第十九話:異世界の図書館で魔法の研究です。
今日は2月15日です!!!!!!!
すみません、別の趣味のバレンタイン小説書いてたら見事に遅刻しました。
前々回の誓いはなんだったのか……。
えっと、こんな感じで緩く行きたいと思います。はい、すみません……。
「「「おはようございます、アレン様」」」
「うん、おはよう」
さて、今日で何日目ですかね。5日目? 6日目?
覚えてませんが今日もいつものルーチンです。
今日はネイビーのドレス。
手首が詰まってるデザインはやっぱり好みじゃないなぁ……、なんて思いながら髪を結ってもらいます。
やってもらっている間、鏡の中の自分を見つめれば、まるで自分じゃないみたいに感じます。
ここに来た当時に比べれば、明らかに肌がきれいになってる。
髪にも艶が出てきたような気もしますし、毛先の広がりは既に改善されています。
毎日の湯浴みでシルヴィアが丁寧に洗ってくれるお陰でしょう。
最初はやってもらうことに羞恥心があったりもしましたけれど、大分慣れてきました。
人間の順応力ってすごい。
今日の髪型は編み込みを入れながらのサイドアップです。
全部ではなく、一房だけ取る形のものですね。
「こんな感じで如何ですか?」
「うん、すごくいい。……メイクもしたくなるくらい」
「……! 本当ですか?!」
思わず小さく零した言葉に、シルヴィアは目を輝かせました。
ここに来て直ぐに断ってますからね。
聖女の専属侍女としてはそこまでも含めて完璧に仕上げたいのでしょう。
「もちろん、本当。でも、前にメイクしたときのトラウマがね……、本当にひどい目見て」
あの時はなんでしなきゃいけなかったんだっけ。
すっかり忘れましたけれど、母が持ってたものを借りてメイクしたんですよね。
メイクした直後からあちこち痒くなるし、ひっ攣れるし、香料で気持ち悪くなって人酔いしちゃって、二度とメイクなんてするもんか! って心の底から思ったんですよ……。
たぶん、単純に肌に合わなかったっていうのもあるんでしょうけれど。
あれ以来そういったものに触れることさえ嫌悪する様になったことだけは事実として、今に至ります。
そんなことをかいつまんで説明すれば、シルヴィアは「なるほど」と言って考えます。
でもそれは数秒で、すぐに明るい表情を浮かべました。
「わかりました! できるだけ香料がなくて、アレン様の肌に合うような化粧品を探してみます!」
「いいの? 面倒じゃない?」
「いいえ、全然。アレン様が毎日心地好く過ごせるように努めるのがわたしの仕事ですから!」
任せてください、とシルヴィアは力強く宣言してくれます。
この世界のスキンケアやメイク用品事情がどうなってるかわかりませんけれど、種類を選べるくらいには普及しているということですよね。
全くなにもわからない私があれこれ悩むよりは、そう言うのに長けた人にお願いするのが一番ですかね、やっぱり。
こんな風に言ってくれる人がいるっていうのも嬉しいものですし。
「ふふっ、ありがとう。期待するね」
「はい!」
いい笑顔。
任せておけば大丈夫、と思えるような輝かしい笑顔ですね。
お願いすることにして、食堂に移動します。
部屋に入ると、光代さんたちお三方はいらっしゃいます。
他のみんなはまだみたいです。
「おはようございます」
「ええ、おはよう」
「おはよう」
「おはよう。よく眠れたか?」
「はい、お陰様で」
なんてことない挨拶を交わして席に着きます。
談笑しながら待つこと10分ほど。
「他の子が来ないわね」
朝食が配膳されはじめた頃合いに、光代さんが心配そうに言いました。
釣られた様に、清一郎さんと信明さんが入り口の方を見ます。
昨日は夕食を一緒にしただけでしたからね。
「みんな、起きてくるのは2の鐘の頃みたいです。結構、遅くまでお喋りしてるみたいで」
「あら、そうなの?」
「元の世界に居る時の習慣を、すぐに変えられるわけでもないですし……。英雄や聖女になるって決めたと言っても、まだ不安があるのかもしれないですし」
「なるほど。とはいえ早めに習慣は直してもらわねば講義に響くな」
「私からも言ってみます」
「ああ、頼む」
……正直、聞いてくれるとは思いませんが。
大学でもちゃんと朝来るようにって何回も言いましたけれどね。
3年目にして諦めたくらいですから。
類は友を呼ぶ。
勉強嫌いの私達に真面目さはあまりないのです。
本当、元第一王子ももっといい人引き当ててれば、もうちょいマシな立場だったかもしれないのに……。
「それじゃあ、先に頂いちゃおうか」
「そうですね」
整った食卓を前に、手を合わせます。
今日の予定を確認するお三方の話を聞き流しながら、私もゆっくりと朝食を取ります。
英雄や聖女ってやっぱり忙しいんですね。
