第四十七話:異世界で暮らすための家具が揃ったようです。
一人暮らしをしたことがない実家暮らしの悠々自適生活なのですが、実際に一人暮らし始める時には家具ってどれくらい揃えたらいいもんなんですかね。
とりあえず、このお話しはベッドと卓袱台と座椅子と本棚と食器棚がありゃどうにかなるやろって舐め腐った思考で書かれています。
金曜の午後。明日は休みだというちょっと浮かれた気分を落ち着けながらもう一仕事です。私が注文した家具が納品されるということで、離宮へ向かいます。フローリングへの張替え作業も順調に進んでいるようで、来週中には入居できるとか。みんなで雑魚寝も中々面白くていいですけれど、やっぱり自宅でくつろげるのは違いますからね。純粋に楽しみです。
建物に入れば、作業している方々の中にノイラートさんの姿が見えました。そちらに向かえば、彼も気付いたようでぺこりと頭を下げます。
「アレン様、大変お待たせいたしました」
「いいえ、その分丁寧に仕事をしていただいたのだと思ってますから。それで、そちらが私が注文した家具ですか?」
「はい、そうです」
フローリングになるまでは倉庫に一時保管される予定ですが、まずはエントランスホールに並べられてます。私がチェックした後、倉庫に移動するのでしょう。
「机の高さは、商会の女性従業員に実際に座ってもらって、調整しております。椅子はこちらで、ソファのようになっているものがあると聞いたので、形はそれに準拠したものにしてみました」
卓袱台、というにはちょっと大きいですけれど。でも思ってた机と大きくは違いません。座椅子は、家具屋で5万くらいしそうなしっかりしたものですね。こちらの技術で作られてるから、背もたれを倒す機能がないくらいでしょう。座面を触ってみれば、中々にいい弾力。座り心地も良さそうです。
「思ってたよりもずっといい物になってますね。欲しかった形のものです。難しい注文だったにも関わらず、ありがとうございます」
「いえ、椅子は足が付かない分、作るのは比較的簡単でしたから。それから、こちらがタンスとクローゼットです。本棚もサイズ違いで二台。サイドボードと化粧台がこちらになります」
タンス、クローゼット、本棚、サイドボードに化粧台はまぁ、イメージ通り。引き出しとか、扉とか開けて中身を確かめて、使い勝手を確認します。実際に中に物が入った時はまた変わってくるでしょうけれど、概ねいい感じです。
「背の低い収納がこちらです。ご要望通り、天面はキッチン台に使われる素材の物を使用しています。この上で水を扱っても問題ありません」
「見事なキッチンカウンターだ……。奥行きもあるから、たくさんのものが入れられそうですね」
「右の扉は気密性を高めてあるので、茶葉を保管するのに最適ですよ。勝手につけた機能ですが……」
「ものすごく嬉しいです。異邦にいた頃から紅茶ばかり飲んでましたから」
「それならよかったです」
注文の中になかった物を勝手に付けて、今になってしまったとでも思ったのでしょう。緊張すると顔が怖くなるのは癖なのかな? それもホッとすると解けましたけれど。目は口程に物を言うとはよく言いますが、こんなにわかりやすく顔に出る人もそうそういませんね。
「最後に、小さい棚がこちらになります」
カラーボックス想定の棚ですね。こちらも、形を変えようがないからかイメージ通りです。持ち上げてみれば、私でも持ち運べる重さ。カラーボックスはもうちょっと軽いんですけれどね。そこは軽量化技術が未発達が故でしょう。一緒に置いてある簡素な机と椅子も似たようなものです。
「あ、あの……、ご自身で運ばれるのを想定されてたのですか……?」
「そうですね。まぁ、設置したら動かすことはないとは思いますけれど。こういう小型の家具はいつでも好きな時に移動させて、使いたい場所で使うのが異邦流です」
「……なるほど」
納得されました。いや、基本はそうなので、納得して頂けた方がいいんですけれど。異邦の家具が知りたいと頭を下げただけはありますね。後は実際に使ってみてですね。
「うん、気に入りました。デザインも素敵ですし、早く使いたいです。用意してくださりありがとうございます」
「身に余る光栄です。こちらこそ、長く使っていただけたら嬉しいです」
私の言葉に、ノイラートさんは初めて表情を柔らかくしました。緊張してたんですね。めちゃくちゃ怖い顔だったので、安心しました。ブラッドに声をかけて、家具は一先ず倉庫に移動してもらいます。ここにあっても邪魔ですしね。改めてノイラートさんに向き直ります。
「商会はどうなるか、聞いていますか?」
「経営陣の処遇が決まったら、とは聞いています。ぼくたち平民の従業員のほとんどは現会長に買い取られた職人です。以前、勤めていたところに戻る者もいれば、行く当てがなくなる者もいるでしょう」
「ノイラートさんは?」
「……お恥ずかしながら、後者ですね。アレン様の部署の方でご注文いただいたものに関しては、他の者に引継ぎをして必ず納品できるよう手配しますので」
慌ててノイラートさんは言います。わかってはいましたが、営業だけじゃなくて制作まで担当してたんですね。こっちの世界の常識から外れたものを注文したからでしょうか。まぁ、ないと困るので、納品はしてほしいですが。
「それならノイラートさん。私の部署に来ませんか?」
「……え?」
「フラーディアと言うんですけれど、ノイラートさんのように好きなことに真っ直ぐ向き合う人達が勉強したり研究したりできる部署なんです。以前、営業にいらっしゃったときに言っていたでしょう? 異邦の家具について教えてほしいと」
