第三十二話:異世界でのパーティの準備はもうちょっとかかるみたいです。
3つに分かれると言ったな。あれは嘘だ。
すみません、思ってたよりも長くなったので4つになりました。
準備期間の方が時間が長いってよくある話だよね!!!
「できたっ!」
弾んだ声が響いてきたのは10の鐘が鳴るよりも少し前のことでした。その言葉に目を向けてみれば、確かにスカート部分のレースが奇麗なグラデーションを描いていました。それだけで見違えるくらい、奇麗なドレスになりましたね。しかもただ段にするんじゃなくて、ちょっと変化を付けてフィッシュテールになるようになってオシャレです。プロってすごい。
勢いよく顔を上げたトマスさんはいい表情です。
「あ、アレン様! できました! すごい、自分でも信じられない……!」
興奮気味の彼女をシルヴィアが宥めます。集中してて、スヴァンテ様がいらっしゃるのに気付いてないみたいですね。
「少し中座してもよろしいですか?」
「もちろん」
「では、お言葉に甘えて」
快く頷いてくれたので、私は一旦席を外します。届けられた時とは様変わりしたドレス。正面に立てばより一層、素敵な仕上がりになっていると実感できます。これには思わず口許も緩んでしまいますね。
「本当にこれはすごい……。トマスさん、ありがとうございます」
「い、いえ、アレン様がかけてくださった魔法のお陰です。お陰でまだ、全然元気で……。あの、よかったら上半身の部分も少し、手を加えさせていただきたくて。あの、時間には間に合わせますので」
「もちろん、お願いします。トマスさんの気が済むまでやってください」
「あ、ありがとうございます! では、早速取り掛からせていただきます!」
パァ、と顔を明るくしたトマスさんは改めてドレスに向かい合います。スカート部分が豪華になった分、上半身がちょっと貧相に見えるようになっちゃいましたからね。完全にバランスが悪いので、これも直さないと恰好つかないでしょう。どうせならあの夫人をぎゃふんと言わせたいですし。シルヴィアには引き続き手伝ってもらうことにして、私は席に戻ります。
「お待たせしました。すみません、慌ただしくて」
「いいえ、お気になさらず。とても腕のいい針子が仕事をしてるようですね」
「はい。丁寧で、誠実で、好感の持てる、好きなことに真っすぐな方です」
「なるほど、アレン様が全面的に任せるわけだ」
納得したようにスヴァンテ様は頷きました。様子が気になるのか、視線がパーテーションの方を向いています。流石に第二王子に見られてるってなるとトマスさんも手が止まりそうですね。
「完成品はパーティの時のお楽しみにしててください」
「そうですね、そうします。早くそのドレスを着たアレン様を見たいです」
「似合えばいいんですけれどね」
「お似合いになりますよ、間違いなく」
「見てから言ってください」
真っ直ぐにそんなことを言われるとちょっと恥ずかしいです。誤魔化すように残った紅茶を飲み干します。
「差し出がましい提案かもしれませんが、今、作業をしてる針子をアレン様の専属として雇うのはどうでしょう? とても気に入っていらっしゃるようですから」
「専属、ですか?」
こういう世界観だと、家でお針子を雇って自分専用のデザインの服を作るとかあるんでしょうけれど。自分がそれをしようだなんて考えたこともありません。そもそもがブティックなんて興味もなく、量販店で買える気に入った安い服しか袖を通したことしかないわけですし。確かに専属のデザイナーに自分の為だけの服を作らせるってそれだけでステータスにはなるでしょうけれど。スヴァンテ様は明るい表情で頷いて説明してくれます。
「国にもいろんなブティックがありますけれど、その中から気に入った従業員を引き抜くというのはよくある話なんですよ。いいデザイナーやお針子を育ててたといって、そのブティックの評判も上がりますし、引き抜かれた方は基本的にその家に生涯雇用を保証されるので、それを目指して腕を磨いている方もいると聞いたことがあります」
「へぇ、よほどがない限りはWIN-WINってことなんですね。引き抜きかぁ……、悪くない話かもしれませんね」
トマスさんが信頼のおける方だというのは既に実感してるところですし。腕も間違いなく、デザイナーとしてのセンスもあります。何よりデザインが好きで、デザイナーになれなかったとしても、それに関わる仕事がしたいと門徒を叩いたのでしょう。あの夫人がオーナーの店で大成するのは難しそうですから、引き抜いてこっちである程度自由に勉強したり、デザインしたりして腕を磨いてもらうっていうのは彼女にも悪くない話だと思います。でも、その分のリスクもあるわけで。あの夫人、私が彼女を引き抜いたら何かしでかしそうなんですよね。それにあの夫人の経営してるブティックの評判が上がるのはちょっと癪だしなぁ……。あのブティックに関係なく彼女を雇えるなら、迷いなくお願いしたかもしれません。なんか方法、ないかな……。
「とりあえず、先に彼女の意志を聞いてから決めます。雇われる側にも、どこで働くかを決める権利はありますから」