光代さんは街の教会に行ってけが人や病人の治療を行い、信明さんも城下町に降りて警備隊の監査と稽古の指導、清一郎さんは昨日決まった私の魔法について王へ報告するのと魔法の改良作業。
大変そうですけれど、皆さんの表情は生き生きとしています。
その仕事に間違いなくやりがいを感じている表情ですね。
いつか私もこうなるんでしょうか。
仕事が楽しいって思えるなら、それに越したことはないですよね。
私の方は午後、9つ目の鐘の頃から他のみんなと一緒に建築屋さんとの打ち合わせだそうです。
午前中は特にやることもないので、また魔法師団の方にお邪魔させてもらうことにしました。
3つ目の鐘が鳴ったのを聞いて、行動開始です。
魔法研究室にやってくると、真っ先にリリーが駆け寄って来ました。
研究に必要な資料や筆記具、あとはメモ書きできる白紙なんかが入った箱を抱えてます。
もうやる気満々ですね。本当に魔法が好きなんだなぁ……。
「おはよう、リリー」
「ん。今日は図書室で文献を比較したい。セイイチロウ様、アレン様と一緒に行っていい?」
「ああ、もちろん構わないよ。アレンさんもいいよね?」
「もちろんです」
なんせリリーと研究を進める為に来ましたからね。
私の即答を聞いて、清一郎さんは笑みを浮かべて頷きました。
少し待つように言われて大人しくしていれば、清一郎さんは自身のデスクで何か手早く書いて、戻ってきました。
四つ折りにされたそれをリリーに渡します。
そして手帳を開きました。
それに倣ってリリーも手帳を開きます。
ポゥ、とそのページが光ったかと思えば、そこからするりと金の糸のような物が現れました。
「契約、『譲渡したものを目的にのみ使用し、他者へ再譲渡することを禁ず。紛失の場合も再譲渡したものとみなす。使用後は焼却処分すること』」
「契約、了承」
互いの糸が宙で結ばれ、宙に解けます。
光が消えて、清一郎さんは「一応ね」と悪戯っぽく笑いました。
「契約魔法、ってやつですか?」
「そうだよ。まぁ、リリーは心配ないと思うけれど」
「保険は大事。管理はするけれど、一切可能性がないとは言い切れない」
生真面目に言ったリリー。
清一郎さんは頷きました。
渡されたものがなんなのかは気になりますけれど、魔法で縛るくらいのものですから、結構重要なものなのでしょう。
リリーは四つ折りの紙を大事そうにしまいました。
「図書室の3階には結界が張ってあるんだ。それの内側に入れるようにするための魔法陣だよ。僕達、英雄と聖女、それから国王にのみ許可できる」
「なるほど。わざわざすみません」
「若者の活躍に手を貸すのが老いぼれの仕事さ。ほら、行っておいで」
「ありがとうございます」
「うん、行ってくる」
にこやかな清一郎さんにお礼を言って、リリーと一緒に部屋を後にします。
歩きながらリリーはまとめられた資料の半分を渡してきました。
「これは?」
「昨日から少し増えたから。そっちは複製。あなたにも必要かと思って」
「わざわざコピーしてくれたんだ。ありがとう、嬉しいよ」
「……同じ研究するなら、当然」
照れたようにリリーは視線を逸らしました。
かわいい歩きながらざっと目を通して見れば、昨日2人で議論した内容がわかりやすく書いてありました。
字もとても奇麗です。
ちゃんとした教育を受けた貴族令嬢っていうのがそれだけでわかります。
私、今でも崩れた字しか書けないよ……。
まずペンの持ち方が変だから、その癖を治すところから始めないといけないんですけれどね。
折角だし、聖女教育の中で治そう。
奇麗な字が書ける人になりたいもんね。
そんなことを考えている内に、図書室に辿り着きました。
相変わらず見惚れるほど美しい場所。
こっちだと言って案内するリリーに続いて、3階までやってきました。
結界の前まで来ると、リリーは先ほど清一郎さんから頂いた紙を取り出しました。
そこにはあの短時間で書いたと思えない複雑な魔法陣が描かれています。
「起動したら名乗って、本名。あなたたちも」
なるほど、そういう仕組みなのか。
シルヴィアたちも中に入れてくれるみたいです。
わかったと頷けばリリーは早速魔法陣に魔力を込め始めました。
ぼんやりと光って、魔法陣が浮かび上がります。
それが目の前の結界に張り付く形になりました。
「リリー・フォン・アヴァロン」
「レナ・カミシロ」
「ブラッド・フォン・クルック」
「エルネスト・ローラン」
「シルヴィア・クライン」
一人ずつ名乗り、踏み出したリリーに私達も続きます。
ドキドキしながら魔法陣を潜る様にして結界内に侵入しました。
全員が入ったことを確認すれば、結界に張り付いていた魔法陣は自然と消えます。
「出るのは普通に出ればいい。でも一度出たら、次に入るにはまた魔法陣が必要になる」
「なるほど、チケットみたいなものなのか。再入場不可っていうのも、それっぽいな……」