「え、あ、いや、い、言いました、けれど……。でも、ぼくは、商会の処遇によっては、職人を辞めることに……」
面白いくらい大慌てです。数いる平民の職人の中でも特に下っ端だったんでしょうね。私とあまり年は変わらないように見えますが、苦労して来たんだなぁ、としみじみ思ってしまいます。ノイラートさんの様子が可笑しくて笑いそうになるのを堪えながら私は続けます。
「商会の処遇は関係ないですよ。ノイラートさんがやる気なら、家具デザイナー兼職人として私はあなたを迎え入れます。知りたいと言うのなら、異邦の家具について私が知り得ることを全て教えます。それを作るために必要な資材は全て提供します。家具作りに必要な勉強をしたいというなら教材もすべて手配します。それを世に広めるための販路も考えましょう。あとは働きに見合った給与も保証しますし、基本は生涯雇用で考えています。働きたい場所ができたら、紹介状を書きますよ。こちらが出せる条件としてはこんな感じですね。あとはノイラートさん次第です。あなたが、どうしたいか」
戸惑うノイラートさんは、同じように引き抜こうとした時のカタリナと似たような反応です。こういうところで貴族か平民かの違いが出るんだなって思います。リリーもメリッサも、コンチータも迷いなく飛び込んできました。でもカタリナは迷ったし、ノイラートさんも決めあぐねている。
強い後ろ盾があるか否か。
一人の人間として認められてきたか否か。
そして、それまでの人生で経験した挫折の数の違い。
天秤にかかるものが、貴族と平民では違いすぎる。
「…………考えさせてもらえますか」
大いに迷いに迷って、ノイラートさんは恐る恐る聞きました。
「おれは……、会長に恩義があって、だから……」
裏切れない、ってことですね。申し訳なさそうに口ごもって俯いたのに、私は笑いかけます。
「いいですよ。自分がしたいようにしてください。でももし、環境が変わったのだとしても、家具作りを辞められないなら私のところに来てください。いつでも歓迎しますから」
「……すみません、ありがとうございます」
申し訳なさそうな顔をしながらも、どこかホッとしたようにノイラートさんは言います。ちょっと惜しかったなぁ。でもできる限り後悔がないようにしてほしいので、今はこれが正解だと思います。
「私の名前でノイラートさんが城に入れるようにしておけるかな?」
「アレン様と、あともう一人、保証人の名前が入った封書があれば門番は通すかと」
「保証人かぁ……。清一郎さん辺りに頼めばいいかな」
「ボクが一筆書きましょうか」
魔法研究室にいるだろうか、と考えていると、そんな風に声がかかりました。聞き覚えあるどころじゃない声に振り返れば、スヴァンテ様がいらっしゃいます。……この人、毎週戻って来てるけれど本当に大丈夫なんでしょうかね。特別課程取ってるとか、でしょうか。それにしたって、
「文通の意味……」
「あははっ、すみません。どうしてもじれったくて」
思わず声に出せば、スヴァンテ様は可笑しそうに笑います。笑い事じゃないと思いますが……。突然の第三王子の登場に、ノイラートさんは見事に固まりました。まぁ、そうもなるよね。私も目の前にいきなり天皇陛下がやってきたら固まるよ。先週はまだ、土曜に帰って来てたのになぁ。今日の授業が終わったと同時にアカデミーを出た勢いですね。今週は色々波乱だったから、どうしても気になったんでしょう。まぁ、気にかけてくれて、様子を見に来てくれるのは有り難いことだと思っておきます。
呆れている間にスヴァンテ様は動いてくれて、瞬く間に封書が出来上がりました。仕事が早すぎる。
「本気を出すところが違うと思いますよ」
「アレン様のお役に立つには、自分がやりたいと思ったことをするのが一番ですから。こちらに署名をお願いします」
「だからと言って毎週帰ってきますか。……ありがとうございます」
善意100%なのがまたズルいですよね。まぁ、有難いことには違いないので、一応中身に目を通しておいて、署名をして封をします。蝋で止められたそれを、私はノイラートさんに差し出しました。
「必要であれば、これでフラーディアのオフィスまで来てください。必要無ければ、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
「そ、そんな、おれなんかにこんな大層なもの……!」
「使わなければその方がいい、お守り代わりとでも思っといてください」
ね、と念押しすればノイラートさんは恐る恐る封書を受け取りました。それを見下ろして、深く頭を下げます。
「本当に、ありがとうございます……。こんなに気遣っていただけて……」
「私はただ、自分がしたいようにしてるだけですから。ノイラートさんも、自分がしたいようにしてください。人はしたことではなく、しなかったことについて後悔するものですから」
「え……?」
「受け売りです。フラーディアで使う用の家具については、しっかり引き継いでいただけると嬉しいです。みんなも楽しみにしてますから」
「あ、はい。そこは、しっかりやります」
話し込んでいる間に家具の移動も終わったようで、ノイラートさんは他の仲間に呼ばれました。床の張替え作業も今日は終わりのようです。最後に挨拶をして、ノイラートさんは去っていきます。商会がどうなるかはわかりませんが、悪いようにはならないことを祈ります。ノイラートさんだけでなく、あの商会で真面目に働いていた方々が割を食わないように。正直者が馬鹿を見る世界なんて、悲しすぎますから。




