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34・希少種

 瑠華が人を掻き分けて進みギルドの前まで来ると、ざわめきが一際大きくなった。


 ギルドの扉は開け放たれ、中からは大きな声、というか怒鳴り声が飛び交っているのが聞こえる。

 瑠華は扉の端からそっと中を覗き見る。(はた)から見たらかなり怪しい人物だが、どうせ誰も気にしないだろう。それほど街はバタバタしていた。


 ギルドの中には冒険者達とギルド職員の制服を着た人達、そして甲冑に身を包んだ騎士達が、険しい顔で話をしていた。



 漏れ聞こえる会話を整理すると、

 ・夜明け前にヤカサルの村が希少種に襲われた。

 ・希少種はヤカサルの村に駐屯していた騎士団と交戦し、討伐こそ出来なかったが追い返したこと。

 ・希少種との交戦で騎士団の3分の2程の死傷者が出たこと。

 ・その為、ヤカサルの村から援軍要請があったこと。

 ・ヤカサルの村に騎士団とギルド所属の冒険者が援軍として行き、それに伴い街への人の出入りを制限し、残った冒険者に警備についてもらうこと。



 こんなところか。

 それにしても困ったな。人の出入りを制限するってことは、下手したら街から出られなくなるかもしれないってことだ。

 直ぐに街を出ようと思うが、その前に丁度前を通りすぎていった、昨日話をした受付嬢がいたので呼び止める。

 名前は知らないけれど。


 「すみません!」

 「は、はい‼」


 周りが煩いので瑠華が若干強めに呼んだら、飛び上がらんばかりに驚かれた。


 「えっと、失礼」

 「あっ、貴方は昨日の?」


 良かった。覚えててくれたみたい。

 フードを目深に被ったローブ男なんて、そうそういないせいだろうけれど。


 「希少種が現れたって聞いたんですが?」

 「はい、そのせいでギルドも対応に追われていまして…………」

 「希少種、ついでに異常種について分かってることだけでいいので、情報を教えて頂けますか?」

 「はい、ヤカサルの村を襲ったのは、ファイアーレックスの希少種だそうです。体長は三メートル以上あり、水魔法耐性を持っているみたいです。

 異常種はレッドビーの進化体で体長は五十センチ程、蝙蝠種のような羽が生えており、スキル「火体」を持っているらしいです」



 うわぁ、聞いただけで面倒くさくなっちゃった。スルーしたいなぁ…………ダメかな?…………きっとムリなんだろうな。




 「あの、それで何かご用でしょうか?」

 「ああ、そうだった。通常の依頼の手続きは、一時停止ということになりますか?」

 「はい」

 「なら通常の依頼の完了手続きについても、魔物の売却の受け取りも、後日でいいってことですよね?」


 受付嬢がしっかり頷くのを確認して、口元に笑みを浮かべる。


 「そうですか、引き止めてすみません。ありがとうございました」


 瑠華は小さく頭を下げて礼を言い、扉から離れて急いで門へと向かう。通りにも人が溢れて騒いでいるので、大分難儀したが。



 蹴散らしてやりたい。



 イライラして物騒な考えが過るが、瑠華は気持ちを抑えて突き進む。

 途中何度も他人の足を踏んでしまったが、ご愛敬(あいきょう)ということで許してもらおう。


 門には騎士が張り付いていたって言ったら失礼になるが、瑠華の気持ち的にはそう見えた。

 厳しい顔で周囲を警戒し目を光らせていた。



 まぁ、希少種が来るかもしれないってことだから、不安恐怖緊張と、いろいろあるのは分かるんだけど………………あそこに行くのイヤになるから、睨み付けるように通行人を見るの止めてくれないかな?