「ここに置いてある文献は本当に貴重なもの。おかしなことをする不届き者が出ないようにするために、何代も前の英雄様が作った仕組み」
「へぇ、その英雄様に感謝しなきゃね」
「一々許可が必要、面倒くさい」
「そのおかげで今日までちゃんと文献が残ってるんだよ。いつの時代に不届き者が現れるとも限らないんだから」
「……そっか」
納得したように頷きます。
リリーの案内で奥に設置された広い机まできました。
「必要な資料を取って来る。待ってて」
「わかった。エルネスト、ブラッド、手伝ってあげて」
「「かしこまりました」」
本棚の間に消えていく3人の背中を見送って、私は適当な椅子に座ります。
この間に、リリーから貰った資料に目を通しておきましょうか。
基本は昨日話し合ったことを纏めてあるだけですね。
増えたのは異邦人のもつ魔力量に関しての資料みたいですね。
異邦人の魔力量は、この世界の人間の10倍~15倍ほど。
具体的にどれくらいの量になるかっていうのは数字で表せないみたいですけれど……。
それを読み取れる機械っていうか、魔道具があったら便利ですよね。
勇者召喚とか、魔王と戦う系の漫画だとよく見るヤツ。
その人が持つ能力を数値化したステータスを参照できる機械。
あるいは、その人の魔力量を光の色で判断できる水晶とか。
この世界にそういうものはないみたいなので、普段使う魔法の精度、威力などから概算されるみたいです。
そもそもなんで異邦人って膨大な魔力を持ってるんでしょうか。
召喚される時に何か作用するんでしょうかね。
それとも、本当は元の世界にも存在しているとか?
魔力と呼ばれる力を魔法ではなく、あらゆるものを生み出す発想力に使ってるとか。
……ちょっと苦しいか。
こちらの世界に来る時にシステムが働いて、その身体に詰め込めるだけ詰め込める魔力が注がれるって考える方が現実的でしょうかね。
これはそういうものだと受け入れるのが一番いい気がしてきました。
世界のシステムを考えても栓がないですし。
黙って文字を追っていれば、リリーたちが戻ってきます。
エルネストとブラッドが持てるだけ分厚い本を持たされていて、それとは別にリリーも何冊もの本を抱えています。
それなり以上に持ってくるだろうと思って2人を貸しましたが、やっぱりなって感じです。
「これ全部参照するの……?」
「もちろん」
「だよね……」
自信満々に頷いてリリーは抱えた本を机に置きます。
3人が持って来たものだけで、見事に机が埋まりました。
うぅん……、これは、大変だ……。
目の前に座るリリーはやってやると言わんばかりの表情。
付き合うと決めたのは自分ですけれど、流石にげんなりしそう……。
っていうか、これ絶対に2人でやる作業じゃない。
「リリー」
「なに?」
「3人にも手伝ってもらうのは、嫌?」
どうせいるんだし、と思って提案してみます。
とはいえ、魔法研究に携わっている訳ではない素人同然なのですけれど。
それを言ったら私もそうですし、外側からの意見も無下にすることはないと思うんですよ。
専門だからこそ、気付かないこととかもあるかもしれませんし。
驚きを露わにするのはリリーだけでなく、シルヴィア達も目を丸くしています。
「どうせいるんだし、人手はあった方がいいと思うんだよね。なにも、意見を出して貰わなくても資料を読んで、重要そうな項目をリストアップしてもらうとかできるし。ああ、貴重な資料を使用人に触らせるのが罰則であるとかなら、仕方ないけれど」
「そういうのは、ないけれど……。普通は触らせない。使用人に余計な知識を与えたら、反乱される可能性が高くなる」
「でも、異邦人付きの人って基本は上位貴族の子女でしょ? 今更じゃない?」
「…………確かに」
目から鱗って感じです。
身分は如何あれ、使用人っていうだけで色々と制約があるのはわかりますけれど。
上位貴族の子女が英雄や聖女を唆す可能性だって決して0ではありません。
この世界に慣れないうちに、自分の都合のいいことを吹き込んで、王家に反旗を翻すようにしたっていいわけですし。
高い魔力を有する異邦人の魔法を上手く利用すれば一家野党全滅とか難しくないと思います。
そうならないようにするなら、使用人は力を持たない身分の低い人で固めるべきです。
でも、異邦人付きの使用人は上位貴族の子女を付けます。
それが高位の家に嫁いだり、国の重役に就いたりすることに次ぐ……ともすればそれらを凌牙する栄誉であるから。
身分が下の者には仕えさせることは出来ないのでしょう。
そう考えると、英雄や聖女を利用して王家に反目しようっていう人が今までいなかったことに王家は感謝すべきじゃないですかね。
「手を貸して貰えるなら、嬉しい」
「じゃあ決まり。3人も手伝って。座っていいし、喋ってもいいよ。むしろガンガン意見出して」
