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盗賊は、藁にすがる

旅を始めたのはいつだったか。

芽吹き始めた春の花は、季節ともに姿を変え、今は姿を隠してしまっている。それほどの時間が経っているということを自覚せざるを得ないが、この旅で自身の学びになったものはあっただろうか。


「てめぇ、何見下してんだよ……クソっ!動けねぇ………」


話を聞きたいと人里を歩けば石を投げられる。酷い時には騎士団まで出てくる。対話というものを知らないのか。


「まったく、暴力というものは良くないな」


「今、てめえの足がオレを踏んでなかったら説得力あったかもな!どけろ!」


盗賊というものを知っているだろうか。

商人や貴人を襲撃し、金になるものを奪い、その金で生計を立てている。いわば犯罪者だ。


「うーん、穏便に会話できたらいいんだけどなぁ」


「穏便語るならまず足をどけろ!……てめぇの望み通り会話でもなんでもしてやるから、頼むから足を退けてくれ。てめぇの力が強すぎて身動きひとつ取れねぇんだよ」


「キミは!ボクと!話をしてくれるのか!!いいだろう!足を退けよう!無礼を詫びよう!キミは素晴らしい人間だ!ボクと話をしてくれるなんて言ってくれたのはキミが始めてさ!」


「お、おう……そんなにオレの話が聞きたいのか……変わったヤツだなてめぇ」


「そうかい?会話は楽しいじゃないか!」


何事も、話し合いで解決出来ればいいのに。戦争は終わる兆しを見せない。本当に度し難い。



この近くにある国境まで案内がてら、話をしてくれるってことなので、甘えることにした。


今、ボク達が向かっている国はハイリゲ王国と言うらしい。

つい最近、腐敗王政にクーデタが起き、国王が変わったらしい。現国王であるクーデタの主は、人間族の英雄である聖女様だとのこと。あっという間に旧国の騎士を単騎制圧し、腐敗していた税収制度を廃止。国民から義勇兵なる、志願騎士を集め、国として急速に発展している、だそうだ。


戦争やら内戦やら、争うの相当好きとお見受けする。

まあ、その国境まであと数キロあるらしいし、ゆっくり話でも聞こうじゃないか。


「本題に入る前に、聞きたいことがあるんだけど」


「なんでも聞けよ。オレはてめぇに殺されてたかもしれなかったんだ。命あるだけ感謝してる……その義理は通すぜ」


正直驚いた。盗賊なんてやってるやつが義理を語るなんて……


「ギャップ萌え狙い?」


「んなわけねぇだろ!真面目に言ってんだからさっさと聞きたいこと言えや!」


彼は顔を赤くして怒鳴った。だが、すぐに真面目な顔つきになった。


「オレは、義理は通す。約束は守る。どんなに裏切られたって、オレだけは裏切らねぇ。それは絶対に守る。そう、教えられたからだ」


「誰にだい?」


「……母さんだ」


懐古と悲哀の混ざった、この表情をボクは知っている。もう、会えない者に焦がれる表情だ。


「オレの、唯一記憶に残ってる、母さんの記憶だ。オレを抱き上げて、そう言った。」


「それしか記憶がないのなら、自分の母親って認識も少ないだろうし、約束を律儀に守る理由もないんじゃないのかい?」


「……そうかもな」


「なら、」


「それでも、母さんなんだ。オレの母さんなんだよ」


彼は、一切の迷いもない瞳を向ける。


「子供ってのは、本能で自分の親だって認識しちまう……あの人との思い出は何も無い。何も無いはずなのに、心は、あの人を母さんだって言うんだ」


「それが母親だって確証はないのなら、わからないじゃないか。キミは、それが母親なんだって、縋っているだけじゃないのか?」


「縋っている、ね。そうかもしれねぇ。きっとそうだ。そうに違いねぇ。母さんだって自分に言い聞かせて、言い聞かせて、繰り返しそうしてるんだ」


「なぜ?」


「愛を……感じた」


あい。人間に備わっている……いや、人間だけじゃない。現界に住んでいる全ての種族に等しく備わった機能。ボクにはそれがわからない。どうやら、あいとやらは悪魔には理解できないらしい。


