ここから、私たちのターン
カチ、カチ、カチ。
オーク材で作られた柱時計が規則正しい時を刻む音を奏でながら、その音に合わせて大きな振り子がゆっくりと揺れている。
床には、シルクとウールを織り交ぜたオスマン製の高級な絨毯が敷かれている。
監禁部屋というにはあまりに豪華な一室で、マリアとリリスは捕虜として囚われていた。
その端でマリアは、壁に掛けられた小さな十字架の前で膝をつき、小さく聖句を唱えて祈りを捧げていた。
「主よ。どうか、お救い下さい。
傷ついた者たちに、その御手を。
迷える子羊を導くように、我らに道を御示し下さい」
丁度、御祈りの最後の言葉を紡いだとき、柱時計の針が深夜12時を指してゴーン、ゴーンと重い鐘の音を響かせる。
その鐘の音を合図とするように彼女は言葉を止めて立ち上がる。
そして振り返り、同じく囚われの身となっている尊敬すべき師、リリスと向き合う。
リリスは、本革のソファーに脚を組み深く腰掛けて眼を閉じている。
「リリス先生。ここから出ましょう」
「出るのは賛成よ。でも、出てどうするの?」
「ハミルトン大佐とリヒト少尉。それにパーサーくんたちを探してハリル宰相の暴挙を止めましょう!」
「……………」
マリアの言葉に返事をする事無く、リリスはすぐに答えなかった。
組んだ脚の先を静かに揺らし、ジッと座ったままだった。
「リリス先生?」
「……………待ちなさい」
「え?」
「今はまだ待つのよ、マリア」
「何を待てば良いのですか?ハミルトン大佐とリヒト少尉は今、危険な状況にあるんです!クラーディや他の皆さんだって、助けないと!」
「落ち着きなさい。拙速に動くと返って何も果たせないわよ」
「でも………その間にも、皆が!」
マリアは思わず一歩、リリスへ詰め寄る。
「マリア、座りなさい」
リリスは自分の座るソファーの向かい側に置かれたソファーを指し示す。
「でも!」
「座りなさい」
「……………」
胸の中で不安と焦りが膨らむ。
ジッとしている時間に耐えられないといった様子のマリアだったが、無言のままリリスに従い、向かいのソファーに腰を下ろす。
「良いこと、脱出するのは賛成よ。あと、あのいけ好かない宰相さまを止めるのもね」
「なら!」
「でも無策で、ここから出るのは反対よ」
そう言い切るとリリスは、時を待ちなさいとマリアを諭す。
「そう言えば、あの設計図はどこまで完成したの?」
「え?」
唐突にリリスは、アンティキティラ島で見つけた設計図の話をふる。
「えって、貴女。作るんでしょ?あの機械」
「その積りですけど……………何故、今?」
「少し気になってね。どうせ、時間があるんだから、どこまで進んだのかを教えなさい」
リリスに言われてマリアは、困ったように眉を潜める。
「実は、まだ手をつけていません」
「あら?貴女にしては珍しいわね」
「飛行船で集めた部品で組み立てようとはしたんです。………でも」
「『組み立てられなかった』そうでしょう?」
「………はい」
マリアは、小さく頷いた。
実際に設計図に描かれた部品と同じような部品をマリアは見繕い組み立てをしようとしたのだ。
しかし、リリスが言うようにいざ、組み立てようとすると、不思議なくらい部品と部品の噛み合わせが合わず、なおかつ、これじゃ駄目だという思いが浮かび上がり、いつの間に手が止まっていた。
「何故でしょうか?リリス先生は一度、あの機械を作ったんですよね?そのとき、部品は全てオーダーハンドメイドで作ったんですか?」
「そうねぇ〜」
マリアからの質問にリリスは、どこまで助言しようかと考えるように一度、マリアから視線を外すと虚空を見詰める。
「ヒント、私は一人では作ってないわ」
そして、一言口にする。
「それは、他のシスターか牧師、神父さまと?………でも、あの島にはずっと一人しか教会関係者しか居なかったはずです」
「さあ?どうでしょう?」
リリスは面白そうにクスクスと笑う。
コン、コン、コン。
二人の会話が切りよいところでドアをノックする音が響く。
「どなたかしら?」
『ヴェルナー・フォン・ブラウンです、シスター・リリスさま』
「何の用?」
『至急、お会いしたいご用があります』
ドア越しのヴェルナーの声にリリスは小さく応じるとマリアに視線を送る。
マリアは頷く。
「入りなさい」
リリスが一言、許可を出すとカチャとドアが開き、ヴェルナーが入って来る。