そう言うと、3人は困った様に互いに顔を見合わせました。
数秒の無言の会議。
最初に折れたのはエルネストでした。
「では、失礼いたします」
丁寧に一つお辞儀をしてから、一つ席を飛ばして座ります。
「お、お役に立てるよう頑張ります」
「まったく……、どうなっても知りませんよ」
シルヴィアはおっかなびっくり、ブラッドは呆れを隠そうともせずにそれぞれ座りました。
一つずつ席が飛んで、奇麗に机を囲む形になります。
落ち着いたのを見計らって、リリーが「じゃあ」と口を開きました。
「この資料から、なるべく古い形の魔法を調べる。この辺りが建国当時、こっちはそれから100年から150経ってる資料。それからこれは当時の英雄様や聖女様が書き残したもの」
「資料を読んで、魔法がどう云った形態であったのかを推察できる部分を抜き出す作業、かな」
「そう。わたしこの辺り。あなたたちは、そっち。アレン様はこの辺りの資料」
大雑把に割り振って、それぞれ作業に入ります。
私に割り振られたのは当時の異邦人が遺した資料ですね。
日本語で書かれているみたいで、明らかに文字が違います。
縦書きですし。
こういう言い方もあれですけれど、ミミズが這ったような字です。
いや、当時はこれが主流だったわけですから、こういう言い方は本当に失礼ですね。
流石に読めない……わけではないみたいです。
どうも、異邦人特典の自動翻訳はこれにも効果を発揮するようで。
普通に難なく読めます。
なんか……、不思議な感じだなぁ。
ともかく黙って文字を追いかけましょう。
この資料は当時の聖女様の日記みたいですね。
元の世界と全く違うこの世界の常識に戸惑っている様子が書かれています。
女性が人前に顔を見せるなんて非常識な時代ってのは、結構長く続きましたからね。
この人は平安くらいの人かな。平城かも。
ともかく近畿に都があったくらいの時代の人だと思います。
最終的に、夫が他の女のところにばかり行くようになって退屈していたところだから、この世界に来れて都合がいいとか書いてありますね。
他にも、呼び出した異邦人は男女関係なく働かせるくせに、この世界の女性は自分を飾ってお茶をするばかりでなんの役にも立たないのはおかしい、とか書いてます。
当時にしては随分と気の強い女性だったみたいですね……。
思わず笑ってしまいます。
「何か書いてありましたか?」
「いや、この国の男女雇用機会均等法の起源を見付けただけ。これを書いた聖女が訴えたみたい」
「男女、雇用……?」
「性別によって仕事に就けるか否かを決めず、その人の能力で雇用すべきっていう法のこと。私が元居た世界にあったの」
「へぇ、この国にはそういった法はありませんけれど、どの世界も男女差による雇用の有無には差が出るんですね」
「まぁ、遥か昔から男は狩り、女は集落で子育てって決まってたから。それが種として存続する知恵だったわけだし」
「その話はまた今度。今は魔法について」
「はぁい、気を付けまーす」
リリーに注意されて、改めて資料に目を落とします。
しばらく黙って読み進めますけれど、魔法に関して詳しく書いてはいませんでしたね。
愚痴みたいなのがつらつら書かれているだけでした。
当時は今ほど異邦人の待遇は良くなかったみたいです。
この世界の人が日本語を読めないのを良い事に、『なんて愚かしい王であるのでしょう。帝に比べてあまりに粗末がすぎる』なんて書いてます。
いかに当時の王が愚かであるのかを歌に残すことないと思うけれどなぁ……。
まぁ……、うん、それが当時だからね、うん。
最終的に流刑にされたみたいですね。
国政に口出ししまくって、王の怒りを買ったようです。
色んな制度を変え、多くの国民を救ってやったというのに、って自分で言っちゃうのは凄まじいな……。
元々気の強い人だったのが、こっちの世界に来てある程度自由に出来る様になったら余計増長したって感じでしょうか。
でも、民を思う気持ちや国の発展を願う想いは本物だったみたいです。
そっと閉じて表紙を撫でます。
あなたの努力のお陰で今のこの国があることには違いないよ。
お陰で今、私達は何の不自由も苦労もなくこの国に受け入れて貰えてる。
先人の築き上げたもので私達が生きていけると思うと、本当に感謝してもし切れないですね。
ともかく、次の資料を見てみましょう。
これは英雄様が書き残したものですね。
刀匠、だったのかな。
自分が打った刀について書き留めたものみたいです。
刀の絵が描いてあって、その周りには色んな端書があります。
鉄を打つ時に魔力を込めることで変化が生まれる、と書かれてますね。
更にページを捲っていくと、小さい魔法陣がいくつか書かれてます。
それぞれ、どの過程で使う魔法なのかも書かれています。
火入れの時、鉄を鍛える時、冷やす時、それぞれ用に作ったみたいです。
