マジック・スペル ~シグ・グローリア~
マジックスペル最終部
元々エブリスタに投稿していた作品です。
プロローグ
グリードと王家の闘いは終わりを迎えたが、それは双方に大きな傷を残した。王達は全員重症、兵士や戦艦など戦力のほとんどを失う。だがグリードは多くの民を失うこととなったのだ。さらにグリードは行方不明となり、残された民は不安な日々を過ごしている。ローとアテネは民を安心させようとしているが、二人では役不足なのか暴動や反乱が起こっているのが現状だ。
「これが、あなたの目指した理想郷ですの? グリード」
城に縛られ、外へ出ることができなくなった元レイブンの姫。ウンディーネは城の水辺で力の回復中で、動ける状態ではない。荒んだ国に絶望を感じ始める。世界はこの先どうなるか、道を見失っていた。
第一章『存在しない歴史』
【魔界の神様】
シグ達が住む世界の隣にある別世界。神と対等の力を持つ魔神が作ったとされる魔界。だが魔界とは名ばかりで、緑が溢れてほとんど争いの無い豊かな世界だ。
「以上がこれからの予定になります」
「わかってるよ。少し休みたいからさがってくれ」
「かしこまりました」
仕事に疲れ、わずかな一時を一人で過ごすこの世界で唯一の王。だが、彼に休む暇はない。
「これでいいだろ。いい加減出てきたらどうだい? 僕にだけ覇気をぶつけて、その視線疲れるんだよ」
「…久しいな。魔王」
「この前とは、まるで別人だね。どうかしたのかな?」
姿を現したのはグリードで、王の向かいの椅子へと腰掛ける。
「ずいぶん偉そうだと叱りたいところだけど、今の君と争うと国が消えてしまいそうだ。…それは、アルエのマントだよね」
「借りてる」
「そう。じゃあ、彼女は元気?」
「…………」
だが、グリードは世間話をしにきたわけではないようで黙りこむ。
「…単刀直入に言わせてもらう。用は二つ。一つは聞きたいことがあるのと、もう一つはその腰の魔剣をいただきたい」
無茶苦茶なのはいつものことなので、魔王は特に動じる様子は無くグリードの話を聞いている。
「ふぅ…。君はいつも破天荒なことを言ってくれる。まず一つ、答えられる質問になら答えよう。二つ、魔剣を渡すことはできない」
「無理にとは言わないさ。妹をかくまってもらってる立場で、奪おうとは思わない」
「妹がいなければ奪うのか? 君は魔剣『絶望の浸食』の恐ろしさを理解していないんだよ」
「知っている。聖剣とは正反対の力。全てを犯し、喰い尽くす。その気になれば世界を闇に沈めることもできる力だ。それで斬られれば、人は容易く闇へと堕ちる」
魔王は魔剣に手を添え、グリードを警戒する。能力を知っていて、目の前の人物は危険な力を欲しているからだ。
「君は人を咎人に堕とすつもりか? もしそうなら、僕は危険人物として君を倒すことになる」
「勘違いするな。咎人はオレだ。…あっちの世界で、一度堕ちた。あの力を制御するのに、魔剣が欲しかっただけだ」
「咎人の力は制御できるようなものじゃない。アルエですら、闇を操ることしかできなかった。人の罪と罰である咎人の力は闇とは別物だよ」
グリードは席を立ち、窓の方へと向かう。
「最後に質問だ。…魔神は、今もあの山に居るのか?」
魔王はまだ魔剣に手を添え、警戒しつつも口を開く。
「魔神様は、ずっと同じ場所に居られるよ」
聞きたいことが聞け、満足したのかグリードは窓を開けて身を乗り出す。
「妹に…アルミスに会っていかないのかい?」
「今のオレは修羅だ。それに、あの子と血は繋がっていないしな。いずれは本当のことを話さなきゃいけない。もっとも、話すのはオレじゃないオレだろうけどな」
窓から飛び出し、翼を広げて飛び去っていく。
「君は、いったい何者なんだい。シグ・グローリア」
今まで何度か会ってきた少年。だが、会うたびに彼は別人のようだ。そして、今日会った彼は、今までで一番恐ろしく、悲しそうに見えた。
魔王が納める国。その反対側に存在する荒れ果てた大地。昔の人が想像した魔界とはこういう土地の事だろう。魔王の国から離れれば離れるほど、この地に近づけば近づくほど、少しずつ大地は荒れて行く。
「ふふ、客とは久しぶりだな」
厚く黒い雲に覆われ、日が差すことは無く。黒い雷が降り注ぐ大地。草木一本無く、生き物も居ない。あるのは、絶対的な存在のみ。マントで全身を隠し、フードの中から真紅の眼が覗く。
「お前が来ることはずっとわかっていた。シグ・グローリア。それとも、今はグリードと呼ぶべきか」
「魔神。…ゼロとは大違いだな」
荒野の真ん中、大地が隆起してできた山々に囲まれた地。岩を削って作った椅子に腰をかけ、真紅の魔眼を向ける。
「あちらの魔神か。新たな魔神が生まれたということは、あたしは本来消えるはずなんだがな。まあ彼は本来、魔神になる資格など持っていなかったが」
「資格…。やっぱり、オレ達が魔界の賢者から『万里の魔眼』を奪ったのが原因か?」
「なんだ、知ってたのか。…そうだよ。神になる存在ってのは、産まれたときから特別な何かを持って生まれる。時には神の子、時には悪魔の子として扱われる」
魔神は空を見上げ、遠い眼をして肩の力を抜く。
「まあいい。ところでお前は何が目的でここへ来た?」
魔の神眼でグリードの心や記憶が見えるので、わかっているはずなのにあえて言わせようとする。
「あなたの持っている、神剣が欲しい」
「本当にそれだけか?」
「え?」
「ふふ、まあいい。あげてもいいよ。でも、条件がある」
立ち上がってマントを脱ぎ去り、現れたのは眼と同じ真紅の髪をもつ女性。髪はマントを取った際になびき、腰のあたりへと集まる。白い素肌は透き通るようで、闇の頂点に君臨する神とは思えぬほど、美しい。
「暇なんだ。相手をしてくれよ。お前、アルエの弟子なんだろ」
「確かに弟子でしたよ。…でも、前の話だ」
グリードは闇を纏って戦う意思を示す。それに対し、魔神は嬉しそうに微笑む。
「何十年振りかね。ずっと座ったままだと退屈で。…片腕のままでいいのか?」
「これは自分への戒め。力の無い者の限界。それをわかっていて戦った代償」
「あたしは構わないけど、それで全力が出せるのか?」
神眼を持つ魔神はマントで隠れた部分が見えているので、左腕を失くしていることがわかってしまう。王剣も聖剣も無く、今のグリードは『失われた歴史』くらいしか戦う物を持っていない。
「戒めならそれでいいが、あたしとは全力で戦ってもらう。でないなら、神剣はやれないね」
神眼の力なのか、失われたはずのグリードに左腕が“戻る”。
「あたしと戦っている間だけだ。…全力で来い。そしてあたしを楽しませろ」
「後悔しますよ。オレに、左腕を与えたことを」
魔神も神力を出し、周囲に具現化させて武器を創りだす。
「本当に、ゼロとは別者だな」
同じ力のはずなのに、ゼロとは明らかに違う何か。それが経験からなるものなのかどうかはわからない。だが何とも言えない差を感じさせる。
「姿神になったアルエみたいな覇気だ。…これが、本当の神という存在なのか」
「あたしとアルエを一緒にするな。アルエは確かに天才だし、実力もある。だが、所詮は数百年のしか生きていない。…あたしは、数千年生きているぞ」
前言撤回。一瞬で眼の前に現れた魔神、その力を前にグリードは完全に圧倒される。
「本当に、アルエはあなたと引き分けたのか?」
「ああ、あの子との戦いは楽しかったよ。もっとも、あたしは全力を出したことは無いけどね。『破壊槍』」
「キサ流 剛の秘拳 『音壊』」
避けられないと判断し、あえて前へ踏み込む。そして魔神の方が動作は速かったが、それを凌ぐ速度の攻撃を叩きこむ。
「ほう。面白い」
避ける様子もなく、笑いながら魔神は吹っ飛ぶ。しかし空中で体勢を立て直してその場に立つ。
「うん、お前との戦いも面白くなりそうだ。アルエは体術を使わなかったから、その分楽しめそう。もっと、お前の力を見せてくれ。『魔雷千鳴』」
「『闇食い(ダークネス・イート)』」
迫りくる黒き千の雷を前に、左手を天上へ向けて闇を放出する。闇は降り注ぐ雷を食いつくし、取り込んでいく。
「返すよ。『魔雷千鳴・集点(サウザンド・ダークライ・コンセントレーション)』」
闇に食わせることで威力を七倍まで高めた雷を、一点に集めて魔神へ飛ばす。だが、雷は魔神の手前で弾けて消滅してしまう。消滅している雷を見ながら、魔神は嬉しそうだ。
「ふふ、あの子の力だ。本当に、お前はアルエの弟子なんだな。…『破壊槍と明暗』」
光と闇、本来混ざり合うことのない力を合わせて強力な力を生む。それを破壊の力をもつ槍と合わせて最強の矛と化す。
「お前はこれを、どう防ぐ!」
さらに肉体に神力を送り込んで爆発的な力で投げ放つ。とても避けられる代物ではない。この世界を消そうかというほどの力を発しているのだ。
「左手は闇が力を食い、右手は力を取り込んだ闇を喰らう」
迫りくる槍の前に両手を突き出し、グリードは眼を見開く。
「そして両手は…神を喰らう。闇の極法『神喰らい(コルド・イーター)』」
両手から現れた闇は混ざり合い、ある姿を模っていく。二本の角と、四つの尾を持つ獣の姿を。獣は迫りくる槍を喰らい、取り込んだ。
(咎人になった影響か…)
闇の獣はグリードの中へと戻り、取り込んだ力をグリードへと与える。だが、さすがに取り込みきれずに力は外に漏れ出す。
「ははは、神の力を喰らうか。なるほどなるほど。…アルエは、完成させたんだね。究極の力を」
魔神は嬉しそうに笑いながら、神力を引っ込めてしまう。
「無理をするのはお止し。確かにすばらしい技だが、お前には扱い切れる代物じゃない。ただの人間に、どうこうできるほど神の力は安くない」
「それは、これを受けてから言え。『究極技法』…『神殺し(コルド・キラー)』」
体内に取り込んだ力を左腕から放つだけ。だが、それは神と呼ばれる存在ですらどうなるかわからない力を放っている。
「いいね。『神技法』…『破壊の超神』」
魔神はこれ以上無いと言うほどの喜びの笑顔をし、向かってきた力をこれ以上ないと言わんばかりの圧倒的力でかき消した。
「…やっぱ、敵わねーや」
度を過ぎた力を使い、負荷と疲労によってグリードは意識を失いそのまま倒れる。
意識を取り戻した時、雲が消え月明かりが射すだけの荒野にあおむけになってた。
「起きたか」
「…あー、負けたのか」
「勝てると思っていたわけでもないだろう」
左腕はもう無く、全身に力が入らない。神を相手に、五分ともたなかったのだ。
「まあ、一応楽しめたよ。人間にしてはよくやった方だ」
神と称される存在から送られる言葉。普通の人間からすれば栄誉な事だが、グリードは嬉しいとは微塵も思わない。
「ふ…。暇だから、少し昔話をしてやろう。もう、何千年も前の話だ。まだ魔界の無かった時代。ある村に同じ日、同じ時間に男のこと女の子が生まれた」
グリードは動くことができず、聞くしかない。懐かしくも悲しそうな表情をして、魔神と呼ばれる女性は眼を閉じた。
