第三章 4 譲れないポリシー
一方で、紘は自身の体を見下ろしながら、口をパクパクとさせていた。しかし、しばらくすると口をパクパクさせるのをやめ、代わりにふぅー、と一つ息を吐いた。それから意を決したような表情をして言う。
「……よし慣れた。今慣れた。僕は今から女の子だ」
「ええーっ! もう慣れてしまったのですか!? もう少し女の子になったリアクションをしてもらいたかったのですけれど!」
紘の言葉に反応したのは、やはりと言うべきか、先ほどからテンションのおかしい優理香であった。だが、今の優理香の言葉でようやくテンションがおかしい理由が分かった。
おそらく、ライトノベルの中でよくある男子の女体化が、現実で起きたことに興奮しているのだろう。優理香は紘に次ぐライトノベルスキーだし、それしか考えられない。
「残念ながら、僕はもう完全に女の子になったんだ。そんな反応はもうしないよ」
「……うう、残念です。とても残念です……」
優理香は本当に、心から残念そうに、うなだれながらそう言った。
「それで、僕が男に戻れる方法はあるんだろうか」
「それはまだ分からないけど、あんたそんなに男に戻りたいわけ? このまま一生女のままじゃダメなの? そっちの方が人生楽しいかもしれないわよ?」
半分試すかのように、乃子は紘に向かってそんなふうに訊いてみた。
「僕は男の状態で、ライトノベルの中のヒロインに会いたいんだ。それだけは絶対に譲れないポリシーなんだよ。だから僕は男に戻りたいのさ」
「……それって、気持ちの問題よね? 体は女の子でも別に構わないわよね?」
「いやダメだ。心身ともに男でなくては。そこも譲れない」
「あー、そう。まあいいわ」
紘の変なポリシーが分かったところで、乃子は話す対象を紘からレミアたち三人に変える。三人に対して、乃子は尋ねた。
「あんたたちは、男に戻す方法を何か知らない? 悪魔には詳しいんでしょ?」
「アタシらはあくまで退治専門だからなぁー。それほど詳しいってわけじゃないんだわ」
乃子の問いに真っ先に答えたのは夏希だった。そのあとに続いて、提案するように優理香が言った。
「リムルさんに、紘さんの体を男性にするように弄ってもらうことはできないのでしょうか?」
「どうなの、リムル?」
優理香の案を、乃子がリムルに対して訊いた。
「それはあーしでも無理なのん。悪魔にも限界というものがあるのん」
「あんだけいろいろ弄れるんだから、いけそうな気もするんだけど。とはいえ無理なのね」
「そうだよん」
もしリムルに紘の性転換ができたとしたら、この展開は即終了だった。すぐに次の章、もしくはエピローグに行っていたかもしれない。
それを考えると、リムルに大きすぎる力がなくて良かったとも言える。もう少しこの展開であれこれしたかったし。
「ちょっといいかしら」
そう言って軽く手を上げたのは、今まで傍観をしていただけのレミアだった。
「わたくしたちはもちろん悪魔のスペシャリストなのですけれど、今回のこのようなことは、さすがに悪魔に関わるという範疇を超えていますわ。もはやオカルトの領域ですの」
「つまり、どういうこと?」
乃子は詳細を求めるように、レミアに対して問い返した。
「つまりは、わたくしたちにも何もできないということですわ」
「何だって!?」
驚いた声を発したのは紘だ。いや、紘以外驚く要素はないので、当たり前といえば当たり前なのだが。
「だったら僕は、一体どうすればいいんだぁ!? あなた方が頼りだったのに!?」
「落ち着きなさい種神紘」
レミアがテーブルを、トントンと人差し指で叩きながらレミアが言った。
「わたくしたちより頼りになる方、こういったオカルトに詳しい方を、私は知っていますの。ですから、その方を紹介して差し上げますわ」
「本当かレミア!? 助かるよ!」
「その方の名前は、岡野瑠兎と言いますの」
現在、午後六時三十分頃。空が薄闇に染まりつつある時刻。
乃子と女の子になった紘はレミアたちと別れ、自宅への帰路についていた。
「レミアが教えてくれた、岡野瑠兎さんに会えるのは明日か……」
スカートを揺らして隣を歩く紘が、遠くを眺めながら呟くようにそう言う。
「六時過ぎなら、学校にいなくても仕方がないわよ」
レミアが教えてくれた岡野瑠兎という人物は、オカルト研究部に所属する三年生であるらしい。レミアからその岡野瑠兎の話を聞いたあと、オカルト研究部の部室に寄ってみたのだが、誰もいなかったようで扉には鍵が掛かっていた。さすがに午後六時を過ぎていたので、その岡野瑠兎を含め、部員は全員帰宅してしまっていたようであった。
レミアから彼女――岡野瑠兎の家の住所は教えてもらっていないため、今から彼女の自宅にお邪魔することはできない。いや、正確には権限を使えばどうとでもなるのだが、あまりチートを使いすぎても面白くない(これはあくまであたしの持論)ので、今回は素直に明日にしようということである。
そういうわけで、あたしたちは帰宅の途についているのだった。