何ページにもわたって改良の軌跡が残ってますね。
見比べて行けば、途中で新しい魔文字が追加されていたり、前の頁で使われていた魔文字が消えたりしてます。
これと同じくらいの時代の魔法陣が見つかれば、もしかしたら彼が作った魔文字が存在している証拠になるかもしれません。
しばらく黙って作業して、見つけた魔法についての記述を全部書き出していきました。
5つ目の鐘が鳴る頃に大体、みんな終わったみたいです。
これ、2人だったらもっと時間かかってたってことですよね。
やっぱり3人にも手伝ってもらって正解だったな。
「一番古いと思われる文献には、既に魔法陣の概念があった。そっちはどうだった?」
「建国から100年目くらいの文献では、多くの魔文字が開発されていたようですね」
「こちらには今は使われていない魔文字らしきものが幾つかありましたが、ほとんどが実用性が無いと判断されたものとして扱われているようです」
「あの、この文献には、魔法陣じゃない形で魔法の起動を起こせるかもしれない、と書かれていました」
「ということは、魔法陣以外の祈りの形式化っていう可能性は昔から存在してたってことだよね」
「そうなる。一番効率がよかったのが、魔法陣だっただけの話」
「アレン様は、何か見つけましたか?」
「歌が魔法になるっていうのは多分、昔からあったんだと思う記述があったよ」
私は最初に読んだ日記を手に取りました。
それと、別の人が書いたと思われる手記。
二つならべて開いて見せます。
4人はそれを覗き込みました。
エルネストとシルヴィアは流石に読めないみたいで難しい顔をしてしまいました。
リリーとブラッドは真剣に文字を追っています。
「異邦言語は得意じゃないのではっきりはわかりませんが……、この短い文言が歌、ということですか?」
「そう、読めてるじゃん。これは和歌って言って、私の国で昔から存在している歌の形態。こっちの日記の聖女様はそれがすごく得意だったみたい」
「こっちの手記に記されているのは、その聖女様が歌った歌?」
「うん。今の言葉に訳すと、『どうしてこんなにも昼が長いのでしょうか、夜の月の方が美しいことは誰もが知り得ることなのに』って感じかな。で、こっちの日記には当時の王との遣り取りが書かれてるわけなんだけれど、随分と噛みついたみたいで。えっと、この辺り。『ちょっと月が見たくて日の落ちる頃を狙って、結界に穴を空けられないか試してみたのだけれど、あまりにも王がしつこく怒るものだから歌を送って差し上げたわ。そうしたら、空にいつもよりも早い時間に月を見ることができたのよ。わたしの歌に、月が誘われてくれたのかしら。王にはまた酷く怒られてしまったけれど、今日はそんなことも気にならないわ』」
「……豪胆なお方だ……」
「これが本当の話なら、歌で魔法が起きて、結界に穴を空けたってことになる?」
「そういうことになると思う。多分、当の本人は王を全力で馬鹿にしただけだと思うけれど……」
この世界、というかこの国は昼の時間がかなり長いですからね。
結界が反射鏡の役割を果たしているのは誰もが知っていること。
そこに、太陽を王族、月は……自分の想い人かな、を当てはめてなぞらえて、歌ったとも読み取れます。
この当時の王族はどうだかわかりませんけれど、今の王族の血筋の人はみんな金髪ですし。
それをユエシン教の太陽神スーノに見るのは自然なことでしょう。
……太陽神も敵に回したって考えるとこの聖女様本当に豪胆だな。
みんな何とも言えない顔になりました。
うん、話を逸らしましょう。
「ともかく、和歌も音と音階に言葉が乗るっていう点では私の歌と変わらない。これ以外に彼女が歌で魔法を起こしたっていう記述は見なかったけれど、もしかしたら当時の王に怒られて封印したのかも」
「国を守る重要な結界に穴を空けるなんて、確かに怒られて当然といいますか……」
「怒られるで済んでいれば御の字でしょうね。流石の聖女様でも謹慎くらいの処置はされてそうです」
「直後にまた王の不興を買って流刑にされてる」
「「「「あー……」」」」
全く同じ調子の、あまりに見事なハーモニーでした。
うん、そんな反応にもなるよねぇ……。
逸らし切れなかった話題に思いを馳せること、数十秒。
「歌が祈りの形式化になる証拠っていうことには変わりない」
リリーの至極真っ当な意見に一葉に頷きました。
シルヴィアが次の話題に移ろうと別の資料を引っ張ってきて開きます。
「さっきも言ったんですけれど、魔法陣以外の祈りの形式化についての記述がこの資料にありました。年代的には、この聖女様の次々世代くらいかと」
開かれた資料に目を落として文字を追ってみます。
どうやら、私達と同じように日記の彼女の行動に着目したみたいですね。
「この聖女様……、月影の君って呼ぶか。行動の記録をまとめたみたいだね」