「二人とも特別な力を持っていたが、片方は神の子と言われ。もう片方は悪魔の子として育った」
【世界の創世】
先代の神の時代。この時は神が一人しかおらず、空の上から人々を見ているとされていた。世界は一人の王が管理し、一人の賢者が世界を監視する。全てが管理された絶対王制の世界。逆らう者はいなかった。そんな世界に生まれた二つの命。裕福でも貧しくもない普通の村に生まれた二人の子供。だが二人は普通の子供ではなかった。村長の孫として生まれた女の子は産まれたときから光の力を持ち、普通の村人だった男の元には闇の力を宿す男の子が生まれたのだ。
「奴は自分の子供を悪魔にした外道だ!」
「違う。俺は何もしていない」
だが、誰も男の話を聞こうとしない。男とその家族は村の隅に追いやられ、疎外された生活を送る。どれだけ頑張って働こうと、誰からも認められず苦しい生活を強いられてしまう。それに耐えかね妻は子供を置いて村を出て行き、二度と戻ってくることはなかった。
「おとう。大丈夫?」
「…すまない。お前に辛い思いをさせてばかりで」
そんな生活を何年も送り男は病に倒れ、起きることさえできなくなってしまった。代わりに成長した男の子が仕事をするが、いきなりうまくできるはずもない。そして、村人は誰一人助けようとはしなかった。
「お前は、強く生きろ―」
「おとう!」
結局、男は亡くなり男の子は一人になってしまう。一人残され、頼れる者はいない。
「…許さない」
村人達が助けてくれれば、父親は死なずに済んだ。疎外されなければ、母親は村を出ていかなかった。自分が生まれなければ、両親は幸せに暮らせたかもしれない。同じように病に倒れた村人は、助けてもらえるのに。…どうしようもない怒り。それらが引き金となり、内に宿る闇が解き放たれた。その矛先が向かったのは、生まれ育った村。自分や両親を苦しめた村人へ。
「みんな、消えろ」
少年から溢れだす闇は力となり、村は火の海と化す。少年を本当の悪魔にしてしまったのは、父親ではなく村人たちだったのだ。でも、村人たちはそうは思っていない。自分達は悪くないと言い張るだろう。
「やめてー!!」
だが、村人は誰も死ななかった。少年と同じように成長した少女が、少年の暴走を止めたのだ。光を持って生まれ、多くの人々から愛されて育った少女には少年の気持ちは理解できないだろう。でも、愛を受けてきた少女には少年の闇と同じくらい強い光を得ていたのだ。二人は、既に村では手に負えないほどの力をつけており、数日後に王国から来た使者が二人を連れて行く。賢者が二人の力を知り、世界のために役立てようと魔法学校へ入学させることにしたのだ。
「君たちはいずれ立派な魔法使いとなり、世界を守るためにその力を役立ててほしい」
王の言葉で入学は終わり、二人は自分達と同じように力を持つ者と魔法を学んでいく。この頃は魔法学校が少なく誰でも入れるわけではなかったので、力のない者は入学することができなかった。しかし、そこでも少年と少女は違う生活を送る。
「お前怖いんだよ、どこか違うところに行ってくれ」
普通は成長する上で光と闇のどの魔法を得るか変わる。だが、産まれたときから闇の魔力を持っていた少年は皆から避けられた。彼が何かをした訳ではない。ただ、闇の魔法は破壊を司る。少年は魔力だけで判断されてしまい、誰も彼のことを…彼の心を知ろうとはしなかった。
「よかったらここを教えてくれませんか?」
「いいわよ」
だが、少女は違った。何もしなくても人が集まってくる。とくに何をしたわけでもないのに。同等の力を持ちながら、ここまで違ってしまう。少年の心の闇が育つには十分だった。
「弱いくせに、偉そうにしてんじゃねぇ」
元々強い力を持っていたため、教師たちよりも強い力を得るのに時間はかからなかったのだ。その結果、捻くれた少年は他人を見下すようになる。気に入らなければ、その力で全てを破壊する。少年を止められるのは、同等の力を持つ少女だけとなった。
「もう、その辺にしないか?」
「うるせんだよ。泣かすぞ」
「やれるもんならどうぞ」
話しかけてくるのも、止めてくれるのも少女だけ。彼女だけが、少年にとって唯一の繋がりとなっていた。彼女だけが、少年の中では対等だったのだ。だが、そんな日々はすぐに終わりを迎える。少年と同じように、落ちこぼれていく者はどこにでもいるものだ。
「…お前ら、何やってんだ」
努力してもうまくいかず、才能を持つ者に嫉妬したのか。力がある奴が妬ましかったのか理由は分らない。ただわかるのは、少女が数十人の生徒に蹂躙にされていた。力を封じられ、身動きもできず、声も上げられぬ状態で横たわる少女の姿。
「虫けらが!」
少年にとって対等な存在は少女だけ。その少女を、大した力もない者たちが数にものをいわせて傷付けたのだ。人を見下していた少年が、闇に落ちるには十分過ぎた。
「人は腐ってる」
闇に落ちた少年には、少女以外の存在がまるでゴミにも劣る存在に感じる。少女以外は必要のない存在。目覚めた『傲慢の闇』は少年の心を覆い、染め上げ再び悪魔を生みだした。
「助けてくれー!!」
待っていたのは惨劇。少年は学校に居た少女以外の存在を消した。手にした魔眼の力は『静止』。視界に入った者は戦うことも逃げることもできずにやられていく。駆け付けた兵士も、魔眼の前には何もできず。賢者が来るまで少年は止まらなかった。
「やってくれたな。…生きてここを出られると思うなよ」
幽閉されたのは王都の地下にある監獄。例え脱走しようと、王都を出るためには王と賢者を相手にしなければならない。この世界で最も安全とされる監獄だ。少年は一生このままか、はたまた死刑になるか。どちらにしろ、もう未来はないだろう。
「あいつは、大丈夫かな…」
しかし、少年の心にはもう少女しかいない。彼にとっては少女の存在以外はどうでもよかった。自分のことでさえ…。だから、監守達が騒いでいても特に気にならない。
「一緒に、行こう」
差しのべられた、少女の手を見るまで…。
「ごめんね。あたしのせいで。…今度は、あたしが助けるから」
「…………」
声が出ない。『お前は、悪くない』と、言えなかった。言ってしまえば、彼女の手を取れなくなってしまうから。
「絶対に逃がすな!」
二人を捉えるために、王国中の兵士達が集まってくる。だが、監守達は二人を止められない。二人の力は、上級魔道士を越えようとしていたのだ。しかし、立ちはだかるのは人を管理する存在。
「この王都から出すと思うか。二人ともここで消えろ」
「邪魔しないで!」
一人では、王にも賢者にも敵わない。でも、二人なら戦えた。
「逃げ切れると思うなよ!」
そして、隙をついて二人は王都を脱出。世界中に追われる身となったが、二人は逃げ続けた。遠くへ、遠くへと。
「…多くの命を奪った俺に、生きる権利はあるのかな?」
「一緒に、生きよう。あたしも、一緒に背負うから」
人が寄り付かない土地に家を建て、二人はそこで安住に着く。少年の闇は身を潜め、二人は初めて同じ生活を送る。同じでも違う人生を歩んできた二人が得た、二人だけの同じ幸せ。だがその幸せを奪ったのは、神。
「いやー!!」
突然現れて、当然のように少年の命を奪う。世界からすれば神は絶対。当然のことをしたのかもしれない。でも、少女は神を呪った。神という存在を憎み、少年を求める。そして運命は、彼女を神へ変えた。何もかもを破壊する魔神へと。神の創った規律は破られ、少年は目覚める。
「俺は、死んだはずじゃ…」
「もう大丈夫。あなたは絶対、あたしが守るから」
魔神は神を敵と判断し、今度は神が魔神の手によって命を落とす。彼女の怒りは闇へと変わり、神の全てを破壊したのだ。その瞬間、神が創った世界は終わりを迎え、神が封じていた全てを消し去る存在が現れた。壊すことしかできない魔神でも倒すことができず、誰も消しさる存在に逆らえない。もう世界は終わりだと思われた。
「俺は、諦めない」
世界は、今度は少年を神へと変えた。何が引き金かは分からないが、少年は創造の力でもう一つ別の世界を創る。
「待って! 一緒に生きるって言ったじゃない!」
「ごめん」
神はそこにまだ消されていない世界と、魔神を移して空間を閉じたのだ。魔神の力は破壊の力、世界を完全に修復することはできないし、未知の空間で人々を守ることはできない。魔神はそれでも人を守るために彼らに呪いをかけて悪魔にした。それが、魔族と呼ばれる人たち。魔族となった人々は丈夫で長い年月を生きることができるようになり、世界を再生させた。それから魔神は空間に穴を開けて神へと会いに向かう。
「どこなの…」
元々世界があった空間には百八つの国と王の住まう新しい世界が存在した。その世界を、魔神は探し回ったが、力を失い人と変わらなくなった神を見つけだすことはできなかったのだ。長い年月を費やしたが、神が魔神の前に現れることは無く魔神が開けた穴が原因で人と魔族が戦争を始めてしまう。魔神は神が残した世界を守るために戻り、神の守った世界をずっと守り続けている。そして、魔神が住まう世界は『魔界』と呼ばれるようになった。
【闇の制御】
起き上がったグリードは、失われた歴史を手にしていた。白紙のページを広げながら、遠い眼をしている。
「なるほど、先代の神以降の歴史が欠落している理由が分かった。今の神はこの本を一度も使わずに王家に持たせたんだ。だから神の記憶が刻まれていない」
「そうか。なら、その本にも神がどこで何をしているか記されてはいないわけだ。失われた歴史という名前のくせに役に立たんな」
「それは歴史を残さなかった神に問題がある。先代の神以降の歴史は全てグローリアの者が後世のためにちゃんと残してきた」
しかし魔神は残念そうに本に視線を向ける。
「魔神は、あんたが初めての存在なんだな」
「そうみたいだな。…全てを消し去る存在…あたしは『世界の終り(カタストロフィー)』と呼んでいるが、奴が現れてから神の定義はおかしくなった」
空っぽのグリードとは違い、減った様子の無い神力を外へと放出。神と同様、無限とも言える力を有しているのだろう。
「何代か前の神が世界を滅ぼすまで、神は一人しかいなかった」
「箱舟のことならこの本に書いてある程度のことは知ってる。消されゆく人類が、生き延びた者達を呪って生みだした存在。それが全てを消し去る存在」
「奴が現れてから世界はおかしくなった。あの化け物は神一人で相手にするには困難となり、姿神や魔神といった存在が現れるようになったからな」
「…それは、世界があれを倒せって言ってるのか?」
本を消し、視線を魔神へと向ける。
「さぁな、知るわけないだろう。あたしはただの番人なんだ。この世界で愛した男を待ち続けるだけの女だよ」
「…待ち続けるか」
「お前にだって待っている人は居るだろう。わざわざ復讐に走るお前の闇は何だ? ご丁寧に魔法で透視できなくしてあるお前の過去は」
「話す気はありませんよ。…話す気はね」
グリードは眼を閉じて力を解き放つ。そして魔神に全てを見せた。
「そうか。…自らを三人に分かち、生まれた三つの闇。それをお前が一人で背負う必要があるのか?」
