42・ヒカエル?
「ねぇ、シン」
「何でしょう、ルカさん」
「あれ、何に見える?」
「ヒカエル、でしょうか?」
だよねぇ。
どう見てもヒカエルだよね。見た目は。
「助けてくれぇぇぇぇ‼」
「ガアァァァァァァァア‼」
鳴き声がカエルじゃないんですけど⁉どっから声だしてんの⁉
時間は十分程遡る。
ヴァルザ火山の右の林を目指し、ヤカサルの村を出た瑠華達だが、駆け出して直ぐに立ち止まる。
瑠華が、テトが、リトが険しい雰囲気を醸し出し前方を睨んでいた。一人首を傾げるシン。
「ルカさん、どうかしたんですか?」
「………………昨日は感じなかった気配がしてるんだ。ちょうどヒカエルの生息圏辺りで。かなり強い気配だね」
そう、瑠華達は危険を孕んだ気配を感じていた。昨日、シンを見つけたのはもう少し先になる。
けれどこんな気配は感じなかった。だからこそ余計に警戒していた。
瑠華達だけなら気にせずに行くが、今はシン(足手まとい)がいるから慎重に考えていた。
「…………シン、もう一度だけ言っておく。絶対にリトから離れるなっていうか降りるな」
「…………分かりました」
瑠華達の雰囲気が伝わったように、シンも真剣な顔で頷いた。本当は通らないのが一番なんだけど。
シンにはアイテムボックスに入っていた冒険者の服と、防御に特化した装備を着けさせた。
〔輝ける白き光〕
聖魔法の最上級防御結界、『白き光』と同じ効果が付与された白い上着。同じ最上級だと若干のダメージをくらってしまうが、上級魔法なら無傷で防げる。
〔死神の衣〕
名前は非常に物騒だが、状態異常と精神系異常をある程度防いでくれる黒のローブ。
名前はないが、鋼鉱石の鈍器にもなる杖。
後は回復薬を含む各種の薬、水氷を中心にした魔石などを、腰にしていたポーチに入れて渡してある。
もし離れてしまっても大丈夫なように。
再び駆け出し、ヒカエルの生息圏に近づいていく。危険な気配が邪魔をしているが、他にも魔物の気配ともしかしなくても人間の気配も混じってる?
「テト、人間の気配する?」
「ウム、五人程いるな。魔物に追われているみたいだぞ?こちらに近づいてくる」
僕の耳にも聞こえ始めていた。叫ぶような悲鳴のような声。男女数人分。
「シン、どうやら人間がいるようだ。こちらに向かってきている」
「助けるんですか?」
「求められればね」
おやっと思い、シンを見つめる。
少し意外だったからだ。
シンは間髪を入れずに助けてあげてほしいって言うのかと思った。職業通り、商人寄りの考えなのかな?
