天国に近い塔
来栖はしばらく歩いていると、ふと気になることがあった。行先を聞いていなかったのである。遊園地に来て好きに遊べないとは、と自嘲気味に笑みをこぼす。
「……目的地はどこなんだ?」
「んー? それを言い出すのは少々遅かったみたい。目的地に着いたよ」
来栖の質問に答えた美作は聳え立つ塔に視線を向けた。
フリーフォールである。ゆっくり上昇した後に急降下するアトラクション。ここではヘブンズゲートという名称であった。
ヘブンズゲートの足元は建物で覆われており、乗り込む瞬間を覗き見ることはできない。
「じゃあ、みんな。案内するよ」
ウサギリと呼ばれたウサギが現れて、来栖たちのグループをヘブンズゲート内へと押し込める。
中に入っても座席が見えるわけではなく、カーテンのような仕切りがされていた。
座席は三席あり、それが前後左右の四面。乗り込む場所は面ごとに区切られており、来栖は美作や市ヶ谷と同じ面に割り振られた。
最初に市ヶ谷が乗り込む。次いで美作。最後に来栖が席に着いた。
「わードキドキしてきた!」
「緊張するな」
「……」
美作がワクワクといったような表情を浮かべた。市ヶ谷は口では緊張すると言いつつも表情はいつもと変わらず笑顔だ。来栖は口元が引きつっていた。
今更であるが、来栖は遊園地初体験である。当然初めてなので緊張は他の人よりも強かった。
「……っ!」
機体が上昇を始める。来栖は体を覆うようにして守っている安全バーをしっかりと掴んで深く息を吐いた。
地面が遠ざかっていく。チラッと隣を見たら下やら遠くやらを見てはしゃいでいた。隣の面からも声が聞こえてきた。よく教室で聞く声だった。
その時、機体が動きを止めた。直正は経験こそなかったが、これから何が起きるのか理解できた。下を盗み見て、視線を再び正面に戻した。掴んだ安全バーを強く握ってその時が来るのを待つ。
その時はすぐに来た。
「っ!?」
体が一瞬浮遊感に包まれる。猛スピードで地面へと向かって落ちていくのと同時に悲鳴がそこかしこから聞こえる。来栖は叫ぶことも出来ずに、呼吸するのを忘れてしまっていた。
塔の中腹のあたりでスピードが緩まっていく。その時に後ろのほうから聞こえていた悲鳴がそのまま、下へと遠ざかっていった。
中腹のあたりで上昇したり下降したりを繰り返していると徐々に下へと機体が下がっていた。
ガタンと大きな音を立てて、地面に到着し安全バーが外れる。来栖は恐怖で生まれたての小鹿のようにプルプルした足で立ち上がった。
「大丈夫?」
「……なんとか」
隣にいた美作が心配そうに聞いてきた。それに絞り出すように答えながら、入ってきたところとは別の場所から出てベンチに座る。
市ヶ谷が他の奴らの様子を見てくるよと言って席を離れた。
「絶叫マシン苦手なら苦手って言ってもいいんだよ?」
「苦手っていうか初めてだから、……酔った」
項垂れた来栖の背を優しく撫でる美作。傍目から見て二人の雰囲気は良かった。立場が逆のような気もするが。
そのあと市ヶ谷が帰ってきて、他の奴らがもう別のアトラクションに行ったらしいと頭を掻きながら報告してきた。その後ろには人数をかなり減らしたグループのメンバーがいる。
元気だなと軽くげんなりした来栖は席を立って移動を促した。
来栖が美作と市ヶ谷以外の同乗者を再び見ることは叶わないだろう。
四面に配置された席では自身が座る席以外を見ることはできない。
だから気が付かなかったのだ。自分が座る席以外がただの一度も緩やかに下降することなく、猛スピードで地面に叩きつけられるのを。
そしてそれが分からないように乗り込むところを幕で囲っていたのを。
来栖の乗り込んだところにはなかったが、他の三面には地面にくぼみがあり、落ちてきた機体を受け止めることが出来る。
この仕組みは血飛沫が周りに飛び散って他の人間にバレないようにするものだ。そのまま流れるように水洗いされた席と付け替えられる。
一回五分程度の時間が掛かり、一度登れば九人のミンチが出来上がる。
いったい一日で何人のミンチが出来るのだろうか。