「この闇は力だ。この力を使ってオレはアレを倒す。そうすれば、アルエ一人で世界を掌握できる。そうすれば、隠れてる神もでてくるかもしれない」
「それよりも、お前が神になった方が早いんじゃないか?」
魔神から向けられる期待の視線を見ないように視線をそらす。
「オレは、神にはなれないよ。確かに特別な力を持って生まれたが、それはシグ・グローリアだ。オレじゃない。ゼロは例外でも、オレはありえない」
「なぜ言い切れる? 例え分れようと特別な力を持って生まれ、大罪の闇も持ってる。…何より、お前は神と似ている」
「オレは現在の神を知らないし、本に載ってる歴代のどの神とも違う。…それに、もう死に場所を決めてる。咎人に堕ちた時点で、普通に生きることはできなくなったからだ」
咎人は堕ちたら死ぬまで暴れ続ける存在。一度咎人まで堕ちて自我を取り戻したのは、グリードが初めて。だが、堕ちた闇は消えない。次に堕ちればもう二度と戻れないかもしれないのだ。
「闇を恐れて生きることを諦めるか。…お前は自分に嘘をつくな。本当は助けてほしいくせに」
「助けてほしかったのは、産みの親を失ってからずっとだ」
「そうだ。ずっと救いを求めてる。今もな。…お前はそれでも生きたいんだ。だからあたしの所へ来た。咎人の力を制御する術を知りたいから」
「違う。オレはただ神剣を奪いに来ただけだ」
どれだけ自分の気持ちを偽ろうと、心の見える魔神には意味がない。
「復讐をしたければ、まず自分に打ち勝て。でなければ、あたしが引導を渡してやる」
魔神はグリードの前に移動すると、どこから出したのか魔剣をグリードへと突き刺した。
「な…」
「受け入れろ。それも、お前なんだ」
魔剣は全てを闇に染め、グリードは再び獣へと姿を変える。二本の角と、四つの尾を持つ片腕の獣へと。助けてくれる仲間は居ない今、戻るためには自分に打ち勝つしかない。
荒れた大地は原型を失い、荒野でなく地獄となっていた。三日三晩暴れまわっている獣、それを生かさず殺さず闘う魔神。
「これ以上暴れたらどちらにしろ力尽きて死ぬ。所詮、お前はここまでの存在だったみたいだな。最後は、痛みも感じぬように逝かせてやろう」
魔神は初めて神剣を抜き、力を注ぐ。いくら神獣クラスの化け物である咎人でも、一瞬でその存在が消えてしまうだろう。
「アルエにはあたしが言っておくよ。…さらばだ」
眼前に迫った刃が、理性を失った獣を捉える。
「…勝手に殺すな」
「ッ!」
だが、獣は魔剣を抜いてその刃を受け止める。闇の浸食は治まり、グリードは人の姿を取り戻す。そしてその眼にあるのは魔眼ではなく、光り輝く眼。
「ほう、どうやら取り戻したようだな。お前が持って生まれた力、『万里の魔眼』に対をなす『千里の光眼』を」
光はすぐに失われ、普通の眼へと戻る。だが咎人を抑え、力を手にしたはずなのにその背中は悲しそうである。
「絶望の中で、いったい何を見出した?」
「本当の絶望…」
魔神は神剣を鞘へと納め、魔剣の鞘をグリードへ放った。
「眼を取り戻して己の定めを理解したはずだ。神となって今の神を解き放て」
グリードは鞘を受け取って魔剣をしまい、首を横へとふる。
「…やっぱり、オレは神になる存在じゃなかった。闇の中に見た光は、希望じゃない。自分が捨ててきた居場所だった。オレはやっぱり、アレを倒すよ」
魔神に向けられる視線から希望を感じない。諦めにも似た覚悟だ。
「なぜだ! 万里の魔眼は魔神の資格だった。千里の光眼は、次の神である証ではないのか?」
「それはオレにもわからない。でも、オレはやっぱり復讐を果たす。そして世界を平和にしたら、どこかへ身を隠すよ」
「それが、お前の答えなのか?」
「ああ。咎人の力は制御できた。存在的には姿神だ。帰りを待ってる仲間も居る。オレは帰るよ。例え絶望が待っていても、大切なのは何かわかったから」
納得いかないという表情をしながら、グリードに神剣を投げつける。
「やると言ったからな。持ってけ」
「復讐を果たしたら、オレが神を探して引きずってでも連れてくるよ。心当たりもあるしね」
「ふん。何千年と探し回ったあたしが見つけられなかったんだ。そうそう見つからんよ。…期待しないで待ってる」
グリードは二本の剣を携えて魔界を出る。全てに決着をつけるために。
第二章『王家の崩壊』
【王の帰還】
王家とグリードの戦争から一週間。グリードの王国は不満を持ち、難民は生き場を失い始めていた。集められるだけ集めた難民は指導者を失い、烏合の衆とかしていたのだ。
「静まれ! 戦争は終わったんだんだ」
戦争が終わっても失われた命は多く、さらに病や怪我を治せない者が出てきて混乱は収まらない。何よりロー達では救えない命が多すぎた。グリードの魔眼は、難民にとっては神の力だったからだ。どんな病や怪我も完治してくれる。まさに奇跡。対価が必要であってもその力で救われた命は数えきれない。
「ロー様。もう限界です。これ以上は我々からも死人が出ます」
不安からの争い。混乱に乗じた略奪。何千という民は大きなうねりとなっていた。
「オレの民が傷付けあってんじゃねーよ」
街中に響き渡る声。太陽を背に舞い降りた少年。その姿を目にした民は、争いを止める。
「グリード、戻ったのか」
「悪かったな、ロー。怪我人を集めろ。それと、武器は全部回収しとけ」
争いは止めたが、まだ民からは狂気が消えていない。
「今更何しに来やがった!」
「全部お前のせいだろ」
中には罵声を飛ばす者もおり、全ての狂気がグリードに向けられつつある。
「文句があるならかかって来い。オレを倒した奴は、新しいこの国の王だ」
グリードはマントを取り、民を見回す。だが、誰もグリードに向かっていかない。
「何だ、来ないのか。来なくても、オレの眼には主犯となってる奴がわかってる。そいつらは後でとっちめるぞ」
光を放つ眼。だがそれより恐ろしいのは、グリードの守るようにある黒い四本の尾。民は本能で理解したのだ。グリードに逆らうなと。
「残った命を粗末にするなよ。でないなら、オレが生きる屍にしてでも生かすからな」
グリードは尾を消してケガ人が集められている場所へと向かう。
「後は任せたぞ、ロー。他の村の暴動も納めてきた」
「ああ、一刻を争う患者も居るから急いでくれ。…お前ら、王は戻った! 持ち場に戻れ」
民は不満そうに仕事を始める。いくら土地があっても、育てなければ植物は実をつけない。争いは悲劇を生むが、悲劇では空腹は満たされないのだ。
全ての怪我人や病人の治療を終え、対価を払ったグリードの姿が見当たらない。結局、ローとアテネはまた国中を探し回る。
「グギャー」
「お前も生きてたか。まあ、だいぶ小さくなっちまったな」
砂漠と化した大地に置かれた大きな石碑。その前にグリードは座っていた。側には家ほどの大きさの『石岩獣』の姿もある。
「やっぱりここに居たね。グリちゃん」
「その呼び方は止めろって言ったろ」
やってきたのは少女。とはいっても見た目だけで実際はグリードよりも年上の女性。
「オレは、間違ってるのかな? 人を救おうとしたのに、結局多くの人を死なせてしまった」
「グリちゃんが助けなくても、餓えや病気で多くの人は死んだよ。…それに、グリちゃんと出会わなかったらアキだってどうなってたかわからない」
「…私は、ベットの上で死を待つだけだっただろうな」
「私は王家に殺されていたかもしれませんね」
さらにローとアテネもやってきた。まだ知り会って数カ月、四人の時間はその程度。だが、人を信じるのに時間は関係ない。
「間違っているかどうかは分らないが、お前のおかげで救われた命もたくさんある。守れなかった命を悔やむなら、これからそれ以上の人を救えばいいさ」
「あなたはもう一人じゃない。あなたの苦しみは、私たちも一緒に背負います。だからもう、自分を責めないで」
「辛くて逃げたくなった時、またアキがこの眼で支えてあげるから大丈夫だよ」
グリードの背中に向けられる視線。それは信頼に満ちている。
(泣いたの、いつ以来だっけか)
三人に見えないが、想いは確かにグリードへ届いていた。
「てことで、やるか」
「そうですね」
「もちろん」
「…え?」
突然、殺気のようなものを感じて涙が引く。
「今までどこに行ってたこの駄王!」
三人の拳がグリードへと入る。いきなりだったので無防備のまま吹き飛んでしまう。
「う…。アテネ、お前は全力で殴るなよ。お前だけは命にかかわる」
「これいくらい当然です。私たちが一週間どれだけ大変だったか」
「まだ足りないくらいだ」
「もう止めてくれ、どうせ城に帰ってからサナにも殴られるだろうからな」
そして案の定。
「一週間もどこに行ってたんですの!!」
城では一晩中雷が鳴っていた。
【復讐の獣】
夜明け。日が差し込み、人々が目覚め始めた頃。王国に鳴り響いたのは小鳥のさえずりでも、鐘の音でもなく爆音。
「王さえいなくなれば、王国は終わる。お前らは国の外から兵士の注意をひきつけろ。誰も殺さず、誰も死ぬなよ」
残っている王家の中で、アンジェルとジハールを抜いて最も危険な国。無限の魔力を有し、多くの子供がいる王。
「サナには悪いが、手始めはここだ」
兵士の気がそれているうちに、四人の精鋭が城へと乗り込む。相手は、王家の血を持つ数十人のレイブンの者。
「今一番力を残しているここを潰せば、王家はアレを出してくるはずだ」
いくら王家の血を有した者たちも、今のグリードを止める力はない。さらに賢者クラスの力を有する虎と鬼もいる。さらに大罪者がもう一人。一時間ともたず、レイブンは落ちた。
「意外とあっけなかったな。これなら私達はいらなかったのではないか?」
「オレ一人で乗り込んだら、またお前ら怒るだろうが。それに、レイブンの対処はよくわかってたからな」
「無限に攻撃が可能だから、それを上回る一撃で一気に仕留めると言うのは言うほど簡単じゃないですよ」
「でも実際できたし、いいんじゃない? 誰も死んでないし。奇襲でもしないとアキ達には人数的に不利だったのは確かだしね」
レイブンの者たちは魔力を封じられ、普通の人と変わらなくされてしまう。解くためには賢者クラスの魔法使いで無ければ無理だ。
「次はトーリアだ。あれは攻撃範が広いし声は音速だが、前と同じように魔眼で対処する。何より、王家の力を使えるのは王と一人娘の姫だけだ」
そしてグリード達は、その日のうちに二つの王家を落としたのだった。あえて残した裏四皇。すでに四家には手を組んでいた二家が落ちたのは知られている。だが、日が落ち始めたのでグリード達は城へと戻った。
「さて、残る敵は四皇のみ。…まあ、最悪後は何とでもなるか」
自室で、一人装備を整えているグリード。全身に魔器を身につけ、傷や魔力は完全に回復済み。
「こんな時間にどこへ行くつもりだ? 少しは参謀である私を頼ってほしいものだが」
「おいおい。オレはお前を仲間だと思ってるが、参謀とか役職を付けた覚えはないぞ」
気配を消して入口に立っていたのはロー。常に周りに気を配り、グリードの動きに察知していたのだろう。
