31・サピセスの街 その三
少し30話を見直しました。
ではどうぞ。
商店街の方角に足を進めていくと、直ぐに客引きの声が聞こえてきた。
「あっ、そこのフード被ったローブの人!宿が決まってないならうちにしない?」
12、3歳の薄い茶色の髪を後ろで一本に縛った女の子が、元気に声をかけてきた。
彼女の後ろには二階建ての品の良さそうな宿屋があった。瑠華は彼女に近づき聞いてみる。
「お風呂ってついてる?」
「お風呂?共同風呂でいいならあるよ」
共同かぁ。まぁ、風呂があるならいいか。日本人としてやっぱりお風呂はなくちゃだよね。
「じゃあ、一泊いいかな?」
「ありがとうございます!宿の中にどうぞ!」
彼女の後について宿屋に入る。宿屋の中も清潔に保たれていて綺麗だった。この宿は当たりかもしれない。
彼女は食事スペースでテーブルを拭いている女性に大きな声で話かける。
「お母さーん!金づる連れてきたー‼」
金づる⁉前言撤回‼何てこと言うの!?
「こら!アーシャ!お客様に何てこと言うの!?」
「えー、だって本当のことじゃん!」
良かった。母親の方はまともそうだ。
彼女が普通だったら即行で出ようと思ったよ。
「申し訳ありません、お客様。娘にはきちんと言い聞かせますので。お泊まりは何日でしょうか?」
「………………一泊でお願いします」
「はい、銀貨五枚になります。お食事はいかがいたしますか?別途料金は頂きますが」
「では夕食だけ」
「はい、銅貨五枚になります」
アイテムボックスからお金を取り出し手渡す。
「少し出てきますので」
「分かりました。お戻りになりましたら鍵をお渡ししますね」
一つ頷き戸から出ようとした時、後ろから親子の会話が聞こえてきた。
「お客様の前であんなこと言ってはダメよ?」
「だって本当のことでしょう?」
「本当のことだからダメなのよ。陰で言いなさい」
ちょっとお母さん!?聞こえてますよ⁉
親子の会話に脱力しながら通りに出て門を目指す。
その途中ふと雑貨屋の店先に、【カイン】の時に使っていた腰に付けるタイプのカバンと似たデザインの物が目に入る。
黒に近い焦げ茶の四角い変わったデザインのもので容量は結構入りそう。前にヒモが二本垂れてるのもなんかいい。
銀貨一枚だし、買っちゃおう!
店の中にいた店主にお金を支払い、ローブの下に腰に付ける。
今更な気がするけど、アイテムボックスは隠した方がいいと思うし。本当に今更な気がするけれど。
衝動買いだったけど、良い買い物が出来て少し浮かれながら瑠華は門の兵士にギルドカードを見せて街を出る。
門から少し離れたところでテトが影から出てくる。テトは瑠華の顔をじっと見つめる。その目は面白そうに、愉快そうに細まっていた。
「………何?」
「いや、あの親子がなかなか愉快な人間だったからな」
「ああ、確かにあそこまでキッパリ言われれば逆に清々しいよね。接客業としてはどうかと思うけれど」
テトはおかしそうに体を震わす。フードの中で丸まっていたマリアとムツキは、フードから出て肩にお座りして澄んだ空気を吸っていた。
そんな従魔達を順番に一撫でし、気持ちを切り替える。
「テト、魔物の様子が見たい。近くでいいからいたら教えて」
「分かった…………………………あちらの方に気配を感じるな」
テトが示したのはやはりヴァルザ火山の方角だった。
テトに跨がりゆっくりと草原を駆けていく。
少し遠くで他の冒険者が魔物と戦闘している様子が見えたが、危うげなく見えたので放っておく。
基本的に冒険者が戦闘している時は手を出さないのがルールになり、冒険者ギルドに登録する際に説明される。当たり前のことだと笑うかもしれないが、その当たり前が分からない、出来ないという者達がいる。
過去に何度もそういった行為が問題になってギルドが対処していたそうで、その為登録時に態々説明しているというのに、年に何度かギルドに報告され問題になっているらしい。
ギルド側としてもとても頭の痛い話だと、ジルトニア皇国の皇都にある冒険者ギルドのギルマスがよく愚痴っていた。
他の冒険者の戦闘には手を出さないのがルールだが、助けを求められたら助けなければならないというのもルールとしてある。
但しこのルール、絶対に守らなければならないといわれると実はそうではない。
だったらなんでそんなルールがあるんだという声も上がるけれど、ギルド側としても冒険者に強制出来ないからだ。
冒険者は自らの身体と武器がなによりも大事だ。それがなくては冒険者などやっていられない。
もし助けに入って身体や武器が損傷などしたら誰が責任を取るのかと、弁償してくれるのかと言われてしまったら、ギルド側は強制なんてできはしない。できるはずがない。
故にルールがあっても実際に守っている者は少ないだろう。
助けを求められて助けるのは実力があり、余裕がある者くらいだろう。
不条理かもしれないが、常に死と隣り合わせのこの世界では仕方ないのかもしれない。
ちなみに【カイン】は助けを求められたら助けるが、報酬など貰うものはキッチリ貰っていた。
無償などやっても良いことなど皆無であるからだ。
閑話休題
戦っている冒険者達から視線を外し、遠くに悠然と聳えるヴァルザ火山を見てから、その少し手前に位置するヤカサルの村を思い浮かべる。
その時テトに呼ばれて視線を前方に向ければ、魔物がこちらに向かってくるのが見えた。
「テト、止まって」
テトが止まり魔物が近づくのを見据えながら、「完全解析」のスキルを使う。
ファイアーファング
レベル13 狼種 属性 火
HP E(緑) MP E(青)
スキル 遠吠え 噛み付き 爪術
魔法 火魔法下級
ファイアーファングはここら辺で見かける一般的な魔物だ。ヴァルザ火山の影響で火属性の魔物が多く、使う魔法も火属性ばかり。
その為トシュッゲル王国の冒険者には、水と海あるいは氷の魔法を扱う者が大半だ。
水海氷の魔法石も需要が高い。
サピセスの街の周りに広がる草原の魔物の基本レベルは10。レベル13くらいなら普通だ。
スキルの「遠吠え」は仲間を呼ぶ。「噛み付き」と「爪術」はその攻撃の威力を増すもの。
MPがEの青だから2、3回しか使えないだろう。
テトから降りて目の前に迫るファイアーファング三体を見つめたまま、腰に差していたミスリルの長剣を右手で無造作に抜き放つ。両足に“気”を巡らせて力を入れ、跳躍して一歩でファイアーファングに迫り、すれ違いざまに三体全ての首をはねる。
斬られた首から血が吹き出し体が倒れる。
アイテムボックスから地の魔法石を取り出し地面に穴を開けて、ファイアーファングの頭と体の血抜きをしてから穴を塞ぐ。
ファイアーファングは焼いて食べると美味しいので、体はアイテムボックスにしまっておく。
「テト、まだ近くに魔物はいる?」
「ああ、ちらほらと」
「ふむ、夕方の鐘まで時間あるし狩っとくか」
再びテトに跨がり、魔物がいる方に行ってもらう。魔物がどれ程ダンジョンの影響を受けているのかも、調べる為にも狩っておこう。
読んでいただいてありがとうございました。




