第六十八話:異世界でのんびと昼食です。
文章で飯テロできる人が羨ましいと思う今日この頃。
どうやったら文字媒体だけであんなに美味しそうな料理描写ができるのだ……。
やっぱり食というものに対する情熱ですかね。
噂をすれば影が差す、とでも言うんでしょうか。見るからにシェフの恰好をした男の人がシルヴィアと喋ってます。ちょっと喧嘩腰なのは、また家名なしで突っかかられたからですかね。
「ただいま。彼は?」
「あ、おかえりなさいませ。この屋敷のシェフの一人なのですが、アレン様がご自身で料理をするというのが信じられないみたいで……」
「ふうん?」
顔を見れば、強気に睨み返してきます。私よりちょっと年上そうな男の人。名前は……、ちょっと思い出せないんですけれど。それなりにシェフという職に誇りがあるらしいですね。
「今からお昼作るんだけど、食べてく?」
「……御冗談を」
「一人分くらい増えたところで変わんないからね。農場で春野菜もらって来たんだ。それ使うつもりなの。シルヴィア、手伝ってくれる?」
「かしこまりました」
仕方ない、って言うみたいにシルヴィアは頷きました。彼も連れて家に入ります。リビングにいたブラッドが彼を見て顔を顰めましたが、何も言わないみたいです。
「伝言通り、ミンチ肉はモミジとボタンの2種類で用意しておきました。冷蔵庫に入れてあります」
「ありがとう。ミヅキも、伝言ありがとうね。すぐにお昼用意するからね」
「みゃあ」
撫でてあげれば、嬉しそうに笑います。そのままエルネストとブラッドにカイとノアをお願いして、私はシルヴィアと彼と一緒にキッチンに入ります。とりあえずまず、カップ一杯分の水に昆布を浮かべておきます。
「名前、なんだっけ。人の顔も名前も覚えるの苦手なの、ごめんね」
「一介のシェフの顔も名前も、覚えるものではありませんから。お気になさらず」
「名指しで文句付けられたら困ることでもある?」
「……ダーヴィド・ヴァン・キルピヴァーラです」
「ダーヴィドね。えぇっと……、子爵?」
「はい。キルピヴァーラは子爵家です。彼は3番目の子供ですね」
辛うじて引っ張り出した名前に、シルヴィアが頷いてくれました。一応、この国の貴族は上から下まで覚えとけと一覧渡されてますからね。寝る前に一通り目を通してる甲斐はあるみたいです。
ダーヴィドにはちょっと意外そうな顔をされました。そんな下まで覚えてもらえてると思わなかったみたいです。47都道府県の名前と県庁所在地覚えるよりは、貴族の家名を覚える方が少ないのは事実です。まぁ、個人まで覚えてられないので、何も驚かれるようなことではないと思いますが。
「じゃ、始めようか。シルヴィアはミヅキの分をお願いね。カブ、じゃないや。ラーディスの下処理って必要?」
「アクが出るので必要です」
ダーヴィドに聞いてみれば、案外素直に答えました。名指しで文句付けられたくはないでしょうし、賢明な判断でしょう。本当に文句つけるつもりはありませんけれど、こっちも強気にいかないと舐められるばかりなのは学習済みですから。
「水にさらせばいい? それとも下茹で?」
「根は水にさらします。葉は下茹でです。……本当に料理なんてできるのですか?」
「ラーディスは扱ったことないの」
もっぱら大根でしたからね。カブって漬物になってるイメージしかなくて、あんまり食べたことないです。なので食わず嫌いなんですよ。これだけ新鮮ないいお野菜なら食べられそうっていう気持ちです。何があっても食べられないと確信があるのはナスくらいです。
とりあえず、言われた通りにします。鍋に水を張って沸かしてる間に、根の皮を剥いて水にさらします。どれくらい付けておけばわかりませんが、まぁ、葉の下茹でが終わるくらいでしょうかね。その間に兎肉を食べやすいサイズにカットします。城下に降りてまたお買い物してこないとですね。予想外に2人増えたからお肉が足りてない。まぁ……、厨房から貰って来てもいいんですけれど。いいお肉って結局、脂の塊なんですよね。私の舌には合ってなくて、このジビエ肉の方がよっぽど美味しいんですよ。ちょっといろいろ考えておきましょう。