「オレには、どうしてもやりたいことがある。…もしオレが戻らなかったら、賢者やアンジェルを頼れ。四皇だけなら、今の賢者やアンジェルの兵力を持ってすれば落とせる」
「お前、また勝手なことを。見たはずだ、民はお前でなければ纏まらない」
「だから賢者を頼れって言ったんだ。…賢者は、難民にとって英雄のような存在だ。かつての貢献が今も根付いてる。オレよりもずっと信頼されてるはずだ」
「ふざけるな! ここはお前の国なんだぞ」
ローが怒るのも無理はない。王とは国を纏め、引っ張っていく存在。それが自分のやりたいように生きていたら国はおかしくなってしまう。民から信頼されなければ、国は成り立たない。民を想い、民に想われ、その気持ちに応えることができなければ国は荒れる。
だが、グリードも分らないはずがない。民を想ってなければ石碑を建て、半日以上も亡くなった民の冥福を祈ったりはしないだろう。
「すまないな、ロー。お前とアテネには苦労ばかりをかけて。…でも、これが最後なんだ」
装備を整えドアの側まで行くと、ローの肩に手を置く。
「もう、オレには時間が無い。どちらにしろ、王はできなくなる。だから…あいつらを野放しにできないんだ」
「時間がない? あいつらって何だ? …グリード」
仲間の言葉に手に力が入り、眼が魔眼へと変わる。
「オレから大切な人を…居場所を奪った奴らだ。そいつらが、影で世界を操ってる。…ククク、四皇を倒しても、実は何も解決しないんだよ」
困惑するローの横を通り過ぎ、復讐に囚われた獣は闇の中へと消えていく。
月明かりの中、何もない荒野をグリード達は四人だけで歩いていた。結局、ロー以外の二人もついてきたのだ。
「いい加減説明してください。なぜ他の四家を残したのです? 状況を考えれば、一番最初に消しておいた方がよかったのは、リーダー格のぺルチーノかスカーレットのはずです」
「それに、なぜ荒野を“歩いている”のかも説明してほしい。どこかに向かうならばこんな何もないところを“歩く”理由は無いはずだ」
だが、振り返るグリードからは二つの光眼が向けられる。まるで何かを警戒しているようだ。
「オレはついて来るなと言ったぞ。…オレはまだ、復讐を諦めてないからここへ来た」
「ここって、何もないだろう。まだ私達も介入していない土地だ」
「…あえて介入してこなかったと言ったら?」
ロー達は訳が分からないと言った感じだが、グリードからわずかながら殺気を感じる。
「ここはな、危険な場所なんだよ。オレが全てを失った場所なんだから。…いや、奪われたか」
殺気はロー達に向けられている訳ではないが、気分がいいものではない。
「十年以上前、ここにはスラムがあった。オレの産みの親は、ここでスラムの難民たちに殺された。…ジハールの王達と共に」
「私の知る限り、ここの土地はずっと荒野のはずだが」
「当然だ。王家が、全てもみ消したんだ。…裏四皇が、邪魔だった英雄『ラング・グローリア』とジハールの王を消すために…ここに“奴ら”を呼んだのさ」
「!!」
いきなり周囲に現れた強大な魔力。いや、既に神力とも言える力の塊だ。
「やっぱり、まだ魔法陣は残ってたか。“見られている”とも知らずに」
「グリード、どういうことだ! なんで絶対種の幻獣がここに居る!」
グリード達を取り囲むように現れた三匹の獣。輝く一角と大きな翼を持つ白馬、雲に届きそうな巨体の竜、炎の鬣をもつ獣。
「世界最速と云われる『天馬』に、聖獣最強とされる『聖竜』、さらに百獣の神と呼ばれる『炎神獅』まで」
「アキ達、絶対場違いな気がする…」
それぞれが絶対種の頂点に君臨する獣たち。世界を恐怖に陥れた闇の女王が、三人も居るような状態なのだ。
「前は、これに大地の荒神と呼ばれた白い大蛇も居たんだよ。…お前たちは逃げろ。奴らの狙いはオレだ。はっきり言って足手まといだしな」
魔剣を抜き、その刃先を自分へ突き立てる。さらにグリードの影が周囲に広がり、ロー達を飲み込んでいく。
「グリード!」
「行け!」
離れようとしない三人を『転送門』で別な場所へ飛ばし、一人残る。そして刃はグリードを貫き、彼を闇へと染めていく。あふれ出た闇は衣のように纏わり、獣の姿を模る。
「操られているだけの哀れな獣よ。…それでも、オレは貴様らを許せない」
本当に狙っているのはグリードだけのようで、ロー達が消えても幻獣はグリードから視線を逸らさない。
「お前らを狩るために、手に入れた力だ」
さらに堕天使のような六翼の翼が現れる。二本の角と四つの尾、そして六翼。二本の足で立つ片腕の化け物は、幻獣たちに劣らない力を放つ。
「ヒー!」
(速い…)
最速を誇る天馬の姿が見えなくなるが、それよりも天空に聳える要塞のごとき聖竜へと翼を広げて突っ込む。
「お前が一番厄介なんだよ。『究極神の力』…『皇獣裂牙』
紅の賢者が使う、全てを引き裂く技で聖竜の腹部へ風穴を開ける。だがほとんど効いてないようで、突き抜けた瞬間に巨人の腕よりも太い尾がグリードを捉えた。
「グッ!」
とてつもない勢いで地面にたたきつけられ、大地には巨大なクレーターができる。
(普通なら、即死だな)
よろめきながら起き上がるも、眼前に炎神獅の姿が。
「ちっ。超究極―!」
迎え撃とうとした瞬間、背中から天馬の角がグリードを貫く。角を掴もうとするが、一瞬でその角は抜かれて姿を見失う。刹那、炎神獅の爪牙がグリードを引き裂く。グリードは黒く染まった血を周囲に飛ばしながら吹き飛んだ。
(ちくしょ…う)
いくら同等の力を手にしようと、三対一では分が悪すぎる。そんなのは初めから分かっていたが、今更引くわけにはいかない。
「闇よ、もっとオレに力をよこせ。…オレの魂を喰らって力としろ!!」
衣のように纏わっていた闇がグリードの中へと戻っていく。抑えきれずに溢れていた闇を戻し、圧縮したのだ。もちろん肉体への負荷は想像を絶する。だが、グリードは引けなくなっていた。
「ぐあぁぁ!!」
完全に衣は消え去るが、代わりに二本の角と四つの尾、そして堕天使の六翼を持つグリードが姿を現した。体のあちこちから黒い血が流れているが、皮膚が同じくらい黒いので目立たない。
「もう、オレは人に戻れないかもしれない」
黒い血は魔の物。人の赤血球よりも何十倍もの効果を持つ細胞に変えられた証拠。グリードは、人外の存在になりかけているのだ。
「だが、まだ王家の力は残っている。オレの王家の血『完全学習(パーフェクト・マスタ―)』は健在だ。もう、今の攻撃は通じないぞ」
だが幻獣に、しかも操られている状態で言葉が通じるはずがない。さっきと同じように死角からペガサスが迫っている。
「もうお前の速度には慣れた。人形使い(ドールマスター)」
周囲に魔力の糸を巡らせ、糸を絡ませて若干だが天馬の速度が落とす。そして人形を操るかのようにグリードは自分の体を操って、反射神経を凌ぐ速度で体を動かして天馬の方を向く。
「その角、邪魔だ!」
右手で天馬の角を掴み、右足に魔力を込めて一気に蹴り飛ばす。天馬の角は折れ、本体だけが吹き飛ぶ。
「『敵力の吸収』」
天馬の魔力の源である角から魔力を吸い尽くす。これで大半の魔力を失った天馬は速く動けるだけの馬である。だが、まだほとんどダメージを受けていない聖竜と無傷の炎神獅が居るので油断できない。しかしグリードの肉体は限界。いくら魔力があろうと、完全に闇と同化している今は光魔法を使えないのだ。傷を治す術がなく、魔力で傷口を塞いでいるが、戦闘中に流れ出る血を止めることに集中できない。
「ここまでか…」
後ろの方で魔力が集まるのを感じる。おそらく一撃で一国を消し飛ばすと言われる聖竜の息吹だろう。とても逃げ切れる攻撃ではなく、だから最初に聖竜を仕留めて置きたかったのだ。せめてもの救いは、ロー達が死にはしない程度の距離まで離れていること。
「父さん達はこんなのを四匹も相手にして、よくオレ達を守ったよな。しかも、そのうちの一匹を仕留めて」
(当たり前だよ。英雄ラングは、一人で戦った訳じゃないんだから)
「―!」
放たれた息吹は光を纏い、大地を覆う。そして衝撃と共に全てを吹き飛ばした。
(そして、君も一人じゃないだろ)
全てを吹き飛ばしたはずなのに、グリードは一歩も動かずにそこに立っている。グリードが立っている地面の周りは深さ数十メートルにわたって消し飛んでいるのに。
「切ろうとしても、繋がりは切れないんだな。シグ」
(当たり前だ。だいたい、お前一人で復讐するなよ。…俺達三人で、シグ・グローリアだろ)
「ゼロ、お前もか」
グリードを守ったのは二体の鎧。漆黒と純白の鎧を見て、幻獣達は警戒している。
(本当はそっちに殴りこみたいんだが、俺の破壊神の力で破壊しても、壊した瞬間に再生する結界が何重にも張られてて近づけないんだよ)
(転送門も通れないようにされてて、僕もそっちに行けないんだ)
『だから、一時だけ俺(僕)の力をお前(君)に渡すよ』
二人の声と共に流れ込んでくる力。
「…シグは正しかったのかな。分れなければ、この力を手にすることはできなかった」
グリードが手にした咎人の姿神の力。ゼロが手にした魔神の力。シグが持っている最堅の盾を生みだす創造の力。その全てが一時だけとはいえ、グリードの中で一つとなる。
「不思議だ。力が溢れてくる」
その時、聖竜の尾が向かってきたがグリードに触れる寸前、尾が“消えて”しまう。
「ゼロがまだ制御できない魔神の力。神と魔神には二つの力がある。創造と構築、そして破壊と“分解”だ。…お前の尻尾は、元素結合からバラバラにさせてもらったよ」
神と魔神の対となる力。破壊は万物を破壊し、再生させることは難しい。創造は無から有を生み出し、あらゆるものを生みだす。分解は全てを元素単位まで切り離すことができ、構築は、現存する物を組み合わせて新たなモノを生む力。
「元々、シグ・グローリアは千里の光眼と神の力を持って生まれた。もっとも、どの力も扱うことはできなかったけどね。…そしてオレはシグと別れる際に、神の力を分けた」
最堅の盾の正体。それは創造の力。だからこそ世界最硬の硬度を持ち、例え破壊されようと破壊された場所を瞬時に創造することができた。さらに特殊な効果を加えることも思いのままなのだ。
「そして、オレは構築の力を持っていた。だから、アルエですら困難な魔法を構築することができた。…『超究極神の力』」
最堅の盾を纏い、その上から魔法の鎧を纏う。究極神の力は、アルエの吸収装備に複数の魔法を加えて強化した物。属性に関係なく、魔力を力と化す鎧。魔力を加えれば加えるほどその力を上げる。そして今グリードが纏った超究極神の力、これは究極神の力に、神喰らいを合わせた力。
「超究極神の力は強力すぎて、最堅の盾でも纏ってないと安心して使えないんだよ」
再び聖竜の息吹が飛んでくるが、息吹は全てグリードへ吸い取られていく。
「無駄だ。この力は全ての魔法や魔力を喰らう。纏っているだけで自然に満ちている魔力を喰らって出力を増していくんだ。生身なら数秒で肉体が崩壊する」