「それを感じたら、母親なのかい?」


「……てめぇ、やっぱ悪魔なんだな」


「ん?何を急に当たり前のことを……」


「いや、いい。気にすんな。てめぇにはわかんねぇだろうが、愛情ってもんは案外わかりやすい」


「…………」


「愛は見えねぇが、いつだってオレたちの中にある」


「……キミは、キミが何を言っているのか、ボクにはわからない……その、あい?とやらと母親の証明に、どんな関係があるんだ?」


「親ってもんは、どうも子供に無償の愛情を抱くらしい。あんだけ裏表のない愛情向けられた記憶がありゃあ、母親の証明なんて余裕でできちまう」


心の底からわからない。あい、というものがなぜ血縁の証明になる。わからない、理解できない、知りたい、知り尽くしたい、感じたい、あいを知りたい。


急激に湧いてきた探究心は、ボクの心を支配した。

知りたいことが増えた。目標に追加しよう。知りたいことは、戦争の理由とあいのは何なのか、だ。


「なら、その人物に感じる血縁が、キミに義理を通させる。約束を守らせているということなのか?」


「……親は無償の愛を子に抱く。それと同じでな、子供はよぉ、親の言うことを聞こうってしちまうんだよ」


「なぜ?」


「知らねぇ。そういうのは学者でも探して聞け。オレは知らねぇが、約束を破ろうとは考えもしなかったよ。昔も今もな」


親と子。この2つはどうやら深い因果関係で結ばれているようだ。いづれこの関係はいったい何なのか、探求していきたい。


「でも、そんな母親の元に生まれたのに、やってるのが盗賊なんて、親不孝もいいところだね」


「はっ!言えてらぁ!」


「なんで盗賊に?」


「これしかなかった。生きるためには、盗むしかねぇんだ」


戦争は、物価を高騰させる。そして、多くの命を見返りのない代償に捧げる。彼は、母親の記憶を1つしか持たないまま、たった1人で生きてきた。だから、真っ当に生きる術を知らない。彼は生き残るために、生きている人から物を奪う。藁にもすがる思いで。


「だがな、オレは貴族からしか盗まねぇ。そう決めてる」


「でも、キミはボクに襲いかかってきたじゃないか?」


「目の前から急に悪魔が迫って来たら誰だって攻撃するだろうが!情勢考えろ情勢!」


それがまかり通るならボクが通りすがる人間を皆殺しにしてもおかしくないってことになるじゃないか。

……いや、戦争中だしおかしくないのか。むしろおかしいのはボクだ。納得したよ。


「それで?貴族しか襲わないのはなぜだい?」


「貴族と王族が、この戦争を始めた。戦うのはオレら一般階級だってのに勝手に決めて、命を軽々と扱いやがる。だから、仕返し?腹いせ?なんにせよ、ムカつくから貴族をねらってんだ」


彼の戦争に対する思いを少し知ることができた気がする。争うことにムカついている。言い換えるならば、しなくてもいいことだと思っているのだ。


「……オレさ、人は殺さねぇんだ」


「それは、盗賊としては珍しいのかな?どうして?」


「命は、軽くない。生きてれば、オレみたいになんとか今を歩ける。歩けない人もいる……母さんみたいにな」


彼はしっかりとした人間らしい。

犯罪者に何を、と思う人は多いだろうが、ボクはそう思う。命の価値を自分の中でしっかりと定めている。生きる意味を、生きていることを自覚している者にしかできないことだ。


「キミみたいな人が王様なら、戦争は起きてないかもね」


「そうだったら、どれだけよかったんだろうな……」


「1つ聞こう。キミにとって戦争ってなんだい?」


「……ゴミ箱だ。意味なんて、正しさなんてどこにもねぇ。ただ、命を捨てに行くための、ゴミ箱だ……」


彼は盗賊だ。犯罪者だ。分類的には間違っている人間そのものだ。


それでも、その心にある思いは、誰よりも正しいと、そう思ってしまうのは、ボクがこの短期間で情が湧いてしまったからだろうか。


「……もっと聞かなくちゃなぁ」


「何だ急に?なんか聞きたいことでもあんのか?」


「いや、なんでもないよ。それよりもまだまだ聞きたいことがあるんだ!」


生きるという思いが誰よりも強い、命という藁に縋っている盗賊の矜持は、旅する悪魔の心に刻まれた。彼の言葉をもっと聞きたい。彼の思いを元に、戦争とは何かを知らなくてはならないのだ。



と、分析的なことを述べてみてはいるが……どうやらボクは、彼と話すのが楽しいと感じているらしい。これが所謂友情と呼ばれるものか、と考えているが、そんな経験はないのでわからない。ただ、楽しいと思ってしまう。彼がまともに会話した初めての人間だからか。はたまた、ひとえに彼の人間性故か。


なんにせよ、今は彼に対し湧いてしまった情に素直になってもいいかもしれない。

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