第四十二話:異世界でもいじめ問題は起きるようです。
どこまでをいじめとして、どこまでを遊びとして、どこまでを嫌がらせとするか。
それは被害側の受け取り方の問題です。
……って、話ではありません。(唐突なネタバレ)
週が明けて、月曜日。今月、最終週です。
因みに今は立春で、異邦感覚としては4月です。昨日、何となく気になって聞いてみました。どうやら、異世界召喚は必ず年の初めと決まっていたらしく、本来は来年行われる予定だったとか。1年も違えば相当違うでしょう、準備とか、なんとか、色々。まぁ、今更とやかく言っても仕方ないでしょうけれど。
午前中、久方ぶりに座学が行われている部屋に赴くことになって、抜き打ちの形でテストが行われました。予習しておこうと勝手に勉強した分や、周りの人たちに教えてもらった新しい知識のお陰で全く困ったことにならなかったのが不幸中の幸いでした。不幸中の不幸は、講師の方を明らかに敵対させてしまったことですね。うーん、前回のテストで満点叩き出した私に恥をかかせたかったんでしょうけれど、やり方が姑息すぎる。座学に関しては教えることないと太鼓判を押したように見せてますけれど、単純に家名なしが一番優秀なのが気に食わないんでしょう。また体よく追い出されました。
仕方ないので、オフィスに向かいます。挨拶をしながら現時点で定位置になっている席に座ります。
「何かございました?」
「優秀だからもう教えることはないって体よく追い出されたの。まだまだこの世界のこと、勉強することだらけなのに」
「随分と投げやりなことをする方ね。講師としていらしてる方のお名前は?」
「えぇっと……ラン、ラン……」
「ランベルティーニ伯爵夫人?」
「そう。流石、リリー」
いい印象がないからスッと出てこなかった名前。長いのもあってどうしても覚えられなかったんですよね。メリッサとリリーは顔を合わせて、仕方ないとばかりの顔をしました。私とカタリナはよくわからないので首を傾げます。
「確かに勉強は得意で人に教えるのも上手な方なのだけれど、人の好き嫌いが激しいことで有名な方ですわ」
「わたしも聞いたことある。以前はアカデミーに努めてたけれど、好き嫌いで成績を贔屓するって、アカデミー長が直々に懲戒免職処分出したって噂」
「もう10年以上前の話ですわね。事実ですのよ、それ。未だにその話、流れているのね……」
「うっわぁ~……、いくら優秀だろうと人柄に問題あるのに、よく採用したな……」
「おそらく他にも何人か声はかけたと思います。ですが、異邦の方に教育を施せるくらい優秀な方は限られておりますから」
「1年前倒しになった予定を完遂するのに、王位継承権を持つ王子や王女が補佐に入ってる。第一王子がいなくなったから、一番発言権があるのは第二王子。国王陛下は公平な人だから、アレン様を目の敵にする人がいるなら、第二王子が主導で仕切ってる部分だと思う」
「味方になりたいなら敵と思われるようなことをするなと言ったはずなのにぃ~……。伝わってねぇ~……。いや、伝わるわけがない頭だったのか……?」
「あ、アレン様、その、どうか気落ちなさらないでください。アレン様は、絶対に悪くないです」
「ありがとう、カタリナ」
みんなが優しいです。あんまり人の悪口とか言いたくないんですけれどね。
とはいえ、困ったことになったのは確かです。この世界のお金のこと、実はまだ教えてもらってないんですよ。他にも国の外のこととか、魔獣とか、政治体制もそうですし、教えてもらってないことが多すぎる。流石に手を離されるには安心できる状態ではない。ここは素直にみんなに相談します。
「本格的に研究もデザインも出来る状態じゃないけれど、みんなの仕事の邪魔してまで教えてもらうつもりはないんだ。でも、あの人が講師である限り、聖女教育を完遂できないのは困る。何か、いいアイディアない?」
「国王陛下に直接訴える」
「あー、ごめん、直談判以外の方法。美雨たちまで巻き込む気はないの」
「でも……、講師が変わらないと、アレン様は講義を受けられないままでは?」
「揃って勉強嫌いなのに、一回もサボらずに教室に足運んでるのは多分、夫人のお陰だと思うんだ。贔屓するってことは、気に入ってる子には手厚いってことでしょ? 嫌われた方はたまったものじゃないのはそうだけど、美雨たちもこの世界で生きるのに困らないようにはなってほしいから。あの子たちが逃げずに英雄・聖女教育を完遂できる環境は取り上げたくない」
「そっか……。アレン様は本当にいい人だと思う」
「ありがとう」
「なら……、別で雇うのはどうでしょう」
「家名なしを別で聖女教育してくれる、差別意識のない優秀な講師に心当たりがあるなら、それが一番だけど……。メリッサやリリーは心当たりある?」
「わたしはその辺りの人脈ない」
「…………聖女教育できる点をクリアできても、差別意識は難しいですわ」
「ブラッド、何か思いつかない?」
「そう言われましても……。直談判して講師を変えてもらうか、別で雇う以外の方法は思いつきません」
「だよねぇ」
紅茶を淹れてくれたのにはお礼を言って、一口含みます。うーん……、と揃って唸ります。普段の勉強はその場で言われ、黒板に書かれた内容を書き写すのが基本です。そして教科書の類は存在しておらず、足りない部分は後でみんなに聞いて補完してました。それを冊子としてまとめたのが、今、備え付けの棚に収まってます。あんな感じで参考書みたいなのがあったらいいのに……。
「……ん? 参考書?」
そういえば、講師の方は教える内容をまとめた冊子を持って講義します。教えられる側はともかく、教える側は順序だてて、相手が理解できるように講義しなければなりませんから。先に講義内容を纏めておくのは当然でしょう。で、そこに書かれている内容は私たちが学ぶこと。ならばそれはもう、参考書と呼べるのでは?