聖竜の息吹を喰らい、グリードの力は爆発的に向上する。既に魔力は聖竜の二倍に達しそうだ。
「返すぜ。『希望と絶望』」
二本の角から光と闇の魔力を出し、それを合わせて聖竜へと放つ。その衝撃は大気を揺らし、全ての雲を消し飛ばす。その威力は恐ろく、聖竜は何とか原型を留めていると言った感じだ。
「オレの中にある神と魔神の力、構築の力を使ったらどんな力が生まれるんだろうな。…『希望と絶望』」
グリードの力が体内で合わさっているようで、その影響で大地がざわめきだす。だが、その姿は一瞬で消えてしまう。
「さっきからうろちょろ邪魔なんだよ」
グリードの声と共に、姿が見えなくなっていた天馬が現れ、空中で静止している聖竜の方へ投げ飛ばす。続けて炎神獅も宙を舞った。
「まとめて消し飛べ」
聖竜の真下に現れたグリードは右手を天に向け、合わせた力を解き放つ。現れたのは半透明の塊。
「くっ―」
想像を絶する負荷が体を襲ったが、放たれた力は聖竜に当たると空に向かいながら拡散し、三匹の獣を飲み込むとその全てを消し去る。
「最堅の盾がなかったら、オレも消えてたな」
あまりに強大な力を完全に制御できなかったようで、グリードの体は痙攣のような拒否反応を起こしていた。さらに全身から力が抜け、角や尾だけでなく鎧も消え去る。
「復讐が済んだから力は回収するか」
内にあった神と魔神の力が消え、無理に力を使った反動が激痛となってグリードを襲う。
「ぅ― ゴホ、ゴホ、ゴフッ」
押さえた手に着いた吐血。その色は赤と黒が入り混じったような色で、グリードは人と化け物の境目をさ迷っている状態だとわかる。しかしそれでも、グリードは止まれない。
「次は、奴らだ…」
立っているのがやっとの状態で、足を引きずりながら少しずつ前へと進む。早く治療をしなければ命にかかわりそうな傷を負いながら、その眼は憎しみしか見えていない。
「そんな傷で、いったいどこへ行こうと言うのだ?」
「…絶望の果てかな。あの隠居した爺共を殺すまで、オレの復讐は終わらない。あいつらが、オレから全てを奪ったんだ」
「それはできぬよ。なぜなら、妾がお前を止めるからな」
眼の前に現れた女性。真っ白い肌に腰まで伸びる金髪を靡かせ、黒いドレスを身に纏った史上最強と謳われる闇の魔法使い。
「妾は優しくないんじゃ。自分と同じ過ちを、弟子にさせるはずないだろう」
グリードにはそれが嘘なのがよくわかっている。なぜなら彼女は優しい人だと知っているから。
「オレを、どうやって止めるんだ? アルエに、咎人の力をどうにかできるのか? オレの背負っている絶望をどうにかできるのか?」
「お前はまだ引き返せる、まだ、誰一人殺しておらぬだろう」
「…確かに、オレは誰かも殺してない。でも、大勢の人間を死なせてしまった。誰も、守れなかった。…ネラルだって、無理にでも城に閉じ込めておけば死ななかった」
自分への罪の意識。例えそれ以上の多くの人を救ったとしても、決して晴れることのない苦しみ。乗り越えることのできない、弱い心。
「両親とソラも、オレが干渉しなければ死ななかった」
「…シグ、お前は人の上に立つには優しすぎるんじゃよ」
アルエも大罪者だからよくわかる。きっと、今ならシグは憤怒の闇に目覚めているだろう。一生消えぬ罪の意識、それはアルエも背負い続けているモノだから。
「だから、妾はお前を止めるんじゃ。お前は心の奥底では、本当は復讐など望んでいない。…でも、止められない憎悪がある。だから、誰かに止めてほしいんじゃろ」
「…………」
グリードは何も言うことができず、ただ見つめることしかできない。
「妾もそうじゃった。…本当は無理にでも止めて側に置いてほしかったのに、あのバカは結局待っていてもくれんかった」
復讐に走り、結局アルエには後悔と苦痛しか残らなかった。
「でも、お前はまだ間に合う。望めば、まだ取り戻せる。だから、妾はお前を止める!」
溢れだす闇の魔力。アルエは本気だと言うことを見せつける。だが、すぐにその魔力を抑えた。
「もう手遅れさ。オレは憎しみに手を出した。憎しみのままに、幻獣を殺した。そんな憎悪がオレの中にある。そして何より、自分で全てを捨ててしまった」
魔力で抑えている傷口に触れ、触れた指先を見つめる。
「あいつからオレという存在を消して、あいつとの繋がりだった魂を闇に喰わせた。まだ完全に取り込まれてないけど、いずれオレは理性を失くした完全な化け物になるんだよ」
『運命の輪』。運命が定めた二人とも言われ、運命の相手とは魂が繋がっているという伝説。だが世界中に何千何万という人が住んでいる。その中から運命の人と出会えることなど奇跡。だが、出会えることができたら大いなる力を授かるとされていた。
「マリヤは、オレの運命の相手だった。…マリヤも気付いていたんだと思う。昔から、オレの魂に魅かれるって言ってた。あれは、本心だったんだ」
「あれは女性達が騒ぐ恋愛の噂程度のものだと思っていたが?」
「オレもそうだったよ。でも魔界で、絶望にのまれたオレを救ってくれたのは、マリヤだった。記憶も何もかも消したはずなのに、オレの魂に、あいつは居た」
魔神に咎人の力を制御するために闇に落ちた時、真っ暗な闇の中をさ迷っている時に差し込んだ光。魔眼で記憶から消したはずの女性の笑顔だった。
「そして気付いた。オレが神の力を制御できなくなって魔法が使えなくなったのは、学校に入ってマリヤに会えなくなってからだ…」
「ならば、今からでも彼女の下へ行けばよかろう」
「言っただろう。オレは全て捨てたんだ。あいつの中からオレの記憶を消した。あいつはオレのことなんて覚えてない。オレみたいに蘇ることもまずないはずだ」
残る魔力を纏い、グリードは戦う意思を示す。
「後悔してももう遅い。オレには、もう帰る場所は無いんだよ。それに、オレには最初からあいつを愛する資格なんて無かったんだ」
「…そう言うのは、相手にちゃんと言わねば通じぬぞ。それに、何度も言ったぞ。妾はお前の味方で、何があっても助けてやると」
「!― そんな」
アルエの背後から現れた女性。純白のドレスを纏い、グリードへ近づく。手には綺麗に装飾された剣がある。
「マリ―」
「私は、あなたを許さない」
刹那。女性は手にしていた剣で、グリードを刺した。深く、体が触れ合うほど近くまで。
【運命の輪】
互いに吐息が聞こえるほどの距離。純白のドレスには血が付き、染めていく。そしてアルエの姿は消えていた。
「なぜ、真剣で刺さなかった。…王剣じゃ、人は殺せない」
だが、グリードの中から力が消えていく。
「! まさか、オレの中の咎人の力を」
それによって喰われかけていた魂が戻り始め、血の色が少しずつ赤くなっていく。
「私は、捨てられたって裏切られたってあなたを許してきました。…でもあなたがあなたでなくなるのだけは、許せません」
グリードからはマリヤの顔が見えない。でも、声は震えていた。
「マリヤ、何でオレのことを覚えてるんだ? 記憶は、消したはずなのに」
「…私に王剣を返したのは、間違いだったと言うことです」
王剣『幻想否定』。あらゆる不思議を無かったことにできる力を持つ。
「ククク。そうか…まさか、王剣で魔眼の効果が否定できるなんて予想外だった」
あの時は憎しみでそこまで考える余裕がなかった。つまり、マリヤはずっとシグのことを覚えていたということ。
「オレを怒っているか?」
「いいえ、愛しています」
マリヤは、今も変わらず想い続けている。
「…ごめんな。オレにはその気持ちに応える資格は無い。ゼロが知ってしまった今、おそらくフィールにも知られてしまっているだろうから」
「シグ?」
「お前には、ちゃんと話さなきゃいけない。オレの中の闇を…」
グリードを見つめる少女の顔はとても不安そうでうだ。
二十年近く前、闇の女王が賢者になって数年が経っていた。だが、闇の女王が世界にもたらした災いは大きく。王を失った国民たちは恵みを失い、難民となって別な土地へと離れていく。そんな中、二人の青年が難民を襲う魔物を退治して一人でも多くの命を守ろうとしていた。二人の名は、『ラング・グローリア』と『レウル・ジハール』。ラングはグローリアの王子で、レイルはジハールの王。共に英雄と云われた者たち。二人には子供が産まれたばかりで、互いに守る者が増えた頃であった。だがそんなある日。
《女と子供は預かった。返して欲しくば指定する場所へ来い》
城に戻ったラングに当てた手紙。実際、妻と子供の姿は見えず、城内は大混乱となっていた。罠だとグローリアの王はラングを止めるが、ラングは制止を振り切って城を飛び出していく。途中でレウルと会い、レウルも同じように子供と妃が居なくなっていた。そして、二人の手紙に書かれた指定居場所は同じスラム。
「おいレウル、これって」
「考えていても仕方ない。急ごう」
罠だとわかっていて、二人の英雄は向かう。大切な家族を守るために。そしてスラムの側で、結界に閉じ込められた人影を見つける。二人は近づいて結界を解くと子供を抱きかかえた妃たちを抱きしめた。しかし、悲劇はここから始まる。周囲に巨大な結界が広がり、その中に現れた四つの強大な力。天馬、聖竜、炎神獅、神蛇の四匹の幻獣が現れたのだ。
「これは…何で幻獣が」
「考えられるのは裏四皇くらいだろ。子供たちに結界を張るぞ」
二人の子供には結界が張られ、その子供を守るように四人の魔法使いが立ちはだかる。しかし、戦力差は明らか。しかし英雄と云われた二人とその妻たちは絶対種を四体も相手にし、そのうち神蛇の息の根を止める。それを見た幻獣は怖気づいたのかどこかへ消えていく。
「何とかなったのか?」
「そうみたいだな。…でも、限界だ」
魔力が底をつき、四人は倒れ込む。正直、幻獣達が引かなければ確実にやられていた。周囲に張られた結界は消え、脅威は去ったように感じる。
「少し休んだら城に戻ろう。後は、犯人を見つけ出して締めてやる」
「…そうだな。無事に帰れるといいが」
さらなる悲劇は、すでにそこまで迫っていたのだ。周囲を取り囲む難民。近くのスラムの住人だろうが、その眼に光は無く虚ろだ。誰かに操られているのは明白だが、魔力が尽き、体力も残っていない四人には何もできない。四人は抵抗するもそのまま難民の手によって惨殺される。
「これは―。なぜだ。なぜ…許さん」
しばらくして駆け付けたグローリアの王は怒りに狂い、スラムもろとも人々を焼き払ったのだ。そして、守られた二つの命はそれぞれの国へと帰るっていく。
「グローリア王、これからどうなさるおつもりですか?」
「この子が生きていると知られてはならない。もし知られれば、この子も狙われるやもしれん」
その後、ジハール国には紅の賢者が訪れ定期的に城に出入りするようになり、グローリアは養子にしたメフィスの生き残りに、ラングの子を自分の子として育てさせた。さらに、メイフィスと名を変えていたアンジェルの娘を婚約者とする。
グリードは、一つの指輪を取り出す。それは普段グリードがしている物とは違い綺麗に装飾されている。そして、同じ指輪をフィールも持っていた。
