなダルスサラム公爵家が好きだった。


「よし、今日はパーティーだ!」


なんて、意味のわからない理由から始まる唐突なパーティーも。


「カール、ディルク。君達は男だからな。ちゃんとこれからもミーナを守ってやってくれな」


夜中、こっそり本を貸してくれて、しっかり釘を刺していくフィデリオ卿の男らしい愛情も。


「根を詰めないでね。貴方達は、まだまだ若いのだから」


ほっそりとした白い手で、優しく諭してくれる知らぬ母に似たそのイリーナ様の愛情も。


全てが、好きだった。



「…………」


だから、僕とカール達が街に買い出しに出ている間に起こったその惨劇は、悔やんでも悔やみきれない程、今でも後悔している。


「…………いない、の」


燃え盛るその炎の前。暗い空に立ち込める真っ黒な煙が、彼女の髪を煤けさせるその事象が、ただただ幸せの形を喰い消していく真っ赤な炎が。


「ねえ、お父様と、お母様はどこ?」


彼女の、何も映さない虚ろな紫眼が。


今でも、目を閉じれば克明に浮かぶ。


「いない、いないの。おかしいの。さっきまで、一緒にいたのよ?」


彼女が齢八つの頃。僕とカールが、彼女の前から去らなければならないそのタイミングで、彼女は全てを失った。


「ねえ、カール、ディルク。お父様とお母様は、何処にいるんだろうね?かくれんぼかしら?」


僕らに気が付いて、こくりと首を傾げる美しい人形。


「ミーナ様!!」


僕らと一緒に街へ出ていたヒルマとファティとベルホルトが彼女の前に立っても、彼女は何も反応をしない。


ただ、壊れた人形のように、その名前を紡ぐだけ。


「何処かしら?何処に行ってしまったの?」


ふらふらふらと炎に近付いてしまうその小さい身体を抱き留めて、ただ呆然と涙を流す彼女を僕らは抱き締めることしか出来なかった。


「おかしいなあ」


おかしいよ、って、滲んでいく声に、僕らは何も言えなかった。


齢八つの少女が受け止めるにはあまりにも重たいその事実を、その現実から隔離することでしか、僕らは彼女を包めなかった。


だから、次に彼女が目を覚ましたとき。


「…………お父様とお母様、亡くなってしまったの?」


何も覚えていないことに、酷く安堵した。


「そう、なの」


()()()()を、()()()()を、ほぼ覚えていないことが、彼女にとって幸せだったのかはわからない。


「どんな人たちだったのかしら?ごめんなさい、何も覚えていないの」


僕らのことは、全て覚えているのに。


フィデリオ卿と、イリーナ様のことだけ、彼女は何一つ覚えていなかった。


それらに関する記憶は持っているのに、その二人に接した記憶だけが、彼女は抜け落ちていた。


「そう、伯父様に、ダルスサラム家が渡されるのね」


焼け落ちてしまった屋敷は更地になって、ダルスサラムの爵がフィデリオ卿の兄君に継がれることになっても、彼女は淡々としていた。


その頃から、彼女の心からの笑顔を見ていない。


いつも何処か冷めていて、いつも何処か寂しげで、会う度に消えて行きそうな雰囲気を、彼女は纏うようになる。


一番辛かったであろうその時期に誰も傍におらず、新しく出来た家族からは迫害を受けた彼女が覚えた自己防衛手段は、とても当たり前のことだった。


「久しぶりね、カール、ディルク」


少しでも早く彼女の元に戻る為に勉学に励んだ五年間。優秀賞のバッジを持って会いに行った時、漸く僕らは選択を間違えたことに気が付いた。


「え、これをわたしに?ありがとう、とても頑張ったのね」


表面上は柔らかく笑っているのに、昔のように微笑んでいるように見えるのに、本当の笑顔を知っている僕らは、()()が偽りであると気が付いてしまった。


僕らが離れてしまった五年間。ヒルマとファティとベルホルトさえも近付かせてもらえなかったその五年間は、彼女が心に鉄壁の防御を作らせることだけを、助長したのだ。


「そう、明日から、王城で暮らすことになるの」


彼女が慕うという王太子。昔から決まっていたその婚約。


覆せるはずもないその現実も、その距離も、僕らは全て間違えてきた。


「僕、王城勤務になったんだよ」


せめて、彼女の抱えるモノが少しでも減れば良いと思って、僕らは勤め先を決めた。


これから先、愛しい姫様が王妃となって、国を支えるとき。


少しでも、僕らが支えになれば良いと思って。


「ありがとう、嬉しいわ」


より彼女に近付く為に、国王補佐に教えを乞うて、その場所を勝ち取った。


「ミーナ!貴様とは婚約を破棄する!」


でも、僕らはまた選択を間違えたんだ。


頬を腫らして、瞳に絶望を映すその彼女の姿が、過去と重なった。


「…………俺達、また間違えたな」

「そうだね」


いつだって、彼女のことを思って行動しているはずなのに。


どうしていつも、彼女を支えられないんだろう。


「ミーナがいないなら、この国にいる意味もない」


胸元に飾られる国王補佐を示す勲章をもぎ取って、カールは机にそれを投げる。


「そうだね。僕らも、一緒に行こうか」


今度こそは間違えないと、誓って。


入念に五人で打ち合わせをして、捜査を撹乱させる為に偽の情報を流して、ミーナが少しでも遠くへ逃げられるように。


完璧だと思った。一月は優に時間を稼げるはずだったよね。


「…………これ、あのお嬢さんに、渡して欲しい」


港街で、あの少年に出会わなければ。


「あと、今すぐにここから逃げて」


真っ青な瞳で、真っ直ぐに、少年は言った。


「奴隷商が、彼女を追ってる」


間違えないように。傷付けないように。知られないように。


僕らと、少年は。


「うん……約束してね」


とても最低な、約束をした。



「大丈夫……大丈夫だ」


プラン通り、少年と一芝居打って、この話は終わるはずだったよね。


「ねえ、カール。何を隠しているの?」


何も覚えていないはずなのに、彼女は昔のように問い掛ける。


カールが、イリーナ様お気に入りのガラスの花瓶を割ってしまったときのように。


静かに、静かに、彼女は問い掛けてくるのだ。


「おやすみなさい」


ぱたりと閉じられた扉の先。彼女がどんな顔で立っているのかなんて、想像に容易い。


ああ、気のせいかな。やっぱり、まだ、間に合うんじゃないか。


全部全部彼女に告げて、僕らは許しを乞うべきなのでは、と、頭の片隅で誰かが言う。


そんな風にずっと考えてしまう僕の元へ、カールがやって来た。


「…………ミーナが、いなくなった」


そして青ざめたその顔で、俯くカールに、僕は言った。



ああ、やっぱり。


今回も、僕らは間違えていたね、と。


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