人の気配はこちらに向かってきていて、瑠華達も駆けているので直ぐにお互いが見える距離まで来た。
既にヒカエルの生息圏には入っている。
「うわぁぁぁぁぁ‼」
「きゃぁぁぁぁぁ‼」
こちらに向かってきている冒険者?達は無我夢中、脇目も振らずにって言葉そのものの体で、走っていた。
冒険者達が見えるということは、彼等を追っている魔物も見えるわけで。
いや、実は彼等より先に見えていたんだが、見ないようにしていただけである。
「…………なんというか言葉がないな」
「ちょっと表現に困りますね」
その魔物を見て、思わず立ち止まってしまったテトとリトが、近寄りたくないという風に後ずさる。
「助けてくれ‼」
先頭にいた剣士が瑠華達に気付き、助けを求める。瑠華は心から見捨てたくなってしまったが、助けるしかなかった。
あの魔物は恐らく、瑠華達まで獲物と捉えただろうから。
改めて前方を見る。あれが間違いなく危険な気配の正体だろう。
冒険者達の後方十数メートル先、無数の火の玉が跳んでいた。
まぁ、それはいい。ヒカエルがスキル「火体」を使って炎を纏い跳んでいるだけだから。
問題はその後ろ、ちょっと跳ぶ度にどしんっと地響きがする(その度に冒険者達が転びそうになっている)、悠然と聳える小山?と見間違う程の大きさをもつ、ヒカエルの姿がそこにあった。
十メートルはありそう………………
いくらなんでも、デカ過ぎじゃね⁉
エンペラーフレアガエルキング
レベル70 蛙種 属性 焔 フレアガエルキングの異常種
HP A(赤) MP D(赤)
スキル 同種族支配 能力向上 火体
魔法 無し
状態 愉悦
名前に突っ込みてぇ‼
皇帝なの⁉王様なの⁉どうしてそうなった‼
目に入ったので、スキル「完全解析」で見たら脱力した。しかも異常種って……………ギルドの受付嬢に聞いていた異常種と違うから、未発見ということになる。
でも流石蛙種、魔力が低い。スキルの「同種族支配」はそのままの意味だから、ここにいるヒカエルはアイツの支配化にあるということ。
「能力向上」もそのままだろう。
状態の愉悦ってこの状況、冒険者達を追いかけて殺すのを楽しんでるってことだよね?
性格、悪いなぁ…………
「シン、君はここにいなさい。リト、シンを頼んだよ」
「はい」「ええ」
「じゃあ、テト行こうか」
「………………」
テトに声をかけたが、返事がなかった。
この間にも、冒険者も魔物も近づいてきている。
どうしたのかと、テトの顔を覗き見ようと背中から降りる。
「主よ、一人で行ってくれ」
「ん?」
「我はあれに近づきたくない。だから、一人で行ってくれ」
「…………………」
瑠華は無言で、ついでにフードで見えないが無表情で冒険者達の方に走り出す。
大きく息を吸って、
「薄情者――‼」
心からの叫びを上げながら。
その声に冒険者達が顔をひきつらせ立ち止まりそうになったが、助けてくれそうな雰囲気だったのでそのまま走り続け、瑠華の横を通っていった。
瑠華はそのタイミングで、アイテムボックスから出していた水の中級魔法が込められている魔法石を、周りを跳び交っているヒカエルに向かって投げる。
魔法石が割れ、瑠華の前方に『ウォーターウェイブ』が発生しヒカエルを呑み込む。
「これで雑魚は死ん……………………でないしぃ」
スキル「火体」の炎は消せたようだが、ヒカエルは生きていた。体制を立て直し、向かってこようとしている。
もしかしてエンペラーフレアガエルキング(名前が長い‼)の、スキル「能力向上」って支配化においた魔物に対してのものなの⁉
なんなの?
お前、なんなの?
ヒカエルの進化体のくせして………………
デカいし、皇帝だか王様だか分かんないし、蛙だし、ぶよぶよで気持ち悪いし、可愛い従魔は自由だし、デカいし……………
瑠華は俯き魔力を練り、詠唱を始める。
『荒ぶる氷雪の乙女達よ。汝らの意義を示せ。汝らの心を叫べ。汝等の存在を知らしめよ。汝らの心の赴くままに力を振るい、世界の全てを白銀へと誘え。』
少し遠くにどっしりと佇むデカガエルを見据え、八つ当たりな怒りを込めて魔力を解放する。
「名前がなげぇんだよ‼ブリザード‼」
瞬間、周囲に恐ろしい音をたてて、氷の嵐が吹き荒れた。
数分にも及ぶ氷の嵐は、次第におさまり消えていった。後には傷付き凍り付いて絶命したカエルが転がり、文字通り白銀の世界が広がっていた。
よし‼これぞ、チート‼
すみません。てへ♪
読んでいただいてありがとうございました。
最後ちょっとアホっぽく終わらせてしまいました。
主人公の機嫌を治す為に。