「ツキカゲノキミ様、ですか?」
「勝手に呼び名を付けるのは流石にどうかと思います」
「この頃の私の国での貴族女性は本名がはっきりしないの。だからその人が歌った和歌からあだ名みたいに呼び名を付けるのはよくあること。あと、『君』が敬称になるから『様』を付けるなら月影様かな。どっかに名前は残ってるかもしれないけれど、とりあえず今は意識統一ってことで彼女のことは月影の君、あるいは月影様って呼ぼう」
「……確かに、歴代の聖女様や英雄様はたくさんいる。その中の個人を指し示すなら、呼び名は欲しい」
「じゃあ決まり。月影の君の行動記録をちょっと追ってみようか」
また少し逸れた話を元の軌道に戻します。
これ以上ゴネてもしかないと判断したのか、みんなも素直に頷いてくれました。
改めてシルヴィアが資料の一点を指します。
「おそらく、この記述がツキカゲ様の歌による魔法操作について、論述したのだと思います。国の結界を敗れる程の強い力を持つ人はそうそういませんし」
「後にも先にも、国の結界を破ったという記録はそれ一回です。詳しく調べれば、戦争の時代にはあるかもしれませんが、平時の記録は見つけられません」
「ツキカゲ様が行ったそれも、大事にしたくなかったのか大々的な記録は残っていませんでした。恐らく、当時の王家としては都合が悪かったのだと思います」
ブラッドの補足がありながら説明して、シルヴィアはページを一つ捲りました。
そこには月影の君が歌った歌と魔法陣が並んでいます。
この歌を魔法陣に落とし込もうとした記録、みたいですね。
「この魔法陣に使われている魔文字は現在使われている者とは全く異なります。もしかしたら、この資料を遺した研究者が独自に開発したものなのかもしれません」
「うん、この魔法陣のここがきっと下の句の『月影こそが 愛しけり』だと思う」
幾つか重ねられた記号の内の、内側から3本目並んだ文字の形が『月』『影』『愛』に見えなくもないです。
ということは、その外側が上の句なのかもしれません。
「シモノク……」
「ああ、えっと、和歌は上の句と下の句に分かれてて、頭の5・7・5の音数で読める部分を上の句、上でまとめて、後の7・7の音数で読める部分を下の句、下でまとめてあるの」
「この研究、もしかして和歌についての学習も必要なのでは」
「和歌だけじゃない気がする。異邦言語の学習も必要」
難しい顔をしたエルネストにリリーが若干嫌そうな顔で言いました。
リリーも異邦言語は好きじゃないのか……。ちょっと悲しい気がします。
「魔法陣に使われるのは魔文字。魔法用に使われる特殊な文字。なのに、アレン様はこの部分が和歌だって断言した。アレン様はこれを文字として認識した、そう考えられる」
「うん。これ、漢字を少し崩したみたいな形してる。もしかしたら魔文字は漢字から派生したのかもしれないね」
そういえば昨日教えて貰った火を表す魔文字、あれも漢字の『火』から派生したと言われても不思議じゃないです。
大分様変わりしていましたけれど。うー、とリリーが唸ります。
「魔文字と異邦言語の関連性……。歌で魔法を操るなら、魔文字との関連性を調べる必要はない。でも、祈りが形になったものが魔文字で、それの大元が異邦言語だとするならば、アレン様の歌で魔法が起きる理由もそこから推察できる……?」
「アレン様の歌はこちらの世界にはない文化、考えを踏襲して作られたものです。全く無関係とは言えないかもしれません」
「だとしたら、わたしたちはもっと異邦のことを知るべき。それから、やっぱり建国よりも昔の記録が欲しい。これが建国当時の資料だけれど、魔法について詳しいことはあまり書かれていない。簡単な教科書みたいなものだった」
リリーが指示した資料を開いてみます。
当時の人が魔法を使えるように開発された魔法陣がいくつも描かれています。
それには漢字と思われる魔文字がいくつも組み込まれています。
やっぱり、現在の魔文字の源流は漢字ですね。
「もう少し、資料がないか探してきましょうか」
「それがいい。建国当時の資料が収められてる棚、もっと隅々まで探す。アレン様、護衛騎士を借りてもいい?」
「もちろん。エルネスト、お願いね」
「はっ」
リリーとエルネストが席を立って、本棚の間に消えていきます。
その間に、私はもう少し考察を深めてみますか。
「ねぇ、2人は魔文字を書き出せる?」
「魔法習得の基礎ですから、当然です」
「わたしも、一通りは学習してあります」
「ならよかった、これに魔文字を書き出して欲しいの。魔文字と、あとその文字が何を表しているのか。私はそれを知らないから」
「「かしこまりました」」
ブラッドとシルヴィアは揃えて返事をして、早速ペンを取りました。
それぞれ、分類ごとに分担するみたいです。
この作業は早めに終わるかな?
