小話 紅と蒼の攻防戦 一人称
英雄と勇者の旅の一場面です。
攻防戦とありますが特に意味はありません。
「アオってさ、なんで“僕”なの?」
勇者から唐突にされた質問に、英雄は動きを止める。暫し質問を吟味するように考え込み、内容を理解してから聞き返す。
「なんだ、突然?」
「う~ん、突然というか前から思ってたんだよ?でも聞く機会がなくてなんとなく聞きそびれてたんだけど、今思い出したし、時間あるし聞いちゃおっかなって!」
「ふ~ん」
特に聞いた理由はないらしい。
ただ、なんとなく馬鹿にされたような気がしないでもなかったので、テーブルの上にあった小刀――刃こぼれと錆びが酷く武器にはできない――を常人なら避けられない速さで、英雄が座ってるテーブルから右斜め十メートルほど先に立っている勇者の右目、目掛けて投げる。
勇者は、はい!っと声を出しつつ最小限の動きで避ける。
ふむ、ダメだな。
「75点、今ぐらいの速さなら避けるんじゃなくて掴まなくきゃな。戦闘中にも避けられない場面なんて、幾らでもあるんだから」
「それはそうだけど。避けられたんだから褒めてよ」
「お、口答えしたな?マイナス45点」
「うぇぇぇい‼」
勇者が奇妙な悲鳴を上げて崩れ落ち、身体を丸めて頭を抱え込んだ。それを神官が、よしよしと頭を撫でながら慰めていた。
その様子を英雄は、頬杖をつきながら無表情で見つめている。
ここはとある街の大きな宿屋の食堂。
この街で邪神の眷属が目撃されたと、《紫紺の太陽》のメンバーから情報を聞きやって来た。
更にはこの街の周辺では魔物の活動が著しく活発化していたので、人数が必要だと判断し、普段は散り散りになって活動している《紫紺の太陽》のほぼ全員を集めた。
こういうことは人海戦術で一気に片をつけた方がいい。
人数が多くなったので、全員が泊まれる宿を長期貸し切りにしてもらった。
ちょっとした高級宿だったので、結構な値段がした。
英雄が支払った。勇者が払えよ!と英雄は心の中で思ったが、《紫紺の太陽》は英雄のクランであるから仕方ない。
だが支払いの際、英雄が勇者に対してヤクザキック紛いの蹴りを背中に叩き込んでいたが、全員がスルーした。
それが心の平穏を保つ正しい在り方である。
そして今、話し合いの為に食堂に集まっていて、話し合いが一段落ついてお茶を啜っているところ。
そんな時に勇者からの質問があったというわけだ。
一連のやり取りは全員が見ていた。勇者一行、《紫紺の太陽》のメンバー、宿屋の従業員の女の子二名。
女の子二名は噂に名高い勇者一行と《紫紺の太陽》のメンバーに色めき立ち、先程から二人できゃあきゃあ囁きあっている。
自慢でもなんでもないが、勇者一行も《紫紺の太陽》も見目麗しい(ここ笑うところ)者が多いので目立つのだ。
別に顔で選んでる訳ではない。ないったらない。
只の偶然だ。本当だよ?
それは兎も角、何処に行っても似たような人達と態度なのでここにいる全員がそんな視線も態度も慣れっこで、半ばシカトしている。
これがトラブルに繋がらなければどうでもいい。
そんな女の子二名も、勇者と英雄のやり取りにドン引きしている。二人(特に英雄)を見て顔を引きつらせていた。
他の慣れている者まで微妙に口元を引きつらせていたり、英雄を恐ろしげにチラチラ見ていたりしている。
英雄の右隣に座っている聖女も苦笑いだ。
「別に理由なんてないさ。お前だって一人称は“俺”って言ってるけど、理由なんてないだろう?」
「それはそうなんだけどね?でもアオなら“俺”って感じだなぁって思ってさ」
何事も無かったかのように勇者が身を起こし話をする。いい意味で打たれ強い。
いや、この場合悪いのか?
「ふ~ん…………皆もそう思うわけ?」
勇者の言葉に、英雄は他のメンバーに視線を向ける。
視線を向けられた他のメンバーは、それぞれ微妙な反応をした。頷く者、目を逸らす者、首を傾げる者、苦笑いする者、どうでもよさげに茶を啜る者。
その反応を見て、英雄は勇者に視線を戻す。
「皆、興味ないってよ」
「…………少数の意見を取り入れたね………」
「まぁ、さっきも言ったが、理由なんてないよ」
英雄が笑って言えば、勇者は口を尖らせ、ぶー垂れていた。
その様子に困ったように笑った英雄は、想いを馳せるように目を瞑る。
理由はね、本当はあるよ。
でもね、【唯一の人】が“僕”好きだったなんて、こっ恥ずかしくて言えるかい!
読んで頂いてありがとうございました。




