第三章 7 クラスのお家芸
翌日。朝のホームルームが始まる前の時間。
乃子と、完全にスカートを穿きこなした紘は学校の廊下を歩いていた。教室に入ると、クラスメイトが挨拶をしてくる。
「おはよう広院さん」
「おはよー乃子ちゃん」
乃子は適当に、「うぃー。おはよ」と挨拶を返した。
「ところで、その子は誰?」
クラスメイトの一人が、女の子になった紘を示してそう言う。
「あー、この子は紘よ。種神紘。わけあって女の子になってしまったのよ」
乃子は隠さず素直に答える。すると、クラスメイト中の視線が紘に集まった。中には、完全に目の色を変えて紘を見ている輩もいた。
「紘!? 本当に紘なのか!?」
「マジであの種神か!? あの種神が君なのか!?」
「ほんとに紘君なの!? 嘘じゃなくてほんとに!?」
クラスメイトが一斉に紘を取り囲んで口々に言う。あれ? こんな感じの展開、前に見たことがあるような気がするんだけど。気のせいよね?
『気のせいではありませんよ乃子っち。取り囲み芸は、昨日のホームルームの時間に一度やりました。顎を打ち抜いてやった時のあれです』
あー、あれね。そうそう、あれあれ。決して忘れてなんかないわよ?
「でも紘の面影はあるよな! お前もともと女顔だったし!」
「銀髪ロングヘアーになってるけど、確かに顔は女っぽくした紘だよな!」
「でも女の子として十分可愛いわよ! 女の私が言うんだから間違いないわ!」
紘を取り囲むクラスメイトは、一向に彼を解放してあげる様子がない。それどころか、ついにどこかの誰かがおかしなことを口走り始めた。
「紘! いや紘さん! 俺の彼女になってくれませんか!? お願いします!」
「えぇ……。僕は男だぞ……? 心は」
「それでもいい! どうかお願いします! 紘さん!」
「お前! それって女の子の体なら何でもいいってことじゃねぇか! 許さんぞ!」
「そうよ! 紘ちゃんは男子の心なんだから、野郎なんかに渡せないわ! 女子である私の方が、ふさわしいに決まっているのよ! だから私の彼氏になってくれない!?」
またもやクラス中がてんやわんや、大炎上である。この流れをお家芸にしたいのかしら、このクラスは。あたしは好きだけどね、この流れ。
「あーもう、静まれみんな。この際だからはっきり言っておくぞ」
紘はそう言って、一度クラスメイトを遠ざけるように右手を突き出した。それから手を突き出したまま、全員を一度遠ざけるようにぐるりと一周体を回す。
全員が一歩離れたあと、紘ははっきりと宣言した。
「いいか、僕は女の子になっても男と付き合う気はないし、女子とも付き合う気はない。なぜなら、すでに広院乃子が僕の彼女であり生涯のパートナーだからだ。この際だから、はっきり言っておくぞ」
ひゅぅ~~、イッケメーン!
『これはイケメンですわ。ここでこれを言えるあたり、紘さんはやっぱり主人公ですね』
紘がクラスメイトに向かってそう言うと、さすがのクラスメイトたちも何も言わなくなった。
これでこの一件は終わり。
――かと思ったが、頭のネジが足りないクラスメイトたちが、これで終わるはずがなかった。
「紘がそこまでの奴だったとは! 俺は感動したぜ!」
「そう言われちゃあ何も言えないよな! 必ず広院さんを幸せにしろよ!」
「二人とも、末永くお幸せにね! 結婚式には絶対行くから!」
どうやら、クラス公認のカップルとなってしまったようだった。しかも、誰一人悲しそうな顔をしたり、不満を言ったりするといった様子が見えなかった。これは完全に全クラスメイトから祝福されてしまっているようである。
「あ……うん。ありがとう……みんな……」
クラスメイトの予想外の反応と展開に、紘は戸惑ったようにそう言うことしかできないようだった。あーあ、これはもうなかったことにできないわよ。後戻りできないわよ。
そのうち、朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響くと、クラスメイトたちはそれぞれ自身の席へと戻っていった。乃子と紘も、担任の先生が来る前に自分の席に着席する。
それから乃子は左隣の席に座る紘に、囁くように声を掛けた。
「(何で勢いで、あんな嘘言っちゃうのよ?)」
「(ああすれば、すぐにその場を抑えられると思ったんだよ。……それで上手くいったけど、まさかの斜め上方向に上手くいきすぎた)」
「(まあこのクラスメイトたちじゃあ、ね。もうなかったことにはできないわよ?)」
「(くそう、おかげでいつもお前と、ラブラブを演じなければならんのか……)」
もしこのあと、紘があたしと破局したことがクラス中に発覚したとする。もしくは、本当はそんな関係ではなかったことがバレたとしよう。このギラギラした目の、頭のネジが足りないクラスメイトたちのことだから、もしそんなことになったら、紘は彼ら彼女らに殺されることになるだろう。物理的にも、社会的にも。
その光景がありありと想像できる。だからこそ紘は、あたしとのラブラブを演じきらなければいけないのだ。少なくとも、あたしが紘の前からいなくなるまでは。
「(いっぱいラブラブしましょうね、ダーリン)」
「(ダーリンと言いつつ体は女の子だけどな)」
「(まあね。そうなんだけどね)」