さて、カブの葉の下茹でも済んだので、いい感じにざく切りにします。根の方はいちょう切り。ついでに人参もいちょう切りにして彩りをプラスしておきます。パスタを茹でる為の水を張って、沸かしておく間に、ソース作りです。油を敷いた大きめのフライパンで、先にお肉を焼いちゃいます。ある程度火が通ったところでカブと人参を投入。火が通るまで炒めていきます。
「味付けは、ショユウとチョーチュウ、ですか……?」
「あとシューガをちょっと入れる。本当はみりんが欲しいんだけどねぇ」
麺つゆがあればそれで事足りるんですけれど、ないのでそれっぽく作ります。あと何故かこの世界、みりんはないんですよね。醤油と味噌は持ち込まれてるのに。ミヤコ帝国ってところにはないんですかね。日本的な国だっていうなら、ありそうですけれど。ちょっと濃いめの味付けになったところに小麦粉を振っておきます。更に先に取っておいたお出汁を投入。ちょっとの水分でパスタにソースが絡みやすくする感じです。火を通す横でパスタを茹でて、ソースの方に鰹節をプラス。昆布も刻んで入れちゃいます。
「えっ」
「私が普段、どんな料理をするのか見たかったんでしょ?」
驚いた声を出したダーヴィドに、ちょっと嫌味を返します。睨まれますけれど、気にしないことにします。ゆで上がった麺をソースに絡めれば完成です。まぁ、変なものは入れてないので可笑しな味にはなってないはずです。7人分に取り分けて、運んでもらいます。元々、大人数で使う予定もなかった卓袱台なので、普通に狭い。これは早急に解決すべき問題ですね。
「お待たせ、食べようか」
声をかければ、カイとノアも慣れた様子で卓に着きました。ダーヴィドは困った様子ですけれど、座るように促せば恐る恐る座ります。手を合わせて食べ始めます。
「おいしい!」
「この白いの、さっきの丸いヤツだろ」
「そうだよ。気に入った?」
「まぁ……、悪くはねぇ」
言いながら手は止まらないので、美味しいみたいです。口に入るなら何でもありだった生活だったからなんですかね、カイもノアも野菜嫌いではないみたいです。さっきのアスパラに比べれば食べやすいってのもあるんですかね。それまでの食生活からしてみれば、なんでも美味しく感じるのかもしれないですけれど。栄養面も考えながら、これからも美味しいもの作ってあげましょう。
「ダーヴィドはどう? 悪くはないと思うけれど」
「1年目のシェフの方がマシなものを作ります」
「そりゃ私はプロじゃないし、張り合う気はないよ。できないことをできるって言い張ってるわけじゃないくらいは認めてくれていいんじゃない?」
「……仰る通りです」
ちょっと悔しそうに返してきます。大人げねぇ~。
なんていうか、好意と悪意が両極端なんですよねぇ。好意的に受け取る人はもうとことん、好意的ですけれど、気に食わないって人はとことん気に食わないって全面に出してきますし。立場故のプライドが良い方に作用してる人と、悪い方に作用してる人の差が激しい。家名なしだから余計に極端なのかもしれないですけれど。まぁ、少なくとも嘘つき呼ばわりされるのだけは潰しましょうか。流石に気分が悪いですし。
お昼を食べ終えて、片付けはシルヴィアとブラッドにお願いします。ダーヴィドは厨房に戻るのを見送ります。
「なんなんだよ、アイツ……。ムカつくなぁ」
リビングに戻って落ち着けば、カイが見事に気に食わない顔で言います。馬鹿にされてたのはカイじゃないんですけれどね。こういうところ、優しい子だなって思います。優しくしてくれた人がいたのかもしれませんね。スラムっていうところがどんなふうになっているかなんて、想像するしかないんですけれど。
「気にしないの。あんなのに一々腹立ててたらキリないし」
「……本当にいいのかよ」
「こっちは何時でも使える『地位』っていう絶対のカードがあるの。流石に一存じゃ無理だろうけれど、彼の立場を悪くするなんていくらでもできる。だから、3度目までは見逃してあげるの」
「なんで、3度目?」
「仏の顔も三度までって言うの。同じ事を3回も繰り返せば、誰だって黙ってはないって話ね」
「ふうん……?」
よくわからないって顔です。まぁ、そういうのも少しずつ覚えていってもらうものです。ともあれ、腹ごしらえも終わりました。8つ目の鐘も聞こえてきます。
「じゃ、今度はお出かけしようか」
明るく言えば、ノアが元気に返事をして、カイはちょっと面倒臭そうな顔をしました。




