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【書籍化・コミカライズ】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第二章

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42 星の行方

 斉彬と別れた楓が再び利憲のもとへ戻ると、彼は一人で盃を傾けていた。

 

「あら、飛燕は?」

「灯りの用意をすると言って出て行った」

 

 暦では春が来たとはいえ、まだ日が暮れるのは早い。暗くなってゆく庭に目をやると、ふわりと遠く釣燈籠に灯りが灯った。屋敷のあちこちでさわさわと式神達が夜の準備をしている気配がする。

 

「斉彬は」

「お帰りになられました」

「何か言っていたか?」

「いいえ……」

 

 見上げてくる瞳が、どこか頼りなさげに揺れて見えた。斉彬に言われた言葉を思い出し、楓はきゅっと胸を絞られる気がして思わず襟元を押さえる。

 

 父親の霊に向かう利憲を咄嗟に呼び止めた。あの時、楓の心を占めたのは、亡霊がつくりだす闇に彼が引きずり込まれるのではないかという恐怖だった。

 利憲を隣でずっと見てきた斉彬は、その危うさを常に感じていたのだろう。

 

「中将様は本当にお優しい方ですね」

「ああ、羨ましいくらいにいいやつだ」


 思いのほか素直な賞賛に、楓の口元がほころぶ。

 しょっちゅう言い合いをしているように見えても、この二人の互いの信頼は厚い。斉彬が自分に親友を託してくれたことが、純粋にうれしかった。


 ほんの少し黙り込んだ楓に、利憲は手を伸ばす。楓はうながされるままに隣に座った。

 

「今回、お前にはずいぶんと助けられたな。さすがにあの父親との再会はきつかった」

 

 少しだけ長くなった楓の髪を手櫛ですきながら、利憲が珍しく弱音を吐く。その手の優しさにもの恥ずかしさを感じつつ、楓は保明の言葉を思い出した。

 毎夜、鬼神に姿を変える息子の幻を見る父。最後には正気を失っていたとはいえ、どういう思いであの言葉を口にしたのか。

 きっと反魂香さえなければ、と楓は思う。

 

「保明様もまた、神祇伯様の犠牲者だったのです」

「本来の父ではなかったと思えば、まだ救われるか」

 

 自嘲と諦めが混ざり合ったような声色に、楓は自分の髪をすく手を握り締めた。

 兄と同じように息子が式神にのまれることを危惧して、不安から逃れようと反魂香に溺れた。そこに至るまでには、きっとどうしようもない愛ゆえの恐怖があったに違いない。血をわけた兄と、彼に似た息子への。

 

「本当は保明様も利憲様のことが心配でたまらなかったと思うのです。保光様のように、人でなくなり永遠に彷徨うことにならないようにと。だから——」

「楓……」

 

 もう良いのだ、そう呟くように言って、利憲は楓の頭を引き寄せた。

 

「お前が私に闇が近づかないよう守ってくれるのだろう?」

 

 そう言って、楓の手のひらに軽く唇を押し当てる。伏せられた銀を含んだ神秘的な瞳を、黒く長い睫毛が縁取っている。その妖しい程美しい顔に見惚れていると、色を含んだ低い声が耳を打った。

 

「女神に手を出すのはやはり不埒だろうか」

 

 楓は思わず息をのむ。

 返す言葉をどう選べば良いのか。急激に血が上るのがわかるほど、頬に熱を感じる。きっと今、自分の顔は柘榴の実のように赤くなっているに違いない。

 その顔を覗き込んで、利憲はくすりと笑うと手を離した。

 

「今はまだ……、焦るまい」

 

 楓は解放された手で胸を押さえ、大きく息を吐く。早鐘を打つ心臓を必死でなだめようとしていると、『陰陽寮にも通っているからな』と小さく呟く声が聞こえた。


 楓が陰陽生でいられるのは、弘徽殿の女御に皇子が生まれるまで。そして、その終わりもそう遠くはない。

 以前はその事を寂しく思っていた。けれど柘榴と話をして、楓の意識も徐々に変わった。彼女のように、星は流れてもその行き着く先でまた輝くだろう。

 

「寮を辞めても、利憲様のお手伝いをさせてくださいね」

「ああ、頼む」

 

 柔らかな微笑みを楓に向けたあと、利憲は何かに気付いたように一瞬動きを止める。それから蔀戸の方を睨むと、先程までとはうって変わった冷たい声で呼びかけた。

 

「そこに隠れている奴等は出てこい」

 

 ハッと楓が振り返ると、戸の向こうでガタリと大きな音がする。全く気付かなかったが、どうやら誰かがいたようだ。

 そして驚く楓の目の前に、飛燕と帰ったはずの斉彬がそろそろと顔を出した。

 

「お前達、毎度わざと邪魔をしようとしているのか?」

「そういうつもりはないんだよ。ただ、噂のことで楓が利憲に何か言われてないか気になって」

「わたくしも拗ねた主が、楓様を困らせていないか心配で」

 

 凍てつきそうな視線を受けながら、斉彬がふるふると首を横に振る。飛燕も少々バツが悪そうに、もじもじと両手の指を動かしていた。

 よくよく見ると、彼等の足元では夜狐や亀の姿の玄武までもが鼻先を出して、恐る恐るこちらをうかがっている。

 

「……いい加減にしろ。全員屋敷から放り出すぞ!」

 

 絶対興味本位でのぞいていたに違いない。楓もそう思ったが、慌てて逃げて行く彼等を見ると、かえって可笑しさがこみあげた。

 憤慨している利憲をまあまあとなだめると、彼は肩で息をつく。

 

「次からは絶対結界を張ってやる」

 

 ぶつぶつと文句を言っている利憲に、そこまでする? と楓は首を傾げた。

 しかし、毎回邪魔が入るのもちょっと困ると思い始めた自分に、ほんの少し赤面する。なんとも過保護な彼らにはそれくらいがちょうど良いのかもしれない。この屋敷では、二人きりでいられる時間は案外少ないのだ。

 そう、今のように。

 

 隣を見ると、利憲はまだ何やら難しい顔をして考え込んでいる。


(今なら大丈夫)


 楓はきょろきょろと周囲に誰もいないのを確認すると、そうっと利憲の横顔に口付けた。










ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

平安陰陽奇譚、第二章完結です。

まだ再開時期は不明ですが、続きも書けたらいいなと思っています。


コミックの方は6月ごろに第一巻発売予定となっております。

どうぞよろしくお願いいたします!


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