不忠の男(5)
ルシウスが率いる軍勢は、一気に領主を失ったノルドの地に雪崩れ込んだ。各地の支城や砦はランスの戦死を知ると、ほとんどがろくな抗戦もせずに降伏し、討伐軍は一気にノルド城に迫った。
「ランス殿が討たれたと・・・それはまことか!?」
ランスの戦死の報を聞いたニールが、混乱を隠せない様子で報告した兵士に問いかけた。
「はっ!ランゴ高原での戦いで、武運拙く・・・!」
「なんということだ・・・クレア、わしは逃げる。お前はどうする?」
兄の問いかけに、クレアは蔑みの表情を浮かべて首を横に振った。
「私は・・・ランス・カロットの妻でございます。兄上と同じ道は参りませぬ」
「クレア・・・」
「兄上・・・夫を死なせたのは国の軍にあらず、あなたでございます!その責も取らず、1人でおめおめ逃げるおつもりですか!?」
妹の言葉に表情を歪めつつも、ニールは叫ぶように言い返した。
「わしは・・・わしはまだ生きたいのじゃ!!それの何が悪い!?お前も、まだ死にたくはないであろう!?」
「いいえ!夫が兵を挙げた時から、私は覚悟を決めております!兄上のような、卑怯未練な道は辿りませぬ!!」
「くっ・・・勝手にせよ!!」
こうして、討伐軍が城に迫る中、ニールは城を逃亡した。クレアはルシウスに使者を送り、自らが命を絶つことを条件に、城兵の助命を嘆願した。
「あの兄に似ず、立派な妹だ・・・・・・クレア殿にお伝えあれ。城兵たちの今後は、このルシウスが保証すると」
戻ってきた使者からルシウスの言葉を聞き、クレアは安堵の表情を浮かべた。その日の内に彼女は自害し、ノルド城は一戦も交えることなく開城された。
「さて・・・残るは1人・・・ニール・フリントだ」
「義理の弟を戦に駆り立て、実の妹を見捨てるような男・・・・・・このウェイド、どうあっても許すことはできませぬ・・・!」
ウェイドが怒りの声を上げると、ルシウスは冷静な表情のままうなずいた。
「その怒り、ぜひニールの捜索に向けてほしい。皆、何があってもニール・フリントを捜し出せ!!」
早速、討伐軍の将兵による、大規模な捜索活動が始まった。しかし程なくして、地元の住民から決定的な証言があった。
「城から少し離れた洞窟に、不審な男が入るのを見ました」
「そうか・・・もしかしたら、それがフリントかもしれぬ。行くぞ!!」
報告を受け取ったウェイドが、兵を従えてその洞窟に向かった。果たして住民の通報通り、そこにニールの姿はあった。
「ニール殿・・・これ以上、無様な生き恥を晒されますな・・・!」
ウェイドの呼びかけに、ニールは観念したように投降した。こうして、戦の首謀者であったニールは捕らえられ、エルドラ城に送還されることとなった。
ニールが捕らえられたという報告は、早速エレンにも伝えられた。
「そうか・・・ご苦労」
「はっ」
報告に来た衛兵を下がらせたエレンのもとに、カールが歩み寄って声をかけた。
「いかが・・・処分なさいます?」
「ニール殿は・・・この国の法を犯しました。のみならず、一族を捨て、義弟と実の妹が命を散らしたにもかかわらず、最後まで逃げようとした・・・その罪は、極めて重いものでございます」
「そうですな・・・・・・決して、悪い御仁ではなかったはず。しかし・・・事ここに至った以上、許すことはできませぬ」
カールの言葉に、エレンは重々しくうなずいた。それから数日後、ルシウス率いる討伐軍が凱旋し、同時にニールは城の牢獄に投じられた。
「舅殿・・・此度は、ありがとうございました」
トールやウェイドと共に戻ってきたルシウスに、エレンは深く頭を下げた。
「ああ・・・今回ばかりは少し応えた。それと・・・ニールには厳しい処罰を頼むぜ。あいつが・・・ランスを戦に駆り立てた」
「やはり、そうでしたか・・・・・・」
ある程度予想はしていたが、ルシウスの言葉で此度の戦の首謀者が、ニールであることが確実になった。エレンはニールと話をしようと牢獄に向かおうとしたが、その途中、文官のバナージが声をかけてきた。
「宰相殿。ニール殿にお会いになるおつもりで?」
「ええ・・・最後に、何故国の金に手を付けたのか、それだけでも聞きとうございます」
「左様ですか。しかし、宰相殿も大変でございますな。ニール殿は、いわばあなたの側近であったお方。そのお方が横領を働き、しかも謀反人のもとに逃げ込むとは・・・・・・心中、お察しいたしますぞ、宰相殿」
蛇のような目を向けて小さく笑いながら、バナージは去って行った。エレンは不快感を必死に押し殺しつつ、投獄されたニールと対面した。
「ニール殿・・・何ゆえ、国の金に手をつけたのです?いずればれることとは・・・思われませんでしたか?」
「私は・・・ただ一族のためと思っただけなのじゃ!宰相殿、どうか・・・どうかお許しいただけまいか!?」
必死に命乞いするニールを、エレンは冷めた目で見つめて問い詰めた。
「まこと、一族のためだったのですか?ならばなぜ、一族を見捨て、ランス殿のもとに逃げ込まれたのです?」
「そ・・・それは・・・」
「のみならず、ランス殿の苦境に付け込み、反乱を起こすように唆した・・・・・・挙句、ランス殿が負けたと知ると、妹御を見捨ててお逃げになった・・・・・・そのようなお方が、まことに一族のために、国の金に手をつけたのですか?」
エレンの詰問に、ニールは震えるばかりで答えられなかった。エレンは小さくため息をつくと、ニールに冷たい声で言った。
「ランス殿を追い詰めたのは、確かに陛下でございます。なれど・・・あの御仁を死に追いやったのは、他でもないあなただ。その責任は・・・取ってもらわねばなりませぬ」
「宰相殿・・・どうか・・・どうか死罪だけは・・・!」
「これ以上、無様な姿をさらすのはおやめなされ。・・・追って、沙汰を申し渡します」
ニールの牢に背を向けると、エレンは執務室に戻るために歩き出した。そんな彼の背中に、ニールは必死に叫びかけた。
「宰相殿!どうか・・・どうかお許しを!!宰相殿・・・宰相殿――!!」
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