「なにか思いついた?」
「講師、要らないかもって思って」
「また可笑しなことを言い出しましたね……。何をすればいいですか?」
「話が早いところ、好きだよ。レターセット持ってきて」
「かしこまりました」
内容を聞かずに動くようになったのは諦めからか、信頼からか。わかりませんけれど、悪いようにはならないという確信はあるんでしょうね。有難いことだ。
「何をするんですか?」
「参考書を作れば、それを元に自分で勉強できる。ほら、講師の人は教える内容を事前にまとめてきて、それを片手に抗議してくれるでしょ?」
「うん。その教える内容をまとめたものを、参考書として講師に作ってもらうっていうこと?」
「そう」
「いい考えですわ! 確かに、アレン様ほど優秀な方なら、わざわざ人に付いてもらって教わる必要はありませんわ。普段の会話からでもどんどん知識を吸収していくんですもの」
「気になることは、すぐに聞きますからね。ご自身ですぐに調べられるものが、手元にあるなら、講師は必要ないですね」
「参考書で足りないなら、それこそわたしたちが教えるので十分。その参考書も、ランベルティーニ伯爵夫人以外の人に声をかければ、作ってもらえると思う」
「それならアタシ、心当たりがありますわ。聖女教育の講師として声をかけられたと自慢げに話していたご夫人が知り合いにおりますの。ランベルティーニ伯爵夫人とは昔から折り合いの悪い方ですわ」
「対抗心煽る気? まぁ、今は使えるものは使うべきか。参考書が出来たら、スヴァンテ様経由で美雨たちの講義で使ってもらえるように回してもらうのも有りだしね」
「アレン様、人のこと言えない」
「失礼な、純粋な好意だよ」
冗談だったり本気だったりすることを言いながら笑い合います。その間にブラッドがレターセットを持って戻って来て、メリッサが早速筆を執ってくれるようです。
「内容は『英雄・聖女教育の一助にするために、参考書が欲しい』『正式に決定されるかどうかは出来上がったものの内容の良し悪しで決まる』『異邦の方からの直々の依頼であり、他言無用を約束してほしい』『期限は出来る限り早く』ということでよろしいかしら」
「異邦人からの直々なのに、メリッサから行って大丈夫な内容?」
「ええ、もちろん。アタシがフラーディアの一員であることは既に知れております。他の異邦の方はこういった伝を持っていないから、アタシが代表で紹介状を書かせていただいたことにしますわ。家名なしとは言われていても、今、一番貴族との繋がりが強いのはアレン様であることには違いないのですから」
「使用人はまだ成人前だから、伝としては弱いのか。なるほどね。一切の嘘がないなら、それでお願い」
「お任せください」
自信満々にメリッサは頷きます。こんなに頼もしいことはないですね。
「ブラッド、スヴァンテ様に協力申請したいの。聖女教育で使う参考書づくりを講師以外の方にお願いしたから、出来上がった暁には講義で正式に採用してほしいって。教室から追い出されたことは上手くぼかして。多分、スヴァンテ様は察するだろうけれど」
「かしこまりました。エニス伯爵夫人、詳しい内容のご説明をお願いしたいです」
「もちろん、よろしくてよ」
流れるように代筆を任されてくれました。まだ長い文章を違和感なく書けるわけじゃありませんからね。そのうち、ちゃんと自分で書けるようにもっと練習しないと……。最後に一筆は書かせてもらうことにして、手紙の方は完全にお任せします。
「リリーもカタリナも、相談に乗ってくれてありがとうね」
「これくらいは当然。アレン様にはお世話になってる。こういうことで役に立てるなら、嬉しい」
「リリー様の言う通りです。それに、アレン様は自分で、解決策を講じましたから」
「それもみんなが相談に乗ってくれたおかげだよ。一人で考えてたら、こんなに早く参考書まで辿り着かなかった……ひょっとしたら、まったく思いつかなかったかもしれないから。話を聞いてくれたのは本当に助かったよ、ありがとう」
「……ん。どういたしまして」
「あ、はい、どういたしまして……!」
照れた様子のリリーとカタリナが可愛く思います。2人とも、少しずつですけれどいろんな表情してくれるようになったし、自分に自信を持てるようにもなってきたみたいで嬉しいです。きっとこれからも似たようなことは起きるでしょう。でもこうして安心できる場所がある。だったら大丈夫だなって気楽に構えられます。上手く行くかどうかはわかりませんけれど、例え上手く行かなかったのだとしても、死ぬわけではないですしね。きっと上手く行かなかったら、みんながこの世界ことを教えてくれるでしょうし。滑り止めがあって、大きな後ろ盾もあるなら、恐れたところで仕方ないんです。進めるだけ進みましょう。辿り着いた場所が正解だと、たくさんの歌にあるみたいに、ね。