「どこで働くかを決める権利……、その考え方は初めて聞きました」
「異邦ではどこで何をして働くかの選択は個人で自由に決められましたから。基本的人権の一つ、職業選択の自由は法律で決められてました。この世界では階級や身分などの違いがあるので、必ず保証されるものでもないとは思いますが、やりたくない仕事をやらせても効率も悪いですしね。得手不得手ってやっぱりそれをやりたいかどうかで決まると思うので」
「なるほど、そういう考え方があるんですね。勉強になります」
この世界というか、この国には労働基準法みたいなものはないみたいですね。階級社会で必要な人員の為に人を補充する考えが基本なら、労働者の権利なんて成果に対する報酬の要求しかないのかもしれません。その中で自分のやりたいことを見付けて、そこに邁進できる人は中々稀有な存在なんですかね。与えられたカードの中から必ず、自分の好きなことが見つかるとも限りませんし。華やかでキレイに見える世界にも、厳しい現実ってのはあるものですね。
そうなるとやっぱり、トマスさんにはやりたいことを自由にできる場所を与えてあげたいと思っちゃいますね。今、それができる立場なわけですし。あんなに懸命で、好きなことに真っ直ぐ向き合える人、中々いませんから。それを使い潰そうっていうあの夫人は気に食わん。何見てんだこの野郎、って感じです。
「もし、彼女を雇い入れることになった時には、どうしたらいいか助言を頂けると嬉しいです」
「もちろん、協力させていただきます」
頼ってもらえるのは本当に嬉しいみたいですね。明らかに声が弾みました。ちょっと面白くて笑っちゃいます。かわいいって言うと失礼ですかね。
「それと、ちらっと聞こえてしまったのですが、アレン様は既に魔法を使用できるのですか?」
不思議そうな表情でスヴァンテ様は聞いてきます。あれ、知らなかったんだ。魔法師団の方から話が広がってると思ったんですけれど。ひょっとして、清一郎さんが緘口令敷いてるのかな?
「ええ、まぁ。この世界の人が常識として使うような形ではない、我流のものですが」
「まだ魔法についての勉強は始まっていないと聞いていますが、アレン様には魔法の才能があるのですね」
「そういうわけではないと思いますよ。多分、ただの異邦人特典です。魔法師団にお邪魔した時に、魔法についてちょっと聞きかじったことからこうすれば魔法を使えるんじゃないかって推測したにすぎませんから」
「それでも十分すごいことですよ。最初から魔法が使えた異邦の方の話は初めて聞きます。アレン様には魔法を扱う才能があるんですよ」
うーん、これは夢を壊さない方がいいのかどうか、微妙なところですね。期待してくれてるのは嬉しいですけれど、ちょっと持ち上げすぎな気もします。単純な魔力量と想像力の問題であるならば、きっとファンタジー系が好きな異邦人は皆、この世界の魔法を簡単に使えると思いますし。美雨たちを含めて異邦人がそうそうに魔法を使わないのは、自分が魔法を使えるっていう実感がないからだと思いますし。もしそういうのに興味があって、やってみようっていう行動力がある人なら既にあれこれ魔法を試し打ちしてることでしょう。私は歌わないと魔力を扱えないから、中々できないだけの話です。歌わずに魔力を引き出す技術が早く欲しいって思ってるくらいですからね。
「異邦人だからっていう点が有利に作用していることを才能だというのならば、確かにそうかもしれませんね」
「謙遜することはないですよ。魔法を扱うにもやっぱり能力があるかどうかで違いが出るものですから」
「謙遜ではなく事実だと思うんですけれど……。ああ、そっか。結局は個人のステータスに因る技術ってことに違いないからか。できる人間にはできても、できない人間にはできない」
「その通りです。具体的にどのような形で魔法を扱えるのかはわかりませんが、アレン様には魔法の扱いに長けた能力があるということには違いありません」
いくら形式化されていて、魔法陣さえ用意できればあとは魔力を注ぐだけにしても、やっぱり技術って必要なんですね。確かに、誰でも使える道具も、使い方でまるで違う結果になったりするわけですし。鉛筆一本で絵が描けても、どれだけのレベルの絵になるかはその人の絵心と技術次第。そういう話ですね。
「じゃあ、ちゃんと魔法の扱いを教えていただけるようになったら、もっとすごいこともできちゃうかもしれませんね」
「そうですね。ちなみに、今は何をされたんですか?」
「集中力の向上と持続的な回復の効果を付与してます」
「そんな複雑なことができるんですか?!」
「……やっちまったかぁ……」
思わず素がでちゃいました。いえ、今更といえば今更なんですけれど。ただこうも「俺、なんかやっちゃいました?」っていうテンプレ展開が来ると頭抱えたくなっちゃいますね。目立たないようにしようだなんてもう絶対に無理ですし、この世界の発展に貢献するのが私たちの役目なのでなんでもやってみていいとは思いますけれど。あまりに飛躍しすぎてると、ちょっと、もうちょっと大人しくした方がいいかもしれない、とは思いますよね。何事にも順序というものがある。うん。