「ゼロに渡し忘れた物だ。これはオレの産みの親、英雄ラングが特別に創らせた結婚指輪。…唯一残ってる形見」
その指輪を握りしめ、片腕でマリヤを抱き寄せる。
「結婚指輪だから、同じ指輪がもう一つあってそれをフィールが持ってる。…お前をオレの許嫁に選んだのは先代のグローリア王である祖父」
抱きしめられることで、マリヤはグリードが震えているのを感じた。声が震え、何かを恐れているようだ。
「でもな、オレの両親はフィールと一緒になることを望んでたんだ。だから、自分達の結婚指輪を、オレとフィールに残した。もちろん、先代のジハール王もそれを望んでたよ」
「…………」
言葉が出ない。何と声をかけていいかわからなくなるのも当然だが。
「そして、シグ(ゼロ)の心はフィールを選んだ。いくら、シグ(グリード)の魂とお前の魂が運命で結ばれていようと、想い合うあの二人を裂くことはできない」
「…それでも、私が愛しているのは貴方です。彼じゃない」
しかし、グリードの震えは強くなっていく。それが何を意味するのか、マリヤの不安も大きくなる。
「全てが終わったら、お前と共に生きようと思ってた。…でも、もうオレの体は限界なんだ。あと数日もすれば、朽ち果てるだろう」
「え―」
グリードが恐れているのは、死。今まで、何度か死にかけたことはあった。でも、迫りくる確実な死に怯えている。
「この体は、ゼロの物とは違う。ゼロのは秘術を使って創ったからほとんど本当の肉体だ。…でも、この体はアルエの研究を元にして創った人形。本物と変わらなくても、偽物だ」
「…………」
「それでも、普通に生きられるはずだった。でも咎人の力を手にして、限界を超えた。その時からもう壊れ始めてる。だんだん動かなくなって、最後は塵になるだろう」
だから、マリヤの中から消えよう考えた。復讐を遂げてから死のうとしたのだ。体がおかしくなるのを感じながら、復讐以外を忘れようとした。
「それから魔界に行って後悔した。…記憶から消したはずなのに、絶望の闇の中にお前が現れた。お前に会いたいと思ったら、死ぬのが怖くなったんだ」
「シグ…」
「そしたら、咎人の力を制御できた。失くしてた力も、取り戻せた」
マリヤを抱きしめる力が強くなり一粒の雫が頬へと落ちてくるのを感じる。
「神は、本当に居るのかな。…酷いよね。あのまま絶望の中に居た方が、幸せだったよ。そしたら死ぬのも怖くなかったし、ずっとお前を忘れたままで居られたのに」
「…………」
「でも、今は怖い。怖いんだよ。…神が居るなら残酷だ。死ぬと分っていてなぜ苦しめる。今更、オレに更なる絶望を与えてどうしようってんだ」
今のグリードに希望は無い。あるのは絶望と恐怖。恐怖は弱い心。でも、だからこそ見えるモノもある。弱いから、怖いから救いを求めたのだ。グリードにとって、それがマリヤだった。
「肉体が朽ちたら、魂は二人のどちらかに移る。でもお前を想うこの気持ちも大切な思い出も、全部消えてしまう。もう、何も残らない」
「新たに肉体を創ったりとかはできないのですか?」
「それも考えたけど、今のオレ達の力では何をしても無駄だ。神の力なら何とかなるかもしれないけど、幻想否定でも人の罪を消すことはできない」
幻想否定は魔族になりかけていたグリードの体を否定したが、咎人その物を消すことはできない。王剣は王の剣。王とは人、人に備わっている物は否定できない。命も、魂も、心も、罪も。そして大罪の闇も咎人の力も罪。もし幻想否定で罪を否定できるならば、大罪の闇を持つ者はいなくなるだろう。
「どれだけ器を変えようと、オレの罪は消えない。偽物の体では、もうオレの罪を背負いきれないんだ」
「そんな…」
「シグの体なら生きられるかもしれないが、そうなるとあいつから奪うことになってしまう。それに、オレには最堅の盾を破ることはできない」
するとグリードの震えが止まり、眼が光を放つ。
「ごめんな…お前だけでも生きてくれ。今なら、まだ逃げられる」
一キロほど離れているが、周囲に感じる魔力。グリード達はいつの間にか裏四皇の兵士たちに囲まれていた。
「どうせ、あと数日の命だ。お前を逃がしてここで朽ちるのも悪くない」
「…嫌です」
しかし、マリヤはグリードにしがみついて離れようとしない。
「覚えていますか? 私は、あなたに大事な話があるんです」
「…オレが、魔眼で記憶を消そうとした時に言おうとしたことか?」
「はい」
マリヤの話を聞かず、魔眼を使って全てを忘れようとした時のことを思い出す。珍しく、マリヤが積極的に話そうとしていた。しかし、裏四皇達が待ってくれるはずもなく、兵士は杖や大砲などを二人に向けている。
「攻撃準備整いました」
「やれ」
マリヤの魔消し(マジック・イレイス)の力で魔法は無効かできても、大砲などの武器までは防げない。でも、二人はその場を動こうとしないのだ。
「…マリヤ?」
見つめ合う二人には、周りが見えていないかのように動じる様子がない。
『―が、居るんです』
消えてしまいそうなほど微かな言葉。震えながら精一杯振り絞った言葉は、確かにグリードへ届く。グリードは再びマリヤを抱き寄せ、左手で頭を撫でた。刹那、無数の魔法と砲弾がグリード達を襲い、二人の姿は見えなくなる。
「やったのかしら?」
「いやいやぁ、さすがに無事じゃないでしょ~」
「ふん、これで邪魔者は消えたわけだな」
「…………」
遠くでグリード達を見ていた四人の王。しかし、ぺルチーノだけがなぜか信じられないという表情をしている。
「どうした? 黙ったりして」
「俺の見間違いか? 爆発で奴らの姿が見えなくなる寸前、奴に“左腕”があったように見えたが」
「そんなはず無いでしょう。左腕は前の戦闘で失ったはずよ」
爆発で起きた土煙りで何も確認することはできない。だが、間違いなく二つの魔力が消えている。
「あの時マリヤの話を聞いていたら、もっと早くこうなったのかな?」
四人の後ろから聞こえる声、そこに居たのは両目を閉じたグリードだ。だが、まったく魔力を感じない。
「生きていたのか。だが魔力を感じないほど弱り切ったお前を倒すくらい、俺様達四人ならわけな―!」
しかし、四人を襲う凄まじい重圧。立っているのがやっとだ。
「ちょっと、グラン。何であたしたちに王家の血を使ってるの!」
「違う! 俺様だって動けないんだ」
そして四人の視線はグリードへ集まる。よく見れば確かに左腕があり、体中にあった傷がない。
「魔力を感じないのはオレの力が強大すぎて、お前たちの体が認識するのを拒否しているからだよ」
グリードの開かれた眼は、光を放つ“カルアの神眼”。さらに白く大きな翼が現れる。
「運命の輪。もし出会えることができたら大いなる力を授かる…か」
「その翼は…、まさか史上最速を誇った王家の―!」
四人の王にさらに重圧がかかり、倒れ込んで地面へとめり込む。そしてグリードの眼は武器を向ける周囲の兵士へ向けられる。
「今は、誰にも負ける気がしないな」
グリードの手の甲に浮かび上がる模様。それはぺルチーノの手にある物と同じ。
「奴はどこへ行った!」
しかも兵士たちが見ている眼の前でその姿が“消える”。消える瞬間や動作すら見えず、誰も動くことができない。
「あれを見ろ!」
先ほどまでマリヤとグリードが居た場所の土煙りが治まる。そこには、マリヤを抱きしめているグリードが居た。
「構えろ!」
「無駄だ。…もう全部終わったからな」
「!!」
全員が動いた瞬間、持っていた武器が鋭利な刃物で切り刻まれたようにバラバラになり、意識を失って倒れ込む。
「…シグ、これは?」
グリードの姿が消えて数秒。マリヤからすればいきなり姿の消えたグリードが、突如目の前に現れたら全て終わっていたのだ。
「やっぱり、オレはお前が嫌いだ」
力一杯抱きしめられながら言われても、説得力がない。
「こうなるような気がしてた。…結局、オレはお前なしじゃ生きられないんだな。オレは神のなりそこない。一人じゃ、まともに力すら使いこなせない」
「シグ?」
「オレ、死ななくなったけど不老不死になっちまった。…だから、オレと永遠を生きてくれるか?」
「あなたとなら、どこまでも」
マリヤには状況がよくわかっていない。でもわかるのは、愛する人が自分を必要としていること。
「愛してる」
「私も、愛しています」
ただの言葉。でも、グリードはそれだけで何でもできるような気がした。
「ふざけやがって、これで終わりと思うなよ!」
王達は立ち上がり、魔力を放出してグリード達に敵意を向きだす。だが、グリードが動じる様子がない。
「ほほほ、止めておけ。お前さんらじゃ一生勝てんよ」
(! 体が動かない)
王達は全員その場に固まり、指一本動かせない。そして王達の後ろによく知る人物が立っている。
「やっぱり、あなただったんですね。…シリス。いえ、“神様”」
「お前さんが神になった今、わしは“元”神じゃよ。それに、元々神の力なぞこの世界を創った時に失っておる。今は光の賢者をしている老いぼれじゃ」
グリードはシリスの方を向く。その時、魔眼を出して邪魔な四人の王を気絶させる。
「もっと早く気付くべきだった。不老不死であっても、強大な魔力で寿命を引き延ばしているにしても、あなたほど生きた者は他に居ない。神だと仮定するには十分な理由だ」
「ほほほ。それが、案外気付かれんものでな。…もっとも、紅の賢者は気付いておったよ。力を失っても、体は神。普通ではないからの」
「え、シリス様が神様? シグも神様?」
マリヤは話についていけずに混乱している。無理もない。身近に元も含めて二人も神が居るのだから。
「これで、ようやくわしの役目も終わりじゃ」
「役目?」
王達が気絶したので魔眼を消すと、シリスはどこか遠くを見つめる。
「9764年もの間、この時を待っていた。新たなる神の誕生を…ずいぶん待たされたもんじゃ。わしを自由にできる存在をな」
「自由にできる存在?」
約一万年もの間、世界を見守り続けた。どれほど、長い時だったのかは想像を絶する。
「わしは、カタストロフィーを倒せんかった。じゃからこの空間に閉じ込めたんじゃ。そして奴を倒せる新たな神が生まれるのを信じ、この世界を創った」
「…じゃあ、やはりこの世界は今まで受け継がれてきた世界じゃないんですね」
「ああ、受け継がれてきた世界は魔界の方じゃ。そして、わしはこの世界から出ることができない。奴を封じ込める鍵だからの、魔界に行くことができなかったんじゃ」
シリスは右手で顔を覆う。すると老いた姿は消え、青年が姿を現す。
「もう姿を偽る必要もあるまい。もっとも、数千年でこの話し方は板についてしまってなおらんがの」
「オレは、あなたが待ち望んだ神なんでしょうか?」
グリードは確かに力を手にした。しかし、マリヤがいなければその力を制御できない。
「それはわしにも分らん。最初は、アルエが神になると思っておった。だが姿神にはなっても、神と呼ばれる存在にはならなんだ。…そんなとき、神の子が産まれた」
