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75・さらっと観察しましょう

サラ視点です。

 前を歩くその人の背中を眺めながら、これ迄のことに想いを馳せる。



 二ヶ月前に、私を取り巻く世界が全て変わった。

 両親が突然亡くなり、私はトリロ伯爵の奴隷にされた。本当になにもかもが突然過ぎて、私は何も出来なかった。

 両親にもう逢えないことに、ただただ泣いていた。


 奴隷に堕とされた私に、お兄ちゃんは笑って言ってくれた。


 “大丈夫だ。絶対に俺が助けるから。また一緒に暮らそう”


 その言葉を心に刻んで、私はお兄ちゃんの帰りを待った。

 たとえお兄ちゃんが向かった先が、とても危険な場所であるヴァルザ火山だったとしても、私は信じて待っていた。



 トリロ伯爵の館での生活は、辛かった。

 奴隷になったのだから、まともな生活など出来ないと頭では解っていても、辛かった。

 お兄ちゃんの言葉だけが、心の拠り所だった。



 だから、街を出ていったお兄ちゃんを、“自分だけ逃げた”と勝手な憶測で悪し様に言う街の人達が許せなかった。

 何度も言った。

 お兄ちゃんは逃げたんじゃない。私を助けるために行ったのだと。

 けれど街の人達は私の言葉など聞かずに、お兄ちゃんを侮辱した。


 だから私は彼らを許さない。

 皆の身体が、心が疲れてしまっているだけなんだと理解できても、許すことは出来ない。





 お兄ちゃんが街を出て、一ヶ月以上経って、心配で心が潰れそうになっていた。

 私を見捨てて逃げたなんて、これっぽっちも思ってない。

 危険な場所だから、怪我でもしてしまったんじゃないか、もしかしたら、魔物に襲われて…………悪い考えが頭を過る。


 ただ信じて待つことしか出来ないことが、堪らなく悔しかった。



 今日も伯爵の命令で、全裸になって寝室で待機していた。

 あの男は私や他の奴隷達に、性的な感情を持ってはいないのに、時折気紛れのようにこうして私達を辱しめる。


 寒くはないけれど、恥ずかしさで震えてきたので、ベッドへと上り身体を丸めて横になる。


 どれくらいそうしていたのか、人の声が聞こえた気がして目を開ける。

 かちゃりと音がして扉が開いた気配がした。伯爵が来たのかと思ったけれど、このまま狸寝入りを決め込もうと起きなかった。

 扉が閉じる音がした。だけど人が近付いてくる気配はなく、不思議に思ったけど、振り向くことはしなかった。


 そしてもう一度扉が開く音がして、直ぐに自分を呼ぶ声が聞こえた。

 それはずっと待ち望んでいた声だった。

 初めは空耳かと思った。でももう一度名を呼ばれて、今度ははっきりと聞こえたから、ゆっくりと振り向いた。

 そこにはいつも見ていた笑顔があった。


 「……お兄ちゃん……」

 「ただいま、サラ。待たせてごめんね」


 私は全身全霊でお兄ちゃんに抱き付いた。




 その後、お兄ちゃんが持っていた服に着替えて、扉の前で待っていた人と逢った。


 初めてその人を見た時は、変な人だと思った。

 ローブを着ていて、フードを目深に被っていたので顔が見えなかったからだ。

 でもお兄ちゃんの様子を見て、大丈夫なんだって安心した。

 その人のことを信頼してるんだって伝わってきたから。


 取り合えず此処から出ようってことになった時、お兄ちゃんの影からもこい獣が出てきて驚いた。

 その子に跨がり、倉庫街に向かってお父さんが借りていた小さな倉庫に入る。



 少しお兄ちゃんとこれまでのことを話していたら、ルカさんが倉庫に入ってきた。

 そこで初めて素顔を見ることが出来た。


 少し長めの薄い紺色の髪、前髪と黒の眼鏡で見え隠れしている夕陽のような淡い橙色の瞳、女のような綺麗さだけれど、しっかり男の造形をしたちょっと冷たい印象を与える無表情な顔。


 今まで私が見たこともない美形がいた。いや、本当に。私の周りには居なかったよ。こんな人。


 はしたなくも口を開けたまま見つめていると、私の視線に気付いたルカさんは、目元を和らげうっすらと笑みを浮かべる。


 おぉぉぉ………直視出来な~~いっ!


 瞬時に熱を帯びた顔を俯かせる。心臓が早鐘を打っていて、耳の奥でバクバクと音が響いている。

 あうあう……。



 その後、ルカさんの横顔をガン見して、目が合いそうになると逸らすという不審な行動をして、お兄ちゃんに嗜められたりしながら食事をして、ルカさんが出したマジックテントで寝ることになった。



 ベッドに横になって、食事の時にお兄ちゃんがしていた話を思い出していた。

 お父さんとお兄ちゃんがよく話をしていた英雄様の話。

 流れてくる噂で英雄様のことを聞くと、二人して楽しそうに話をしていた。

 お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、昔英雄様に助けて頂いたことがあるみたいで、逢ってお礼が言いたいっていつも言ってた。

 だから英雄様が邪神との闘いで亡くなったって聞いた時は、何日もずっと落ち込んでいたっけ。

 そしてトリロ伯爵が英雄様を侮辱したって聞いた時は、本当に怖かった。お父さんがあんなに怒っているとこ、初めて見た。お兄ちゃんも静かに怒ってた。


 私は英雄様にお逢いしたことがないから、特別な想いなんてなかった。お父さん達が助けてもらったから、逢えたらお礼を言いたいってくらいだった。

 勇者様と共に邪神を倒して頂いたから、心から感謝はしていたけれど。



 さっきのお兄ちゃんの言い方だと、ルカさんが英雄様だって言ってる気がしたんだけど、まさかね?

 だって英雄様は亡くなったんだもの。噂で聞いた容姿とも違うし。確かに共通点は多いかもしれないけど。


 もし本当にルカさんが英雄様なら、死んだことにまでして、全てを偽って旅をしている理由があるのかな?


 私がいくら考えても分からない。でもお兄ちゃんは確信を持っている感じだった。



 う~ん………分かんない!

 よし!これからルカさんを見ていよう!

 英雄様かどうかも気になるけれど、私自身が助けてもらったんだからしっかり恩は返さないとね!

 いつでも役に立てるように側にいて目を離さないようにしないとね。


 でも目を合わせることは当分、無理かな……











 

 

読んで頂いてありがとうございました。

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