第三章 6 裸ネタは鉄板
『あと私、久しぶりに喋りました。忘れてませんよね?』
忘れてませーんよ、あたしは。――あたしは。
「……まあいい。脱ぐぞ」
紘が先に折れ、横を向きながらそう呟いて衣服に手をかけ始めた。それから乃子も隣に立って上着を脱ぎ出す。あたしは上から脱ぐ派である。
「まさか男としてブラを外してあげるよりも先に、自分で自分のブラを外すことになるとは」
紘が背中に両手を回しながら、独り言のようにそう言う。
「ブラを外してあげるって……あんた三次元に興味あったの?」
「何だそれは。まるで本の中のヒロインにしか興味がないみたいな言い方だな」
「え? てっきりそうだとばかり」
十人中八人はそう思ってるんじゃない? いやマジで。
「バカを言わないでくれ。僕はそんな社会不適合者じゃない。きちんと三次元にも欲情する」
「だったらそのライトノベル好きは何なのよ?」
「いくら小説や漫画やアニメが好きだからって、イコール現実に興味がないとはならないだろ。そんなような奴は、世の中にほんの一握りしかいないよ」
堂々とそう言い切る紘の女横顔を、乃子は少し見つめてしまった。しかしすぐに意識を脱衣に戻し、パンツに手をかける。身を屈めてするりとパンツを脱ぎ、適当に整えてそのパンツをかごの中に入れた。
この時点で、双方とも全裸である。
「……じーっ」
それからあたしは、紘の体を舐め回すようにじーっと眺めた。自分よりも頭一つ分背の高い紘の裸体。すらりとしながらも、女子としての柔らかいぷにぷに感を残した、専業女のあたしからみても素晴らしい体だった。
「な、なかなかいい体じゃない。ほ、褒めてあげるわ」
「それはどうも。それにしても女の子の体って柔らかいな」
紘は自身の二の腕やお腹、太股を手で摘みながらそんなことを言う。別に自身の体を触っているのだからやましいことは何もないのだが、心が男のままである紘の場合は、なぜだかいやらしい感じがする。
「そして今更ながら、やはり胸もあるし。乃子、これって何カップだろうか? 僕は男だから、バストサイズのカップとか分からないんだよね」
紘が自身のおっぱいを持ち上げながら、純粋な疑問としてあたしにそう訊いてくる。
「し、Cくらいじゃないかしら……」
「へぇー、これでCなのか。ふーん」
紘はそれからしばらく、マイおっぱいを見下ろしてその胸を楽しんでいた。
(くっそ、あたしBなのにいいいいぃぃぃぃ!! くっそ、くっそううううぅぅぅぅ!!)
『男の人に負ける女の人って! ご愁傷様ですぅ!』
(冥狐! ぶん殴るわよ!)
『A以下ならネタにもできたのに! よりにもよってBなんですからぁ!』
(あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――ッ!?)
乃子は顔を両手で隠しつつ、内心で雄叫びを上げた。まるで真実から目を逸らすように。
「? どうした乃子? 顔なんか隠して」
「――はっ?」
乃子は紘の言葉で我を取り戻す。すぐに両手と首をぶんぶんと横に振りながら、乃子は取り繕うように言った。
「なあ、何でもない何でもない! それより早くお風呂に入りましょう! そうしましょう!」
それから紘の体をグイグイと押し、風呂場にその体を押し込むようにする。
「何だ? どうした?」
紘が訝しむような声を発するが、乃子はお構いなしに彼を風呂場へ押し込む。紘を完全に風呂場に押し込むと同時に、乃子もその後ろから風呂場に入った。
「ぴしゃっとな」
そしてすぐさま後ろを向いて、掛け声とともに戸を閉める。これで完全に二人っきりの空間である。
「うっしっし。さぁて紘、お風呂を楽しみ――あれ?」
「……ん?」
紘はいつの間にか風呂椅子に腰掛けて、淡々と体を洗う用意をしていた。女の子になって初めてのお風呂だというのにまったくもって何のリアクションもなかった。
「ちょっと! 何かリアクションしなさいよ! あんたの反応を楽しみにしてたのに!」
「……わぁー、女の子の体だぁー」
「適当やめい! 何でリアクションがないのよ!?」
乃子がそう言うと、紘は風呂椅子に座ったまま体を乃子の方に向けた。
「逆になぜ風呂場に入ったら、リアクションをすると思ったんだ? 裸だったら脱衣所ですでになっているし、風呂場で新たにリアクションする必要もないだろう? 体を洗うのだって、特にこれといったことはないしな」
「それは、そうだけど! ぐぬぬ、だったら、ヒロインの女の子みたいなあたしの体を見て、何かリアクション取りなさいよ! 正真正銘女の子の体よ!」
乃子はそう言うと、仁王立ちになってガバッと両手を広げた。もはや紘にリアクションを取らせることしか考えていない状態である。
『ダメですよ乃子さん。それではさっきとまったく同じです』
冥狐が言う通り、すでに乃子の体も紘は脱衣所で見てしまっているので、新たに彼がリアクションを取るはずもない。
紘から返ってきたのは、実にシンプルな反応だった。
「エロい。触りたい」
「シンプルすぎいいいいぃぃぃぃ!」
「じゃあどんなリアクションをすればいいんだよ?」
「例えば、『わああぁぁ!? 何してるんだよ!?』とか、そういう驚いたリアクションが見たかったの!」
乃子の本心を聞いた紘は、やれやれというように肩をすくめる。それから彼は、菩薩のような優しい目をして乃子の顔を見上げながら、聖母のように優しい声で乃子に対して言った。
「もう無理だし、僕の時点で最初から無理だよ。諦めて流しあいっこをしよう。な? 背中を」
「……うん。流しあいっこ、する……」
そのあと、あたしと紘は姉妹みたいに背中の流しあいっこをした。それから姉妹みたいに一緒に湯船に入り、姉妹みたいに仲良くお風呂から上がった。
こうしてお風呂シーンは、大したイベントとなることなく、ただの日常として過ぎ去っていった。