「…………」
「じゃがその子の存在に気付いた他の王家が抹殺を図りおって、力のないわしには見守ることしかできなんだ。…すまんかった」
今まで、何度か神を恨んだことがあった。でも、恨んでいた神様はずっと慕っていた人物。そのことに、戸惑いは隠せない。
「じゃが、アルエにお前を預けたのは正解じゃった。わしが弟子として育てても、きっと神にはならなったじゃろう」
「アルエの所に行くと決めたのはオレだ。そして、離れることを選んだのも」
「それもまた運命じゃ。…他に聞きたいことはあるか?」
例え姿が変わろうと、目の前に居るのは幼いころから見てきた賢者。光のように優しい温かさは変わらない。
「いえ…。オレはもう、何が相手でも死ぬわけにはいかないので」
「そうか。…重ね重ねすまん。お前に、この世界の命運をお前に託すぞ」
シリスの体から黒い霧のような物が溢れ、それが天へと昇っていく。しばらくして天には黒い穴が広がり始める。
「…マリヤ」
「はい」
「待っててくれ」
「…………」
深い穴の中に見える二つの眼光。何かが、そこに居る。
「まったく、駆けつけて見れば急展開だな。グリード」
「会話のやりとりは“見てた”ろ」
「まあな。まさか校長が神様とは驚いた。俺が三人の中じゃ一番側に居たんだがな」
「全くじゃ、まさかお主が神であったとはのう。シリス」
「アルエ、どこ行ってたんだ?」
「なに、ちょいと隠居したじじい共をしめてきただけじゃ」
古の化け物と向かいあうのは、この世界に生まれた神と魔神、そして姿神。三人の神がこの場に集まったのは、偶然か運命か。
「とにかく、あの化け物を倒せばよいのじゃろ。よくわからんが、倒してから詳しく聞く」
「アルエは相変わらずだね」
空に向かう神々。元神はまた見守ることしかできない。
「とりあえず、結界だな。魔神の話じゃ、消滅の力を有しているとか」
グリードは構築の力を使って、いくつもの結界を組み合わせて強力な障壁を展開させる。
三人の神にも、万物を完全に消しさることはできない。魔神でも、破壊はできてもその物を消滅させることはできないからだ。
「これが、古の怪物。カタストロフィーか」
穴から出てくる黒い霧のような実体のない腕。しかし、魔力と呼ぶには禍々しすぎる力を放っている。
「滅ぼされた人類の怨念の塊じゃな。…禁忌『究極の絶対神』」
完全に出る前に、穴に向かって究極の破壊魔法を放つ。だがまったく通じていないの、魔法はすり抜けて穴の奥へと消えていく。
「魔法が通じぬぞ。どうやって戦えと言うんじゃ」
「さあね。神の力でもほとんどダメージを与えられないらしいし、魔神の破壊の力も効果があるかどうか」
「やってみたらいいんだろ。『破壊神の槍・百影』」
しかし、槍は全て無いも起こらず通過していく。ダメージを与えられているのかもわからない。既に両手が現れ、顔を出そうとしている。しかも既に外に出ている手が結界に触れると、まるで結界が最初から張られていなかったかのように消えてしまう。
「…あの結界が無意味なんてショックだな」
一切の攻撃が通じない。そのため、歴代の神たちは諦めて空間ごと封じることしかできなかったのだ。しかし、グリードにはこの化け物を封じる力を持っていない。封じるための空間を、創りだせないからだ。
「オレ達が今持ってる攻撃は通じない。なら、通じるかもしれない力を創るしかないか」
「どうやってだよ。そんなの歴代の神たちがしてきただろ」
「何か、考えがあるのか?」
二人の視線が集まる中、グリードは二つの宝剣を出す。さらにマリヤは持っていた宝剣も今はグリードの手中。
「最初に世界を創ったとされる神が持っていた。四つの宝剣と、三つの神具。それが今ここに揃っているのも運命かな」
古くから王家に伝わっていた秘宝。カルアのマント、グローリアの歴史書。そしてジハールの首飾りを、今はゼロが持っている。さらにアンジェルの所有していた王剣を始め、聖剣、魔剣、神剣もこの場にあるのだ。
「とりあえずこの四剣を、オレの合わせる力を使って一つにしたらどうなるかな」
「正気か? 一つ一つが強力な剣だぞ。ましてや魔剣と聖剣、王剣と神剣はそれぞれ反発する関係だ。それに、そこまでして通じるかどうか」
「さらに、ここにオレ達の神力を注ぐ」
「なるほどの。強力な力を一点に集めるか」
眼の前にはカタストロフィーが迫り、考えている時間はない。グリードはゼロから聖剣を受け取り、四つの剣を両手で持ち、そこに他の二人の神も力を注ぐ。
「混ざり合うことのない光と闇、その理を超えてその力を合わせて一つとなれ。『希望と絶望』」
生み出されたのは全てを超越する剣。その能力は未知数だ。その剣を握り、グリードは固まる。
「失敗だったか…」
「なんだと、とんでもない力を放ってるだろ」
「それが…、重くて振れるような代物じゃない」
いくつもの世界を破壊できる力を持つ剣を生み出せても、それを扱うことまでは考えていなかった。
「どうやら…こういうことのようじゃな」
「な! アルエ!」
アルエはグリードから剣を奪い、二人を後方へと投げ飛ばす。そして奪った剣を軽々と扱う。
「そんな、なんでアルエは使えるんだ」
「簡単なことじゃ。お前たちは確かに神の“力”を持っている。じゃが、神の“肉体”を持っておらん。…まあ、見ておれ」
四つの宝剣と三人の神の力を一点に集めた剣は、神しか振るうことを許されないほどの質量を持っているのだろう。
「お前らは手を出すなよ。後は妾がする」
(妾一人で済むなら…)
例え分かれていようと、アルエにとって三人はシグ・グローリア。彼女はそう決めた時から三人は大切な存在。それを危険にさらさずに済むなら、彼女は持てる全てを差し出す覚悟をしている。
「決着をつけよう。お前が居なくなれば、あの子たちは運命から解放されるのだから」
一人でカタストロフィーへと突っ込む。まだ、その剣で倒せるという確証もないのに。
そして迫りくる消滅の存在。向かってくる腕に触れぬように体を反らし、持っている刃を突き立てる。
「…効果ありじゃな」
斬られた部分は蒸発したように黒い煙を噴き出す。それによってカタストロフィーは多少苦しそうな反応をする。
「時間をかけて、少しずつ浄化してやろう。…もうここは、お前が居た世界ではないのじゃ」
アルエは空中を素早く動いて少しずつ、だが確実にダメージを与えていく。だが、その巨大な体からすれば、消滅した部分はまだ1%にも満たない。そして痺れをきらしたのか、人の形をしていたカタストロフィーはその姿を変え、巨大な球体となってアルエを包み込んだ。
「…調子に乗りすぎたようじゃな」
球体はどんどん狭くなり、消滅の壁がアルエへと迫っていく。
「くそ! 『栄光の崩剣』」
「非情の審判!」
グリードとゼロは魔法を放つも、球体の前にその存在は消え去る。そして無情にもカタストロフィーの球体は中の存在を消し去って、再び人の形と化す。
「…そんな、アルエ!!」
アルエとの記憶が少ないゼロと違い、グリードは数年間弟子として生きている。そんなグリードにとってそれは眼の前で家族を失うのと同じことだ。
「…ッ!!」
だが突然、カタストロフィーの腹部が破裂し、何か黒い物が向かってくる。身構える間もなく一瞬でグリード達の前に、降り立つ。
「大丈夫? アルエ」
それはアルエを抱えた漆黒の鎧。あの消滅の中でさえ、創造の力は耐えたのだ。鎧は消え去り、シグが姿を現す。
「シグか? …すまん、妾一人でやれると思ったんじゃがの」
「何も言わなくていいよ。…僕も、同じだから」
その時、アルエの影からシャドーが現れてアルエを包む。
「まてシャドー、何のつもりじゃ」
「キサのところで待ってて。後は僕がするから。…約束守れなくてごめんね」
「シグ!」
アルエはシャドーと共に消え、その場にはシグ達だけとなる。
「どうする、二人とも。…確かにすごい剣を創ったみたいだけど、これじゃあれは倒せないよ。僕の最硬の盾でも限界があるしね」
「…死んだら、意味ないだろ」
「俺達じゃあ、それしかできないしな」
シグは両手を二人に伸ばし、その手を片方ずつ掴む。
「ごめんね…アルエ」
「こうなったら、あいつに責任取ってもらうさ」
「当たり前だ。俺達がこうなったのは、あいつのせいなんだからな」
「それもそうか。…てことで、還ろう」
グリードは黒く、ゼロは白く光る。そして光と化した二人は手を通じて“シグ”へと戻っていく。光は消え去り、一人立つシグ。その後ろには、消滅の手が迫る。
「馬鹿。…二度と、戻れないのに」
そして空を漂う剣を取り、迫る手を斬り裂く。刹那、腕は黒い煙となって消える。
「お前たちには、愛する人たちが居るのに、なんで…」
カタストロフィーの前に立つ者。神具であるマントを纏い証たる首飾りを着け、左手に歴史書を持って右手で四つの宝剣を合わせた剣を振りかざす。
「運命から逃げるために分かれたはずなのに、結局今までにない神の力を生み出してしまった」
片腕が消えても消滅の神は向かってくる。恨みと怨念の塊である存在には、止まることができないのだ。
「もう、終わりにしよう。僕が全て終わらせてやる。お前の憎しみも消してあげるよ」
消滅の力はシグへと届かない。シグが纏う力は拒絶。あらゆるものを拒み、干渉できない。そして振るう剣は、確実に相手を駆逐する。
「もういいだろう。カタストロフィー…いや、旧支配者。とうの昔にお前たちの時代は終わっているんだ」
圧倒的差。神と魔神と姿神の力を宿したシグは、史上最強の神となった。例え消滅の神でも、今のシグを倒すことはできない。だが、シグは剣を自分の体へ突き刺す。剣はそのまま体の中へと吸い込まれていった。
「お前を滅ぼすのは簡単だ。…でも、それじゃお前と同じになってしまう」
残された消滅の存在へと手を伸ばし、触れようとする。
「お前たちの世界はもう戻ってこない。だからといって、この世界を消させる訳にもいかない。…だから、僕が全て背負うよ」
そして消滅の神はシグの中へと吸い込まれていく。力だけでなく、恨みや憎しみも全て。
「お前たちの憎悪は、僕が永遠に背負い続ける。だから、その魂を解き放て。そして、この世界で新たな命として生きてくれ」
力や憎悪が消えた精神の塊は光となって世界中へ散る。それは全ての終わりであり、始まりを告げる祝福のように、世界を照らす。
「これで、世界は変わる。神は、もう定めに縛られない」
カタストロフィーが封印されていた空間を閉じ、世界はようやく安定を取り戻す。この世界の危機はさったのだ。
【マジックスペル】
先ほどまで神たちが争っていた空がよく見え、十分に距離の離れた丘の上。そこに、史上最強と恐れられていた悪魔とその従者が男の帰りを待っていた。降り注ぐ光には眼もくれず、ただひたすらに。その側で逃げたそうにしている老人が一人。
「わしは関係ないじゃろ。もう逃がしてくれんか?」
どうやら何かの魔法で縛られているようで、身動きが取れないようだ。
「そういう訳にもいかん。お前にはいろいろ言いたいことがある。…まあ、それは無理そうじゃがな」