「このような場所で、ご不便をお掛けします。シスター・リリスさま」
ヴェルナーは、まずリリスに腰を曲げて謝罪を口にする。
そして、マリアに向き直るとニッコリと柔らかい微笑みを向ける。
「マリアも、すまないね。もっと良い部屋があれば良かったのに」
「……………ヴェルナーくん」
マリアはヴェルナーを睨もうとした。
だが、少し赤く腫れた彼の頬を見た瞬間、彼女の表情に後悔の色が差す。
それに気付いたヴェルナーはクスッと笑う。
「これを気にしてるのかい?」
そう言って彼は頬を触る。
「気にしないで。君が感情のままに手を出してしまったとしても、君が望めば僕は喜んで反対の頬を差し出すよ」
そして、ヴェルナーはサッとマリアの前に立つと彼女の耳もとに顔を近づける。
「そして、僕は君の反対の頬にキスを送るよ」
「ヴェ、ヴェルナーくん?」
「マリア。何なら、今、君の頬に……………ぐぇっ!?」
急に変なうめき声を上げてヴェルナーの顔が遠のく。
誰かがヴェルナーの襟を引っ張り彼女から引き離したのだ。
「クラーディ!」
そして、その誰かを認識してマリアは嬉しそうに声を上げる。
「たく何を色気づいてんだよ、コイツ?」
「ヒィ!はっ、放せ!早く!」
「しばらく、そうしてろよ」
「あら、貴方は」
続いて姿を現した男をみて、リリスは眼を細める。
「ども、シスター。そう睨まないでもらって良いか?とりあえず、敵対する気はねぇから」
「そうね。理由を後で話してもらえるなら、そうしましょうかしら、人夫さん」
「そうしてもらえると嬉しいね」
苦笑しつつ、ジェームズが答えると彼はドアへと振り返り、入って来いよと言葉を掛ける。
すると、ヴェルナーと同じ白い神学校の制服に身を包んだパーサーが入って来る。
「マリア、無事かい?」
「パーサーくん!」
マリアはパーサーの姿を見るなり、駆け寄って抱きついた。
「マッ、マリア!?」
「良かった。本当に良かった。飛行船から落ちて死んでしまったかと………」
「マリア……………」
胸の中で涙を流すマリアの肩をパーサーはそっと抱き締める。
「おやおや、ふられてるぜ?」
「………黙れ。あれは一時的な吊り橋効果だ」
クラーディから解放されて距離を取っていたヴェルナーをジェームズは茶化すように声を掛ける。
リリスは、そんな様子を見てパンっと手を一回鳴らして一同の視線を集める。
「さあ、さあ、皆して再会を喜ぶのは結構なことだけど、そろそろ動くわよ、生徒たち。まずは、ヴェルナー」
「はっ!」
「現在までの貴方の進捗状況を教えなさい」
「……………何の事でしょうか?」
「もう、大体の事は察してるわよ。私の口で言わせる気なの?」
「………7割くらいです」
「そう、思っていたよりも仕事が速いわね。パーサー。今、私が知っておくべき事はあるかしら?」
「そうだ!首謀者が宮殿に向かっています!そして、後続の部隊が出るタイミングで皆を処刑すると!」
「そう。なら、時間はあまり無いわね」
リリスは一瞬だけ思考し、再び口を開く。
「二手に分かれましょう。マリア、パーサー、クラーディ、それにヴェルナー。捕虜の救出に向かいなさい。それと人夫くん」
「ジェームズだ」
「ジェームズ、貴方は私と来なさい。脱出手段を確保するわよ」
「おいおい、俺たちだけ二人か?」
「私が居るから、心配ないわ」
そこで一旦、リリスは皆を見渡す。
「ここからーー私たちのターンよ」
リリスの一言を皮切りにパーサーたちは頷いて行動を開始する。
そして、パーサーたちが部屋から出るとジェームズと二人になる。
「さて、行こぜ。シスター」
「そうね。でも、その前にジェームズ。貴方の前髪を上げて額を見せなさい」
唐突に言われてジェームズの動きが止まる。
そして、無言でリリスに言われた通り、前髪を上げて彼女に額を見せる。
「……………わかったわ。髪を下ろしなさい」
ジェームズの額を確認した瞬間、リリスの表情は険しくなる。
「それは私が何とかするわ」
「……………どうにか出来るのか?」
ジェームズの質問にリリスは無言で答える。
そして、行きましょうと促してコツコツコツと足早に部屋から出る。
ジェームズはため息を漏らし、その後について行くのだった。
少し間を置いてしまいしたが、何とか投稿出来ました!
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