私は改めて資料に目を通すことにします。
読み飛ばしながら幾つかの資料に目を通しますが、歌による魔法操作について言及している資料はこれ一つみたいですね。
既に確立されている効率的な方法を、よりよいものに改良する方が簡単だった、ということでしょう。
偶々、一回だけ。
奇跡のように起きた現象をわざわざ追及する必要を感じなかった。
あるいは当時の王が余りに月影の君に悪印象を抱きすぎて追及自体禁止されたのかもしれません。
この日記がここに残ってたこと自体、奇跡なのかも。
そういえば、神殿に聖物が収められてるとか言ってませんでしたっけ。
そこにかつての異邦人が使っていた道具とかアクセサリーが集められてるとか。
うーん……、とりあえず保留だな。
「アレン様、できました」
「早い、ありがとう」
シルヴィアに声をかけられて顔を上げます。
差し出された紙には丁寧な字で魔文字とその効用が書かれていました。
種類は全部で53。
属性、効果、形状、位置、という4種類に分類されるみたいです。
一通り目を通して、私はそれに新しく書き込んでいきます。
「それは、異邦言語ですか?」
「そう。魔文字が漢字から派生したものだっていうなら、それぞれの記号がどの漢字に対応しているか当てはめることができるはずって思って」
「なるほど」
書けるかどうか怪しい字もあったりしますけれど……。
それはスマホで打ち込んで変換して、事なきを得ました。
いや、本当、書かなくなったら忘れるよね、漢字って……。
持ってきておいて良かった、スマホ。
ネットに繋がらなくても使い道は結構ある。
「見事に攻撃系の意味合いが含まれてる文字ばっかり……」
「基本は魔物との戦いに使いますから」
「多くの魔文字が開発されても、結局は利用目的に合致した物だけが残るっていうことか」
「こう見ると、異邦言語のカンジは本当に複雑な形をされてますね。わたしもアカデミーに通っていた頃はちょっと学習しましたけれど、カンジは特に覚えるのが大変でした」
「異邦言語はみんなが苦労する道みたいだね」
「あっ、えへへ……」
私の指摘に、シルヴィアは誤魔化す様に笑いました。
苦労が偲ばれます。
この世界のスタンダードは英語みたいなフランス語みたいなドイツ語みたいな言語ですからね。
あれとまったく違う形の文字を改めて覚えるなんて、大変以外のなんでもないでしょう。
数も多いしね。
「ブラッドは? 異邦言語、苦労した?」
「いえ、さほどは。覚えるだけなら難しくないです」
「覚えたものを活かすのは話が別、と」
「…………」
「ごめんって、睨まないでよ」
からかえば見事に睨まれました。
可笑しくなって笑います。
注意しようとしたシルヴィアは私の様子を見て咎めるのはやめるみたいです。
うん、これくらいの距離感が一番丁度いいからね。
「異邦言語と魔文字が対応するってことがわかったら、何かあるんですか?」
憮然としながらブラッドが話をすり替えます。
「まぁ、今やってる研究に直接関係はないけれど、新しく魔文字を作ることはできるなって」
「新しく?」
「魔文字を作る?」
「うん。だって、私の世界にある漢字はもっともっとたくさんある。それらを全部魔文字に置き換えることだってできるはずじゃない?」
「はぁ……」
2人ともいまいちぴんと来ていないみたいです。
まぁ、自分で作るという意識が薄いみたいですからね、この世界の人は。
この反応は間違いじゃないでしょう。
これはその内、余裕が出て来てからでいい話かもしれませんね。
本棚の間からリリーとエルネストが戻ってくるのが見えました。
エルネストが新しく持って来た資料が机の上に追加されます。
「建国当時ではないけれど、それからしばらくした後の資料。英雄様や聖女様について書かれてる」
「異邦人からアプローチかけてみるわけね、それはいいかも」
追加された資料の内の一冊を手に取って目を通して見ます。
初代の英雄様や聖女様についての伝承が事細かに書かれているようです。
現代の王族は彼らと共に魔物の大軍を退けた勇者が戴冠した血族、ということかな。
いや、外見の特徴が今の王族と一致しないな。
今の王族は金髪に青の瞳です。
でもこの初代国王は銀髪に紫の瞳とあります。
婚姻を繰り返すうちに、遺伝しなくなったという可能性もありますけれど……。
今の国王陛下があれだけ徹底して金髪の女性を選んでるのだから、この当時も外見的特徴が子に受け継がれることは重要視していたのでは? って思いますよね。