アルエは空から眼を下ろしてシリスの方を見る。だが、どこか勝ち誇ったような顔だ。
「なんじゃその顔は、わしは別に何も…」
「本当か? じゃあ、お前の後ろで鬼のような顔をしておるのは誰かのう?」
「う、後ろじゃと?」
「シ~リ~ス~」
首を動かすことができないので、その姿を見ることはできない。だが、聞こえてくる声には凄まじい殺気がこもっている。
「いや、これは、その」
「もう、二度と放さないぞ。首輪でもなんでもして私の側に縛りつけてやる」
シリスに抱きつく女性。アルエに劣らない美しさを持った、初代の魔神。
「いったい…どれだけ探し回ったっと思ってるの」
「…すまん」
怒ったような態度をしていても、シリスにしがみ付く魔神は震えていた。顔は見えないが、声は震えている。
「シリス、年貢の納め時というやつじゃな」
「茶化すな。…わしだって、忘れたことなどない。こいつは、わしと運命の輪で結ばれた女なんじゃからな」
数千年離れていても、二人の絆は繋がっていた。
「許してやるから、待たされたよりも長い時を一緒に過ごしてもらうぞ」
「もうわしはこの世界に必要のない存在じゃ。…こらから、お前の側にずっと居るよ」
魔法が解かれたのか、シリスは振り向いて魔神を抱きしめる。もう二度と、誰にも二人を裂くことはできない。そんな二人の後ろ、少し離れた場所に、見慣れた人影がある。
「…お前も来ておったのか」
「来るのはこれが最後だよ。…帰ったら、こちらの世界との入口は破壊するからね。だから、魔神様に同行させてもらった」
魔王の側には少女の姿もある。アルエは何度か見た程度だが、間違いなくシグの妹だ。魔界との入口を閉じるから連れてきたのだろう。
「だから、最後にお願いに来たんだよ」
「なんじゃ? お前がお願いなど…」
「わかってるんだろ」
アルエの眼の前へ歩み寄り、魔王は片膝をついてその姿を見上げる。
「僕と一緒に、生きてほしい。僕は、今も君を愛してるんだ」
嘘偽りのない言葉。数百年前、一時とは言え愛した男。そう、愛した…。
「…すまんな。妾には、帰りを待ってねばならん者が居る。じゃから、お前と行くことはできぬ。それに妾はその者を、世界中の誰よりも“愛しておる”のじゃ」
魔王へと向けられる微笑み。しかし、その笑顔は見ることはできない。なぜなら、魔王の視界は霞んでいるから。
「そうか。…お幸せに」
無理に微笑み、悲しみは雫となって頬を伝う。そして魔王は魔神達と共に帰っていく。二度と会えぬかもしれぬ背中を見送りながら、史上最強の悪魔も魔王と同じものが頬を伝っていた。そんな悪魔を一人残し、キサはシグの妹を安全な場所へと連れていく。
「一緒に、行かなくてよかったの?」
「ッ!」
突然首にまわされた腕。後ろに感じる温もり。さらに包み込むように周囲を白と黒の翼が視界を囲む。
「まだ、好きなんでしょ」
毎日聞いていた声。でも、この声の主と話すのは数年ぶり。
「妾はこの世界の住人じゃ。…何より、妾はお前を選んだ」
未だに頬を伝うものは止まらないが、先ほどとは違う想いで流れていた。
「…なんでこうなるかな。本当は、もう僕の居場所はどこにもないはずなのに」
抱きしめる腕の力が強まり、震えているのが伝わる。
「そんなことはないじゃろ。難民たちやその仲間は、お前の帰りを待って居るじゃろ」
「…あそこは、グリードの居場所だよ。フィールのところも、ゼロの居場所になった。アルエもそうなると思ってた。側にいる僕を選ぶって。…でも違った」
翼が消え、腕が離れていく。それを追うように振り向くといつも見ていて、でも違う人が立っている。
「アルエだけは、今も“僕”を待っていてくれた。アルエだけがいつも僕を見ていてくれた」
「当たり前じゃろ。言ったはずじゃ、妾はいつでもお前の味方じゃと」
自分を捨ててから、三年以上の月日が経っている。三年ぶりに目覚め、自分の姿は変わったが、師と仰いだ人は今も変わらず美しい。その温もりも、相変わらず。
「お帰り、シグ」
だがシグの顔は曇り、笑顔は消えてしまう。
「…ありがとう。でも、まだ“ただいま”は言えないんだ。僕には…いや、あいつらにはまだやり残したことがあるから」
「そうか…行くのか」
シグはアルエの手を取り、切なそうな瞳を向ける。
「あと数十年経ったら、僕は神に戻る。その時は永遠を生きることになると思う。…その時も、僕の居場所でいてほしい」
「妾は不老不死で、すでに数百年生きておるのだ。数十年くらい、すぐじゃ。…例え世界が滅ぼうとも、妾だけは側に居てやる」
不老不死の二人、しかも神の力を持つ二人は既に常識の範疇を超えた存在。何があろうと朽ちることはない。
「体は今まで通り置いていく」
「ああ…愛しておるぞ、シグ」
「…ありがと」
シグは手を放して距離を取る。その時、シグの体から白と黒の光が溢れ、左右にそれぞれ人の形となって集まっていく。
「シグの奴め。二度と、戻れないんじゃなかったか? 俺はもう諦めてたぞ」
「消滅の神も取り込んで、絶対神になったからな。ある意味神をも超えた存在だ。これぐらいできて当然てことだろう。それに結局、責任は自分でとれってことさ」
「あの二人には幸せになってほしいって、最後の願いなんじゃない? あの二人が待ってるのはもう、シグじゃないしね」
光が消え、シグと同じ顔が三人現れる。それぞれが強大な魔力を持っているが、その中に神の力を持っているのは一人だけ。そして分かれた際に持ち主の元に戻ったのだろう。首飾りと歴史書、マントはそれぞれ一人ずつ持っている。
「まあいい、この指輪は俺がもらっていくぞ」
「好きにしろよ。どうせもう一つはフィールが持ってるんだから。…しかし結局、歴史書はオレの手元に戻ってきたな」
首飾りを下げ、親の形見である指輪をはめたゼロは白い翼を広げて舞いあがる。
「アルエ、数十年後…あいつを頼む」
そう言い残し、一人先にその場から消えていく。そして、グリードも黒い翼を広げた。
「…アルエ、オレも行くよ。あいつがくれた人としての人生を生きたいから」
「別に止めんよ。…幸せにな」
「ああ、アルエも幸せにね。アルエがあいつと一緒になる頃、オレ達はもう居ないけど。…じゃあね」
グリードも飛び立ち、その場にはマントを纏ったシグが残る。
「僕がアルエの側にいられるのも、あと数十年だね」
「何を言っておる。何度も言わせるな、妾からすればみんなシグじゃ。…帰ろう」
「…うん」
二人は手を繋いで影の中へと消えていく。その後、二人の行方を知る人は誰も居ない。
荒野の真ん中で、一人愛する人を待ち続ける女性。先ほどまで居た人たちは居なくなっても、一人立ち続けている。日は沈み始め、東の暗くなり始めた空には月が浮かんでいた。
「何も、ここで待ってなくてもよかっただろ」
後ろからローブがかけられ、あわてて振り向く。そこには薄着で立っているグリードの姿があった。かけられたローブは先ほど着ていたものなのだろう、温もりがまだ残っている。
「体に障るぞ」
「…私は、いつも待っているだけですね」
怒っているのか言葉に少し棘があり、視線が痛い。
「…もう、待たなくていい」
「ッ!」
「これからは、ずっと側に居るから」
突然の抱擁。さすがにマリヤも驚く。しかも、冷えていた体にグリードの体温が伝わってくる。
「それに、もうフラフラできないだろ」
「当たり前です」
空には星が輝き始め、月はその光を強めていく。まるで、世界に二人だけしか居ないかのようだ。
「愛してるよ。マリヤ」
「…ずるいです」
「そういえば、ちゃんと言ってなかったね」
グリードは、そっとマリヤのお腹へ触れる。
「オレの子供を産んでほししい」
「…はい」
一度は死を覚悟したグリードが、生きたいと望んだのは愛する人との間に新しい命ができたのを知ったから。
その後、グリードはマリヤを連れて国へと帰り、王の座に就いた。繁栄よりも民の幸せを第一とし、争いをなくすことに力を尽くす。反対にゼロは、フィールと共に残された王家を統一。未だにグリードの民を難民だと罵る者が多い中、そういった差別をなくそうと努力を続けている。世界は、新たな歩みを始めたのだ。
【エピローグ】
池を囲むように造られた庭。周囲には花が咲きその風景をよく見える場所に腰かけがあり、そこに老夫婦が腰をかけている。
「ここは、子供の頃から変わらないな」
「そうですね」
懐かしそうに二人で庭を見渡す。二人は手を重ね、今でも想い合っている。
「あれから70年、ずいぶんと長生きをした。…ゼロ奴が逝ってから15年。ずいぶんと待たせてしまったな」
「いいじゃありませんか。あの人たちの永遠はこれから始まるんですから」
日は高く上り、周囲に人の気配はない。
「今更になって怖いと思うことがある」
「なんです?」
「オレは、あいつの魂だ。だから、死んでも天国へは行けないんだろうな。…お前と一緒に、行くことは―」
「大丈夫ですよ。きっ…と」
男が息を引き取るのを見届け、後追うように女性も長い人生を終える。周囲に静寂が訪れ、風の音さえ聞こえない。
「行けるさ、グリード」
眼の前に突然、青年が現れ静寂を破る。そして、男の体から黒い光が溢れて青年の中へと消えていく。
「もう、この運命の輪は僕のものじゃない」
青年は右手を差し出す。その手の平には光があり、それは天へと昇っていく。
「来世でも、マリヤと幸せに」
二人の魂を見送り、再び神となった青年は空を舞う。庭は変わっていなくとも、世界は変わった。今の世界は神を必要としていない。神に祈る者は減り、自分たちで道を切り開くようになったからだ。そしてゼロとグリードの子供たちが、その意思を引き継いで世界中を争いのない平和へと変えていこうとしている。魔物も減り、笑顔が増えた。
「ゼロ、グリード。これからは僕が、お前達が築いた世界を見守ろう。お前たちの子供たちが、お前たちの意思を次いで世界をどう導くのか…最後まで、見届ける」
空から世界を見渡し、神は見守ることを選ぶ。もし自分が力を使ってしまえば、それは二人が築いたものを壊してしまうからだ。それは神の力を借りずに、平和な世界を創った二人に対して失礼にあたる。この世界が一時でも長く続くよう願い、神はその姿を誰にも見せることなく消す。
人気のない草原。真上から日が照りつける中、白い日笠を刺して歩く女性。その側を、給仕服を着た侍女が歩いている。そんな二人の前に、風と共に白と黒の翼を広げて一人の青年が降り立つ。そして女性に笑顔を向ける。
『ただいま』
誤字雑字が多い中最後まで読んでくださってありがとうございます。
ストーリー自体は気に入っていますので、誤字など修正するか、新しく書き直すかしていずれは綺麗な作品としてのこしてあげたいと考えています。
一応コンセプトは「ありがとう」や「ただいま」みたいな言葉が、人と人とをつなぐ魔法の言葉になる見たいな感じで書いてました。
今後も、妄想だけは続けていきますので、それを書きおこして投稿したら読んでいただけると嬉しいです。
ありがとうございました。