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17・静かな眠りを

 僕は、二人のことはよくは知らない。



 僕は元々クラスメイトと話をすることはあまりなかった。挨拶を交わす、授業内容の確認など最低限の交流くらいだ。

 別に対人関係が苦手とかそういうことではない。ただボケっとしたり、小説を読んでる方が好きだっただけである。

 常に孤児院組の誰かが側にいたということも理由の一つかもしれないが。



 だから僕は、二人のことはよくは知らない。


 知っていることと言えば、彼等が普通のどこにでもいる平凡な只の良い奴等だということだけ。


 普通の高校生らしく、勉強に嘆いて休み時間にバカやって騒いで部活で汗を流す、そんな当たり前な生活をしていた17歳の男の子。


 高橋勤(たかはしつとむ)中澤昇(なかざわのぼる)

 この二人とは、環と櫂がよく話をしているのを見かけていた。環や櫂をとおして挨拶や会話をしたことがある。

 二人に聞けば、「友人」と答えるだろうそんな関係。



 だからこれだけは言える。


 高橋と中澤はこんな理不尽な死に方をしていい人間じゃあない。あんなゴミのように打ち捨てられていい存在ではない‼


 「…………はは…………」


 ああ、身体が熱い。怒りがマグマのように沸き上がる。

 口が笑みを形作る。


 嗤える。







 怒りとともに溢れる殺意を抑えず二人の男に視線をやれば、短い悲鳴を上げ全身を震わせて後ずさる。

 瑠華が一歩歩み寄れば、震え上がりながら杖を前に構え魔法を放とうとする。歯がガタガタと鳴り、声が震えていればマトモな詠唱などできはしないだろうが。


 瑠華は無言で腰を落として、一瞬で一人の男の前に行き首を掴んで地面に叩きつける。本気でやれば頭蓋骨を粉砕してしまうので加減は出来ている。ただそれだけで男は意識を狩られたようだ。

 速すぎて何がなんだか分からず、棒立ちになったもう一人の男の両肩を掴み足払いをかけ仰向けに倒す。倒れた男の胸の上に乗り左膝を右肩、足を手に乗せて固定して身動きを奪う。

 その状態で右手で首を軽く握り問いかける。


 「……………お前達が召喚の儀式をしたのか?」

 「き、貴様はなんなんだ………?」

 「質問しているのはこちらだ」


 首を握る右手に力を込めれば、引きつった声が漏れる。瞳に恐怖を宿しながら小さく頷く。


 「……………なんの為に?」

 「そ、それは…………」


 男は瞳を揺らし口を開いたり閉じたりしている。その様子を無表情に見下ろす。


 「………………い、言えない…………」

 「………………へぇ……………」


 この状況でそんなことが言える相手に対して、不敵な笑みを浮かべる。なかなか根性あるんだなと思ったら、どうやら違うみたいだ。

 男の首に紋様のようなモノが見えた。その意味に気づき顔をしかめる。


 「…………『静寂の呪い』か………」

 「……………」



 『静寂の呪い』

 月魔法の一種で相手に特定の言葉、話などを言えなくする呪いである。

 月魔法は他属性に比べ特殊性が高く、精神系、状態異常、呪いなど精神人体に影響させる魔法が多い。その分制御は難しく術者にも何らかの影響が出ることもある。


 女狐がよく使っていた魔法だ。



 「成る程、『静寂の呪い』なら言えないか……」

 「そ、そうだ!だからもういいだろう?」

 「ああ、そうだな」


 男の言葉に頷けば、安心したように力を抜く。その様を見て再び口角が上がる。



 そんな都合いいわけないだろう?



 「もうお前達には用はないから死んでもらう」

 「何故⁉」

 「何故?用が済んだら殺す。意味を無くしたら棄てる。お前達のやり方じゃないか」

 「――――ッ⁉」


 男が目を見開き、瑠華を凝視する。


 「貴様はいったい…………」


 三度(みたび)の問いかけ。今度は答えてやる。


 「アナリリスの女狐、と言えば分かるか?」

 「そ、その呼び名は⁉」


 どうやらそれだけで僕に気づいたようだ。それもそうだろう。あの女の下にいたら僕のことは嫌というほど聞いているだろうから。


 「それは、忌々しいあの男があの方を呼ぶ時の呼び名………何故だ………貴様は死んだはず…………」

 「その説明はこれから死に()くお前には不要だろう?」


 男の呟きには鼻で笑って答える。


 けれどその前に、やることがある。


 男達が逃げないよう両手両足を砕き、叫び声が煩いのでローブで猿ぐつわをする。


 立ち上がり、クラスメイトに近付く。






 高橋と中澤が横たわる側に膝立ちし、二人を仰向けにする。やはり間違いなかった。

 認めたくない事実に向き合い、目を閉じて俯く。


 二人の死に顔に感情は見えない。

 突然知らない場所にやってきて、どんなに心細かっただろう。

 どんな経緯でこんなことになってしまったのかは知らないが、訳が分からず突然理不尽に与えられた“死”は、どんなに恐ろしかっただろう………


 二人が味わってしまった恐怖を、もう瑠華は知ることが出来ない。そこで生まれた感情を聞くことが出来ない。



 どうしてこんなことになってしまったのだろう?



 答えの出ない疑問が頭を占める。


 気を落ち着かせるように深呼吸をし、虚空を見上げる。


 「闇の精霊王様、ここで何があったのか教えてもらえないでしょうか?」


 姿は見えないが気配は感じる。

 だがそこにあるのは静かな拒絶だった。ここに住む精霊達は極度の人間嫌いだ。

 分かってはいたが落胆は拭えない。でも二人をこのままにしてはおけないので、それだけは頼まなければ。


 「二人をこの地で眠らせたい。どうかそれだけは許してほしい」

 「―――――いいだろう…………」


 厳かで静かな声が頭に響く。どんなに人間を嫌っていても、人の願いを許すその優しさに心からの笑みを浮かべる。


 「感謝します、ありがとう」


 魔術陣が描かれた地面の先に、小さな湖がある。そこなら二人の眠りを邪魔する者はいない。



 アイテムボックスから氷の魔石を取りだし両手に一つずつ持ったまま、先ずは高橋を運ぶ。水に沈める前に魔石を砕き、氷で高橋の身体全体を覆う。それから水に静かに沈める。

 中澤も同じようにする。


 湖の底は暗く上からは見えない。だけどそれでいい。


 「水の底は暗くて寂しいだろうけど、精霊達は皆優しいからずっと二人を見守っててくれるよ。環や櫂、多分居ると思う(こずえ)先生も連れて後で皆で一緒に逢いに来るよ。だからそれまではゆっくり休んでくれ」






 どうか痛みも苦しみもない静かな眠りを、二人に。




読んでいただいてありがとうございました。

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