ならどうしてこんなに変わったのだろう。
「この国って、戦争とかあった?」
「あった。今の国の形態はその戦争から続いてる。それが?」
「いや、今の王族の人達と、初代国王の外見がまるで違うから。どこかで受け継がれなくなっちゃったのかなって思って」
「その戦争の所為で間違いない。初代国王の血筋はその戦争で絶えた」
「大っぴらに言えることではありませんが……、今の王家の血筋は戦勝国の勇者のもので、今の国に生きる人々は戦勝国から入り込んだ入植者の血がほとんどです。シャングリラ王国、という名も国が平定されてからつけられたものになります」
「ああ、北海道みたいなものか……。でも、建国されたのはその戦争より前のこと、ってなってるんだね。しかも敗戦国の方」
「異邦人の召喚と、それによる功績はあまりに大きかった。それに、国の平定を進める中で幾つも怪事件が起きてると記録がある」
「初代国王の祟りだとか、呪いだとか言われていたようですが……。最近の研究では敗戦国となった国の先住民が魔法で起こしたものだろうとなってます。しかし、当時の英雄様の進言により、勇者はその祟りを恐れて初代国王の血筋の者を盛大に弔ったようです」
「なるほど、だからこの国は、その戦争より前にあった国を優先して歴史を作った訳か」
初代国王の祟りを恐れて、今の王家の血筋が国の最初ではなく、異邦人と共にあった王家が国の始まりとした。
まぁ、政治的な思惑もあったりなかったりして、今の形態になったんだろうけれど。
当時に召喚された異邦人がどの時代の人かはわかりませんけれど、昔は呪いとか祟りとか、当たり前にあると思われてた時代ですしね。
しかもそれを現実に引き起こせる魔法があれば、余計怖いでしょう。
関係ない話はそこそこに、資料の方に意識を戻します。
しかし、これといった情報はありませんね。
それまでの時代にいた英雄様や聖女様の功績やなんやが書かれていますが、魔法に関しては特にこれといった記述はありませんね。
初代の英雄様が魔法を利用して大量発生した魔物を滅ぼした、くらいでしょうか。
あと、国の結界もこの英雄様が中心となって編み出したみたいですね。
かなり優秀な方だったんだなぁ。
戦争のあと、国の領土が広がってから当時の英雄様が結界の位置を移動したみたいです。
「なにかあった?」
「ううん。特には」
「こちらにも、特筆する様なことはありませんね」
「この資料も魔文字の開発に関してのものでした」
「やはり、ツキカゲ様以外で歌による魔法操作を行った人はいなかったみだいですね」
手詰まり、といった感じですね。
とりあえず歌による魔法操作そのものは昔からあったかもしれないという可能性は見つけられただけ、一歩前進でしょうか。
力を抜いたところに、7つ目の鐘が聞こえてきました。
ああ、そういえばお腹空いたな。
このまま作業を続けても仕方ないみたいです。
「もうそんな時間か……」
「アレン様、今日の午後は予定ある?」
「うん、残念だけど」
「そっか。仕方ない」
明らかに気落ちしながら、リリーは机に広がった資料がまとめられていく様を眺めます。
手際よく机の上を片付けてくれるブラッドたちに、私たちが手を出す隙が全くありません。
そのまま、持って来た資料も戻してくれるそうです。ううん、有能。
「明日は?」
「わたしがお休み。緊急時でなければ、週末は休日」
「そこも元の世界と変わらないんだ……。わかった、来週からだと、私が聖女教育始まっちゃうから、どうにか時間取れそうな時に魔法研究室に行くよ」
「わたしも、出来る限り調べてみる。昨日見せてもらった記録もある。研究するには、十分なデータはあると思う」
これに本格的に携われるのが今日でおしまいと思うと、少し残念です。
でもちゃんと聖女になれば本腰入れられるわけですから。
頑張ろうという気にはなれます。
「じゃあ、続きはまた今後」
「うん。手伝ってくれてありがとう」
リリーの言葉に、ブラッドたちは驚きながらも一礼しました。
当たり前にいる人に、当たり前にお礼を言える人、やっぱりいいですよね。
「私からもありがとうね。多分、また手伝ってもらうことになるから、そのときもまたよろしくね」
私からもお礼を言います。
ついでに次の約束を取り付ければ、多少呆れながらも色よい返事が返ってきました。
この約束が無駄にならないように、頑張らないと。
心の中で誓いを立てながら、私達は図書館を後にしました。