 はぁとため息を吐き、門の左右にいる騎士の中で、比較的話しやすそうな人物に声をかける。


 「失礼、街を出たいのですがいいですか?」

 「今、街の外に出るのは危険です。ファイアーレックスの希少種が、この街の近くにいるかもしれないのです」

 「ご忠告は有り難いのですが、どうしても街を出たいのです」

 「…………………分かりました。十分に気を付けて下さい」


 話を聞いてくれる人で良かった。




 瑠華は門から出て、ヤカサルの村の方角に軽く走りながら向かう。門から離れて騎士の目が届かなくなった辺りで、テトを呼ぶ。影から出てきたテトに跨がりながら、周囲を見回す。


 「風に流れて血の匂いが漂ってる」

 「うん、本当にこちらに向かってるのかもしれない」


 サピセスの街からヤカサルの村まで馬車で一日。

 テトならちょっと本気で走れば二、三時間で着く距離。

 でもファイアーレックスは愚鈍で足が遅い。夜明け前に村を襲って傷付いた体で走ったならば、まだ半日以上の距離があるはず。

 このまま進めば必ず出会う。


 瑠華は右手でテトの首に掴まりながら、左手に一振りの剣をアイテムボックスから取り出す。



 銘を〔細雪〕

 普通の鉄剣と氷の精霊石、そして“万年雪の雫”という貴重の中の貴重、超貴重な素材を使って打たれた精霊剣。

 柄と鞘は水色で、刀身は“万年雪の雫”の効果で白銀に光っており、絶対零度の凍気(とうき)を放っている。

 刀身は素手で触れると、触れた箇所が凍ってしまう。身体は勿論、少しかすった服なども容赦なく凍らせてしまう、ちょっぴり扱いに困っちゃう剣でもある。

 鞘にしまってあれば触れるけれど。



 だから魔物、特に火属性の魔物には絶対的に強い。

 ただし氷耐性を持つ敵には効果は薄い。元が普通の鉄剣なので剣自体の攻撃力は低く、氷の効果が薄いと心許ない上に、本当に貴重な“万年雪の雫”を使っているので勿体無いどころではない。

 硬い魔物とかにも勘弁だ。

 本当はミスリルあたりと合わせたかったが、何故か拒絶反応が起きるので、仕方なく普通の鉄剣になった。


 鍛冶を頼んだ、元旅の仲間のドワーフと泣く泣くだ。


 そういうことで使う場面を選ぶ剣だが、火属性のファイアーレックスなら効果は絶大だろう。

 ステータスを解析してみないと絶対とは言えないけれど。




 そのまま進んでいくと、前方にファイアーレックスによく似た姿をした魔物が見えた。


 その姿は満身創痍に近く、街を襲いに行くというより、騎士団から逃げてきたと言った方が正しい気がする。


 相手の姿が見えたので、スキル「完全解析」を使う。



 フレアレックス 

 レベル58 竜種 属性 焔 ファイアーレックスの希少種

 HP E(赤) MP D(青)

 スキル 焔のブレス 体当たり 尻尾殴打

 魔法 焔魔法下級


 状態 瀕死



 HPがEの赤。もうギリギリというところだろう。放っておいても死にそうである。状態が“瀕死”になっているくらいなのだから。

 氷耐性は持っていない。



 それにしてもスキルの「尻尾殴打」ってだっさい名前。





 左手に〔細雪〕を握りしめて、走っているテトに一声かけてから飛び降りる。

 体勢を低くし、居合い斬りの構えをして踏み込み、フレアレックスとのすれ違い様に抜刀する。

 胸から首を深く斬り上げ、致命傷を負わせる。


 流石、下級でも竜種。体を真っ二つにする気で斬ったのに、出来なかった。



 剣を折りたくない一心だったから、力を抜きすぎてしまった。



 フレアレックスの体は斬られた部分が凍りつき、キラキラと光っている。重い音をたてて倒れ、その場でもがいていたが直ぐに動かなくなる。


 剣を鞘にしまい、アイテムボックスに入れて一息つく。


 フードの中に隠れていたマリアとムツキが顔を出したので、ゆっくり撫でながら謝罪をする。


 「随分簡単だったな」


 少し遠くに離れていたテトが近づきながら言った。


 「ヤカサルの村にいる騎士団が頑張ったんだろ。あのままほっといても死んでたよ、きっと」


 フレアレックスの遺体をアイテムボックスに入れる。後で報告しなくちゃいけないだろう。


 「テト、ヴァルザ火山の入り口に行って」

 「ヤカサルの村には行かないのか?」

 「先にヴァルザ火山の入り口を確認したい。ギルドの受付嬢がヴァルザ火山に人が入らないよう、騎士が見張ってると言っていたから、別の場所から入らなくちゃいけないかもしれない」

 「成る程」



 テトは納得したように頷き、背中を向ける。


 背中に跨がるとテトはヴァルザ火山に向けて駆け出した。






 

読んでいただいてありがとうございました。

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