「えぇっと……、そうか。魔文字の組み合わせによる現象の指定がこの世界の魔法なんだから、プログラミングでコードを打ち込んで走らせてるってのと大体同じこと。つまり、二つの効果の付与を一度に行うことがもう既に規格外ってことですね」
「え、ええ……。ぷろぐらみんぐ、が何かはわかりませんが。持続的な効果を促す魔法は一度に一つしか使えないとされています」
「技術が確立される前の技術……。これは完全に、私の我流だからこそできた荒業ですね。私は魔法陣を介して魔法を使っているわけではないので」
マナーとか行儀とか忘れて、机に膝をついてしまいました。ネットで有名なおじ様キャラの名前で呼ばれるポーズです。まさかこのポーズをネタでなく自分がやる日がくるとは……。いや、これはそこまで想像力が働かなかった私の自業自得だ。誰の責任でもない。
「できれば口外しないで頂けると幸いです……」
「ええ、もちろん。そもそも、異邦の方が何をどこまでできるかを計るのが、教育の目的の一つでもありますから」
「そうですか……」
なけなしのフォローを頂きました。まぁ、異邦がかなりな速さで進歩しているのはこちらの世界にも知れてることらしいので。予想外に突飛な技術や進んだ技術を持ち込んでもそこまで大事にはならないんでしょうけれど。でも無暗に話が広がると本当に混乱が起きかねない……。こうやってやらかすから私の直属として部署を切り離したのかもしれませんね。下手に外に漏れる前に、内部で抑え込めるようにしたっていうか。まぁ、初手が第三庭園のあれですからね……。不用意になにかやりそうって思われるのはしかたないか。
「心配しなくて大丈夫ですよ、アレン様。異邦の方が持ち込んだものをどこまで公開するか、それを決めるのは我々王族の仕事ですから。アレン様はアレン様の思う通りに行動して頂いて問題ありません。だからどうか、そんなに気を落とさないでください」
「フォローをありがとうございます。その辺の面倒はかなりかけるとは思いますが……」
「面倒だなんてとんでもない。むしろ異邦の方の思いもよらない技術や文化はとても興味深いので、どんどん見せてほしいくらいです」
スヴァンテ様、ちゃんと王子様してるなぁ……。子供だなって思ったなんてとても言えませんね。私の方が余程甘いじゃないかって感じです。ため息一つで切り替えて、改めて顔を上げます。
「お恥ずかしい所をお見せしてしまいましたね」
「いいえ、まだまだ見せていただけてない一面があるものだと少し嬉しくなってしまいました」
「化けの皮が剥がれるまで、そんなに時間は掛からないでしょうね」
「そんな言い方しなくても大丈夫ですよ。人にはいろんな側面があるものなんですから」
「そうですね。ひょっとしたら、スヴァンテ様にも私には見せられない一面があったりして?」
「それは……、御相子ということで手を打っていただけませんか?」
「ふふっ、じゃあ、今は見ないでおきますね」
わざとらしく「今は」のところを強調してみれば、スヴァンテ様は「困ったなぁ」なんて冗談っぽく笑いました。人に自分のどの部分を見せるかなんて個人の裁量ですからね。こうやってボロが出る私みたいなのでもない限り、無理に引き剥がすこともないでしょう。その辺り、隠すのが巧いのはやっぱり王族として英才教育を受けてきたが故でしょうね。すごいなぁ。流石の一言だ。
「ああ、そうだ。スヴァンテ様はお時間はよろしいんですか? パーティに参加されるなら、ご自身の準備もあるでしょう?」
「今回、ボクはただの飾りですから。1時間もあれば準備には事足ります。基本は礼服に着替えるだけですから」
「そうなんですね。どんな衣装でお越しになるのか、楽しみにしてます」
「アレン様の隣に相応しい形になっていれば嬉しいですね」
「スヴァンテ様は最初から素敵な方ですから、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
おお、流石に動揺の一つも見せない。この程度の社交辞令は聞きなれてるんでしょうね。褒められ慣れてない標準的な一般日本人にはできない芸当です。褒め言葉を謙遜するのは日本人の悪い癖とはよく言われますけれど、そもそも単純に褒める文化がそんなに育ってない所為もあると思うんですよね。確かに子供の頃はちょっとしたことでも結構褒められたりもしましたけれど。年齢が上がるにつれてもっともっとって要求されることが増えますし。そこについて行けなかったら褒められないっていうのが社会全体の風潮として当たり前にある。
それが良いことか悪いことかは一先ず置いておいて、「そんなことない」って言葉が先に出るのは無意識のうちに要求値が高く設定されてるからなんでしょうね。だからこそ努力が続くってのもあるけれど、潰れる人間が多いのもまた事実。社会全体の風潮としてそうだから、そう簡単に変わることでもないでしょうけれどね。自分のことよりも、自分が関わってる人のことを褒められた方が嬉しくなるっていう日本人の性も、そこに起因するものなんでしょうかね。そんなこととつらつら考えつつ、新しく入れてもらった紅茶を傾けました。




